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魔物資源活用機構  作者: Ichen
秤の備え
2233/2965

2233. 貴族ゴルダーズとフォラヴの一幕


 屋内は外ほど殺風景ではなく、少し博物館に似た雰囲気で、柱と天井に彫刻があり、壁も、図に配置された薄茶の切り石に、合間を縫う白い目地が、味のある模様で壁を飾っていた。床は木製だが、木の繊維が潰れるほど擦り込まれた硬質粘土が煌めき、木なのか石なのか見紛う、天然の豊かな美しさ。



『アイエラダハッドは、どこの建物も芸術的』目を瞠るフォラヴがそっと小声で褒める。廊下をすれ違う隊商軍は彼の言葉を耳にし、振り向いて目の合った騎士に微笑んだ。

 にこりと品の良い笑顔を返すフォラヴに、他のすれ違う軍人もなぜか笑顔を向ける。・・・ちょっと褒めただけで、この方々は喜ばれて、よほど建築が自慢なのですねと、フォラヴは思うが。


 ちらりと肩越し、そんな部下を見たドルドレンは、ここではどうもフォラヴ熱が高まりそうな気がした(※朝と言い、今と言い)。


 そしてこれは、思いがけない相手にも有効―――



 建物が連結して広いため、一階を歩いているだけで時間が掛かる。結構歩いたのでは、と思った時、廊下の先を横切る通路から、貴族の数名が現れた。


 隊商軍二人と話している貴族は四名。見て分かる貴族らしい衣装だが、声は静かだし軍人二人とも並んで歩いている。優劣をちまちま気にしない印象の貴族は、そのまま左から右へと横切って消えた。彼らが通り過ぎた後で、ローワーも歩き出し、ドルドレンたちも続いて・・・奥に階段が見えたと思いきや、後ろから軍人が一人来た。


 先ほどの貴族たちといた一人で、ローワーが素早く振り向き、彼の耳打ちを聞く。頷いてからちょっと後ろを覗く姿勢を取り、何を確認したのか。ドルドレンたちも自然と後ろを振り返る。廊下の壁の角に、もう一人の姿あり。


 ドルドレンの直観が告げ、それは一秒も経たない内に肯定される。


「こちらから・・・『一緒に上がりましょう』とゴルダーズ公から」


 ローワーの言葉にドルドレンたちの顔が前を向く。ローワーと並ぶ軍人も少し頷いて『()()()()()が本日はいますから』と言う。話を通す相手が同じ、の意味だろうが、誰と会うかは知らなかったドルドレンたちは、軍の最高位と今日は話すのかと驚いたものの、貴族との会議があるのだからそれもそうかと思い直す。


 会議前に、ドルドレンたちと会う予定だったと、すまなそうなローワーが小さい声で教え、急に来た貴族が先になってしまったため、待たされてしまうと思ったそうだ。だが、今すれ違った貴族が、ハイザンジェル人と見抜いて声をかけた、と。


 ふむふむ、頷くドルドレンだが。どこかで取り外せないアレ(※フォラヴ愛)が気になる。



 良かったら、ともう一度誰かが共通語で話しかける。後ろから聞こえた誘いに皆が振り向くと、角に立っていた人物がゆったり歩いてきて微笑んだ。


「私はエルドニール・ゴルダーズと申します。あなた方が先約であったと先ほど聞きました。急ぐ用は互いに同じでしょう。宜しかったら、同じ部屋でお待ち頂ければ」


「あなた一人のお気持ちで、他の方々も同意してくれるだろうか?」


 自ら誘う貴族に、ローワーたちより早くドルドレンが答える。親切は有難いが独断で言われてのこのこついていけないだろうに、とやんわり指摘。


 するとゴルダーズは微笑を引っ込めて、少し後ろに肩を逸らし『私の友人たちは私の意見を尊重します』と、向こうで待つ友ならもう大丈夫であることを教えた。そしてこれは、他の貴族もそうであると付け足す。


 ドルドレンが少し考えて黙ると、ローワーが横に来て『ゴルダーズ公の言葉は、()()()()優先されます』と情報を入れる。



 ・・・この間、ドゥージは居心地悪そうなしかめ面で、壁を見たまま。

 その態度が解る気がしてフォラヴは苦笑し、ちょっと弓引きを覗き込んで『お具合が良くありません?』と気を遣った。ドゥージも苦笑で首を横に振り『こうなるとな』と認める。


