2208. 祭殿内 ~④ドルドレンたちの時間・センダラ他到着・水壁の奥
ヨーマイテスが『あいつらは迷いそうだ・・・』と見下したものの―――
ドルドレンたちは、精霊ムンクウォンの背に乗って移動したため、祭殿の主要室手前に既に到着。
大きな扉・・・代わり、水の壁が奥と手前を遮っており、天井から床に途切れることなく流れ続ける水の壁を越して、奥の祭壇がある広間を見る、待ち時間。
「良く見えないね」
ザッカリアが目を凝らしても見えないと振り向く。ドルドレンも目は良いが、これは見えない。水の落ちる煌めきが透明なのに不透明(?)。オーリン、ミレイオも『ぼんやりと』くらいで、祭壇の部屋が広いこともあり、中の様子ははっきり分からない。シュンディーンはここで十分満足なのか、うとうとしている。
精霊にさっさと連れてこられたドルドレンたちは、フォラヴとドゥージもすぐに来るだろうと思っていたが、待てど何やらで、一向に姿を現さない仲間に少しずつ心配が増す。タンクラッドが時々『外』を見るが、人が来る様子はない。
「ここしかないもんな」
『外』の左右に顔を向け、首を傾げる親方。精霊に運ばれたので、フォラヴたちに比べて特待扱いには違いない。にしても、動くことが許されない場所に置いて行かれた皆は佇むのみ。
精霊の鳥は、彼らを乗せて天井をすり抜けた後―――
更に高い、ガラスを張ったような天井の下をゆっくり飛び、下方に灰緑の石の建造物の屋根を見る状態で先へ進み、大きく旋回して下降。明りの差し込む天井から、暗い影へ入って、左右に石造りの壁が立つ隙間を抜け、ある崖っぷちにとまった。その崖っぷちこそ、この場所。
高さがどれくらいか想像つかないが、崖の向かいは広い幅で石の壁、そこをずっと上から滝の勢いで水が落ちていて、上は天井だろうが、水煙でよく見えない。
下りた崖は、壁面自体は向かい合う壁と似た印象。壁を刳り貫かれた具合で、足元は天然と異なる平らさだが、それはともあれ、狭い。ドルドレンたちが全員立つと、足場はいっぱいいっぱい。大人十人が立てる程度の幅しかなく、代わりに天井は高かった。
身動きの取れない、強制的な待機の時間。
この岸壁のどこら辺からフォラヴたちが現れるのかと、タンクラッドは崖の端から見下ろしたり見上げたりを繰り返す。
「全員揃わないと、中に入れないのかな」
ザッカリアは少し寒いらしく、上着の前を寄せる。雪はないけれど、水がずっと伝う中にいるとひんやりする。龍の皮の上着があるから良いものの。オーリンも上着は龍の皮製、ザッカリアの言いたいことを理解し『ここが精霊の領域だからかもな』と、自分も少し冷えると教える。
「ザッカリア。シュンディーン、抱っこする?」
暖かいわよと、ミレイオが赤ちゃんを譲る(※赤ちゃん不服そう)。礼を言って赤ん坊を受け取り、何か言いたげな眼差しの赤ちゃんに『ごめんね』と苦笑しながら、ザッカリアはシュンディーンを上着の内側に入れた(※湯たんぽ)。
これを可笑しそうに見ていたドルドレンも・・・いい加減、待っている気はする。フォラヴたちがまだ来ない、なぜなのか。
ムンクウォンは、『あとの五人はこれから来る』と言っていた。フォラヴたちには『抜けた部屋へ』と・・・いつも、中途半端で大雑把な説明なのが、精霊との会話の悩み。
ちらと横目を向けた、水の壁の向こうを考える。『抜けた部屋』とは、まさかフォラヴとドゥージが先に中にいる・・・わけではないだろうな、とドルドレンは視線を戻し、崖際で待ち続けるタンクラッドと目が合う。フォラヴじゃなくても他五人の仲間誰かしらは・・・目で尋ねたように見えたか。親方は、あっさり首を横に振った。
「何かが動く気配もない」
「うーむ。待つだけでは、調べようもないな」
「あ。あれ?」
気配もない、調べられないと言った矢先、ミレイオは天井を見上げて『え?』と驚く。皆もつられて上を向くと、そこに青い霧が浮かんでいた。黒っぽい影にいるから見分けにくいが、あれは『コルステイン』眉根を寄せたミレイオが名を口にすると、ふわふわと霧は動く(※返事)。
