215. ドルドレンの叔母さん
ウィブエアハの町に着いたのは、それから2時間後だった。山道が気持ち良く、ちょっと道草を食いながら進んだ。
一仕事を終えてウィブエアハに着く頃には、昼より少し早い時間だった。
「モイラの宿にウィアドと荷を預けたら、また屋台を回ろうか」
町の活気付く喧噪の中、頭上から降ってくるドルドレンの声を見上げる。イーアンはニッコリ笑って『是非そうしたい』と答えた。ドルドレンが見上げたイーアンの額にキスをして『では早めに』そう言って、賑わう人波を、鮮やかに手綱を捌きながらモイラの宿へ速歩で向かった。
到着して、モイラの店の扉を開けると、モイラは給仕中で『裏へ』と手振りで示した。イーアンは頷いてウィアドを裏庭に導いて、空いている所にドルドレンが馬を入れた。荷物を下ろしていると裏庭口からモイラが出てきて『早かったー!!』と叫んで笑顔でイーアンに抱きついた。
「ねえっ。私2時から休憩なの。2時間は休めるから、いっしょに出かけよう」
ちらっとドルドレンを見ると『行って来なさい』と目を瞑って頷いてくれた。モイラは喜んで、イーアンの両手を握って(※痛みに耐える)『良かった!美味しい店があるのよ』嬉しそうな笑顔で、連れて行きたい店を並べ立てた。
宿の部屋に荷物を運びこむと、モイラは扉を閉める前にイーアンに声をかけた。『私は2時までは仕事だから、その間はゆっくりして』あとでね、とイーアンに約束して、走るように階段を下りていった。
「ドルドレン。2時間どうされますか」
「ちょっと眠ろうと思う。出向前は執務で。慣れない作業が続いて、まだ目が痛むから」
あら、とイーアンがドルドレンに寄って、綺麗な顔を両手で挟んで引き寄せる。そうっと瞼にキスをした。『辛かったでしょう。休んで下さい』頬を撫でて、微笑んだ。ドルドレンは嬉しくなって、イーアンの背中を抱き寄せて、口付けする。
「イーアン。その前に屋台だ。昼を食べよう」
はい、とイーアンが返事をして、二人は外へ出た。ドルドレンは屋台を探す。二日前に来た時よりも、屋台が増えていたので、見応えがあるなと見回した。
魚はこの前食べたから・・・屋台のあれこれを見ていると。ドルドレンの眉がすっと寄った。イーアンは気がつかないが、ドルドレンは目に止まった屋台に少し近づいた。
ドルドレンが見つけた屋台の女性が、視線に気がついて『あっ』と声を上げた。その声でイーアンは振り向く。ドルドレンと屋台の女性が知り合いとすぐに気がつき、女性をじっと見たイーアン。
ドルドレンと同じくらいの年に見える女性で、黒い髪と灰色に青が混じる瞳だった。とても美しい顔立ちをしていて、どことなくドルドレンに似ている。
イーアンが気がついていると分かっていて、ドルドレンはその屋台に近寄った。女性はドルドレンよりも頭半分くらい背が低いが、体つきも豊かで、出るところは出て、引っ込むところは引っ込むという理想的な体だった。
「ドルドレン。ここに来ていたの」
女性は嬉しそうに、屋台の台の上から声をかけた。間違いなく知り合い。ドルドレンは屋台の食べ物を眺めながら『こんなの作れたっけ』と普通に会話を返している。
女性はイーアンの姿に目を留めて、ちょっと止まった。嬉しそうな表情が真顔に戻り、ドルドレンに小声で何かを話しかけた。ドルドレンはイーアンを振り返り、女性にまた何か返事をした。
あまりにもドルドレンが自然体で、イーアンは何を言って良いのか分からなかった。暫くドルドレンが屋台の料理を眺めてから、何かを選び、それを購入した様子だった。不自然な躊躇いもない伴侶の行動が、どう接してよいか分からないのでイーアンはその場に立ち尽くす。
女性がイーアンを気にして、視線をたびたび投げているが、ドルドレンは気にしていなかった。
手に包みを受け取って、硬貨を渡してからドルドレンは戻ってきて、イーアンに微笑んだ。戸惑うイーアンを見て、背中をそっと押して歩かせる。
「あれは叔母だ」
意表を突かれる言葉にイーアンは見上げたまま固まる。『煩いので、あまり近づかないほうが良い』親族に会ったけれど、喜びもせず、笑いもせず。ドルドレンはさっさとイーアンの背中を押して、別の通りの長椅子まで歩いた。
別の通りの屋台でも飲み物を購入したドルドレンは、そこの脇にある机と椅子の置かれた場所に落ち着き、イーアンに料理を渡した。
「無視することも出来たが、見つかるともっと面倒くさい。そういう相手だ」
淡々と『叔母』を面倒くさい人間と包み上げて、料理を分けるドルドレンに、イーアンは我に返って質問する。
「あんなに若いのに、あなたの叔母さんですか」
ふーっと息を吐き出すドルドレンは、黒髪をかき上げて、イーアンを見つめる。
