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魔物資源活用機構  作者: Ichen
出会い
22/2943

21. 遠征準備

○今回はおさまりがよくありませんで、少々長めです。

 

 朝食後。 部屋に洗濯物を取りに行き、洗濯場でイーアンに洗い方を教え、昨日の衣服と靴を洗ったイーアンはすっかり満足した様子だった。何故かイーアンは、洗濯の道具に関心を持って観察していた。


 ここの道具のような形を見たことがないと言うので、イーアンはこれまでどうやって洗っていたのかを逆に質問したら、少々悩んだ結果、一人で合点が行ったように『もしかすると同じ原理かも』と手を打って、また満足げに頷いていた。

 ドルドレンにはよく分からないままだったが、イーアンが楽しそうなので良しとした。


 洗濯物を干す場所はドルドレンの部屋にした。他の連中のと一緒に干したら、衣服を盗む奴がいるかもしれない危険からだ。

 イーアンは男の部屋に洗濯物を干すことを心なしか嫌がっていたが、安全性をきちんと説明すると渋々受け入れた。野獣もさすがに、総長の部屋に無断で入ることはしない(と思う)のだ。



 その後は遠征行動会議だった。


 昨日保護したイーアンを伴っての会議はいくらなんでも難しそうなので、会議室の横の部屋にある書庫で待っていてもらった。書庫は執務室同様、扉のついていない入り口があり、他は壁で仕切られている。書庫に入るには会議室を通るため、したがってイーアンは安全なのだ。


 会議に参加する部隊長・班長・書記・経理部の面々に、イーアンを連れてきた理由 ――彼女が昨晩ノーシュに襲われかけたこと―― を手短に説明すると、全員がその話に不快そうに顔をしかめ、行き場のない無力な女性に憐憫の情を表し、それではやむを得ないと承諾した。


 そうそう、これぞ騎士。 西の寮の連中(アホ)にはこの騎士精神が足りない、とドルドレンは思った。


 ついでに、今後は自分が責任を持ってイーアンの世話をすることも仄めかした。管理下に保護者を置くことで、期間は彼女が独り立ち出来る環境が整うまで、と伝えた。


 これについては、勘の働くポドリックや他の指揮官に何となく怪しまれた雰囲気も感じたが、それもとりあえず有耶無耶に承諾させた。これまでだって年寄りや子供たちを保護し、行き場を確実にした後に送り出したのだ。イーアンだけ何もしないなんておかしい。

 子供に関しては、心細そうで可哀相なこともあり、一緒に眠ったりもした。相手が一桁だから出来た業だとは思う。イーアンとは同室であっても恐らく一緒には眠らせてもらえないだろう・・・・・ 何を考えているんだ俺は。


 とにかく会議前に必要なことは伝え、この後、会議は3時間ほど続いた。書庫のイーアンはどうしているか気になったが、ちらちら見ていると時々本棚の向こうから、ちょっとこちらを見てくれて目が合ったので嬉しく思った。


 これまでは遠征行動会議に気が沈んでいた。 


 時には拳を固く握り締めて苦痛の決断をすることもあった。会議の決定どおりになど状況は動かないと学んでいた。負傷者(・・・)を出さないと決める内容も、戦場から戻れば死傷者(・・・)を出していることの方が多かった。


 でもなぜか今日の会議は、内容こそいつものように深刻ではあるが、根拠のない安心感があった。イーアンの存在のおかげなのか、またそれとは異なる何かがあるのか。



 戦地にイーアンを連れて行く案も話したが、これは反対が多かった。ドルドレンは『彼女を連れて行ったことによって誰一人、危険に晒すことはない』と宣言した。『もしも』と『万が一』の例えを滔々と説かれたが『絶対に大丈夫だ』と押し切った。これでその場は已む無く了承した。



 ドルドレンが半年前に総長に上がったのは、それまでの上司が行方不明になったからだけではない。彼の統率する部隊は死者が出なかったから、という点も評価されていた。


 負傷はあるが、死者はない。違う部隊に死者が出ていても、ドルドレンの部下たちは決して死ななかった。

 ドルドレンが我が身を壁にして真っ向から魔物に飛び込み、何夜も通して寝ずの番をし、人間離れした感覚で魔物を討ち取り続けた。強靭な肉体と並外れた精神力を持つドルドレンは、限界まで戦うのだ。しかし誰も彼の限界を見たことがない、というほどに、ドルドレンは終始強かった。



