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魔物資源活用機構  作者: Ichen
秤の備え
2221/2965

2221. 魔導士から『操り紋』報告・イーアンの小細工作業

※16日(日)の投稿をお休みします。どうぞよろしくお願い致します。いつもいらして下さる皆さんに感謝して。

 

 女龍に棘が利かないことを知った、残党サブパメントゥの急な攻撃の可能性。



 しばし沈黙――― 無関係ではないどころか、危機を引き起こす立場のラファルは居心地が悪い。『俺は向こうにいる』と椅子を立ち、隣の部屋へ行った。

 可哀相な気がしたイーアンが、呼び留めようと椅子から腰を浮かしたが、魔導士は彼女の肩に手を置いて座らせた。


「そういや・・・お前は留守だったんだよな。あのまま、ドルドレンたちは精霊の領域に入ったから。ドルドレンかフォラヴから、俺が言ったことを聞いていないか」


「何の話を?」


 怪訝そうな女龍の反応に、聞いてねぇなと頷き、魔導士は『門番と試練が始まる少し前の時間、何があったか』を教えてやった。


 あの時・・・イーアンが、ダルナたちといた時間。フォラヴの質問に魔導士は答えた(※2186話参照)。

 その質問の中に、レーカディという商人の正体に関わる質問があり、魔導士が見当のつく答えを教えてやった―― 『紛い物は、龍や妖精、精霊の強い力に触れると、使い物にならなくなる』 ――ことを。


 唖然としながら話を聞いていた女龍は『じゃ。私が吼えたら』と言いかけ、何てことなさそうに『そういうことだ』と煙草を吸う魔導士を見つめる。だとしても。塗料でペイントされた全ては、大した効果がないにせよ、操り紋とは。



「剣の他、『格下の操り道具』。東部各地に配られているみたいなんだけど、数も広さもあるから、どうにかしないと」


「・・・話を戻すぞ。今日、お前の動きで『棘はもはや、女龍の動きを妨げない』と伝わった。お前が何かの形で足止めを食らっている時を狙う、そう考えるかもしれない。どう攻撃するかは、サブパメントゥ()()()、だろう。

 格下で効果は弱いと言え、一斉に操られたら、お前も手が回らない」


「それは困る」


 ぞわッとしたイーアンに、テイワグナの記憶が蘇る。シャンガマック、タンクラッドが、自分と伴侶に剣を向けた日(※789話参照)。他の話もミレイオに聞いていたことが一度に頭を埋め尽くす。


「落ち着け。そういうやり方なんだ、サブパメントゥは。操る人間同士で殺し合わせもする」


 魔導士の話に、ちらと隣の部屋を見たイーアン。ラファルがもしそのタイミングで連れて行かれたら。そして、もしもドゥージが同じように連れて行かれてしまったら。二人が危険なだけではなく、被害が助長する。


 女龍の視線を追った魔導士も、彼女の考えることを懸念する。『手を打つぞ。俺ではなく、お前がだ』肝心なのは、魔導士が動けないこと。今だってギリギリの制限の中で、()()ラファルを野放しにしないといけないのに、これより更に放置するなど、あまりに危な過ぎる。


 うん、と頷く女龍は必死に何かを考えていて、また一方通行の思考に陥りがちな雰囲気から、魔導士は『一緒に考えてやる』と彼女のだんまりを止めた。


「お前の・・・褒めとくか。良い所と言えなくはない。すぐに行動に移す。自分を酷使して、思いつくことを片っ端からする。だが、行動が合っていなかった場合が問題だ。時間制限がある時は」


「バニザット。どうしよう」


 すんなり頼るイーアンに拍子抜けする。が、過去に多くの経験を積んだ者に知恵を乞う、その必要に迫られる事態。『いい判断だ』と答え、魔導士はすぐさま実行できることを考えた。




 *****



 もう帰るのか、と惜しまれながら後にした、魔導士の部屋。

 惜しんだのは勿論、魔導士ではなくラファル。

 感情が薄い男の印象だけに、彼の気持ちの変化に嬉しいのだけど・・・イーアンはゆっくりしている場合ではない。


 魔導士に相談し、何が出来て、何が難しいか。現時点で妥当な条件を教えてもらい、その場で考え付いたことから『部屋、一つ貸して』と頼んだイーアン。

 はぁ?と面食らう魔導士に、あれこれ必要な状態を早口で伝え、それが整っている部屋はあるかと訊き直したところ、『あるが』と返答を貰った。


 ので、一旦馬車へ・・・も後回し。まずは、『必要な状態が揃った部屋』を貸してもらうことにし、魔導士に案内された、別の地域にある部屋に入った。



「魔法使いの部屋、って感じじゃないね」


「過去にあった僧院の一室だ」


 魔導士が、自分の持ち部屋として管理しているだけで、これまで見ていた『いかにも魔法使いの部屋』と丸きり違う、素朴な石造りの部屋。何百年も使っていないので、いろいろと朽ちているが、魔導士が指を鳴らして明かりを灯し、呪文を呟きながら指先を向ける度に、そこかしこが息を吹き返す。


