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魔物資源活用機構  作者: Ichen
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221/2944

221. 馬車の人々

 

 宿に戻ろうとするドルドレンとイーアン。馬車の横を通って町の通りへ入ると、子供が2~3人ついてきた。


「駄目だ。戻れ。俺たちは話を聞きに来ただけなんだ」


 ドルドレンが小さな子供に屈んで言い聞かせる。

 女の子が2人、後から来た男の子が1人。女の子は小さくて、お姉ちゃんが7~8歳くらい、妹はまだ5歳くらいに見える。男の子は10歳くらいで、女の子たちの面倒を見ている様子だった。


 大きな薄緑色の綺麗な瞳で、褐色の肌の亜麻色の髪の女の子は、イーアンを見てからドルドレンを見つめ、腕の中に小さな妹を抱き締めている。何も言わないが、眉を寄せて、ぷくっとした頬を向けている。


 可愛いなぁとイーアンはつい顔が(ほころ)ぶ。女の子はイーアンの顔を見て、イーアンの服を引っ張った。


「駄目だって。イーアンと俺は違うところに行かないといけないんだ」


「食べるの。一緒に食べるの」


 女の子は小さい声で、ドルドレンに訴えかける。大きなドルドレンを怖がっていないのは、パパと似ているからかもしれない。イーアンを引っ張って『行くの。一緒に食べるの』そう言いながら連れて行こうとする。


 困り顔の男の子は『レルが。一緒に食事、食べろって。連れてこいって』だから来てよとドルドレンにお願いした。ドルドレンはさっと馬車に目を動かす。奥で焚き火が上がっていて、音楽が演奏され始め、鍋が火にかかっている側で一人の男が立ってこっちを見ていた。


「レル」


「早く来て。レルが焼けたって言うよ」


 ドルドレンは知り合いの名前を呟いて、子供を見つめ『親か』と訊ねた。男の子は黒い髪に黒い目、褐色の肌で、レルと呼ばれた人と似ている。鼻が高く、白目が目立つ整った顔つき。


 イーアンに相談するドルドレンは『モイラたちが心配すると困るが』ちょっと前置きして、昼だけは食べて戻ろうか、と言いにくそうだった。


 微笑むイーアン。『私もそうしたいと思っています』だから行きましょう・・・そう答えて、女の子の手と自分の手を繋いだ。

『おばちゃん、連れてってくれる?』と笑顔で頼む。お姉ちゃんは、はにかんで頷いた。お姉ちゃんに抱っこされて、眉根を寄せたままの小さな妹はイーアンを見つめていた。触ったら泣き出しそうなので、イーアンは微笑むのみ。



「ありがとう」


 ドルドレンがイーアンの肩に手を添えた。イーアンが奥さんで本当に良かった、と優しいイーアンを見てしみじみ思う。女の子と男の子に導かれ、二人は馬車の人々のいるほうへ戻った。


 ドルドレンは知り合いが多いので、普通に受け入れられているが、イーアンに向けられる男女の視線は、分かりやすいほど警戒されていた。

 女の人が集まっている場所では、ドルドレンは笑顔を向けられて『デラキソスそっくり』と笑われていたが、イーアンにはじろっと目を向けるだけだった。


 なぜ自分まで呼んだのだろう、とイーアンはちょっと考えていた。ドルドレンは離れた仲間だから分かるが、一緒にいる人間にここまであからさまに敵意を持つ場合、その人の侵入は嫌じゃないのかな、と。

 手を繋ぐお姉ちゃんは、何にも気にしていない様子だった。


「私は歓迎されていない気がします。先に宿へ戻っても良いかも」


 話しかけられる度に短い返事をしながら、横を歩くドルドレンに、小さい声でそっと伝える。ドルドレンも気がついていないのかもしれないと思っての言葉だった。


 ふと視線をイーアンに戻した美丈夫は、首を横に振る。『今、試されている。逃げてはいけない』聞こえるかどうか位の声で、イーアンに伝えた。



 試されている。その意味は何だろう、と思うものの。イーアンは黙って従うことにした。ドルドレンがそう言うなら。きっと続きがあるんだろう。

 焚き火の側まで来ると、レルと呼ばれていた男性に向かって、お兄ちゃんが走り、レルはおにいちゃんを抱き上げて片腕に乗せた。しっかりした肩幅と大きな目を持った、黒い髪、黒い瞳。褐色の肌の堂々とした雰囲気の人。