 ドルドレンはそれを自負することはなかったが、自分が隊を守れたことはその都度自覚した。次の戦地ではどうなるか、と毎回気を張り詰めて戦地へ戻っていた。

 そうしたドルドレンだから、周囲も彼を信じることにした。イーアンに何かあったほうが大変そうだ、とは思っていたが、誰もそれは口に出さなかった。

 3時間経つ頃には昼の銅鑼が鳴り、会議は終了した。



 昼食の時間になり、ドルドレンはイーアンを連れて食堂の行列に並んだ。部屋で食べなくても良い、とイーアンが言ったからだ。これから馴染まないといけない、と言われてはドルドレンも従うしかない。


 混雑する食堂通路と広間は、イーアンを伴ったドルドレンが現れると一瞬だけ静かになったが、昨日に比べると周囲の好奇心も少し収まった様子だった。各々の食事に勤しむ姿が見えることに安心した。



「少し遅れたな。お腹が空いたか」


「そうでもないです。朝はしっかり頂きましたし、私は本を見ていただけでしたから」


「そうか。面白い本はあったか?」


「はい。でも字が読めなくて。図があるものを見つけては見ていました。」



 おや、とドルドレンは不思議そうにイーアンを見た。イーアンも察して、うん、と頷く。

 イーアンはきゅっとドルドレンの袖を引っ張り、彼女の顔の位置まで屈ませて耳打ちする。『私はこの世界(ここ)の字は読めないみたいです』小声で伝えられたイーアンの言葉・・・より、耳にかかる温かい吐息に黒髪の騎士の表情が溶けかける。


 それを見た、横と後ろの騎士たちも一瞬ざわめいた。『おお』『俺も』とか何とか聞こえた気がしたが無視する。 ・・・・・もうなんというか、多分イーアンは全く気付いていないが、耳朶に唇が触れるかどうかの吐息だ。というか触れていたと思って良いか? 良いな。 

 艶めかしく呻いて眉根を寄せるドルドレンの妙なる色気に、周囲のどよめきが別の色合いで沸き立った。ドルドレンはごくりと唾を飲み込み、しっかり堪能した後に一度大きく息を吸い込み、イーアンを見て微笑んだ。



「追々、教えよう。その方が何かと都合がよいだろう」


「ありがとうございます」



 イーアンは順番が来たので盆を2枚取り、ドルドレンに一枚差し出して、朝の自分がしてもらったようにドルドレンの皿と自分の皿に料理をよそった。

 周囲がうるさい。イーアンは気にしてないから良いが、こういう場面を見たら普通はそっとしておいてやるものではないか、とドルドレンは思った。羨ましいなら他所で勝手に羨ましがれ、と言ってやりたかった。


 食器を片付けるまで、いちいちそんな具合で続き、少し忙しない昼食を終えてから、遠征準備の時間になった。




 遠征準備は支部の裏庭で始まった。


 ドルドレンと各部隊長と班長で、各隊の配置と戦闘形成を大方決定する。人員配置もこの時に決める。各自の突出したスキルを検討して、作戦に合った振り分けを行なう。

 その後は、それぞれの武具の手入れと遠征期間中の隊の持ち物を集める作業。一同の準備が完了すると、一度仮稽古を行なう。仮稽古はテントを張るところから始まって、模擬練習で隊の目的の動きが出来るように稽古する。


 ドルドレンはイーアンにテントにいるように、と指示を出した。肩を抱くドルドレンにイーアンは訊く。



「私はお邪魔では」


「邪魔なものか。俺にはイーアンが」



「すみません、いいですかー」


 ドルドレンの見開かれたきつく睨みつける絶対零度の眼差しに、必死に目を背けながら騎士(犠牲者A)が割り込む。イーアンは気の毒そうに騎士に同情を寄せる。騎士の行く末を見守る仲間25名は、後方10mの位置でハラハラしながらこちらを見ていた。


