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魔物資源活用機構  作者: Ichen
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219/2944

219. ドルドレンのパパ

 

 温泉から戻ってウィブエアハ。


 ウィアドを宿に預け、午前の掃除をしているモイラに、温泉の感想を伝えると、モイラは旦那と一緒に今度行ってみたいと話していた。ただ、掘っ立て小屋と崖間際の部分には、少々難色を見せていた。



 イーアンはその反応は普通だと思った。自分だって一人では入らなかった。

 ドルドレンがいてくれるから、安心していられるのであって・・・あんな場所で、魔物どころか、変な男でも来られたら。風呂で素っ裸になってるこっちが責められそうだ。ドルドレンなら一緒に風呂にいても、変なのが来たら全裸でも勝ってくれる確信がある。


 モイラは無理していかなくてもと、一言添えておいた。『正直な気持ち、そう思うわ』モイラは、その湯治場とは名ばかりらしい現実に本音を呟いた。



 宿から出てもまだ午前中。昼までも時間がある。二人は今日は何をしようかと話していた。イーアンは、昨日モイラが連れて行ってくれた店の菓子を食べさせたいと言う。お土産も買いたいから、砂糖菓子の店にも行きたいと。


「じゃあとりあえず。忘れないうちに土産を買うか」


 ドルドレンが土産屋を優先して、市場の砂糖菓子の店へ向かった。


 すぐ近くだが、市場の通りに入ると、中は大変混み合っている。目当ての砂糖菓子の店へ人混みを縫って進み、ようやく店屋にたどり着くと、先日イーアンに試食させてくれた女性は客の相手をしていた。


 イーアンは彼女が空くまで、菓子を選んで、自分が美味しそうだと思うものを2種類選んだ。ドルドレンは幾つか食べたことがある様子で、自分はこれも良いと思う、と3つの菓子を選んだ。この5種類を買おうかと話していると、売り子の女性が来て『いらっしゃい。どれが良いの』と笑顔で話しかけてくれた。


 選んだ5つの菓子をお願いして、女性は手際良く菓子を包んだ。別の袋にまた、ぽんぽんと一つずつ違う種類の菓子を入れて『これ、食べてね』と渡してくれた。女性がふとドルドレンを見て、何かに気がついた表情をした。


「ねぇ。この人は兄弟ここにいる?」


 イーアンに小さい声で訊ねる女性。イーアンはよく分からなくて首を傾げる。ドルドレンには市場の喧噪で聞こえていない。『朝ね。この人に似た人がいたのよ』同じような目の色と顔つきだから、と女性は話した。


「それは女の人ですか」 「ちがうわ。男よ」


 え?叔母さんならいそうだけど。イーアンは、ちょっと分からないと答えた。女性は肩をすくめ『まぁ、いろんな人が来る町だから』じゃまたねと笑顔で別れ、すぐ次の客の相手をし始めた。



 ドルドレンと一緒に店を出てから、お土産と試食のお菓子を抱えて、イーアンはさっきの人のことを考えた。『どうする。モイラと食べた菓子でも』ドルドレンがイーアンを覗き込んで言いかけた時。


 すれ違いざまでイーアンが人とぶつかってしまった。よろけたイーアンは菓子の袋を落とし、慌てて相手に謝る。商人のような格好の太った男で、『ああ、ごめんな』と向こうも急いで菓子を拾ってくれた。


「すまないね。混んでるから。もうちょっと痩せなきゃ」


 大柄な太った男は菓子の袋をイーアンに持たせて、すまなそうに笑った。イーアンも『ちゃんと見てなくてごめんなさい』ともう一度謝った。

 男が帽子をちょっと持ち上げて立ち去っていき、はたとイーアンは気がつく。ドルドレンがいないことを。


「ドルドレン」


 見回して背の高いドルドレンを探すが、なぜか見当たらない。どうしよう。あの一瞬で何があったのか。ちょっと心配になったが、とりあえず宿に戻って、お土産を置いてからもう一度探そうと、宿へ向かった。


 一人で戻ったイーアンに、モイラと主人が気にしたが、はぐれたから探すと言うと、荷物を預かってくれた。イーアンはすぐにまた市場の方へ向かって小走りに急いだ。



 頭の中で、ぶつかった男の人が()りだったらどうしよう、と気になった。仲間と動いている掏りは、注意を逸らして狙うから。財布を持っているのはドルドレンで、簡単に掏られるような人ではないけれど・・・・・ もしそうしたことでドルドレンが追いかけてたりしたら。