「ドルドレン。久しぶりだ。食事を一緒に食べよう」


「俺は一人ではない。俺だけが食べることはない」


 がっつり度外視を食らっていたイーアンは、微笑むこともせず、警戒することもせず。相手の反応を無表情に待っていた。手を繋いでいた女の子も、気がつけば妹と一緒にいなくなっている。


「そっちは」


「彼女は俺の妻になる人だ。今日、親父に会ったときに彼女も連れてこられた」


「俺はレルだ。名前は」


「イーアンです」


 レルはイーアンを頭の先から爪先まで眺めてから、ドルドレンに目を戻し、焚き火の側の椅子に座れと促した。女性たちは遠巻きに見ているが、近づいてこなかった。


「もう少しで焼ける。それと汁物の量があるから、それも食べると良い」


 レルは旧友にそれを言って、イーアンをちょっと見てから、少しだけ口の端を吊り上げて笑ったようだった。



 ドルドレンとイーアンが食事を待っていると、レルの子供のお兄ちゃんと、その友達の白い肌に赤茶の髪の子供が近寄ってきた。

 赤茶の髪の子供は、長く伸ばした髪を一つにまとめていて、目の色も薄茶色で、なんだかハルテッドみたいに見えた。イーアンが微笑んで見ていると、子供たちはイーアンを見ながら、その顔を触り始めた。


「触るな。イーアンは動物じゃない」


 その止め方もどうなの?とイーアンは笑いそうになったが、好きにさせておいた。子供2人はイーアンの顔や髪をぱふぱふ触って、何やら納得したように笑った。


 赤毛の子がイーアンの服を見て、綺麗な服、と誉めた。青い布の開きから見えたソカに気がついて、『イーアン。木の実とって』と思いついたように、近くの木を指差した。


 木の実くらい、そこらの大人に頼め・・・ドルドレンが言う。赤毛の子はドルドレンをちらっと見てから『お前に聞いていない』とぶった切った。


 小さいのに生意気というか、可愛いというか。ドルドレンは渋い顔をしたが、イーアンは笑って立ち上がり『どれなの?私に取れるかしら』彼らに付き合うことにした。



 赤毛の子は嬉しそうにイーアンを案内し、レルの子供も走ってきて『あれ、あそこに大きいのあるの』と高い枝を指差した。


 よく見ると、確かに大きな実が成っている。が。これは町の木では・・・イーアンはちょっと心配になって、ドルドレンを振り返る。ドルドレンは離れた所からこちらを見ていて、右手を上げて切るような仕草を見せた。

 とっても問題ない、という意味なのだろうか。人様の木を勝手にいじって良いのか悩むイーアン。子供は『取って、取って』と無邪気に跳ねている。もう一度ドルドレンを振り返ると笑っているので、枝を落とすことにした。


「おばちゃんがあれを落とします。でも危ないので、あなたたちは離れて。そうね、あそこの人たちの所まで行ってて」


 膝に手をついて子供の視線に屈んだイーアンは、そう説明して近くの大人の椅子を示した。ソカが戻る時が怖いので、うんと離れてるように教えた。

 子供はソカの長さを知っているようで、急いで離れてくれた。



 上の枝と自分の周りに人間がいないことを何度か確認し、木の後ろにも誰もいないのを見てから、イーアンはソカを解いて、真上に振るった。ソカが何もなかったように戻る時、出来るだけ幹に沿わせて操って戻し、地面を打つ前に腕を回してソカを巻いた。


 ソカが落ちる勢いでとぐろを巻く蛇のように収まったと同時くらいで、実のついた枝が地面に落ちた。


 実が傷ついたらそれはそれで困る、と思って、イーアンが枝に近寄ると、子供たちも走ってきてワーワー喜んでいた。


 ちょっとは傷が付いたみたいだが、そんなの誰も気にしなかった。子供の数が妙に増えていて、イーアンは大人気になった。ソカを触ろうとする子には『これはとても危ないの。今度違うの持ってくるね』と約束して宥めた。


 子供たちが実を集め、イーアンは両手に子供を連れてドルドレンの待つ椅子に戻った。ドルドレンが笑っていて『見事だ』と立ち上がってイーアンにキスをした。『皆、イーアンが好きになった』良かった、と子供たちを見る。


