218. アラゴブレーの温泉
朝が起きれないイーアン。ヘトヘトで、動けない。目は覚めているが、体が。体・・・・・
素肌の温もりを楽しむドルドレンは、同じように目覚めていても、満足げにニコニコしながらイーアンを抱き締めている。
どうにか指示を出しながらの営みだったので、前回のような痛みなどは逃れた。しかし耐久時間が長い。長すぎる。なぜ2時間も続けられるのだろう。夜中に食事、と言っていたが、本当に途中休憩(?)で夕食の残りをむしゃむしゃ食べて回復していた。食べてすぐはお腹に良くない、と教えたが聞いてくれなかった。
結局、前半と後半で4時間くらい使った気がする。眠ったのが12時過ぎだ。この年でこれはキビシイ。いや、何歳でも、若くても4時間は厳しくないのだろうか。クジャクなんて2秒って聞いているのに(いや2秒はさすがに嫌だけど)ドルドレンは。まだ魔物戦の方が、動く時間が少ない気がする。
イーアンの急務として、夜の営みを小分けにするか、ドルドレンに日中の仕事で体力を使わせるか、両方行うかを計画する必要があった。
これだけ精力が強いとお子さんでも生まれそうだが、イーアンは子供を妊娠しない。若い時に病気で女性器官の一部を取り除いてしまったため、万が一お子さんとなれば、それは奇跡に近い。そして40も半ばに入る年齢は、もうお子さんどころではないのだ。
以前ドルドレンは、その話を一度したことがあった。もし自分との間にお子さんが出来たら、という。イーアンが自分の事情を話すと、ドルドレンは病気の部分に少し同情した様子だったが、子供については特に望んだこともないから気にしないで、と言っていた。自分はイーアンがいてくれれば、それが一番良い・・・と受け入れていた。
と。こうした理由もあって。ドルドレンは精力全開で毎回臨む。(例え子沢山だとしても、精力は全開かもしれないが)思う存分、満喫するらしく、彼の無敵の体はちっとも疲れてくれないのだった。
イーアンはドルドレンに提案をする。毎晩でも良いけれど、時間を減らそうと。灰色の瞳に朝陽を蓄えて、じっと愛妻(※未婚)を見つめる。『毎晩』ホント?という感じの繰り返し。それも自信がないが、とりあえず交渉が必要なので頷く。
あまり時間が長いとやはり体が気になる・・・というと、ドルドレンはそれを考慮して『では毎晩にしよう』嬉しそうに交渉に乗ってくれた。時間については、しつこいくらいに希望耐久時間を聞かせたが、それは分かってるのかどうか難しいところだった。
真剣な話を終えて、ようやく着替えることにしたイーアン。ドルドレンも服を着て、二人はゆっくり朝食を摂った。質も量もたっぷりの朝食に、モイラがお菓子を付けてくれて、朝からとても満腹。
モイラがイーアンの横に座り、ここから西に進んだ場所にある温泉は行ったか、と訊いてきた。温泉なんてあっただろうか、とドルドレンがぽそっと呟くと、最近出来たとモイラが言う。主人を振り返って、『ねえ。あそこに温泉出来たのよね?』と確認すると、主人も頷いた。
「この前かな。アラゴブレー、分かるかな。騎士の人は知ってると思うんだけど。ここからちょっと西に行って、三叉路があるでしょ。そこを左に進んで暫く行くと」
「アラゴブレーは知っている。だが温泉が湧くような場所があったか」
「温泉はアラゴブレーの先なんですよ。あれ、どこでしたっけ。管轄が南西?西?どっちかの人は知っていますよ。
何だっけな。魔物を退治した後に地面が抜けたかなんかでお湯が出て、って。崖と言うかな、その辺りらしいですが、そこより下った場所に川があって流れ込んでるみたいです。ずっと湧いているもんだから、湯治場にしたという話でしたね。アラゴブレーが管理してるのかな」