 でもさっきの太った男の人が、そんなに悪い人には思えなかった。市場の通りは、あまりの人の多さで、イーアンはここを探し回るのかと思うと、何往復しても見つからないような気持ちになった。


 年末のウィブエアハは活気があると聞いてはいたが、ホントに凄い。さほど大きな町ではないのに、いろんな地域から人が集まっている。交流の多い地域だから、もしかするとドルドレンの叔母さんのように、各地を回りながら売り歩く人も多いのかも。そんなことを思いながら、ふと。



「そうだ。叔母さんの屋台」


 もしかしたら、ドルドレンは叔母さんの屋台に行ったかも知れない。何でという根拠はないが、一応遠くからでも見てみようと、通りを越えて昨日の屋台通りへ行った。


 屋台がたくさん出ている通りは、宿屋からもそう遠くないし、一人でもあまり不安はなかった。市場は人が多すぎて少し不安になったが、こちらは人の数もそれほど多くなかった。


 叔母さんの屋台は奥のほうだった、と思い出して、緊張しながら進む。なんだか緊張する。見つけた屋台にはお客さんが並んでいて繁盛していた。


 遠目からだとよく見えないが、叔母さんは普通に接客していて、後ろに誰がいるわけでもなく、ドルドレンの影も見えなかった。



 どうしよう。ドルドレンは自分を探しているだろうか。でもどこに行ってるのか。『宿で待っている方が良いかな』イーアンは溜め息をつく。叔母さんがいるくらいだから、親戚が来てるのかも知れない。


 どっちみち、ドルドレンも自分がいなかったら、宿へは来るだろうと思った。



 イーアンは宿へ戻ることにして後ろを向いた。目の前に人の胴体があって、びっくりしてぶつかる寸前で止まった。


「すみません」


 両手を胸の辺りまで上げて、一瞬閉じた目を、謝る一言と共に開けて言葉が消えた。


「これはこれは。随分、風変わりなお姉さんだ」


 背の高いその人は、自分を見下ろして、笑みを浮かべながら観察しているようだった。『ドルド』レン、と言いかけて心臓が止まりそうになる。呟いた言葉にふと目を細める男性。ちょっと首を傾げている。


「今。誰かの名前を言ったかな」


 唾を飲み込んで、目だけを動かして周囲を見る。目の前の女が警戒していると気づいた男性は、イーアンの頭の上まで屈みこんで『君の探している人間は、俺が知ってる人間だ』と囁いた。

 その声がそっくりで、それにその顔が。ドルドレンそっくりでイーアンは鳥肌が立った。違うのは目つきだけのような、顔をじっくり見ていなくても、目つきは何か怖かった。


「すみません。人を待ってるので」


 イーアンは下を向いて、その男性の横をすり抜けた。すぐ肩を掴まれて、打ち身の痛みに止まる。声は上げなかったが、顔が痛みに歪んだのを気づいたか。男性は手を緩めた。


「お姉さん。痛いのか」


 あなたが掴まなきゃ痛くなかったわよっ。振り返って言ってやろうかと思うが、我慢。ドルドレンのそっくりなんて、調子が狂う。『離して下さい』イーアンは聞こえるくらいの声で答えて、先へ進もうとする。


 男はイーアンの前に回りこみ、両肩を押さえた。今度は力が入っていない。でも手が大きくて肩はがっちり押さえられている。その顔を見たいと思えないイーアンは俯いて『ほんとにすみません。ぶつかっていないので許して下さい』と正当な理由を伝えた。


「ドルドレンを探してるだろう」


 止まるイーアンに、男はちょっと笑った。『あいつはこっちだ』一緒に来るか、と誘われた。これで一緒に行くべきなのか、それは間抜けな映画的な落ちなのか。イーアンは悩む。


「あなたはどなたですか。私は彼と一緒に行動している者です」


 思い切って聞く。屋台の通りは昼が近くなっていて、人も増えてきた。これだけ人が多い場所で変なことはないはずだと、自分を見下ろす背の高い男を見上げた。


 男の顔は不敵な笑みを浮かべてるものの、愛する人にそっくりだった。嫌になるくらい似ている。目の色が灰色より少し青っぽいし、黒い髪には全体的に白髪があるが、それでも似ている。この人は、絶対血縁だろう、とイーアンは確定した。


「なるほど。君か。俺の息子が夢中になってるのは。なかなか面白い女を捕まえたもんだ」


 言い方が失礼。何なのこの人。俺の息子が面白い女捕まえたなんて ・・・・・なに?息子?えっ。お、おや、お父さん?この人、精力絶倫のパパ? えーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!



