217. 宿屋の楽しい夜
夕食までの時間。モイラが途中で湯と布を運んでくれて、イーアンは体を拭いて着替えた。ドルドレンはまだ眠っていた。
あれ?昨日南の支部でドルドレンはお風呂に入っていない気がする。
イーアンはそのことに気がついて、ドルドレンも拭こうと決める。拭いたらさすがに起こすことになるが、2日間も風呂なしはいけない。このままだと明日も風呂に入らない(明日もモイラの宿)のだ。汚い。
階下に行って、モイラに声をかけ、湯をもう一度入れてもらって部屋へ戻る。まだ寝てるが・・・・・
ちょっと頬をつんつんしてみる。起きない。ちょっとだけ、ちゅってしてみる。起きない。どうせ起きてしまうだろうからと思い、布を湯に浸して硬く絞り、眠っているまま顔を拭いてみた。
うーん・・・と言うものの起きやしない。あまり力を入れないようにして、耳や首を拭き、上掛けを少しずつずらしながら、手指を拭いたが。
なぜこれほど熟睡しているのだろう、と思うくらいに起きないので、思い切ってシャツのボタンを外し、胸や腕や腹など拭ける所を拭く。拭いたら気化熱で寒そうなものだが、寒さに強いのか、別に変化がない。なさ過ぎる気さえする。背中は裏返さないと拭けないので、イーアンは暫く考えた。
後は下半身。今日はやらしいことをする気満々のはずだから、出来れば綺麗にしてほしい。でも下半身を拭くのはどうなのだろう・・・・・
ちらっと扉を見る。鍵はしっかり下りている。時間を見る。夕食まで1時間切ったくらい。まだ拭ける時間はある。
『失礼します』心の中で謝ってから、イーアンはズボンに手をかける。しょっちゅう何やらしてるのに、異様に緊張する。異様に罪悪感がある。異様に恥ずかしい。
そーっとズボンを下ろしに掛かると、ようやくドルドレンの睫が動いた。うっすら開いた瞼の奥から、透き通る美しい灰色の瞳が。今まさに、ズボンの中に手を入れようとするイーアン(※脱がせてるだけ)に止まる。
固まるイーアン。イーアンが自分を脱がせていることを知るドルドレン。目をぱちぱちしながら、ドルドレンはニコッと微笑む。イーアンも固まりつつ微笑み返す。自然体で手を引くが、その手を掴まれて引っ張られた。
「起こして良いんだよ」
自分の体の上にイーアンを乗せて、機嫌の良い目覚めを喜んでいるドルドレンは、イーアンにキスをする。それは良いのだが、そのままイーアンを脱がそうとする。
「違います。そうじゃないのです。体を拭いて」
「照れないで良いのに。嬉しいだけだ」
違うんだって。違うのよ。まだ暗くないでしょう。見て、布持ってますとイーアンが止めると、ドルドレンはちょっと手に持った布を見つめた。じっと見てから、視線を床に移しそこに湯桶があることに気がついた様子。
「俺の体を拭いてくれていたのか」
よく寝ていて起こせなかったことを伝えると、ドルドレンは微笑んで、ざっくり下半身の衣類を脱ぐ。
――いやん、丸出し。そんなに見せつけなくても良いのに・・・・・
「下を拭いてもらうのは初めてだな」
無害な笑顔でほぼ全裸のドルドレンが、さあどうぞと待ち構えている。目を伏せているイーアンは笑いつつも布を絞って『良かったらご自身で』拭いてね、と布を渡そうとしたが、手を掴まれて強制的に拭く羽目になった。
恥ずかしさを堪えながら、あまり見ないように、刺激しないように(←これ大事)どうにかきちんとドルドレンの体を拭いたイーアン。終始、嬉しそうに顔を赤らめ、自分を見つめ続ける熱い視線に耐えて(※時々触られる)拭き終わる頃には、イーアンは妙にくたびれていた。
有難うとイーアンを抱き寄せるドルドレン。げんなりするイーアンに構わず、裸で抱き締めつつ、顔や首にちゅーちゅーする。起きたばかりなので下半身も元気。何も言わずにイーアンは、ちゅーちゅーされつつ、目を伏せつつ、ドルドレンが落ち着くのを待った。
「さっぱりさせてもらったから、そろそろ食事かな」
変に張り切って夕食宣言をするドルドレンが、余裕の笑みを浮かべながら服を着ると、良いタイミングで扉がノックされて向こうから『夕食、もうどうぞ』とモイラの声がした。
湯桶を持って、イーアンとドルドレンは下へ行く。お礼を言って桶を返し、案内された食卓へ。
既に、お酒と山盛りの温野菜、たっぷりあるソースが食卓に乗っていた。真っ白い乳製品の盛られた容器や、酢漬けの野菜もある。二人が席に座ると、モイラが大きな皿を運んできた。薄く切った大きな肉の山と、薄く平たく焼いた粉物生地がどっさり添えてあった。
「たくさん。たくさん食べてって」
モイラがニコッと笑ってイーアンに言う。さっきの話を思い出して、イーアンはモイラに感謝した。ドルドレンと自分にお酒を注いで、『無事と幸せに』を乾杯の言葉に最初の一口を飲む。
しっかりした味の美味しい料理を遠慮なく、二人はせっせと食べる。イーアンはモイラと出かけた先でお菓子を食べたので、あまりお腹に入らなかったが、それでも美味しくてついつい手が伸びた。
最初のうちはドルドレンも黙々と食べ、時々『これは良いな』とか『肉がやっぱり美味い』と独り言を呟いては粉物生地に肉や野菜を包んで食べていた。
「食べ切れなくても、持って帰りたい」