「何だ、何の用だ」


「総長の部隊にテントが足りない可能性がありますとの報告です」


「なぜだ」


「ええっと、ええっとですね」


「それはもしかすると私のせいではありませんか」


 イーアンが察して、申し訳無さそうに口を挟んだ。騎士(犠牲者A)は頷きたくても頷けず、奇妙な微動をしている。ドルドレンが冷え切った態度で、静かに息を吐いた。


「テントが足りないとどうなる」


「ええ、ええっとですね。総長とイーアンさんと、その他数名が一緒に」


「お前は冗談をこの場で言えるほど度胸があるのか」


「いいえいえいえいえいえいえいえいえいえ」



 イーアンはどうしたらいいのか分からなくなり、笑いをかみ殺して両手に顔を突っ伏す。



「イーアン、どうした。こいつの発言が辛いか」



 ドルドレンの真面目でアイスでホットな振りに、イーアンは慌てて『違う違う』と手を振り、咳き込んだ。



「ごめんなさい、違います・・・・・ あの、そんなに私のことは気になさらないで下さい」


「そうはいかないだろう。俺と一緒のテントではなくて、俺以外とも過ごさないといけないんだぞ。

 何かあったらどうする。気にしないで良いわけないだろう。嫌なら、気を遣わないでちゃんと言うんだ。嫌だろ」


「ドルドレン。 そのお方が気の毒です」


「何?」



 イーアンは苦笑いしながら、縮こまって顔を俯かせる騎士に同情を向けた。



「この方は必要であるから教えてくれたのです。テントが足りないのはこの方のせいではないです」


「ああ・・・・・ そうだな。そうか」



 ドルドレンの苛立ちにちょっと水が差されて、ドルドレンは素直に認めた。イーアンはニコッと笑って、騎士に微笑みかけた。



「私が急に加わってご迷惑を」


「いいえ、そうではないです」「当然だ」


「ドルドレン」



 イーアンはドルドレンを止める。騎士に逃げるように手で道を示したイーアンは、会釈する騎士に会釈を返し、ドルドレンに向き直って溜息をついた。



「ドルドレン」 「何だ、イーアン」


「何てあなたは優しいんですか」 「 ・・・・・ん」 ドルドレンは少し赤くなった。


「収容可能人数があるテントでしょう。一人加われば、今回のようにもなりますね」 「そうだな」


「使えないテントなど修理が必要なテントは在庫にありませんか」 「イーアン?」


「ありますか?」 「 ・・・・・2つほど倉庫にあったと思う」


「まだ夕暮れまでに時間がありますから、修理して1つ作れませんか」 「テントか?」


「そうです、状態にもよるでしょうけれど」 「修理したテントを使う気か」


「ドルドレンと二人なら、そんなに大きなテントじゃなくてもって」 「俺とイーアン」


「はい。そうですよね?」 「もちろんだ、俺とイーアンだけの」 「はい、私たちのテントです」



 ドルドレンは『待っててくれ』と言って倉庫へ足早に確認に行った。良かった、と呟いてイーアンはホッと一息ついた。


 一人で待っている間、数人がイーアンに声をかけようとしてうろついていたが、イーアンは彼らに頭を振って『やめておいたほうがいい』と合図し微笑んだ。彼らは笑顔を返して『それじゃまた』と片手をあげて去っていった。


 その後すぐ走って戻ってきたドルドレンは、後ろから同じように走ってついてきた荷物持ちを呼び寄せ、イーアンに(彼らが運んでくれた)テントを見せた。

 魔物に半分壊された、という話だったが、広げてみると補修して使えそうではあった。テントの幕の破れた箇所を取り除くといくらかサイズが小さくなると分かったが、骨組みを計算して、丁度4人収容くらいのテントとして復活できる計算だった。元が8名収容のテントだから、かなりのサイズダウンだ。



「ドルドレンは背が高いけれど、4名分くらいの広さなら大丈夫でしょうか」


「広い狭いの文句はない。イーアンがゆとりを持って休めるなら」



 イーアンは笑い声を立てて、ドルドレンの腕に額をもたせかけた。『本当にあなたは優しい』と。 ドルドレンの呼吸が乱れる。テント内だったらこのまま寄りかかってくれるだろうか。そう過ぎった瞬間、周囲で話を聞いていた騎士が寄ってきて『テント作りましょう』と手伝いを申し出た。



 イーアンはドルドレンからパッと離れて、騎士の親切な言葉にお礼を言う。ドルドレンは不満そうな表情で溜息をついた。


 それからイーアンが糸で大凡のサイズを測って切り出し、地面に枝でざっくり描いた製図を元に、総勢10名によって4名用収容テントが出来上がった。縫う箇所が少なかったのが助かった。ドルドレンも改良に参加していたが、最初から最後までイーアンがテントを改良する様子を興味深そうに見守っていた。

 テントを作り直している間は他の隊が練習をしていたので、改良に手伝った騎士たちは模擬練習が出来なかったが、それはドルドレンが出発前に一度稽古をつけることで解決した。



「大事な時間を割いて頂いて・・・・・ 申し訳ありませんでした」



 イーアンが完成のお礼の前に頭を下げると、手を貸した騎士は皆、気にしないでと言ってくれた。

 命を左右する稽古があったのに、とイーアンが言うと、ドルドレンはイーアンの肩を抱いて引き寄せ『俺がいるから心配ない』と声をかけた。



 日も山の影に隠れる頃。業務終了の銅鑼が鳴った。





お読み頂きありがとうございます。

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