 愕然とするイーアン。確かに、とても。そんな気がしないでもないけど、あんまり認めたくなかった。


 パパ(※呼び名決定)はイーアンの表情に僅かな驚きが混じったのを見て、すぅっと顔を近づけた。『本当に変わってる顔だ。でもこりゃ』物凄く失礼なことを言いかけて、パパはニヤッと笑った。


「一緒に来い。ここへ来たということは、俺の妹の店に息子がいると思ったんだろ」


 ドルドレンは町の外れの仲間のところだ、とパパは歩き出した。イーアンが悩んでいると『置いてくぞ』と振り返る。


 人に対して使うものではないけれど、と腰のソカを確認し、腰袋を揺らしてイオライの石と毒の容器の音を聞く。何かあったら、人を傷つけないように逃げないと。覚悟を決めて、イーアンはパパの後を付いていった。



 パパと並んで歩く気にならないイーアンは、その見失いようのない背の高さを見ながら少し後ろを歩く。パパは振り返りもせず、足が長いからか結構な速歩。時々小走りになって、イーアンはどうにか付いていった。


 クロークを羽織ったら間違えそう。後姿はもう、分からないくらいだった。白髪があるのはドルドレンも一緒だが、ドルドレンの場合は白髪がどさっと一部的にあるだけ。パパは全体的にグレーな感じ。パパはグレー・・・・・ 性格もグレーではないかと訝しむ。


 確か16しか違わないと言っていた。ということは。ハルテッドは以前、ベルとドルドレンは同じ年で、36歳と言っていた気がする。え。52歳。パパは52歳。嫌だ、なんか52歳のパパに36の息子って。そっくりだし・・・・・ ちょっと待て。私は44だから、というと。


 気がつきたくない真実を、突きつけられた気分のイーアン。


 パパと息子の丁度、中間。自分は丁度、どっちを向いても8つ違う。うわっやだっ。ドルドレンは良いけど、なんだかパパの若さが嫌っ。



 言いようのない苦しさが襲う。イーアンは溜め息をついて、頭を振った。頭が痛くなりそうだった。ふと気がつくと、もう町の外れに入っていた。以前クローハルが紹介したという、女の人がたくさん宿で待つ通りを抜けた気がした。

 その宿ではなかったことに、ちょっと安心して、イーアンはひたすらパパを追う。そろそろ人が(まば)らになってきた時、建物の裏に派手な馬車が見えた。馬車は何台もあって、派手だけど、いろんな絵が描かれて美しい色の馬車だった。


 イーアンが馬車をじっと見ている様子を、気がつけば、パパが見下ろしていた。


「初めて見たのか」


 はい、と答えるイーアン。『とても綺麗な馬車です』そう答えてパパを見上げた。パパはちょっと驚いたように眉を上げて『きれい』と繰り返した。


「はい。こんなに綺麗な馬車は初めて見ました。とても素敵です」


 綺麗だと思ったものは、素直に言葉にすることにしている、イーアンの人生。馬車もそう感じたから誉めた。そうだ、と思い出して、パパの目もこの際じっくり見つめた。ドルドレンの純粋な灰色と銀が混ざる宝石のような目は大変美しい。でもパパの目もとても綺麗だと思った。


「あなたの瞳の色も綺麗です」


 イーアンは青のかかる灰色の瞳を誉めた。冬の泉のようだ、と形容して微笑んだ。

 誉められたパパは少し止まっていたが、小さく何度か頷いて『ドルドレンはこっちだ』そう言ってまた歩き出した。


 馬車に近づくと、たくさんの人たちがいるのが分かった。もしかしてハルテッドたちが乗っていた馬車だろうかと、イーアンは興味を持った。

 馬車の側にいる男の人も女の人も、いろんな地域の人たちが混ざっている。その人たちはイーアンをじっと見て警戒しているようだった。


 前を歩くパパは、一台の馬車の前で止まり、開いたままの扉を親指で示した。イーアンが覗き込むと、中で退屈そうに長椅子のような台に座っているドルドレンがいた。



 ドルドレンは人影に気がついてすぐ『イーアン』と叫んだ。イーアンはドルドレンで良かった!と安心した。

 またそっくりさんだったらどうしよう?そう思って躊躇ったから、自分の名を呼んだ愛する人に急いで駆け寄った。馬車の足掛け台を駆け上がって、両腕を広げたドルドレンに抱きつく。


「心配しただろう。大丈夫か。すまない」


 ドルドレンにようやく会えて、イーアンは力が抜けた。しっかりと抱き締めてくれる力強い腕に安心して『良かった』一言、魂の抜けそうな安堵と共に呟いた。



お読み頂き有難うございます。

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