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魔物資源活用機構  作者: Ichen
秤の備え
2215/2965

2215. 精霊の祭殿と十人の仲間 ~⑦面拝領ミレイオと未来・狼男の答え


 礫の発生で、ドゥージが怨霊に背中を焼かれかけた一瞬。


 何があったかをミレイオ、ヨーマイテス、そしてヤロペウクは見抜いていた。離れたところで保護されていたシュンディーンも勿論、見た。 

 怨霊は、ドゥージから離れようと逃げ出しかけたのだ。


 精霊の祭殿で散ったところで消滅するだけだが、怨霊に深く考える意思はない。この、一斉に離れかけた動きがドゥージに衝撃を与え『焼かれた』状態で、礫は怨霊を逃がさなかった。


 彼らが見抜いたのはここまでで、その理由までは知るに及ばず。精霊たちの判断は、ドゥージの怨霊を引き剝がすことではなかった。



 ―――ここで怨霊を引き離したとしても、ドゥージは再び選ばれる。


 表に出れば、怨霊が消えた()()使()()()()()のドゥージに、古代サブパメントゥが、また手を伸ばす。ドゥージの役目は、精霊の祭殿(この場)で終了しないことを、精霊たちは知っている。


 精霊の『時の礫』が古代サブパメントゥに何を齎すか、ファニバスクワンは調()()()、ドゥージの保護に変えてやった。効果最弱の状態であれ、決して敵わない『時の礫』の破片を身に着けさせた以上、怨霊はドゥージをこれまでのようには使えない。古代サブパメントゥの輩も同じ―――



 精霊の意向までは知る由なくても・・・ 戻ってきたドゥージの安堵した表情に、ミレイオは『良かったわね』と金色の紐をちょっと指差した。頷く弓引きは自分の首元に手をやり、『俺にまで』と勿体なさそうに紐に触れる。




 ――【ミレイオ】 ~『領域非ずの面』


『魂の旅人ミレイオ。ここへ』


 あ、と思わず顔を上げたミレイオ。その呼び方・・・妖精の女王が呼んでくれた(※723話参照)呼び名。

 私も無関係ではないのよねと、気持ちを引き締める。魔物の王を倒す、そこに直接関係していなくても、この世界の流れに組み込まれ、生まれてきた。


 フォラヴに『行ってらっしゃい』と送り出され、ミレイオも精霊の池に歩く。さっき、面に姿を変えた精霊たちは、順々、姿を戻し始めており、その合間を縫って池の端に立つ。面に変わったのも、彼らなりに精霊の力を抑えたからかしら?と少し考えるミレイオに、ファニバスクワンは話しかけた。



『ミレイオ。お前には、領域を跨ぐ力を与える』


 妙な一言に瞬きするミレイオ。今、なんて言った?・・・領域、って。

 さっき、まさか、ウソ・・・()()()の? つーっと視線がヤロペウクに動く。イーアンたちと同じ感じで、お面作った人よね、と大柄な男に視線を止めると目が合い、慌てて目を逸らした。


 何で?と慌てるミレイオに、大精霊は特に説明もなく、浮かぶモザイクタイルの面に、ひょいと鰭を伸ばして、ちょんと押す。


 ふわふわ漂う、思った通り・・・ヤロペウク製のお面がミレイオの前まで来て、すごく受け入れ難い気持ちで両手を出して、ミレイオは面を手にした。どうしよう、これ。正直、返したい(※重大過ぎる気がする)。


 ギューッと眉がくっつきそうなくらい寄っているミレイオに、イーアンは胸中を察する。イーアンも『どうしてミレイオにそれを?』と嫌な予感がひしひし。ちらっとヤロペウクを見ると、心なしか、彼の目が据わっていた(※ミレイオが嫌がってるから)。


 離れたところで見ているヨーマイテスは、なんでミレイオ(あいつ)にヤロペウクの力だ、とイラっとした。

 ミレイオにあんなの与えたら・・・同時に過るのは魔導士の影。老バニザットは『精霊に赦されている』と自分の出戻り状況を話していたが。実は、ミレイオ諸共、魔導士を壊す気かと勘繰りもする・・・・・


 険しい雰囲気に気付いた息子に『どうした?』と訊かれて、ハッとした獅子は急いで考えるのを止めた。

 息子が気にしているので『後でな』と言っておいた。息子の思考から伝わったのは、ヨーマイテス()があの面を求めていた、と思ったようだから。



 外野さておき、ミレイオとしてはこの()()()()らしきものを渡され、たじろぐだけ。


「あの。ごめんなさい。私にはちょっと荷が重いというか」


 やっぱり返す、と作る笑顔でお面を差し出すミレイオに、ファニバスクワンは微笑んで首を横に振る(※ダメ)。


「でも。いくら何でも私は同行だし、ヤロペウク?だっけ(※名前うろ覚え)。彼の特別な力は、私じゃない仲間に使われるべきだと思うわ」


『ミレイオが持ちなさい。お前は、3つの世界を通る者。そう女王に聞かなかったか』


「あ。ええ、聞いたわ。結構前でしょ?」


『時期は関係ない。お前の生きる時間はそこにある。これを持ちなさい』


 返す言葉がないミレイオは、言葉に詰まる。宿命を理由にされたら、何でも知っていそうな精霊相手に言えることはないだろう。でも、私が望んだわけじゃないのよと、本当は断りたい。これ以上の負担は欲しくない。


