2201. 大精霊の事情・センダラ、コルステインの心境・ヤロペウクの予知・奇妙な町
シャンガマックが、『あの町を救おうとする可能性』を探られたのか・・・・・
褐色の騎士の質問に、ファニバスクワンは大きな目を向け、ゆっくり瞬きして答える。
『そう。お前の父が喚く理由ではないが』
すみませんっ! 精霊に頭を下げて謝ってから、シャンガマックはちらっと精霊を見る。ファニバスクワンは微笑んでいて『お前が剣を手放した理由と通じる』と続けた。ハッとする褐色の騎士に、精霊が教える。
『剣も手放し、精霊の加護も失ったお前だが。隙間埋めの物欲しさに、別の知恵を求めるなどとは思えない。まして、過ちの末の町を目の前に、それを求めるわけがない。
お前への試練は、お前の正しさへの暴走。お前が剣を手放すに至ったのは、ミレイオを切った後悔。お前の抱える正しさと誠実な思いは、自己を恨む後悔の勢いで、脇目も振らず暴走した。その結果は、お前がここにいる事情に繋がる』
「はい・・・・・ 」
『あの町は、過程こそ違えど、暴走した顛末。お前が自分に重ねて憐れみをかけ、救おうとする可能性がないとは言えない。しかしそれを選ぶのであれば、まだ理解が足りていないと示すに等しかった』
言葉に詰まって俯く騎士に、ファニバスクワンの長い銀色の鰭が届き、その頬を撫でて顔を上げさせる。漆黒の瞳に、試練を受けなければならなかった自分への恥じらいが浮かぶ。ファニバスクワンは微笑し頷いた。
『お前は選ばなかった。一縷の望みもない町に、自分こそあれらの最後の希望と、心を欺くことも出来ただろうが、それをしなかった』
「俺は悲しく思いました。最後まで、誰か一人でも心を入れ替えてくれたら、と願って」
『知っている。お前の呼ぶ魔法(※ファニバスクワンへの魔法)に思いは伝わった。あれだけの時が流れても、改めることを考える者は一人もいなかった。お前の決断は揺るがず、お前の心の方向こそ正しかった』
そこで言葉を切り、精霊は鰭を頬に当てた騎士に『続きを』と、学びの時間に戻す。
はい、と頷いてシャンガマックは改めて感謝し、精霊がなぜ自分をあの町へ送り出したか、その大きな・・・信用・・・ファニバスクワンは、信頼していたから機会を与えたんだ、と理解した。
―――お前が、隙間埋めの物欲しさに求めるわけがない。
ファニバスクワンが最初に言ってくれた言葉が、シャンガマックの中に木霊する。少し涙を滲ませて、騎士は感謝を胸に学びに励んだ。
*****
センダラはあの後、妖精の国に出かけ、急ぎで回復して急ぎで戻り、戻るまでのあまりの早さに、結界で待っていたミルトバンに呆れられながら、彼をしっかり抱えて離れなかった。『そんなにくっつかなくても』と言われようが、『嫌だ』の一言ではねのけた(※強情)。
サブパメントゥの闇の中、コルステインは、さっきのが何だったのかなと考える。タンクラッドが精霊相手に、剣で戦う様子を見ていたが、すごく怒っていた顔が気になった。
大きい精霊に『コルステインはここで観なさい』と言われて、近くで見ていた少しの間・・・『タンクラッド。怒る。何?』何であんなに怒っていたのか、コルステインには分からない。あの場所は、何も聞こえなかった。
タンクラッドが怒っていても、ドルドレンたちは動かなかったし、精霊もタンクラッドに負けた振り(※振りと見抜く)で終わり、何が何だか。
強い心を持つ―― それだけのこと。タンクラッドの激怒は理解が難しく、コルステインは、夜になったら聞いてみようと思った(※他人事)。
*****
旅の馬車は、山脈東山麓・中北部の町に入る。
そこまでを上から眺める、ヤロペウク。毛皮の上着と白い髪をなびかせ、風に佇む男は少しの間、町を見つめてから空気に薄れて消えた。次に確認する場所へ―――