親方も面食らって『何で言わないんだ』と注意するが、コルステインなりに遠慮したようで離れているそう。こちらへの配慮と言われたら返す言葉もない親方。知らない間に来ていたコルステインに、『他の仲間はどこにいるか、知っているか』と聞くと、青い霧はちょっと動きを止めて『すぐ』と言う。
「すぐ・・・?近くに来たのか」
コルステインが気付いた答えに、親方はまた崖際から頭を出して上下左右を見る。特に、何も変化なし。どこから来るのだろうと、皆も思うこの一瞬。向かい合う、滝状態の水がふわっと白く光った。ハッとして目を奪われた直後、水の内側から淡い青い光が閃光を放ち、誰が来たかを知る。
「ここか」
響いた声は怒っていそうな感じの女の声。水一滴にも濡れることなく、金髪の妖精が空中に浮かぶ、その片腕に美しい布に巻かれた・・・不思議な誰か付き。
「センダラだ」
声にしたのは崖際にいたタンクラッドではなく、後ろのオーリン。オーリンの眉がくっつきそうなくらい寄る。性格の悪い女の印象しかないセンダラは、閉じた目の顔を、向かい合う仲間の場所に向け『私はこっちにいる』と宣言(※そっち行かないの意味)。
「・・・性格に問題あるよな」
最初の言葉があれだ、とぼやくオーリンに、ミレイオは光の妖精をじっと見て『きれいだけど。高圧的そのもの』と率直な感想を続ける。ミレイオは初めて見る相手。
そして、彼女が片腕に抱いているのはサブパメントゥでは?と気づいたすぐ、あの時の蛇か!と思い出す。
忘れていたが、センダラをフォラヴと探した日、あの蛇の子供に荒い扱いをした記憶が蘇り、思わず舌打ち(※バレたくない)。
センダラと片腕のサブパメントゥに見られないよう、ミレイオはそーっとオーリンの後ろに隠れた。
ドルドレンとしては、彼女に挨拶をした方が良いのか分からないところ。それに、彼女は連れがいる。あれがフォラヴの報告にあった『彼女の家族』、と分かる。しっかりと片腕に抱いた家族。
「うちは・・・子連れが」
「ん?ああ、そうだな。親子状態が多いな」
呟いた総長に、親方も苦笑。子連れの最初はザッカリア。続いてシュンディーン。親子になったシャンガマックたち。そしてセンダラも子連れ。
引き離せるわけもないが、今回は場所が場所。用が用だけに(※精霊に呼ばれた)外部の者を連れてきたセンダラに悩む(※でも言えない)。
滝を背景に輝く、堂々たる妖精に、誰もが打ち解ける気もなく。早く他の仲間来ないかな、と心で願う。そして願いは届く。
不愛想なセンダラが、ふと顔を横に向けた。そのまま、妖精は一瞬で真上に移動。なんだ?と、目で追った皆は、次に『気を付けろ!』と怒鳴るお父さんの声を聞く。
「今のは」
ドルドレンが崖際に並ぶ。タンクラッドと二人で、自分たち側の壁面をさっと見渡し、シャンガマック親子の姿を探したすぐ、バッと下方の崖の一部が散った。散った瞬間、『退いて下さいよ!』と怒鳴り返したのは。
「イーアン?」
目を丸くするドルドレンとタンクラッドは体を乗り出して下を見る。穴が開いた崖から、びゅっと出てきた白い翼。『イーアンだ』思わず大声を出したドルドレンに、女龍が振り向いてニコッと笑う。
「来ました」
笑顔の挨拶、だがその腕に誰か付き(※また)。デカい灰色の何かがぶら下がって・・・『狼男だ』親方も目を丸くする。イーアンが狼男付きで崖から登場した、なぜなのか。動物の狼状態の姿は、威嚇するようにこっちを見ていて、抱っこしているイーアンは『あそこ、窮屈そうですよ。入る余地ありません』と普通に話しかけている。
「イーアン・・・なぜ」
混乱するドルドレンに答えが来るより早く、ガンッと衝撃が崖に伝う。大きな崖に僅かとはいえ、衝撃?今度は誰だ、と浮かぶ女龍から視線を下に向けたドルドレンたちは、ギョッとして慌てて後ろへ下がった。
