2200. 『失われた知恵』 ~魔導士、イーアンの解除、獅子の視点
「行きも、あれで良かったじゃねぇか」
白煙玉にぼやく魔導士は、長椅子の背凭れに片腕を伸ばし、もう片手で酒を飲む。
ちょっと笑ったラファルが『状況が違うんだろ?』と、今し方、崖の上から消えた獅子とシャンガマックの状態を聞いた。バニザットはそちらを見ず『そんな関係ねえよ(※魔導士目線)』と、まだぼやく。
「わざわざ、俺を引っ張り出す理由に思えん」
確かに、向かう場所が精霊の世界だった『行きの道』は、通じる地点まで移動しないとならない都合があったのだろうが。
精霊の世界が解けた現場からの『帰り』が、あっさりファニバスクワン直々の迎えで済んでしまったのを見て、魔導士は眉を寄せた。初っ端から水が続いたから、ファニバスクワンが関係している可能性は考えていたし、シャンガマックとヨーマイテスが、ファニバスクワンと共にいるのも聞いたばかりだが。
最後は迎えに来るなら、行きだってどうにかなっただろ、と・・・煙相手に文句を言い、酒を出したのが今。
おかしそうなラファルは『俺に煙草を』と求め、放られた煙草を受け取って銜える(※銜えると火が付く=配慮は細かい)。
ふーっと煙を吐いて、『シャンガマックとライオン』似合う組み合わせだと褒めたラファルに、魔導士は『それより』と話を変えた。
「さっきの。お前の世界の話だが」
「科学、か。聞こえてこないが、イーアンも俺と同じことは思っただろうな」
「お前たちの世界では、あんな町みたいな状態が普通と」
「もっと荒んでる場所もある。俺は、そういう地域にいた。イーアンは割と安全な国だろうが、俺は知らない」
彼女の国に行ったことないからさと、ラファルは煙草を吸いながら、まだ白煙玉に映っているイーアンを見た。
ヨーマイテスたちが移動した異時空・灰色の町の状況。
すぐにラファルが『銃か』と気づいた後、『時代遅れだけどな』と首を少し傾げたので、魔導士は彼が分かる範囲での見解を尋ねた。
ラファルは淡々と短い説明をしてくれたが、あっという間にヨーマイテスたちの結論が実行され、話は途中で終わった。魔導士はもう少し細かく聞いておく機会と、これまでの自分の知識・推測と併せて、ラファルから情報を得る。
「時代遅れ、とお前は言っていただろ。あの町の連中が使う武器は、銃と呼ばれる道具で、デカいのが大砲。馬車の代わりにあった、馬のない荷車は?」
「車なんだろうな。燃料は分からないが。銃がある時点で、車を作り出す発想が出ても変じゃない」
「銃を作ると『車』?車は、燃料というからに、何か燃やす力で動くのか?」
「俺も車の仕組みなんかよく知らないんだ。俺が乗ってたのは、普通のガソリン・・・って、分からないよな。ええとさ、燃える水みたいのがあるわけだ。油より早く燃える。ガソリンを危なっかしくないようにエンジン・・・一々、説明が難しいが、とにかくガソリンが燃料で、連動が車軸まで伝わって車輪が回る」
ただ、町の車は使っていなさそうな様子から、使えなかったのかもしれないし、形だけは近い代物、とラファルは感じたことを話す。それから煙を少し吸って『スチームパンクか』と知ってる範囲で似たような印象を呟き、魔導士が見たので、『一昔前って感じだ』と簡単に教える。
ラファルが見た所、あながち遠くない印象だった。町の人間の服も、銃の形も、大砲も、奇妙な車も、スチームパンクがこっちの世界に紛れ込んだような。気球でも飛んでいたら完璧だったかもなと思う。
「穴だらけの建物は、銃撃戦だよな。火薬があるから、爆弾もあっただろう。大砲の砲弾は鉄球っぽかったが。あの町だけで争いが起きたとすれば、呆気なく町は壊滅だ。・・・外に漏れなくて良かったな。あれが広まったら世界大戦だ」
魔導士は頷く。ラファルは、せいぜい分かるのはこのくらいだよと話を終える。
―――昔。僧院でも、似たような現象を起こす道具や、物質の反応を研究する者たちがいた。
ラファルが話した『科学』は、バニザットも初歩的なものであれば使えないわけではない。僧院で研究し出した時代に、バニザットも居合わせていたから、研究会で実験などは付き合ったこともある。応用・利用で、いくらか生活に変化を齎す印象はあった。