ヤロペウクが現れた次の場所は、大きな町だった。東にある立法首都近郊。遷都により、随分前に西に首都が定まったが、東のこの地域は今も、人口を多く抱える。ドルドレンたちの仕事の目的地もこの辺りで・・・ヤロペウクは、眼下の町をザーッと見渡す。そこかしこで火災の煙が上がり、人々の叫ぶ声が空まで届く。
「魔物は残っていないな」
一頭も影が見えない。気配も途絶えている。被害は残ったが、町を襲った魔物の群れの残りはない。
精霊の試練を通じて、旅の仲間は魔物を倒していた。精霊と一対一の試合が、何百何千の魔物を薙ぎ倒していたと、彼らは想像していないだろうが、精霊の力の増幅でそれを叶えている。
「ここは、センダラか」
センダラの攻撃を見ていたヤロペウクは、複数の町を同時に襲った魔物を一度に倒したのは、攻撃が長引いたセンダラと思う。
破壊され、死傷者も多い様子だが、一先ず魔物は消えた。救助活動も始まっている・・・ヤロペウクは、また別の場所へ動き、他の地域でも、精霊の試練によって旅の仲間が倒した魔物と、被害を確認した。
ヤロペウクのこの動きは、魔物の残量や人々への心配からではなく、『旅の仲間がこれから受け取る力』の質を見極めるため。
『精霊の祭殿』を目指している一行は、凍結されていた町を復活させた。もう少しで、祭殿へ入るだろう。そこから出る時、彼らはアイエラダハッドの精霊の力を使えるようになる。
その威力のほどが、この『実際の世界』の影響状態。まぁまぁだと、ヤロペウクは理解する。これだけ使えるようになれば、一斉に魔物が溢れ返っても戦えるだろう。
―――魔物が溢れる日が来る。魔物の王の動き、古代種と古代サブパメントゥの利用がもうじき整う。このアイエラダハッドで、中間の地の人間を大幅に削る攻撃を進めている。
ヤロペウクは、旅の仲間のもう一つの仕事内容を思った。魔物製の装備の普及。
特に関心もないことだが・・・その内、人間の大量虐殺が魔物によって起こる可能性から、人間を匿う準備期間、この『魔物製の装備』は気休めになる気がした。
「この普及、時間を縮めるのは、イーアンか」
ダルナたちと結束したらしき、女龍。良く動くから、民への『気休め』も早そうではある。ダルナと同じ力・異世界の魔法を取り入れた女龍が、普及の迅速化を担う。
「イーアンの場合。それだけを進めるのは苦手そうだ」
すぐに何かを助けるとか、別のことを考えがちなイーアン(※接触3回で見抜く)に、ヤロペウクは忠告はしておいてやろうと決めた。いくつもの問題を抱え、何でも片付けようとする人間臭い女龍に・・・フフッと笑って、少し頭を振り『手が掛かる』と呟くと、ヤロペウクは空気に馴染んで姿を消した。
*****
崖に貼りつく下り坂を一時間くらいかけて下り、町を前にした馬車は、本当にさっきまで何もなかったのだろうか?と思うほど、活気を感じる。大きくないが、山麓の地形にしては平らに造られている町なので、遠目でも広々と感じた。
滑らかな壁の一部に、丸太が左右に立つ入口。ここまで来て、また変化がある。
さっきまで、動く人影や馬車の様子も多かったし、人や家畜の声も響いていたのに、入り口真ん前で何も聞こえない。
崖途中、高い所から見ていた町は、入っても・・・人が見えない。あれ?とドルドレンが周囲に目を走らせると、ドゥージの馬が前に来て『入口の丸太柱に』と早口で伝える。
「町に入る者は印を示せ、と書いてあった。古いアイエラダハッド語だから、多分合っているとしか言えないが」
「印。何の」
「俺が知ると思うか?総長、印になるものは何か持ってないのか」
なにそれ~ ドルドレンは眉根を寄せて、勇者の印(※気が進まない)じゃないだろうなと呟きながら、腰袋を開けたが、メダルに触る前にはたと止まる。『印・・・・・ 』すっかり忘れていたが。手袋を取って、ドルドレンは手の平を見る。
「これ、か」
