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魔物資源活用機構  作者: Ichen
秤の備え
2203/2965

2203. 過去の町ドゥルンデ=ペレナリシ ~②面工房・数百年前の出来事

 

 赤いトラの面を顔につけたドルドレンは立ち止まり、タンクラッドの問い『何が見える』に対し、右側に腕を伸ばした。



()()光っている」


 黒髪の騎士は面の中で、信じられなさそうに呟いた。ちょっと目を丸くした親方は、すっと右側を見る。右手に道・・・がない。あるのは人の家で、無理やり通るなら、せいぜい、庭か。


「道」


 繰り返した親方に、ドルドレンも仮面越しに右側をじっと見て『()()()だ。ちょっと待っていてくれ』と、坂途中で馬車を停止させる。ドルドレンとタンクラッドのやり取りを見ていた皆は、馬車を停めて後輪に止め具を置き、ドルドレンが歩いて行った背中を見送る。


()()()よ」


 頭を掻いて『ここ馬車で通る気かしら』と心配そうなミレイオ。それはないだろ、とオーリンが少し笑う。だが総長は、面を片手にすたすたと、どこの誰の家かも分からない敷地に入って、塀のない庭の奥で左を向き、出てきた人と話し始めた。


「通じるんだな」


 やっぱり言葉に問題なさそうだと、馬上のドゥージが不思議そうに見つめる中、ドルドレンは民家の人と一~二分ほど話して、赤い面を手に説明に入ったよう。どうやら、話が続いているらしいが、通り抜けが難しそうな庭に馬車を入れるのか、別の道を教えてもらえるのか、と皆は見守る。


 赤い面を覗き込む民家の人は若そうな衣服で・・・この町は、アイエラダハッドの他の地域と全く違う服なので、そう見えるのだろうが、対応も若そう。見知らぬ外国人が家の敷地に入ってきたのに、驚く素振りも見られず、ドルドレンとそのまま数分話していた。



「そうか。では」


「ええ。ここに馬車を入れて下さい」


 ドルドレンがニコッと微笑む。若い男性も微笑み返して、道で待っている馬車を見ると『三台くらいは入ると思うんですよ』と場所の余裕に問題ないと教えた。


 ドルドレンは礼を言い、馬車を呼びに行き、男性は家に入る。戻ってきたドルドレンに『どう?』とミレイオが尋ねると同時、ドルドレンは『庭に馬車を入れるから少し下がる』と伝えた。固まるミレイオ他皆。


「え?下がる?馬車を・・・この家に?」


「そうだ。一人、馬について、少しずつ後退させる。荷台が重いから、下がり過ぎないよう、後ろで見てくれ」


「ちょっと、ちょっと。話が見えないんだけど」


 道はどうなったのよ、とミレイオが説明を求めるが、ドルドレンは『問題ない』と言うだけで、食糧馬車の後ろにつく。ここからは、ドルドレンの指示で全員が馬車を後退させる配置につき、二頭の馬の横にフォラヴとザッカリア、荷台の後ろはドルドレンたちが見て、馬を落ち着かせながら、一歩ずつ下がらせた。


 急こう配じゃなくて良かったとドルドレンが呟く。馬車を引き返すとなると、普通、大きく向きを変える広さが必要だが、ここにそんな都合の良い場所はない。


 坂で危ないが、気を付けながら馬車を下げて、まずは食糧馬車が敷地に入る。フォラヴが手綱を引いて導き、その間に寝台馬車も同じように下げ、これもフォラヴが誘導して敷地へ。

 最後の荷馬車が一番進んでしまっていたので、ゆっくり慎重に、馬に声をかけながら少しずつ下げて、荷台に連れて行かれないよう、荷台を男で支えて、どうにか荷馬車も無事、敷地入りした。


 ドゥージの馬も続いて入り、全員が人様の庭に足を踏み入れたところで、家から人が出てきた。


「どうぞ」


「すまない。お願いする」


 若い男性の後ろに、同じくらいの年の女性もいて、女性は顔立ちの整う来客に少し笑いながら『皆素敵だから、特別な人みたい』と言っていた。()()()()、特別は合っている、とミレイオは思ったが、今はそこではなくて。



「ドルドレン。()()


 何やら家の中に招かれた印象に、ミレイオがドルドレンの腕を掴む。振り向くドルドレンは『ここが道だ』と微笑んだが。


「意味が分からないでしょ。馬車を置いて、家に入ったら道って」


「ミレイオ。俺も詳しくは分からないのだ。説明は直に聞こう」


「はぁ?何を」


 ドルドレンの信用具合が理解できず、ミレイオが頭を振るとタンクラッドが肩を叩いて『とりあえず入ろう』と苦笑する。

 ドルドレンは相手を信じると決めると、しっかり信頼するところがある。この場合・・・精霊の面―― ポルトカリフティグ ――への信頼からこうなってる、と親方は察した。


 ・・・どう見ても、民家。敷地も広いから家も大きい。二階建てで横に長そうな、灰色基調の洒落た色遣いは、他同様。扉、窓戸はがっしりした木製で、それ以外は一見して木製に見えない塗料を塗られている。庭は草木が気持ち程度。奥に小屋。煙突があるので工房かも知れない。で、ここはこれだけ。隣家へ続く小道もないが・・・・・