 こうしたことを平然とやってのけるから、見ているイーアンは驚かされるが、本人は何ともないこと。ほらよ、と振り向かれた時は、かつて、僧院の僧侶たちが使っていただろう元の姿に部屋は戻っていた。


「・・・私も、こういう感じのところで育ったんだよ」


「あ?お前が?僧院育ちか」


「孝女会修道院で()()()


 雰囲気が似ていて思い出した、幼少時。イーアンが記憶を重ねて、懐かしそうに部屋を眺め渡すのを見下ろし、魔導士は『こいつは孤児だったのか(※あり得ると思い込む)』と頷いて、この会話は短く終わる(※誤解)。


「お前が読める文字はないだろうが。文字に用はないよな」


「道具に用があるだけ。使っちゃいけない道具は、はじいて」


「ねえよ。火は、そこだ。水はこっち。この辺の、劣化してるが使うなら戻してやる。ここの床の段差が、お前の欲しい材料の一つ・・・って見せた方が早いな」


 世話焼きな魔導士は、暖炉に火を熾し、乾いた水場の空っぽの桶に水を満たす。蝋やら膠やら炭やら、名残で残った程度(※カスともいう)を『劣化』と呼び、ぱきっと指を鳴らして、壊れた道具も姿を現役時代に復活させる。魔導士曰く、『時間を戻しているわけじゃなくて、状態に宿る存在を戻している』とか、意味の分からない説明だった。


 頷きながら、魔導士側(ここ)の魔法はやっぱり物質云々の組成・復元とは違うんだ、とイーアンは理解はした。私はこれから、()()()()に頼るんだけど。


 そんな女龍に、詳細を聞いていないままの魔導士は、さっき言ったこと忘れるなよ、と釘を差す。振り向くイーアンは『操り紋に()()()()()だけ』と、先に伝えたことを繰り返した。



 終わったら呼ぶからと約束し、魔導士を戻す。イーアンはここから一人で作業に取り組む。と言っても、大したことはしないが。


「そう。()()()()()()()()()でしょう。でも単純な方が安全で、バレないこともある」


 工房と勝手が違うけれど、使う物は大体同じ。代用も利くし、材料もある。この『材料』が必須だけど・・・・・



 ―――あるのでは、と思っていた。


 推測だが、ハイザンジェルで一番最初に出会った僧院『ディアンタ僧院』の古書に、強アルカリの灰を作れる植物の絵を見た。

 ディアンタも、アイエラダハッドから流れてきた『閉ざされた知恵』の場所なら、アイエラダハッドではすでにその植物を使用した、と考えることも出来る。そう思って、バニザットに聞いたら、言い難そうに『あるが』と答えた。前職僧侶のバニザットの時代、どこかで掠ってるはず、知恵に貪欲な天才魔導士が知らないわけない、と聞いてみて正しかったことにイーアンは感謝する。


 砂漠の植物=テイワグナ、が真っ先に思いつくが、砂漠ならアイエラダハッドにもアムハールがある。


 オーリンは、アイエラダハッド南部の貴重な砂漠を行き来する、遊牧民の中で育った話をしてくれた。強アルカリの灰を作れる植物は、砂漠の自生種。この国で生成していてもおかしくなかった。


「本当に使っていたのね。すごい人脈とすごい探求心」


 魔導士が復活させてくれた材料の数々の一つ、乾燥させた植物が入る袋と、それを臼で挽いた粉の袋がある。これがそうで、元の植物の葉脈や木質から、絵にあった植物とほぼ同じと判断した。

 そして現在のイーアンは、微量の電流も調整できるし、電解も可能、水溶液から水分を抜くことも出来る(=作業早い利点)。


 どうにかなると踏んで、湯を沸かし、石板を木の机に運び、すり鉢とすりこ木と匙を用意する。粗目の布や濾し器、バケツなどを回りに置き、イーアンは黙々と作業を始めた。



 ―――レーカディが、日用品や剣に付けた絵柄。サブパメントゥの操り紋。


 魔導士が言うには、絵柄の付いた品物を対象に、魔法で効果を失くすことは出来る。ただ、それは近くへ行って指定する必要がある。


 散布に近い配られ方の品々は、地域によっては精霊の加護があったり、逆に誘発をしかねない―― 『言伝』に似た絵が近くに遺る ――など、地域の条件を等閑にできないので、『一つ所から動かずして魔法で対処』は良策ではない、とした。