「ドゥージが居づらいなら、()()()()()部屋の外にいましょう。ザッカリアもそうしますか?」


「いいよ。俺、話よく分かんないし(※難しい)」


 二人の思い遣りにドゥージは『ありがとう』と礼を言う。いいえ、と首を振る妖精の騎士は『私も得意ではありませんもの』自分のためでもある、と小声で答え、微笑んだ。


「ではドゥージ、総長にお願いして、私たちはもう少し気楽な場所で待ち」


()()()()ご一緒にいらして下さると、私たちはとても嬉しいですが」


 言葉の最後に被さった声。振り向くと、貴族が見ている。ドゥージは理解した。ザッカリアも嫌な予感。ドルドレンは表情を変えない(※自分正解と知る)。フォラヴの微笑みが消える。


「私は」


「会議の場がご都合に良くないのでしたら、隣室が茶室ですので、そこではいけませんか?扉はありません」


「・・・私が決める事ではないです」


「あなたのように神秘的な雰囲気の()()()騎士を、私は初めて見ました。是非、もう少しご一緒して頂けたら嬉しいです」


「ですから、私は決められません」


 貴族の目つきで、妖精の騎士は見抜く。棒読みで答えると、貴族は総長をさっと見て『いかがでしょうか。彼らを離れた部屋に待たせるのは、失礼に思いました。慣れないために同席が出来ないようなら、隣室で』最後まで言わず、後は総長任せで言葉を切る。


 ちらっと灰色の瞳が部下を見る。嫌がっている・・・が、この広い施設で、使ってもいい臨時の部屋までどれくらいあるのかと思う。


 総長の沈黙三秒、ローワーが察して『これから行く会議室の階は来賓室以外がなく、待機するなら一階の応接室・待合室ですが、ただ今の使用状況()()(※混む)』と教えた。今から連れて行くつもりだった先は、二階の事務室の一つで自分たちと一緒なら問題ないと、そうしたつもりらしかった。


 逃げられないと判断したドルドレンの表情に、フォラヴは小さな溜息を吐き『我儘は言えません』と受け入れた。



 こうして、すれ違ったが最後、か。すれ違って功を奏した、か。


 どう転ぶやらと案じるドルドレンは、貴族の誘いに応じ、気遣いに感謝して来た廊下を戻る。待っていた貴族たちと軍人一名に挨拶されて返し、全員で絨毯の敷かれた通路へ入った。


 そこから先は、通路も階段も全てに赤茶色の毛足の長い絨毯が敷かれ、両隣の壁もずっと細緻な組石模様が飾り、天井と柱の彫刻は、アイエラダハッド知恵の時代を彫り込んだ芸術で続いた。


 ドゥージよりも表情が硬くなったフォラヴに、ドルドレンは自分が悪いわけでもないのに罪悪感を持ち、それは弓引きも同じで『俺に気を遣ったばかりに』と、優しい騎士の胸中を気にした。

 ザッカリアもフォラヴと似たような目に遭う質なので(※美形イケメンの悩み)、フォラヴの側を離れないと約束し、フォラヴは諦めがちにお礼を言った。


 前を貴族、後ろをドルドレンたち、の状態で歩くにも拘らず。


 ゴルダーズはちょくちょく振り返っては、ドルドレンとフォラヴに話しかけて笑顔を挟む。ローワーと話していても、すんなり割り込む貴族の話術。フォラヴは作り笑いを向けるが、会議が終わるまで、と決めている(※来たの仕事だから)。


 それを、斜め後ろにいるドゥージは気の毒に思う。が、ふっとフォラヴが見て『ドゥージ。気にしないで下さい』と微笑んだ。


「いや、あのな。でも」


「あなたの困ることではありません。待合室は満室らしいし(※ローワー情報)、帰るまでは茶室で。そうだ、私はドゥージに聞きたいことがあります。アイエラダハッドの木のこと」


「木?」


「ええ。ご存じでしょうが、私は森が好きです。あなたはよく、森で木の選別をされたと仰っていらしたから、ドゥージが見てきた木に、不思議な思い出などありましたら」


「ああ・・・そういう話か。あんまりないけどな。でもまぁ、職業柄少しは」


 どこまでも気配りある騎士に合わせつつ、本当に優しいなとドゥージは有難い。そうだな、と笑顔を向けた時、フォラヴを挟んで前にいるゴルダーズと目が合った。真顔に戻った弓引きに、フォラヴが気付いて前を向く。