今回は精霊の予言でここまで来た。いつも、予言された先を目的地にして動き続けていた、アイエラダハッドの旅。手の平に書かれた、キマウボーグの祈祷師の贈り物、世界の旅人の証明(※1764話参照)。
「ん?祈祷師の絵か?俺も書いたが」
ドルドレンが手の平を見つめた様子に、ドゥージも自分にあると言い、ドルドレンは頷く。多分これではないかと、片手を浮かせた。
「ただ、判別するには誰に見せるのか。誰もいない」
人が消えたようにいない通りで、馬車を一旦停め、ドルドレンは後ろへ行って皆に相談。ミレイオは『私たちが入ってきた、とは知ってるでしょ?』と周りを見る。本当に、店にも窓にも路地にも、面白いくらい誰もいない。
「・・・この町の人たちが、魔法使いって感じではないでしょうけど。精霊の祭殿前だから、不思議な町なのかもね」
「ミレイオ。お皿ちゃんで見てこい」
タンクラッドは手っ取り早く人間を見つけろと命令。ちらっと見たミレイオが『あんたに使われるの嫌ね』とぼやいて、赤ん坊をドルドレンに渡す。
「仕方ない。行ってくるわ。空に上がれるのかしら?」
変な感じだから上がっても叩き落されそうよと、お皿ちゃんに乗ったミレイオは、浮かんだものの―― 視線がミレイオに集中。ミレイオも瞬き。
「あ。飛ばない」
ダメだこりゃ、とお皿ちゃんを飛び降りて腕に抱えた。『あんた、飛べなくされてるの?』とお皿ちゃんに尋ねる(※お皿ちゃんはしょんぼりする)。しおれてる感じのお皿ちゃんを撫でながら、シュンディーンを引き取って『別の手を考えないと』と言う。
「シャンガマックは、どうやってこの町を出現させたんだ?」
オーリンは、彼がその内容を話していなかったことが気になった。ドルドレンも小さく首を横に振る。『シャンガマックは急いでいた。何が起きたか』皆は目を合わせる。そう。今になって気付いたが、シャンガマックとホーミットが、何をしたのか詳細を誰も知らない。
「この町・・・祭殿に続くんだろ?」
それは確かだよね、と聞く弓職人に、ドルドレンはさっと辺りを見て『ここしかないから』と不安気に答え、それから手の平にまた視線を落とす。
「印、とは。これのことだろうと思うが。精霊の条件に守られている町なのだろうか。そうだとして、印はどこで提示するのやら」
呟いたドルドレンの手の平を、皆も何となく見つめて・・・タンクラッドが瞬き。何か気付いたかとミレイオが友達を見る。ミレイオと目を合わせた親方は、『もしかすると』と片眉を上げてフッと笑う。
「ドルドレン、来い」
親方は御者台を下り、横に立っていたドルドレンの手を掴む。え、と驚くドルドレンを引っ張って、タンクラッドはすぐ後ろにある入口まで連れて行った。
「なんなのだ。どうした」
「ここで見せてみろ。ドゥージが読んだのはこれだろ?印を示せ、と」
大きく太い丸太、右側。馬に乗った高さ辺りに、彫られて刻まれた文字。ドルドレンもタンクラッドも身長はある。彫られた文字を見上げ、困惑中のドルドレンは『木に?』と疑う。
親方は鼻で笑って、掴んだままのドルドレンの片手を持ち上げ、刻まれて年月の経った文字の前に手を開かせた。
「なんか・・・違う気がする」
ドルドレンは複雑そうだが、親方はこうした単純な謎解きも経験している。『やってみるだけだ』と返した言葉が終わる前に、『バタン』と扉の閉じる音がどこからか聞こえた。
さっと目を走らせる親方とドルドレン。腕は持ち上げたまま。何も変わっていない周囲、と思いきや。
聞こえた音は閉じた音ではなく、扉が開いた音と知る。扉の無かった丸太二本の両脇に、さねはぎの大きな板戸が開いた形で付いていた。目を丸くするドルドレンに、『さっきまでなかったな』と親方が呟く。
途端に背後が賑やかになり、振り向いた二人の目には、『普通に人々が行き来する町』が映った。停めてあった馬車三台に、町の人が近寄って注意している。顔を見合わせ、タンクラッドとドルドレンは笑った。
お読み頂き有難うございます。