 ()()なのね、と遣る瀬無い気持ちがこみ上げ、モザイクタイルの面を悲しく撫でる。小さく頷き、『分かったわ。大事にする』と圧し掛かる重さを受け入れ、ミレイオは下がった。精霊も余計なことは言わず、立ち去るミレイオに同情を思う。



 あったほうが良い。 

 精霊がそれを説明することはなかったが、この先、ミレイオは必ず自分の存在に適した()だと認識する。


 正しく動けるミレイオだからこそ、ヤロペウクの力の一部を授けた。ミレイオに与えた以上、他の人物が使うことは出来ない力で、ミレイオは必ずそれを使う日が来るのだ。彼が、自分の在り方を全うするにするために。


 その時、ミレイオは本当に魂の自由を得るだろうから・・・ファニバスクワンは、ミレイオの特異な存在を、その親ヨーマイテスに重ねる。ヨーマイテスが、魂の息子シャンガマックによって得た心の変化は、いずれ、ミレイオも別の形で通る道になるかも知れない。


 彼を()()最初の思考を持った、魔導士バニザットと・・・ミレイオが離さない赤子、この繋がり。


 ファニバスクワンは、我が子シュンディーンに目を向ける。アシァクの馬の背に付いた、籠にいる赤ん坊。

『あの子がミレイオと共にいる時間』の、大切さ。いつか。ミレイオと共に空へ上がる我が子が、ミレイオの勇気になるだろう、と。




 ――【狼男】 ~『面』と『再生』


 残るは、ヤロペウクとシャンガマック親子。『時が満ちた』から呼ばれた狼男たちも、世界の旅人の拝領が終われば自分たちの番、と考えていた。同行者が先に呼ばれるのは意外だったが。


 その、()()は続く。ファニバスクワンは、ミレイオが戻った後で、池にちゃぷっと沈んでしまう。また何かあるのかと思いきや、少し離れた台にいたアガンガルネが来て、池の側まで来ると振り返った。



『エサイ。ビーファライ。ここへ』


 神々しいトラは、狼の姿の二人を呼んだ。顔を見合わせたが、すぐに二人はトラの側へ行く。

 エサイは、ビーファライより早く狼男に変化した。その時、アガンガルネに森で出会い、『狼を連れるように』と指示をされた思い出がある。あれから、もう一年以上経つだろうか――


 大きなトラの前に並んだ、二頭の狼。灰色のエサイ、赤毛のビーファライは、この時を待ち望んでいた。



『お前たちに、今後を問う。一度は失った体と時間を、狼として繋いだ、これまで。ここから、人間として始めることも出来る』


 ビーファライは待ってましたとばかり、精霊の言葉に即答しようと口を開きかけた。だがアガンガルネは大きな頭を横に一振りし『聞いたほうが良い』と静かに制する。


『生まれ変わるのだ。人間として生きるなら、ここで狼男の繋ぎを解き、一旦魂を戻す。そして、別の場に生れ落ちる』


「・・・生まれ変わる?」


 信じられない言葉に、赤茶の狼の目が丸くなる。今すぐここで、貴族の自分に戻るのかと信じ込んでいた。『時が満ちたなら、人に戻れる』その意味は、試合で死ぬ前の自分だとばかり・・・・・


 唖然として数秒言葉を失ったビーファライの横、エサイは眇めた目でトラを見て『俺もこの世界で?』と短く尋ねた。トラは頷く。別の世界で生きていたエサイは、この世界に来て命を失っている。生まれ変わるなら、この世界に於いて。


「人間として始めることも出来る、と言ったが。他に選択肢があるのか」


『ある。人の寿命の分の年月、狼男と()()()の姿半々、二つの姿を持って過ごす』



 ――― 人以外の。


 愕然とする、エサイとビーファライ。ビーファライに至っては、頭の中で計画していたことが白紙。せめて、『狼男と()()姿半々』であれば、希望もあるだろうにと項垂れる。だが文句を言える立場ではない。疾うに自分たちは世界から消えていて、本来なら死んでいる状態そのものだから。


 気付けば息が上がっているビーファライは、精神的にかなり厳しかった。だがそれでも、希望が一つあるならと縋る。質問していないことを聞くべきだ。


「アガンガルネよ。教えて下さい」


 貴族の時の自分で、貴族として、精霊に向かい合おう、と狼は訴える。精霊の輝く緑の目が向いて、言うようにと促された。


「生れ落ちるのは()()()()?赤ん坊として、どこかの家に生まれるのですか。そして普通の人間として成長しますか」


『生れ落ちるのは、時間を戻る。どこに育つかは、私の決めるところではない』


 この返事。もしやと思って訊いたビーファライに、一縷の望みが生まれる。時間を戻る!『どれくらいの時間を戻りますか』と矢継ぎ早に尋ね、『お前が生まれた時まで』と即答を得た。ビーファライの緑の目に希望が見え始める。