 タンクラッドが開けられた扉を見ると、親方の視線を追っていたドルドレンが頷いて『中へ』と促す。


 段取りはよく分からないが、危険はないだろうとタンクラッドも判断。『一先ず休憩のつもりでいろ』と、訝しむミレイオの背を押し、他の者も続いて家に入った。


 大きな扉をくぐると柄のタイルが敷かれた通路で、二人分ほどの幅がある廊下の両脇の壁と天井は、目の高さに不思議な民族調の模様が描かれていた。家の中も明るい灰色主体。


 どこからか光を取り込んでいるようで明るさは申し分ない。廊下の角を曲がったすぐが大きな部屋で、全員そこへ通される。

 部屋はこれまた無駄がないと言うか。すっきりして、調度品なども目立たない。目に飛び込むのは一つだけ。向かい合う壁に掛かる、お面の数々。長椅子は部屋の奥に寄せられており、部屋奥から別の部屋が見える。


 縞模様に織られたしっかりした布が掛かる長椅子に、皆はそれぞれ据わる。ロの字に組まれた長椅子の一辺に、夫婦らしき二人が座った。ここでまずは、彼らが先に自己紹介する。


 男性の名はネグテミュート。女性はヴァタット。二人は、フォラヴと同じくらいの年齢に見えたが(※フォラヴ28歳)実は。



「・・・その年齢に()()があるの」


 思わず聞いてしまったミレイオに、ヴァタットは向かいに座って笑いながら頷く。ネグテミュートも笑顔。


「今、530歳、って」


「精霊が、留められた時間は500年と教えてくれました。私たちは、30歳でしたから、足すと」


「530歳なのね」


 わぁ、と驚いてしまうミレイオ。固まっていたわけではなく、留められた時を生きた体で過ごしていた二人に、タンクラッドが『他の町民も?』と質問すると、二人は一緒に頷く。


「解放されたのとは違うだろうが、町が()()()()()のが少し前・・・で、合っているか?」


 ドルドレンも質問し、ネグテミュートが『そうです』と肯定。随分長い期間、誰も来なかったと言う二人は、ドルドレンにもさっき話したことを皆にも言う。


「精霊が言いました。祭殿を尋ねる旅人が来ることを・・・この区は、祭殿に関わる工房が集まりますが、言ってみれば全部が『面工房』です。面を作るに必要な、道具材料の別があり、それぞれ工房を構えています。

 だから、あなた方がどの工房に入ったとしても、祭殿に行く準備は出来るのです」


「それで、ドルドレンはここへ」


 ミレイオに合点がいったと見えて、ドルドレンは頷く。たまたま、一番近い家がここだったから、道が光って見えただけ。もう少し先、もしくは手前に進んでいたとしても、その地点から一番近くの家に道は示されたという、いかにも精霊らしい大まかさ。



「少し話が変わるけれど。500年、どう過ごしていたのかしら」


 聞いたばかりで気になってしまうこと。この家を選んだ理由は分かったので、そこは安心。それで話を少し脱線。膨大な年月を、経過した自覚があると答えた二人に、ミレイオは留められた時間について尋ねた。

 すると彼らは顔を見合わせ、『最初から話した方が』と同じことを思ったようで、そう口にすると、ミレイオに向き直る。


「私たちは・・・昔、魔物に襲われた時。奴隷のように働かされました。監禁ではないですが、町から出られなくなり、魔物に使われたのです」


 質問の答えとは違う、驚く打ち明け。『停止時間の過ごし方』ではなく、『その前に何があったか』、それが魔物によると言われ、皆は目を丸くした。



 ―――魔物が来て、新しい知恵をやると押し付けられた。拒むと呆気なく殺されるので、脅されて従う町民は、魔物に命じられるものを作った。数年して、魔物は準備が出来たと言ったが、今度は魔物が何者かに倒された。


 他の魔物が入ってきたが、命じた魔物のような姿ではなく、町民は『新しい知恵』で攻撃して魔物を撃退。

 これによって、町民の過半数が『新しい知恵』を自主的に追い始め、これを量産し販売して広める話まで出た。反対した者と亀裂が生じ、殺し合う日が来た。

 すっかり人の変わってしまった『新しい知恵』の支持者に、町を引き渡すか服従するかの選択を迫られ、反対派はある夜、爆発と共に全滅した―――



「でも。実際は、自爆で全滅したわけではありませんでした」


「精霊が町を・・・引っこ抜くと言うか。私たちは、精霊に助けを乞い、精霊は聞き届けてくれて、私たちが住む町丸ごと時空の中に引き入れた具合です。ただ、『新しい知恵の賛同者』もまた、別の時空に入れられていたようです。

 町は、アーエイカッダから忽然と消えた状態でした。それも精霊から、少し聞いています」


 二人は交互に話し、そこから開始した500年の長い時間をただただ、日々、普通に過ごした。

 体感としては数百年もないと言う。老いるわけでもなく、食事や排泄などが変わるわけでもなく、これまで通り仕事をこなして生きていた。材料や食料や水は、一度も無くなったことはなかった――



「・・・不思議ね。生きて過ごしてはいても、何が変わるわけもなく何百年って」


 ミレイオが神妙な顔で言うと、ヴァタットは頷き『私たちは何十年、とそのくらいの感覚でした』だから、何百年と聞いた時は自分たちも少し驚いた、と言った。


「時が経過している実感はありました。精霊が守っているので、きっと時間が違う流れをしているとも話し合いました。今も、私たちは精霊に守られています」


「深刻な内容だけに、話のついで、と言ってはすまないが。もう一つ聞きたい。『アーエイカッダに存在していた町』の時は、祭殿の影響で、時空に出入りすることがあったか?」


 タンクラッドが質問を変えると、ネグテミュートは立ち上がって壁に掛かる面の側へ行き『()()()()()時、町が現実の世界から見えなくなる時はありました』と答えた。理解して小さく頷いた親方。要は、この町の状態が昔も今もさほど変わらないのだ。



 ここで一旦、話を切って、ネグテミュートは『お茶を淹れます』と台所へ行った。

お読み頂き有難うございます。

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