普通の人間でも覚えれば扱える、便利な道具頼みの力。しかし、バニザットは僧院の中でも『魔法使い』として別格だったし、この知恵が世界に必要とも思えなかった。
それに、どこのバカがおかしな使い方をするか。広まってから僧院が責任を取るのも面倒だと、バニザットは『道具頼みの力の仕組み』を、世間に流布しないよう注意している側だった―――
ああなるわけだ、と精霊が取り上げた理由を理解する。ラファルの話を聞けば、なおのこと。ズィーリーにこうした話はまず聞かなかったが・・・時代も違う、ラファルやイーアンの生活環境は、便利と危険だらけだったのかとも思った。
なぜ。精霊があの町を、最後の試練に選んだのか。
すっかり様変わりして現れた、古き良き時代然りといった具合の町へ、馬車は進む。それを見つめるバニザットと―― 蔦の壁の前のイーアン。
*****
イングは『もう終わったのか』とイーアンに聞き、イーアンは頷く。レイカルシ・リフセンスが、蔦の壁にふっと息をかけると、瞬く間に壁は消えた。あ、と声を上げたイーアンに、赤いダルナは『用は済んだ』と頷く。
『イーアンの仲間は、町に行った。連絡すれば、すぐに見つけられるだろ』
「そうですが~」
多分、あれで終わりのはず。音は聞こえない壁を見守った時間・・・シャンガマック親子が来たことや、精霊が彼らに対処を命じたらしき奇妙な町、水に沈められた後、水が引いて生まれ変わった町の変わりよう・・・そして、馬車が町へ向かったことで、『試合は完了』と思ったが。
「もうちょっと、ここにいます。精霊が何か言うかもしれないし」
『見守れ』と言われただけで、終わりの目途は聞いていない。少し様子を見るとイーアンは言い、ダルナ二頭は受け入れる。暫し、雑談。ダルナ二人で話している間、イーアンは地上絵を見つめる。
―――まさかのシャンガマック親子登場に、イーアンはびっくりした。
伴侶はやっぱり外されていた。自分やコルステイン、それとヤロペウク同様の扱いだったとホッとした。
ドルドレンは、他の皆に比べ、精神的な試練が度々あった。アイエラダハッドに来てからは、単独行動を強制される機会も多かったから、今回は免除だったのだろう。
それにしても・・・シャンガマックたちのために、この道だったのかもと感じる。
最初は川。あれは特に疑わなかったが。トワォに似た水霊、霧や雨の連続に、ファニバスクワンが関係しているように思ったのは正しかった。
ファニバスクワンは、もしかすると、この『精霊の祭殿行』の内容も引き受けたのだろうか。
シャンガマックたちを預かった精霊は、祭殿行の道―― 試練 ――に、彼ら二人にプラスになるような機会を与えた、と考えられなくもない。ファニバスクワンは優しい精霊。彼らを早く拘束から解いてあげられるよう、計らったのかも。
彼らが対処した、荒んだ町も意味深。
いきなりの発砲にギョッとしたら、大砲まであった。車っぽいのもあった。地面はコンクリート系の灰色で、町民の格好はアイエラダハッドの衣服と印象が違った。この世界に来てから『眼鏡』を見たことがないが、彼らは眼鏡も持っていた。ちょっと『スチームパンク』っぽいと思ってしまった(※ラファルと一緒)。
――私がずっと避けていた、火薬。あの人たちは、火薬を作り出していた。
私はテイワグナでも、アイエラダハッドでも、火薬の調合は気を付けて指導したけれど。それだってせいぜい『火薬もどき』。火薬そのものとしては教えなかった。
火薬指導時は、オーリンにいつも相談した。オーリンは、自分で火薬を作りだした人だから、火薬が予想を超える危険を生む恐れを理解している。
下手に広めないよう、二人で気を付けていた火薬・・・あの町は、ずいぶん昔に科学を選んだ町だったのかと、ヒヤッとした。
そして今。自分とダルナ・・・は。私たちの魔法は、物質を分解して行う魔法。私たちのいた世界の名残に似る。
ちらと、ダルナの二人を見ると目が合い『そろそろいいんじゃないのか』と、様子見終了を促された。
「あ。はい・・・そうですね」
『じゃ。俺の用事だ。イーアン、俺が解除だ』
