2209. 精霊の祭殿と十人の仲間 ~①精霊登場・原初の悪
ヤロペウクが入り、完全に旅の仲間が揃った。
ドルドレン、イーアン、タンクラッド、フォラヴ、シャンガマック、ザッカリア、コルステイン、ホーミット、センダラ、ヤロペウク、の十人。
彼は来ない、と頭から思い込んでいた皆は、この登場が意外だった。
初めて見た仲間に、ドルドレンたちも釘付け。下からだとよく見えないが、人間ではないような話も聞いていた分、見た目は人間の姿にやや安心。とはいえ、降りて来ないので挨拶はない。
センダラは面識がありそうな軽い反応だが、センダラの場合は誰が相手でも大して気にしない印象。イーアンは彼を知っているので、一人嬉しそうにニコニコしている。コルステインも意外そうではあれ、ちょっと見て終わり。そしてホーミットは、ヤロペウクに何を思うのか・・・彼を見上げたままだった。
旅の仲間が全員揃ったこの場所で、オーリン、ミレイオ、シュンディーン、ドゥージ、ミルトバンは、それぞれ『自分たちもここに来た特別』の意味を考える。
「今日は記念日ね」
ミレイオが上にいる仲間の珍しさに呟き、隣にいるオーリンも頷く。ドゥージは『俺は場違いだ』と気にしているが、ドゥージがここにいる意味は、ミレイオには何となく理解できていた。彼にとっても、『記念日』になるかも知れない。
中に入るなり、シュンディーンが落ち着かなくなったので、ザッカリアは赤ちゃんをミレイオに戻し、ミレイオは赤ん坊抱っこ。サブパメントゥも混じるけれど、これが大精霊の子の反応なのね、と思うところ。
浮かぶセンダラの腕に抱えらえれたミルトバンは、好奇心で布から顔を出して見回す。動き出すと面倒なので、センダラは布をぎゅっと巻くと『落ちるよ』と注意。ミルトバンは顔をしかめる。
「落ちないよ。センダラがいるもの」
「動かないの。これから驚くことが始まる。あんたは私から離れちゃダメ。危ないから」
「だから、俺は残るよって言ったじゃないか」
「ここまで来て何言ってるの」
連れてきたのはセンダラで、ミルトバンは最後まで『一人で行きなよ』と言い続けていたが、センダラは聞く耳持たなかった。無理やり連れて来られて、動くな、落ちるよ、危ないと言われるミルトバンは、呆れたように妖精を見る(※センダラ無視)。
「・・・コルステインがいるんだね。あれ、龍?あれが龍か。あれはフォラヴだよね」
「いいから、動かないで。大人しくしていなさい」
質問に答えても貰えないので、ミルトバンはつまらなさそうに言うことを聞き、布に引っ込む。初めて見た、人間みたいな格好の龍。たまにしか見ることのない、サブパメントゥ一強いコルステイン。
それに、知り合いになった透明の妖精フォラヴ・・・・・ ここで、ふと思い出す。忘れていたけれど、フォラヴと俺はテイワグナで話したことあったかも、と(※1218話参照)。
あの時は、もっと人間みたいな普通の・・・思い出しながら、今は透明ってだけで、よく見れば『あの時のフォラヴだ』と分かる。自分で妖精、と言っていたし、もう一人のサブパメントゥが名前を呼んでいたから、やっぱり同一人物。
で、これに気付くと芋づる式に――― 派手なオカマを下に見つけたミルトバン。 あいつだ(※脅された)! イラっとしたが、センダラに教えたら殺されてしまいそうだから、オカマはむかつくが黙っていてやることにした。
ミルトバンが黙ったのと重なるように、下の皆の声も止まった、ほんの一瞬。
唐突に大きな音が響き渡る。びくっとしたドルドレンたちは音が降ってくる真上へ急いで顔を上げる。
浮いている者たちも、骨組みの天井に目を向け、何重にもなった骨組みの織り成す模様の隙間が、目まぐるしく色づいて変わる様子に唖然とした。
虹色が忙しく動き回り、音はどこからか吹き込む笛の音に似て――― 『アンガコックチャックだ』オーリンの声が上ずる、あの時の光景(※1269話後半参照)。音は色のついた風。風は骨組みの向こうから吹き、円形の部屋を音を伴い巡り続ける。
イーアンも『これは風と空気の精霊では』と目を丸くする。音の数はどんどん増えて重なり絡み合い、不思議な音色が音楽を作り出す。まるで、大聖堂の薔薇窓が色とりどりに輝くように。まるで、合奏のように。
ミレイオは震え、なんて美しいの、と思わず声が漏れる。抱っこされているシュンディーンは、ニコッと笑って耳がぴょこッと立った。自分を祝福した精霊が来たのが嬉しい。あの日、親の祝福を運んでくれた虹色の風(※1905話後半参照)がここにいる。それに、と嬉しさが止まらない赤ちゃん。
じわじわ近づいてくる、親の振動。ファニバスクワンが透ける床の下、すぐそこまで来ている。
嬉しくてキャッキャと手を叩き出す赤ん坊に、ミレイオは驚く。『あんた、そんな喜んで』初めて赤ちゃんらしい喜び具合。これも記念だわねと言いながら、足元の色もゆっくり大きく渦巻いて変わっていく状態に気づき、更に目が丸くなる。
「すごい素敵。空間全てに精霊が」
ふと、よくコルステインが平気だな、とミレイオが見上げる。コルステインはケロッとしていて、精霊の風の中、月光色の髪をなびかせている。