「木がお好きですか?」


 ゴルダーズの滑り込みで話を奪う術、フォラヴは良い気がしないので『()()()()()な木が好きです』と、庭木観賞用ではないことを嫌味交えて答えた。ゴルダーズは、何ともない顔で笑みを湛えたまま頷く。


「私の領地に、中部の山を含む大きな森がありますよ。デネヴォーグに滞在するなら、一度」


「いいえ。私たちは戦うために訪れました。木については、私の『大切な仲間』が()()()教えて下さいますので、お気になさいませんように」


 解ります?とでも言いたげな、空色の澄んだ瞳がぐっと相手を見る。その目の鋭さに、ゴルダーズは一瞬驚いたような瞬きをしたが、すぐさま『なんて美しい瞳でしょうか』と褒めて返した(※フォラヴの目が据わる)。


「強い眼差しが、更に美しさを輝かせますね!あなたの空のような瞳、太陽に煌めく雪のような髪。そしてこれは褒め言葉ですが、性別を超える崇高な顔立ちには、褒めるなと止められても無理です。こんなに神秘的な人は、過去に一度だって知りません」


 ・・・この畳み掛けた口説き文句に、フォラヴは固まる。男と知っていての言葉に、ドゥージもザッカリアも不愉快極まりない。前で聞いているドルドレンも、これは止めてやらないと、と振り向いたが、ケホンと軽い咳払いをしたフォラヴは『お褒めに預かり光栄』と返事。何かと思えば。



「私は貴族と話すに、充分な教育も礼儀作法も受けていません。どうぞ、見た目だけで判断されませんことを願います。この言葉も気遣っているつもりですが、私には付け焼刃で、無遠慮かもしれません。お許し下さい」


 フォラヴの断り文句の刺々しさに、ローワーたちは目をかっ開いて怯える。他の貴族も、友達と外国人を交互に見る。ドルドレンは『ああ、フォラヴらしい』と思ったが、どこでも遠慮なし、とも思う(※かくいう自分も)。


 これには初対面もあり、ゴルダーズも少し気を損ねた表情を向けた。だが、それは『どう受け取ったか』を示すための合図であり、不快である、それはしっかり伝えるだけ。ここで下がるわけではない。


「お名前も伺っていないが。私はあなたを褒めただけですよ。そんなに気に障りましたか?」


「他人と関わる時間が遠くなった、戦うだけの騎士の私には、誤解も先入観もありましょう」


「・・・物怖じもせず、返事はこちらを覆い込む。ふむ、あなたの名を教えて下さい」


「私は、ドーナル・フォラヴ。それと、私は人ではありません。妖精です」


 ギョッとする第二弾。 振り向く総長に、フォラヴはちらっと見て『すぐに分かることです』と突き放す。

 他の者もさすがに騒めき、隊商軍の三人は口が開いた。フォラヴの片腕にくっついて、ザッカリアがくすくす笑う。フォラヴも彼にちょっと微笑み、『ね』と頷く。


「もし疑われても、ここで証拠を見せる気はありません。単に自己紹介です」


 ぴしゃっと言い切る白金の騎士は、見世物ではないことも釘さす。ここまで言われなくても、と思うゴルダーズだが、真面目にきちんと彼の言い分を認めた。



「素晴らしい自己紹介を頂きました。妖精のフォラヴ。あなたが言うなら信じます」


「そうして下さい。私は、ここから魔物がいなくなるまで、(いかづち)と風を味方にアイエラダハッドを守ります」


 そのためだけに来た。強い眼差しは、見た目云々で時間を取られる気はないと無言の声も籠る。


 ここはもう、階段を上がった会議室の手前。扉が開いたままの会議室から、既に入室している人たちの会話が聞こえる場所で、ゴルダーズと他の貴族は一度目を合わせ、会釈した他三人は先に会議室へ行った。貴族と一緒にいた軍人もローワーに少し頷いてから、部屋へ入る。


 ゴルダーズは総長に顔を向け、『では、総長は、私たちと行きましょう』と片手で扉を示し、フォラヴたちに『どうぞ手前の扉から茶室へお入りください』と短く伝えた。


 歩きながら、妙な展開でここまで来たが、会議前で落ち着いたことに、ドルドレンは少し安心する。ゴルダーズの態度は変わっていないし、ローワーも若干驚いただろうが普通にしているので大丈夫と思えた。



 そしてドルドレンだけが会議室へ行き、すぐに紹介をされて、取り囲まれ、流れで会議に入る。同席するだけの話が、知らない間に元帥に近い席に座らされて、ドルドレンは自分も客室で良かった気がした。

お読み頂き有難うございます。

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