 もう一つ懸念がある。それは、『今すぐ絵柄の効果を失くした』ら、残党(向こう)が気付き次第、何かしら動く可能性。

 あっちはあっちで、無計画で行動している訳ではなさそうなのが、レーカディを使っていること。

 頭は悪いだろうが、攻撃の準備として配置したと考えられるだけに、変に手を付けた時点で触発しないとも言い切れないのだ。


 それで魔導士は、『地域ごとに回って、操る効果を消す』くらいが妥当、と伝えた。魔導士も、それがどれほど時間を食うか、言いたげな目つきだった。



「早い話が。見つかり次第、刺激してしまうし、それ以前に魔法に頼る上で、地域の都合も考慮しないといけない。レーカディめ・・・って、あの男は唆されてるだけかもだけど。

 対処するなら、『気付かれ難く・効果に届かない魔法を使って・確実に効果を失くす方法を取る』しかない」


 魔法を行き渡らせることは出来るのだ。慎重でなければならないから、一発で解決するのは無理というだけで。


「もし・・・バニザットの旅路で、彼が対処するとなれば。彼は動き回って、地域に合う魔法で操り紋を封じるだろう。でもバニザットレベルの魔法使いは、私たちにいない。そして現時点で即行動に移れるのは」


『今は()()()』と、イーアンは机に屈めていた背を起こす。

 考えながら進めた作業は、とりあえず完了。一度試験してみて、大丈夫そうならバニザットを呼ぶ。もう夜だなと、暗い窓の外に目を向け、イーアンは大きく息を吐いた。


「ドルドレンたちは、町の外に出たかどうか。すぐに動けるのは私くらい。これは私の仕事なのでしょう。後で連絡しておかないと。で・・・どうかな、こんな感じでいけるかな」


 独り言が普通の声量のイーアンは、広い石造りの部屋で、作業の結果を見守る。地味な対処。単純すぎて、時間の無駄と思われそう。だけど、とイーアンの鳶色の瞳が、変化の流れを見届けてキラッと光る。



「まずまずです。サグンとワタイー集落で見ておいて良かった。それに、レーカディの本店でも、東部の製法を見る機会があって助かった。

 食器は木製か素焼き基本で、直に絵を描いていたし、釉薬のある食器は一般的ではない様子。貴族の家でしか出てこなかったもの・・・レーカディが卸しているのは、釉薬のかかった焼きものじゃなかった。考えてみれば、作らせた柄入りのは『販促品』だもんね。


 面や木製品は、刷毛目の跡と、塗膜にむらがあった。展色材に油を使うとああなりやすい。臭いも油だったから合っているはず。顔料と植物性乾性油・・・この世界で多分まだ、他の素材は加えていない。脂肪酸だったら普通の灰でも良いけれど、トリグリセリドは強アルカリじゃないと結合切って分解するのが難しい。だから()()が必要だった・・・・

 布は、染の媒染が酸性中心のようだから、そっちはすぐ対処できる・・・一点でも集中して加速劣化させることが出来れば、模様の意味を崩すことは出来る」



 最初は、塗料と保護剤を膨潤させて遊離を促すかと考えたが、そんな面倒なことを布や土や木製品、分類別になんて材料も時間もない。でも一部損壊で、形が変わると効力の発揮できない絵柄、とバニザットに聞き、それなら()()()で加速劣化が起きるようにすればいいのか、とイーアンは考えた。


 こうして、どちらにも対応できるよう作ったのは、粘度の強い液体。レーカディが置き回った数を想像すると、量ははかなく微量だろう、が。


 でも、物質を変える私たち(異世界)の魔法で増やして、次に各地の品にこれを乗っけてもらうよう、バニザットにお願いすれば―――



「魔法そのものをくっつけるんじゃないもの。運ぶ時だけ魔法を使うだけで、操り紋に付くのは『ただの物質』。魔法じゃないから、埃やゴミと変わらない。サブパメントゥが反応する範囲じゃないはず」


 パンと両手を打ち合わせると、イーアンは扉を開け、月明りに僧院の遺構が照らされる森の中、魔導士を呼んだ。

お読み頂き有難うございます。

体調を崩しまして、16日(日)の投稿をお休みします。ご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いいたします。いつも来て下さる皆さんに心から感謝して。

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