少し離れた場所に立つ獅子。背中に乗るシャンガマックも、荘厳で偉大な変化に息を呑み瞬きを忘れて見惚れる。
「おお。なんと美しいのか。俺はこの命に感謝しよう」
「お前はそうやって、俺に気遣いもせず」
すぐに妬む獅子に、シャンガマックはちょっと笑って獅子の頭を抱きしめ『一緒だからこその感謝だ』と言ってあげる。獅子はむすっとしていたが、この続きも予想がついているので息子が一層、精霊を賛美しそうな気がした。
獅子の予想はそのまま、繰り広げられる。
中間の地の空を守る、風と空気の精霊アンガコックチャックが姿を現す。おおお!と感激の声が上がると同時、真下の床に大きな微笑を讃えるファニバスクワンが映る。きゃーきゃーはしゃぐ赤ん坊が腕を伸ばし、ミレイオがすぐ床に下ろしてあげると、大精霊の微笑の唇から金色の蓮が一輪立ち上がり、床を通過してシュンディーンを乗せた。
大精霊の空と水が現れた、とシャンガマックがハッとする。奥の仮面の一つが揺れながら輝きだし、燃える荒野の金と赤を砂の風に纏いながら、大地の精霊ナシャウニットが現れる。だが、ナシャウニットは一瞬、獅子とシャンガマックに顔を向けると、すぐに掻き消え、その後ろに揺れて動いた深緑色の面が光り始めた。
それはどんどん明るくなり、深緑は階調を広げて森林の木漏れ日に似、輝く黄緑と深い影の黒緑は縞に変わる。そしてくっきりとした縞模様を浮かばせたトラ・精霊アガンガルネが木漏れ日の光に包まれて、皆の前に立った。
「アガンガルネ~!」
イーアン、嬉しくて叫ぶ。抱えられているエサイが振り向き『知り合い?』と訊ね、俺も知っていると言う。『森林の狼をまとめよ、と教えた精霊だ』とエサイに聞き、イーアンは『アガンガルネはとても親身です』と褒めた。
大型のトラ、といえば。現れたアガンガルネは金と橙色、威風堂々。大精霊でアイエラダハッド担当だから、この場に来たのかと思うが・・・『彼は?』と呟き口ごもったドルドレンは、自分が慕うトラを思う。祭殿に来るだろうか。
ドルドレンの灰色の瞳が、輝きと色の渦に浮かぶ、大きな仮面に彼を探す。いるのか、いないのか。アガンガルネの大きな頭が少し揺れ、トラは咆哮を上げる。大精霊の声に反応した、一つの仮面がぐらッと傾き、それは澄んだ真っ赤な太陽のように急に輝く。
瞠目するドルドレンには分かった。あれこそ、と顔がほころんだと同時、太陽の光に包まれた仮面は、ぐるっと回転して橙色の温かな光を放つ大きなトラに変わり、床に降りた。トラが足を着けた場所が一斉に野の花を咲かせる。
「ポルトカリフティグ・・・!」
感極まる、この瞬間。一番かっこいいよ、と言ってあげたい(※気分は身内)!アガンガルネの咆哮に、返すように雄叫び上げる橙の太陽のトラ。ドルドレン、鳥肌が立つ。かっこいい~!! 満面の笑みの総長に、ザッカリアはトラを指差し『大好きだよね』と少し笑った(※ドルドレン頷く)。
大地と森の精霊は、次々に精霊を呼び出す。二頭のトラが咆哮を上げると高位の精霊が現れる。見たことのない精霊は沢山いて、氷河と火山の精霊、山脈の精霊、群島と入江の精霊など、自然の形状で持ち場が決まっているのか、仮面が動いて各地の光を伴うと『あれはもしかして』と見当がつくほどはっきり分かる。
中に武神アシァクもおり、面倒見の良い強い印象がある彼女に、ザッカリアが喜んだ。氷河と火山の精霊は大きな白い熊に乗っていて、ドルドレンはあのクマちゃんは高位だったのか、と改めて感謝した(※2014話参照)。
アンガコックチャックとファニバスクワン以外は、アイエラダハッドから出ない精霊たち。水の大精霊はファニバスクワン以外にもいるのだが、今回はファニバスクワンがこの場を取り持つために来た。
気が付けば、仮面ではないが、風と空気の精霊の並びにムンクウォンも大きな元の姿で留まっている。精霊たちは仮面が浮いていた奥の壁を背にして床に立ち、ドルドレンたちは扉側。宙にいるイーアンたちもドルドレンたちの上なので、浮かぶ精霊と向かい合う形。
この感動に包まれた後、ひっくり返すことが起きる。
最後の仮面を残し、全ての仮面が精霊の姿に変化した。透ける床の内側からファニバスクワンが『出でよ。その手』と直に呼び掛けた。
イーアンはこの瞬間、背筋にぞくりと走るものを感じる。『その手』と呼ばれた相手――― まさかと凝視する、黒い仮面。
一つだけずっと裏側だったその面は、ゆっくりとこちらへ回転し、振り向く仮面の表は余裕気な、あの、馬鹿にしたような空っぽな笑みだった。
赤い隈模様。黒い爪が顔の側面から包むように食い込んだ、その仮面は、錚々たる顔ぶれの精霊を見下ろしてから、浮かぶ小さな白い龍の女に、燃える炎がちらつく目を向ける。
イーアンの呼吸が早くなる。エサイが気付いて『どうした』と心配したが、彼にイーアンが答えるより早く、黒い仮面がにたーっと口の端を上げ、ひゅうと煙のようなものを口から出した。
『龍。愚かな龍。少しは、頭が冷えたか?』
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