魔物で地面が抜ける。そんなことがあったのか。ドルドレンは報告書を思い返してみたが、あまり良く思い出せなかった。
「行ってきたら?今日も泊まるんでしょ?」
モイラは温泉に行ったことがないので、様子を見てきてと話していた。ウィブエアハから30分くらいだから、午前中でも戻ってこれる。行っておいで、と促した。
ドルドレンは仕事の絡みはあまり気乗りがしないが、温泉が近くにあるのは見てみたかった。それで二人は朝食後に温泉を見てくることにした。
二階に上がって荷物だけまとめて、着替えと鎧を部屋に置かせてもらったまま、とりあえず武器は身に着けて出かけた。
ウィアドもたらふく食事をもらったようで、ぽってりしたお腹を重そうに、行く道をのんびり歩いていた。
主人が話していたように、三叉路までも10分掛からない距離。そこから西に向かって進んで15分程度で小さな民家の集まりが見えてきた。
民家の集まりは、全体が低い壁に囲まれていて、町にしては小さく集落にしては大きかった。
「これは南西の範囲だな。ベルゾ(※トゥートリクスのお兄ちゃん)が話してくれても良さそうなものだが。
アラゴブレーは村だ。ウィブエアハが近いので、特に不便はない様子もあり、村として保っている。道も見通しが利くので、この村は比較的安全と言える地域だろう」
そうなのか、とイーアンは思う。村にしても小さな村で、敷地は周囲にたくさんあるのだろうが、住まいが集まる所だけは、しっかりと壁で囲まれている。だからそこだけが村のように感じ、こじんまりして見えた。
村の中には入らず、ウィアドを壁沿いに歩かせてさらに先へ進む。
先にある農場で、老夫婦が椅子を出して日向に当たって作業をしていた。帽子を被って草臥れた背広を着た、煙草を銜えたおじいさんは、手の平に置いた何かを剥いていた。横に座る太った穏やかそうなおばあさんは編み物をしていた。
ドルドレンたちが通りがかると『おはよう』と挨拶をした。挨拶を返し、ドルドレンは温泉が続きにあるかどうかを訊ねた。
「ありますよ。初めてかな。この道の先にちょっと藪があってね。そこなんだけど。藪の奥は少し傾斜があるから馬を気をつけたほうが良いね。
崖がその続きにあるんだよね。そこの手前に掘っ立て小屋があるから。お金は要らないから入っておいで」
おじいさんは、木の実の皮を剥く手を止めて、方向を指差して教えてくれた。おばあさんはイーアンを見つめて『この辺の人じゃないね』と少し警戒していた。イーアンは目を逸らして微笑む。よくあることだし、村の人達には見慣れない人間は抵抗があるかも、と思った。
ドルドレンはおばあさんの声には無反応で、おじいさんに礼を言ってからウィアドを進めた。
「村人は魔物なども妄信的に信じ込む。特に小さい場所は、一つの物事を全員が集中的に同じ感覚で捉えることで、安心を得ようとする。よその人間にも同じように接し、村以外の場所を受け入れない感覚が育っている」
まして、その中で育って老いれば、あの老婆のような態度にもなるのだ、とドルドレンは話した。主人の方は、人慣れしているようだったがな、と付け加えた。
イーアンもそれは何となく理解できた。人の感覚は伝染する。まとまった方が被害が少ない場合が多いこと、対処が早いことから、時には間違えたり危険な捉え方さえ共有しようとする。
そうした感覚が良いことを齎す場合も多いが、足を引っ張る判断に繋がることもある。でも常に選ばれる選択肢は、こうした小さな集まりでは集団意識なのだ。これはどこの世界でも同じなのかも、と理解した。
二人が話していると、おじいさんの教えてくれた薮が見えて、その先の風景は木々の間から見るに、奥がなくてスポッと抜けているようだった。斜面が始まり、ウィアドを注意しながら薮の中へ進む。
