2226. デネヴォーグの状況
「魔物が出ていたんだ」
この一言で、町に入る前までの、穏やかな意識は切り替わる。
ドゥージの言葉に目を見開いたドルドレンは、『どこに』と現場へ急ごうとしたので、ドゥージはすぐ止め『何日か前に終わっている』と教えた。
「落ち着いてくれ。今聞こえたのは、『救援物資が足りていない』話だ。この町じゃない。近くだろう。誰かが足りないことを怒鳴り、返す誰かが『一昨日出した量は、もうない』と答えた」
「一昨日・・・既に退治は終わっているのか?」
「多分な。これだけ大きな町が、ガラガラなのも変だと思ったが、救援で出ている可能性があるぞ。この辺りは、中心地よりまだ遠い。もう少し進んだら、中心地の端っこくらいには行ける。まずはそこで情報集めだな」
大声のやり取りは馬車の御者同士らしく、ドゥージも眉を寄せて『どれだけ被害が出たんだ』と気にする。ここまで人がいなくなるほど?と信じられない様子に、ドルドレンも同意見。
こんなに大きな町で、人が減るほどどこかに救援に出るだろうか・・・だが、確かにデネヴォーグが打撃を受けた印象はない。通ってきた道も、建造物もまともなまま。
閑散とした民家の並びを抜けた後も、人も往来も増える様子はない。店屋や施設が多く建つ通りへ出て、途中の案内看板で馬を止めたドゥージは、看板を少し見ながら『こっちか』と呟き、方向を教える。
「直進して、円形広場まで出よう。そこから分かれる道で、隊商軍本部手前。検問所?だと思うが・・・そこまでの敷地が・・・移民用?あ、『移民区』か」
案内図を睨んでいたドゥージは、合点がいって体を起こす。『この先の広場を通過して、移民区先に本部手前検問所』と総長に教えた。
普段なら、こうした土地の特徴や新しさに、『いろんな町がある』と感心したりするのだが、そんな落ち着いてはいられない。さっと了解し、一秒でも早く、魔物被害の状況を調べるため、ドルドレンはすぐ馬車を動かす。
・・・魔物はもう、出た数全部、倒されたのだろうか。まだ予断を許さないのではないか。
どこまで倒せているのか気になる。悶々と心配していると、後ろから来た馬車が横について並んだ。見れば、先ほどすれ違った形の馬車で、これは町専用の馬車かもしれない。
こちらに用がありそうな御者に、用を訊ねようと口を開きかけた時、荷馬車と町馬車の間にドゥージが入った。彼は相手に話しかけ、それに対し、町馬車の御者は前を指差し何かを教えて、別の方ヘ行ってしまった。
「避難民が、今日から町に入るらしい」
魔物被害に遭った町で、家を失った人々の受け入れが今日開始。それで、旅の馬車も避難民かと思われたようだった。弓引きは前方に軽く顎を向け、『移民区方面に向かっていたからだ』と続ける。
広場の先は移民区があり、見慣れない馬車だし親族を頼って逃げてきたのか、と聞かれたそうだ。ドゥージは、自分たちはただの旅人と答えたので、『それなら早く宿を押さえた方が良い』と、それで終わった会話。
「休憩は、宿をとってからにしよう」
混む前に宿を促すドゥージに、ドルドレンも予定変更。朝の予定がコロコロ変わるが、事態が事態だけに仕方ない。ドゥージが、会話の端々で拾った情報で『俺たちが入った場所と反対方面の町』が襲われた様子。
ドルドレンはふと、それでイーアンも気づかなかったのかも、と思った。
上から見ているイーアンなら、近隣に大型の被害が出ているのを見たなら絶対に報告する。だが、イーアンがこちらに来る前の方角も、襲われた側ではなかったのだ。
反対側からでは、端まで見通しが利かない広さの立法首都。彼女は町の大まかな形状は把握していたが、先の先まで見えなかっただろう。イーアンは、ただでさえ視力が低い。
そして気付く。『イーアンが反応していない』ということは、魔物はいない。
それをドゥージに言うと、ドゥージも言われてみればと頷いた。『見えなくても、気配は感じとるもんな』と納得する。一先ず、イーアンが何ともなかったことで、『現時点で・魔物は残っていない』と安心出来た。またいつ出てくるか、分からないが。
こうして話しながら進んでいる間も、人々の姿は本当に少なく、急ぎの馬車が通りを駆け抜けて行くのとすれ違うだけ。
警戒か、自宅待機でも命じられているのか。町民は通りにおらず、建物沿いにちらほら。話し声らしい話も聞こえない中、黙々と進む内でドゥージが首を少し傾げた。
「いくらかの貼り紙の情報だが。一ヶ所じゃないな。町が何か所か、まとめて襲われていると思う。細かい町名まで俺も覚えていないが、地図で確認した町の名が一つ二つ、書かれていた。他にも」