目一杯食べた後。お酒の入る余裕もなく、酒もビンに少し残した状態で、料理も後2食分くらい余ってしまった。
イーアンが料理を見つめて呟く。ドルドレンは、包んでもらって部屋で食べようと提案した。モイラに相談すると、『お腹一杯でもまだ食べたいなんて』両手をぱちっと合わせてモイラは喜んでくれ、すぐに丁寧に容器に詰め直してくれた。
ゆっくり休んでねと笑顔で見送られて、二人は美味しい食事にお礼を言い、部屋へ戻った。
「夜中に腹が減るだろうから丁度良い」
ドルドレンが嬉しそう。イーアンは服を寝巻きに替えて、ゆっくりお酒を飲もうと誘った。昼寝もして体も拭いて、たっぷり食事を摂ったドルドレンは元気溌溂。余裕たっぷりで酒を飲む。
午後にモイラと出かけた話をして、モイラにお金を数えてもらったことや、値札を見てもらったことをイーアンは話した。話を聞いているドルドレンは、二人の相性が良くて、お互いを信頼できることを嬉しく思う。イーアンは買ってきた絵の具とカードを見せた。
「イーアンは絵が上手い。絵の具を見つけて良かったな」
木箱から絵の具の容器を持ち上げて、ドルドレンが光に掲げながら微笑んだ。イーアンは、自分がお金をたくさん使ったかどうかを訊ねた。『いや。そうでもない』意外にも使わなかったんだな、とドルドレンは答えた。
「絵の具はこれで足りるのか?10色だけでも」
「これを混ぜれば良いのですから。大体の絵は見れるくらいに描けますよ」
絵の具の綺麗な砂のような揺れを見つめ、何の絵を描こうかとイーアンは考えていた。カードを描いて、モイラに送りたい。今日のお菓子の絵を思い出してカードに描くのも良いかもしれない。
「イーアン」
想像に耽ってふわふわ笑顔でいるイーアンに、ドルドレンが声をかける。ゆっくりイーアンの腕を引いて膝の上に座らせると、ドルドレンはイーアンに相談した。
「イーアンの好きな絵はあるのか」 「生き物や植物とか・・・品物も描くのは好きです」
「剣の絵があっただろう。俺の」
あれに色を付けてくれないか、と言うと、イーアンはニコッと笑う。『もちろんです』両腕を伸ばしてドルドレンの首に巻きつけて、ぎゅっと抱き締める。
「もしかしてと思うが。本にあるような、魔物の絵なども描けるのか」
「ちゃんと覚えていれば良いのですけど。細かい部分までは思い出せないから、絵にしたら変わってしまうかも」
「それでも良い。色が付くと全く違う印象になるものだ。人の目はそれを思い出す。龍は描けるか」
「あの仔は呼べば来ますから。よくよく見て覚えれば、かなり正確に描けると思いますよ」
なぜ?とイーアンが微笑んで訊くと、ドルドレンはイーアンにちょっと口付けしてから『支部の講義で使えると思う』と考えているところを話してくれた。
彼が言うには、戦法だとか遠征報告だとか・・・そうした時に視覚化できる対象があると、自然とそれに目を留めるだろうから、ただ話を聞いたり読むよりも印象に残る気がすると。
絵を添えるなど本でもないとやらない、とも言う。イーアンもそれは感じていた。本にはあるが、あまり絵を見ない世界。カードや装飾はあるのだが、身近な書類や紙には絵を使っている印象がなかった。
なるほど、イラストね。イーアンは納得した。若い頃にイラストを描いて少しお金にしたことがあった。挿絵というか、小さな範囲だった。それを思い出して、ドルドレンにやってみましょうと答えた。
その後も、モイラに自分の仕事の話を少ししたことや、他の世界から来たことも伝えた、とドルドレンに話した。少し驚いたようだったが、ドルドレンは静かに頷いてくれて『良い友達だ』そう言って目を閉じ、イーアンの額に自分の額を付けた。
「モイラが支部に来ると話していましたが、道中の魔物が心配だと」
「龍に乗せるか」
二人は笑って、無理があることを言い合った。『モイラが言うには、私とモイラは、魔物のおやつくらいにしかならないって』そんな表現に笑ってしまったと話したら、ドルドレンも笑っていた。
そして鳶色の瞳をじっと見て『イーアンをおやつになど。とんでもない』きゅっと抱き上げてからキスをして『食べるのは俺だけで充分だ』などと宣言した。もう始まるのか、と感づくイーアン。
案の定。
部屋の明かりはすぐに落とされて、ベッドに入ってしまった。
「まっすぐに入る体勢だったな。それとゆっくりで、時々、水分を補給するために舐めねばな」
言葉にしないで下さい・・・笑いながらイーアンはドルドレンを受け入れた。『ゆっくり』はあまり実行されなかった気がするが、他はいちいち言葉にされては、都度実行された。
放っておくとヒートアップしそうだったので、適度に動きを注意しながら手綱を捌くことにした。朦朧としてくるが、ドルドレンに任せると終わりがなさそうで、どうにか意識を保った。
お父さんもお祖父さんも精力が。ずば抜けて精力が漲る一家なのだ、と知った今。ドルドレンの無尽蔵の体力を、何とかして職務で減らす方法を考えないといけない。
イーアンは振動の続く中で、それが急を要する事項であると認識した。
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