穴から跳躍で垂直の崖を駆けあがる獅子が、バッと窪みに乗り込む。うわッと驚く一同に『邪魔だ、どけ!』と獅子は吼える。その背中で『狭いから仕方ないよ』と・・・自然体のシャンガマックが苦笑して宥める。
「シャンガマック。お前も」
驚きながら獅子に場所を譲った総長(※他皆)に、獅子の背から部下は笑顔で『会えて良かった!』と朗らかに挨拶。
『いつも思うが、お前のその自然体が気になる』心でそれを言うドルドレン。お父さんの眼光が鋭過ぎて『会えて嬉しい』とだけ答えた。
そして休む間もなく、驚きは重なる。合図のような、遠吠え。え?と忙しく、ドルドレンたちは外に顔を向ける。イーアンの連れてきた狼ではない。とすると。
「もう少し退け」
獅子が面倒そうに命じて、獅子も少し壁際による(※本当にちょっとだけ)。なんだなんだ、とぎゅうぎゅうの密度で続く誰かのために場所を開けたところで、外に浮かんでいたイーアンが滑空するのが見えた。
続いて、『どうぞ』と下からイーアンの一声が上がり、声と共に赤茶色の狼が飛び上がる姿が、コマ送りのように皆の目に焼き付く。またも大型の動物がひしめく場所に着地し、その背中から急いで降りた誰かが『すまない』と謝る。
「ドゥージ!無事だったか」
弓引きの声にオーリンが反応。側へ行きたいが動けない密着状態。顔と顔の間から見える弓引きと目が合い、薄青い目が『どうにかな』と笑った。ホッとしたが、この空間にこれだけの人数(※大型哺乳類二頭込み)は狭すぎる。
あと一人、フォラヴはと、詰まる狭さに目だけ動かすドルドレンは外を見る。白い翼のイーアン、灰色の狼が浮上してきて・・・『あ。良かった』ドルドレンの目に、透明の妖精が映った。フォラヴは妖精の体に変わって空中へ。
振り向いた彼に微笑まれ、手を振られ、ドルドレンも笑みで返す(※密着で腕上げられない)。
「本当に全員とはな」
崖際から落ちそうな親方が岩に掴まりながら、水の壁を見る。自分たちを閉ざす水の壁に背中を付けるのはミレイオとオーリン、ザッカリア、獅子。濡れはしない水は、まだ場所を阻むのか。
「早いとこ開けてくれないと、落ちかねん」
参ったなとこぼした親方の言葉が言い終わらない内に、水は弱い緑色を含んで勢いが消え、パラパラと雨上がりのような滴に変わった。押し付けられていた者たちは、なだれ込むように消えた壁の向こうへ足を着く。
青い霧が天井を移動してふわーっと中へ入り、驚きながら中へ踏み込んだ皆の頭上を、センダラ、イーアン、フォラヴが通り抜ける。
「これが祭殿」
「本殿、ってところですか」
イーアンに抱えられて宙づりのエサイが、大きな部屋に目を瞠る。イーアンは『日本でいう、神社とかの本殿かも』と背後で教え、エサイは『日本はこんなところばかり?』と。ちょっと笑ったイーアンが『いいえ、ここのが全然ファンタジー』と答えた。
広がる円形の空間――― 向かい合う壁の一方には、壁に付かず浮かぶ仮面が並ぶ。大きな仮面は人の体より高さがあり、どれ一つとして同じではない。水で出来た壁は揺らぎ、全体を包む淡い光で室内は明るく、高く吹き抜けになった天井は網目模様が骨組みに渡る。その骨組みはよく見れば平面ではなく、折り重なる文様の影と知る。
薄緑色と水色、澄んだ濃い青と仄かな橙色に柔らかな黄色、混じり合う金と茶の光が、黒い影さえ穏やかに見せ、皆の立つ床は透かしで下に動くものがあった。それは地霊や水霊の姿で、この部屋の全体を行き来する。
わぁ、と見回す皆が、これから何が始まるのかを感じて緊張する、ひと時――
ひゅおっと風が一陣吹き抜ける。風が吹いたのとほぼ同時で、再び水の扉が部屋を閉ざし、驚く皆が振り返った後ろ。
「ヤロペウク」
イーアンが少し嬉しそうに名を呼ぶ。毛皮の長衣をはためかせ、白い髪と髭をなびかせる大柄な男が風の中に立ち、頷いた。
「全員だ」
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