キョトンとしたイーアンは、赤いダルナをじっと見つめ『あなたが』と聞き返す。頷くレイカルシ・リフセンス。
『俺が三頭目の解除。一緒に来てくれ』
赤いダルナの思わぬ言葉に、はい、と答えたイーアンは、横のイングを見る。イングは『連れてきた』と今更、静かに赤いダルナを指差した。
三頭目のダルナは、『龍を怖がっている』ような話だったけれど・・・ふと、イーアンは前にイングがそう言ったのを思い出す(※2151話参照)。レイカルシ・リフセンスは全くそうした感じがない。
「怖れている、とは」
思わず疑問がぽろっと口を出る。イーアンの一言に、赤いダルナはさっとイングを見て『何か言ったのか』と責める口調。イングは目を逸らし、赤いダルナは首を横に振った。
『気にするな・・・何でもないよ』
話を終わらせるダルナに、イーアンは疑問が残りつつも、レイカルシ・リフセンスがそう言ったらしいのは認めた。この後、ダルナは『怖がっている』話題には触れず、もやもやと気になるイーアンは、ダルナの解除に付き添った。
*****
イーアンが、慌ただしく次の解除に応じる頃。
戻ってきた水の中で、シャンガマックとヨーマイテスは、丁度ファニバスクワンに労われた後。シャンガマックは休む間もなく、精霊の学びに連れて行かれた。この間、ヨーマイテスはカワウソ姿で壺に入って待つだけ(※することがない)。
ヨーマイテスは鍛え直すことも不要。彼の場合は、言ってみれば『精霊耐性が取り上げられた』これだけなので、能力が落ちる話ではない。シャンガマックはそうもいかないので、落ちた魔法の力を精霊に鍛えられている。
だが二人一緒の認定なので(←罰が)、拘束中、ヨーマイテスは息子の側にいられるし、側にいるという事は精霊に何らかの処置を施してもらって・・・こうして、大精霊の領域で過ごすことが叶っている。
首に一巻きされた精霊の綱をちょっと引っ張り、『気に食わん』と文句を言うカワウソだが、これを外すと死ぬ(※耐性ゼロ)ので、渋々着用し続けている。気に食わない綱に指を引っ掛け、少し緩めたそのまま、違うことを思い出して考え込む。
―――破壊された町。自分にはどうでもいいことだが、あれが『封じた知恵の末路』。
気に掛かるのは、なぜ息子があの町の対処にあてがわれたのか・・・理由は?
「これまで放置していたものを」
息子は学びに対しては貪欲と言える。欲の表現は違うが(※息子に似合わない)、疲れていても眠くても、一秒を惜しむ求め方は、嫌な話だが老バニザットを思い出させる。
「息子にあの町を見せたのは。息子を見くびっていたからか」
イラっとする直観で、カワウソは舌打ち。あの町を残す方を選ぶ・・・バニザットがそう考える可能性、への試練?
当たらずとも遠からずに思う、精霊の指示した現場。こうなるとヨーマイテスの頭には、裏付けも浮かび始める。大事な息子が、愚かな知恵を望むと思われた、そのことが腹立たしい。
「老バニザットを呼び出したのも、合点がいくな。あいつと息子は力の差がある。今の息子は、精霊の加護を失くして、魔法の威力は落ちた後。死して尚、魔法を自在に操る老バニザットに会わせた直後・・・息子の心を揺らしてから、『封じられた知恵』の現場を見せて、どう反応するか―― 要は、息子が自分の求めに負けて、バカを選ぶかもしれない、とそういったことか」
自分で推測を立てながら、イライラが募るヨーマイテスは、『バニザットがそんなバカだと思うな!』と壺の中で怒鳴る。
だが、カワウソが怒鳴ったところで、精霊は無視(※聞こえてる)。
ヨーマイテスの息子への愛情は度が過ぎている(※精霊目線)ので、大らかなファニバスクワンは、文句を垂れる身の程知らずなカワウソにも理解を示して放置しておくだけ。
ふと、父の思考を感じ取ったシャンガマックが、びっくりして慌てて精霊に謝ったが、ファニバスクワンは『放っておけ』と許してくれた。平謝りのシャンガマックは、流れ込む父の文句に冷や汗が出るが・・・はた、と父が何に対して怒ったのかを理解し(※文句寄せ集めで)、大精霊を見た。
「・・・質問をしても良いですか」
『構わない』
「俺は、『あの町を救おうとする』、その可能性を探られたのですか」
お読み頂き有難うございます。