 子供たちが異様にイーアンを取り巻いている。向こうから大人の男女が何人か来て、イーアンを見ながら何かを話していた。一人が酒を渡してきて、女性はイーアンに湯気の立つ土の塊をくれた。


 土の塊を割ると、中から蒸し焼きにされたネズミ的なものが出てきて、イーアンは火の通った肉を指で摘んで頂戴した。

 肉は土の匂いと鳥のような匂いがする。『有難う』微笑んで女性にお礼を言うと、女性は歯を見せて笑い、手を叩いて違う言葉で喜んでいるようだった。その様子を、ドルドレンも周囲も笑みを浮かべて見守っていた。


 もう一人の年配の女性が、松葉のような細い葉を何本か持ってきて、イーアンに渡してから、口に入れて噛めと身振りで示す。ニッコリ笑って、イーアンは言われたとおりに松葉チックな葉をまとめてかぷっと噛んだ。もぐもぐしても、葉っぱの味しかしないが、これはこれで薬効でもあるのかな、と思った。


 横の男の人は酒を飲めと顎で示す。あんまり清潔そうな瓶ではないのが気になったが、拭いても失礼かなと思ってそのまま一口飲んだ。間違えた、と思うくらいに辛くて痛い酒だった。呷ってはいけないと覚える。


 そこまですると。気がつけば、周囲に取り巻き立った人たちが立ち上がって集まっていた。彼らはぐるりと、イーアンとドルドレンを囲んでいる。それぞれが何かを手に持っていて、笑いながら、自分の持ち物を食べさせようと差し出していた。


「全部食べると腹が壊れる」


 ドルドレンが笑いながら、イーアンに言う。肩を抱き寄せてイーアンの頭にキスをして、皆に向かって聞きなれない言葉を話した。違う言葉を話すドルドレンに、新鮮な一面を見たイーアン。何となく、うっとり見惚れた。



 赤毛の子が走ってきて、大人の足の間をすり抜け、イーアンに近寄る。イーアンの腰に抱きついて、その手に持った齧りかけの実を見せた。『イーアン。俺の食べろ。俺の家族』嬉しくなって、イーアンはちょっと涙ぐむ。


 涙腺が弱い年齢に入ったと頷きつつ。子供の差し出す赤い実の高さにしゃがんで、その子が持ったまま、齧った。齧ってお礼を言おうと思ったら、赤毛の子がイーアンにキスをした。驚いて固まるイーアンを、ドルドレンが慌てて引き寄せ、子供を叱りつけた。


「とんでもないやつだ。人の妻に何をする」


 子供ですから、とイーアンは笑ってドルドレンを宥める。赤毛の子は背の高いおっさんに『けち』と吐き捨て、イーアンに笑いかけた。可愛いやら、生意気何やらで、イーアンは笑いっぱなしだった。



 レルが来て、ドルドレンを見ながら微笑んだ。『彼女も一緒だ』その言葉に黒髪の美丈夫は頷く。


『だから連れてきた』そこにいた何人もの大人が、ドルドレンの言葉に嬉しそうに手を叩き、自分たちの言葉で一斉に騒ぎ始めて、楽器を演奏し、女の人たちはイーアンを引っ張って自分たちの椅子に座らせた。



 女の人たちはイーアンに自分の食べ物を差し出し、食べ方を教え、服を触り、髪を撫でた。自分の大判の肩掛けを見せたり、飾りを見せて意味を教えた。

 一人がイーアンの胸に見えた黒い絵を見つけ、絵を指で撫でる。振り返って他の女性にそれを伝えると、年の若そうな女性が集まって、イーアンの服をずらし、あれこれ言いながら胸の絵を触っていた。


「まだある?これは何の意味」


 イーアンはちらっと周囲を見たが、とりあえず女の人しか自分の周りにいないので、左の肩までは服を脱いで下げて見せた。一つ一つ意味を教えて、これは自分が描いた絵だから、元の形は少し違う、と説明した。


 ここまで来ると、引ん剥く勢いで、女性陣はイーアンの顔や体にある痣や傷も、根掘り葉掘り聞き出す。


 これは遠征、これは昔の喧嘩、と聞かれるままに忙しく応じるイーアン。全員が同時にしゃべるので、必死になって頷きつつ、否定しつつ、どうにか誤解のないように大急ぎで対処した。