「私が生まれた頃・・・庶民の家かも知れないし、貧しい家かも知れない、貴族の家かも知れないのですね?」


『そう。お前が生きていた時間を、別の人間として生きる』


「私の記憶は消えますか。今の私の」


『消えるかもしれないし、覚えているかもしれない。理由は私の手にない』


 何でも知っているはずの精霊が濁した、その意味を。ビーファライは半分以上の確率を信じて頷いた。『私は思い出したい』口を衝いて出た声に、パッと口を閉じ、精霊を見る。変に欲張っていると解釈されたら困る。が、精霊は憐れみを含む眼差しで、少し頷き『そうだろう』と理解を示した。



『お前は、そう願うと思っていた。お前の心を知る。愚かだった時間を組み直す気でいるのか』


「はい」


『覚えていなさい。お前が最後に残した足跡は、アイエラダハッドの町中と人の住まいではなく、()()()()殿()で終わったことを』


 アガンガルネはそう結ぶと、一歩前に出た。ビーファライが望んだことは、意思によって伝わっている。赤毛の狼も『自分はこうなりたい』とまで話すことなく、大精霊に伝わったことを受け入れ、傷のある額を向ける。


『ビーファライ。どこかでまた』


「はい。時を巡って、私の新しい人生を捧げます」


 トラは微笑み、狼に目を閉じるように言う。目を瞑った赤茶の狼は、アガンガルネの開いた口から溢れた緑色の木の葉に包まれ、そのまま消えた。あまりにも、呆気ないくらい、早く終わった出来事。



 一緒に過ごしてきた連れが消え、エサイも決意する。少し前から『人間に戻る』気持ちは彷徨っていたのだ。ここに来て、今。気持ちは固まった。


 トラの頭が自分に向き、『エサイ』その名を呼ぶ。灰色の狼はそっと・・・池の向こうにいる女龍を見た。女龍が心配そうに、目を見開いて見守る姿を嬉しく思う。

 俺がアメリカ人だと知っている、日本人(イーアン)がいる。この世界に放り込まれた、俺と、イーアン。そして、ロシア人のラファルもいる。俺はここで、生まれ変わる気はない。



「俺は。狼男と、世界の旅人の()()、二つの姿を求める」


「エサイ」


 イーアンを見ながら、はっきりと言い切った狼の願いに、女龍は目が落ちんばかりに見開く。狼が笑顔を向けて『だって今更、()()()()()()()()()()()なんてさ』と首を横に振った。どこかで赤の他人に生まれ変わりたい、と思わない。いっそ。


 女龍の身に着けていた青い布が、背中を押した。

 あんな形でも、側にいられるなら。俺の人生がまた、苦労とつまらなさの可能性を持つくらいなら。道具になってでも、狼男のままでも、世界の旅人と一緒に居られる方が()()()()()


「どうせなら、ファンタジー世界の()()でいたいだろ?」


「あなたって人は」


 涙が溢れるイーアンは、エサイの決意に頷く。私もそう思うだろう。私も、エサイの立場なら。いっそのこと、自分で通そうと思うはず。


『世界の旅人の道具を望むのか。お前の所有が彼ら、と願っている』


「そう聞こえていると思う。合ってる」


『面になるか』


「消耗品じゃなければ、何でも良いよ」


 ふざけた口調は変わらないエサイに、イーアンは胸が痛い。彼はいつでも、死ぬ間際もああだったと記憶を読んだ。これからも・・・彼は彼自身であることを選んだ。ふざけている訳ではない、とアガンガルネも分かっている。


『エサイ。今、お前の望んだ続きへ移行する』


「頼む」


『狼男の姿になる時は、お前が呼ばれた時。それまでは面として佇むだろう』


 それでいいよ、と灰色の狼は了解する。『狼姿もこれで見納め』人間の次は狼、狼の次は狼男だった。どちらかで出し入れして過ごした日々は終わり、今度は道具と狼男。道具で過ごす時間が長い、と宣告されたところで―――



 アガンガルネの片腕が上がる。大きい前脚が、灰色の狼の頭に付く。涙を流しながらしっかり見守るイーアンの前で、エサイの姿は粒子に変わり、びゅっと何かが上に飛ぶ。それは旋回して金の池に落ち・・・一輪、蓮の蕾が水面の上に出た。


 風の音色が増え、風が吹き荒れる。轟々と空間を回る強い風に、色が目まぐるしく輝きを伴い、合奏は声も聞こえないほど大きくなる。驚く皆の声も音楽に消され、風が螺旋を描いて金の池に流れ込んだ時、蕾が膨れて花弁が開く。

 中から銀色の光の塊が飛び出し、それは宙に浮いてぐるぐると回りながら、アガンガルネの上に落ちた。


 背中に落ちた光の塊が、すぐに輝き静まったのを見てから、トラは『ここに、旅の仲間の面を増やす』と言った。

お読み頂き有難うございます。

エサイは、お面に変わりました。絵を描いたのでご紹介です。



挿絵(By みてみん)



それと、もう一枚。イメージがあった絵もここに添えます。



挿絵(By みてみん)

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