ほんの少し行った所に掘っ立て小屋があり、そこには荒っぽい造りだが一応石の壁が詰まれていた。
ウィアドを平面のある場所に繋ぎ、二人が石積みの壁の内へ入ると、誰もいなかった。掘っ立て小屋には特に工夫もなく、単に湧いている温泉を囲むように材木が組まれていて、その周囲に平石や煉瓦が床らしい役目をするためか並べてある。
「誰か入ったのでしょうか」
イーアンは掘っ立て小屋の中と外を見てから、ドルドレンに質問した。魔物の跡地みたいな温泉に入る気になった人間がいるなら、それはそれで勇敢なような。
「入ったのだろうな。それで入れると判断して、こうなったのだろう」
それもそうか。イーアンも納得。使わないなら手も掛けない。一応小屋や壁も作ってあるということは、利用者がいるのだろうと思った。
「どんな魔物だったのかしら」
ドルドレンはそれについては思い出せない、と言った。南西から魔物の報告があっただろうが、それほど深刻な被害ではなかったのかもしれないと。
「入りますか」
え?イーアン入るの?ドルドレンはちょっと胸が高鳴る。まだ午前だけど、そんなノリもあるのかと心が躍る。
「ドルドレンも入りますよね」
もちろんだ。もちろん。見張りなんかしない。二人で入っていちゃつくのだ。ちゃんと眠って朝もたくさん食べて元気一杯。万が一、ノゾキが来たら殺す。そこの崖から落としておけば誰も気がつかないだろう(←発想が極端)。
せっかくだから、とイーアンは見ている前でさっさと脱いでしまった。
そんな男らしくて良いの?と驚くが、イーアンは誰もいなければ別に脱げる人。ドルドレンは最近慣れたから、【誰もいない=ドルドレン付き】設定。誰かに見られたら、胸も尻もぺたんこ過ぎてイヤという感じの判断だった。
そうとは思っていないドルドレンも『では』と意気揚々服を脱ぐ。イーアンが温泉に入って座っている横に並び、ちょっと抱き寄せる。
「温泉に入るかもと思って、拭くものを持っています。安心ですね」
何でも良いけど早く早く、とせっつくドルドレンはイーアンをまさぐり始めた。イーアンはちょっと視線で注意する。あれ?と思うドルドレン。
「お風呂。温泉に入ってるの。何で触るんですか」
ドルドレンは固まる。違うの?何やらイーアンに、軽蔑される寸前のような目つきに気がつき、そっと手を引っ込めた。
「まさか外の温泉でいやらしいことを想像したわけでは」
「してない。してない。魅力的だからつい触った」
ウソつけと言ったような目つきを一瞬感じたが、イーアンはお湯に目を戻して咳払いした。ドルドレンもその後は大人しく入る。お湯が白濁していて、あまり見えない。見えなさ過ぎるだろう、この湯め。
くるくるした螺旋の髪の毛が湯に濡れて、うっすら汗をかいた頬や胸が赤く色づくイーアンを見ていると。ムラムラムラムラしてくるが。ここは耐える。今夜も頑張れると思えば、これは耐える。愛妻と温泉って最高だ。
10分ほど浸かってから、イーアンが熱くなってきたと言うので上がることにした。ドルドレンが先に上がって体を拭き服を着てから、見張りに表に立ち、イーアンが上がって服を着る。
『ウィアドの様子から見れば、誰もいなかったのだろう』ウィアドを繋ぐ綱を外しながら、周囲を見渡す。傾斜は先に続くにつれて角度が付いているように見え、その先にはもう地面がなかった。小屋の裏手を見ると、溢れている湯が真っ直ぐその傾斜の先に流れていた。
思いがけず温泉に入り、すっかり温まった二人はのんびりをまた来た道を戻った。
ドルドレンはこの温泉の存在を明日確認しよう、と思い、またこっち方面に来たら是非利用しようと決めた。
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