「親父の妹だ。簡単に言うと、祖父がいるだろう?祖父はやたら元気な男で、四六時中女性が絶えない。だから、祖父と親父は15しか開きがなく、俺の親父は俺と16しか変わらなかったし、親父の妹たち・・・さっきのはその一人だ。彼女は俺の4歳上だ。つまり」
「何となく分かりました」
何とも言えない家族の構図だが、旅芸人とは聞いていたから、少し納得した。ドルドレンの精力が非常に強いのも分かる気がした。遺伝だと思うイーアン。救いは(?)彼だけは真面目だった・・・それがわかることだった。
話題を少し変えることにしたイーアンは、ちょっと気になるので質問した。
「ドルドレンの血の繋がる人は、結構たくさんいるのですか。まだこの先も出会う可能性が」
「ないとは言えない。ベルとハイルも俺を頼ってきたのだ。騎士修道会で総長なんてやってたら、多分噂好きな連中の全員に聞こえている。 ・・・・・血の繋がりを訊くならば。俺が把握している以上に。俺本人が知らなくても、俺の血縁はそこかしこにいるかも知れない」
そこまで言うとドルドレンは、灰色の瞳を丸くして、イーアンを覗き込んだ。
「! もしかして。イーアンは俺にも子供がいると思っているのか」
そこまで思ってない、とイーアンは慌てて否定した。
ドルドレンはとても困った表情で『俺はそうしたことはない。そりゃそれなりに誰かと付き合うなどあったが、子供を持つなど考えもしない』・・・イーアンとしては分かってはいるけど、 ――誰かと付き合う―― その言葉はあんまり耳に入れたくはなかったが、彼は全否定で子持ちではないことを教えてくれているので。『大丈夫。心配していない』そう伝えてこの話を終わらせ、ドルドレンを安心させた。
訊いてよかったのかどうか、悩む答えを貰ってしまったイーアン。いろんな人生がある。そう、いろんな人生を背負うもの。そうそう、それです。そういうことで、これ以上は訊かない。
でもドルドレンは話してくれる・・・・・ 黙って聞くのみ。
「叔母はな。料理が好きでよく作っていた。というよりも、馬車の生活では、男女があまり関係なく同じような仕事をした。その中でも、といった具合だな。
さっき『なんで屋台に?』思って訊いたら、『移動が出来て、料理で食える』と答えたくらいだから、馬車生活と手に職状態が気に入ったんだろう。
子供たちは手伝うものと躾けられるから、向いている性質は早々に伸びてゆく。誰が兄弟かよく分からない状態で、子供は子供の群れがあり、大人は大人として群れている。食べる時・寛ぐ時などは皆一緒だ。同じ旅をする仲間は、仲間ではなく全員家族だった。例えそれが誰の子供か知らず、誰の親か分からなくても。
叔母は姉妹の仲が良かったから、彼女たちはいつも一緒だった気がする。あの屋台には、恐らく、他の姉妹もいる気がする。料理はいろんな地域で覚えたのだろう。この料理も、ベルが得意な料理だ。ベルたちは南東で加わった一家だった」
屋台の料理を食べる度、なぜかドルドレンの過去を聞いている気がした。彼の叔母さんの美味しい料理を、イーアンは有難く味わった。
「こんなことを訊くのも良くないかもしれないですが。私を何て紹介したか伺っても良いですか」
「訊きたいのか」
あんまり訊かないほうが良かったのかな、とイーアンは思った。友達とか、そういう感じなのか。
「保護した女性で」
やっぱりそうだった。友達以下。そうなのか・・・・・ でもいろいろあるから。
「今後結婚する相手だと話した」
「結婚。私が結婚相手」
「そうだろう」
ドルドレンがイーアンを見つめて、一際思い遣りに溢れた微笑を浮かべる。嬉しさがこみ上げてくる。イーアンは嬉しいのと照れるのとで、顔が笑ってしまうので下を向いてもじもじしていた。それを見ているドルドレンは、イーアンの肩を引き寄せて抱いて、『あの人に直に紹介すると、二人の時間が減る』煩くて遠慮がないんだ・・・灰色の瞳を細めて囁いた。
くるくるした黒い髪にそっと口付けて『もう少し歩いたら、宿へ帰ろう』ドルドレンはニコリと笑って促す。幸せな気持ちに浸るイーアンは、大きく逞しい胸に頭を凭せかけて、『ドルドレン有難う』と小さく呟いた。
叔母さんの屋台のある通りを避けて、二人は町の中を歩き、明日に砂糖菓子の店へ行こうと決めて、モイラの宿に戻った。
ドルドレンは鍵をイーアンに預けて、自分は中から鍵をかけて眠る、と話した。モイラも前掛けを外して下で待っていてくれたので、イーアンはドルドレンにキスをしてから『ちょっと出かけてきます』ゆっくり眠ってね、と階段を下りた。
お読み頂き有難うございます。
ドルドレンの親族の話は驚く方もいるかもしれませんが、実際に私の知り合いでいらっしゃいまして、今回の参考にしています。そこは女性版でした。いろんな家族の形がありますね。