 上着を脱がされ、ブラウスの肩を下げて肌を丸出しにした状態で冬の風が吹く。もう寒いから着ても良いか、と苦笑しながら訊くと、女性たちは頷きながらも、まだ絵を触って何やら談議していた。


 知らない間に小さな女の子が、イーアンの膝にぺっとり凭れかかって寛いでいて、イーアンと同じくらいの年齢と思われる、(イーアンとは全く真反対の)肉感的な美人が、イーアンの背中から腕を回して貼り付いている。

 親しくなり過ぎ、と驚くイーアン。おばあちゃん達が寄ってきて、イーアンの髪の毛に、金色の飾りと銀色の飾りを当てながら、何かを話し合っていた。


 まだ服は着れない。寒い。寒いけど、肩の絵も撫でられてるし、膝には女の子、背中にはグラマラス、頭にはおばあちゃん達がいて、イーアンは身動きが取れない。


 グラマラス(※命名)は金髪に褐色の肌、緑色の瞳で、間違いなくビーナス系の美人だった。なぜか気に入られ、顔を真横に寄せてきては、イーアンの鳶色の瞳を見つめて笑みを浮かべた。


 女の人にいちゃつかれてもドキドキするものですね・・・イーアンは少し赤くなりがら、頑張って微笑を返す。長く細い美しい指には、指輪がたくさん。手首に巻きつけるように覆った、金色の輪がたくさん付いた褐色の柔らかい肌。



 この時、知る。この人たち薄着―― 皆そんなに厚着していない。冬なのに。


 ドルドレンもここで育ったから、皮膚が強いのか。グラマラスなんて二の腕出してる。おばあちゃんも腕(まく)ってる。自分が鳥肌立ってるくらい冷えるのに、彼らは強い。寒さに強い。


 グラマラスは両腕を首に巻きつけたまま、イーアンの背中を温めてくれてるが。お胸が大き過ぎて、ぼんぼん押し付けられるので落ち着かない。



 どうにか解放してもらいたいイーアン。ドルドレンの姿が遠すぎて見えない。


「イーアン。こっちへ来い」


 側にいた女の人たちがちょっと動く。名前を呼んだ声が、()()しか思いつかない。貼り付くグラマラスが見上げたので、イーアンも後ろを向きながら見上げると、やはりパパがいた。



「デラキソス。イーアンは今、私たちと話してるのよ」


 甘い声のグラマラスが、パパにそう言うと、パパは女の群れを見回して『もういいだろう』自分勝手にお開きを告げた。


 グラマラスもなぜかパパに従う。腕を解いてイーアンから離れ『またね』と頬にキスをして立ち上がった。女の人たちが自発的にも見える動きで引いて行くので、イーアンは少し意外な気がした。女の子もおばあちゃんもいない。

 皆、自然体で自分たちの場所へ戻っていくので、イーアンはちょっと取り残された感じになった。



 ぼんやりしていると、大きな手がむき出しの肩に乗った。


 びっくりしてブラウスを引き上げながら、体を離した。が、手は肩に乗ったままで、パパは何も動じない。『こんなに冷えて』とイーアンの肌を撫でて微笑む。


「それにこの、何だこの痣は。この傷は」


 痣は顔だけじゃないのか、とパパは少し驚いたようにイーアンを覗き込んだ。その隙に急いでブラウスを上げて、上着を抱えてパパから体を離す。『遠征で怪我しただけです』あまり言いたくなくても、パパの様子から、息子(ドルドレン)に勘違いが生まれては困るので、イーアンはすぐにそれを伝えた。


 パパはイーアンを見下ろして、小さく頷いてからニヤッと笑った。


「物珍しいだけで気に入りはしない。俺の家族よ」


 この人苦手。溜め息をついたイーアンは立ち上がり、焚き火に向かって叫んだ。『ドルドレン』助けて、と。向こうですぐに反応するドルドレンの影が動き、パパはイーアンの後ろで高笑いしていた。


お読み頂き有難うございます。


彼ら馬車の人たちの生活は、体験談を参考にしています。これほど大きな団体ではなかったのですが、昔こうして移動する人たちと関わったことがあり、今も色褪せない思い出なので是非ここでも、と登場してもらいました。

活動報告にも少しこの体験談の思い出話を書きました。宜しかったら、短い内容なので、そちらも読んで頂けますと嬉しいです。


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