「町が幾つも同時に?」
「多分。貼り紙に、地名と被害率というか、甚大な被害を受けた場所と、比較的少なく済んだ場所がざっくり書いてあるんだ。恐らく、掲示しているのは『そっちへ行くな』の意味だよな。親兄弟子供、親戚が周辺の町にいたら」
「心配で動いてしまうからか」
理解するドルドレンは、苦い表情で頷く。どこもそうだった。ハイザンジェルも、テイワグナもアイエラダハッド極北でも・・・被災直後、生活が出来なければ、動ける町民の移動は起こる。
ドゥージが読んだ掲示内容だと、被害当日から移動は始まっていて、デネヴォーグは一旦規制を出している。
無慈悲に感じるが、町側の対策が決定する前に入られては管理できない。今後の面倒を考えたかもしれない。緊急で町の外にテントなど、避難所を用意したらしいが、それらも方角で言うと町の反対方面。
ドルドレンたちが情報を集めている間、後ろでも町の状態を話し合う。
先ほど、町馬車に話しかけられる少し前、ドゥージがタンクラッドやオーリンにも手短な内容を伝えていた。数日前に魔物被害が近隣であった・・・これが、『祭殿の門番』と戦った者たちにはピンと来た。
「数日前。俺たちが、精霊の領域に入ってから」
「そうです。門番はあの時・・・私たちが倒すと、外で魔物が倒されていると言いました(※2197話後半参照)」
「これがそれだな」
「倒せても、被害は避けられなかったのですね」
御者台でタンクラッドの横に座るフォラヴは、自分が門番に言われたことを話し、タンクラッドは『倒したのは俺たち、ということか』と理解する。
荷馬車の荷台でも、ミレイオはイーアンにその話を聞かせており、食糧馬車のオーリンには、寝台馬車の戸を開けた状態で、ザッカリアが教えていた。
明け方戻る頃、魔物の気配はなかったとイーアンは言い、被害規模は大きそうだけれど、もう魔物がいないなら救援活動にだけ集中できると思った。
皆がそれぞれ話していると、前からドゥージが『宿をまず手配する』と言いに来て、事情を説明。なんだか慌ただしくなりそうな予感の中、一行は人の少ない通りを進み、円形の広場を通過して移民区へ入った。
移民区は、煉瓦の色が変わった時点で建物の雰囲気も変わる。ティヤーの移住が多そうで、ドゥージは『ティヤーの言葉ばかり』とドルドレンに教えた。
ドゥージも、ティヤーの言葉はちょっと分かる程度。読めても、理解出来ることは少ない。
だが、ここはアイエラダハッドであり、立法首都である以上、『アイエラダハッド語』で話しかければ、彼等は応じるだろうとドゥージは思っていた。
自分にもわずかにそうした気持ちがあるが『躾』のような感覚・・・ここが誰の土地で、誰の言葉か、それを譲る気はない、と頭に掠め、ドゥージは自分にも微量にあるらしき『アイエラダハッド魂』に失笑した。
移民の地区も人は少ないが、通過する馬車は気になるらしく、窓から見ている人が多い。自分や隣近所の親戚がいるのでは、と気を揉んでいる。
「食糧馬車は、『アイエラダハッドの馬車の民』のだからな。知っている人間は知っている」
「馬車の民が、移民区に逃げ込むとは思えないが」
「バフタウォが話さなかったか?あの時、俺は直に聞いていないが、彼の話は正しい。馬車の民の町は、他にもある(※1827話後半参照)」
コートカンは嫌な思いをしたためか、ドルドレンは少し忘れていて、ドゥージに言われて思い出す。そうしたことなら、確かにここが馬車の民を迎えても変ではない。アイエラダハッド人ではない共通点があれば。
ドルドレンが通りの左右を挟む家や店を眺めている間に、ドゥージは宿の場所を見つけた。宿は移民区の出口辺りで検問所付近。手続きの間、寝泊まりさせるためになのか、宿が集中している。
「ちょっと高いか。もしくは、お粗末か」
通り過ぎた看板から感じたことを、ドゥージがドルドレンに伝える。値段の差が結構開いていたので、安宿で適当なところもありそう。
移民区はそこそこ広いが、進む道自体は短く済み、間もなくして検問所前の宿屋通りに入った。この時点で、既に時間は昼。午後には、被災地からの避難民が増える。
とりあえず、良さそうなところをドゥージに見てもらって、彼が選んだ宿へ馬車を進めた。
検問所の真横が一番安かったが、そこは本当に素泊まりもいいところ。本当に素泊まりなら、馬車でも良い話なので、少しはましなところを選び、検問所から鋭角に曲がる角を進んだ先の宿に決まった。
お読み頂き有難うございます。




