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魔物資源活用機構  作者: Ichen
新しい年へ
208/2944

208. オークロイと交渉

 

 ゆっくり飛ぶ龍の背で戻りながら、デナハ・バスと街道、戻り道から見て右手にせり上がる丘陵を見つめる。街を離れてから10分ほどで、街道から右側に伸びる細い道が坂を上がって、木々の茂る中へ入っていくのを見つけた。後ろを振り返ると、山の中を通過してだろうと思われるその先、方角的には鎧工房の山がある。


「これだわ。抜け道」


 街道の周囲の様子をよく見て覚えてから、龍を急いでドルドレンの馬に向けた。


 そこからそれほど経たずに、街道に青白く光る馬と、群青色の鎧の騎士を見つけた。周辺を見ると、だだっ広い草地。どうやっても龍は目立つ。人は見えないが、民家が近い。放牧している家畜もいる。


 どうやって降りよう、どうしよう。ぶつぶつ言いながら悩んでいると、龍が一回だけ短く鳴いた。何なの?と驚くイーアン。その声に真上を見るドルドレンが気がついた。

 龍は一度ぐっと空を真横に飛んでから、勢いをつけてウィアド目掛けて突っ込んだ。


 何をしてるの!叫びそうなイーアンの口が開く前に、龍は体を反転させて、イーアンを押さえていた背鰭が解かれる。『うわっ(※素地)』イーアン落下。龍はイーアンを落としてそのまま空を駆けて空へ戻ってしまった。


 落とされたイーアンを見て、慌てて跳躍したドルドレンが空中でイーアンを抱えた。『お帰り』『ただ、ただいま』着地する前に、ウィアドが小走りですぐ下に来てくれたので、そのまま、どかっと馬に跨る騎士。


「強引に降ろされたんだな」


『あ、あの仔は相談がないので』イーアンは肝が冷えた。とうとう振り下ろされたか、とクラクラするが、龍なりに気を遣ったのだと解釈する。落ちてたら、再び満身創痍。ドルドレンがいて良かった・・・・・


「とにかく。無事で何よりだ」


 イーアンの顔を上向かせ、そっとキスするドルドレン。『一人だとつまならくて』ニコリと笑ってイーアンの髪の毛にばふっと顔を埋める。


「そんなに捕まらなくて済んだほうでした。きっと、あちらに着いてからたっぷり捕まりますよ」


 笑うイーアンが『そうそう』と抜け道の話をした。もう少し進んで左側に入る道があるので、それを使うと時間が半分くらい短縮すると言うと、ドルドレンは驚いていた。


「南西の騎士の方は知ってるみたいです。オークロイさんが話していました」


「だから。この前、やけに帰りが早いなと思ったのだ。デナハ・バスの民家の魔物の件で、すれ違っただろう?あの騎士たちの帰りが」


「そうですね。早かったかも。一旦、南へ進んで、ちょっと行った場所から山を上がったら、2時間短縮してウィブエアハまで来れるのだから、それは早いです」


「ウィブエアハから抜け道までもそう遠くない。せいぜい20~30分だろう。そりゃ使うな」



 抜け道は地元民用と教わったので、よその支部が知らなくても変ではないかと納得していると、その脇道が見えてきた。『あれか』ウィアドの荷物も減ったので、山道もあまり気にしなくて済む。


 馬を進めて左へ上がる道を行くと、すぐに山の道に入った。土の道はある程度、平らにされていて広さもあり、すれ違う馬も思ったよりいたので、割と活用されていると分かった。


 山道だから、所々が狭くなったり、石が落ちていたりするが、通行が多いからかさほど荒れてもいない。木漏れ日の中を下草もない道でのんびり進む。

 右手側に、時折木々の隙間から拓けた牧草地が見え、一際明るい日差しの世界を見せた。背の高い針葉樹と、まだ黄色い葉の残る広葉樹が混ざる山道は、暗くもなく明るくもなく。踊るように動く光の粒が見ていて飽きなかった。


 2時間と聞いていても、そう思えない時間の短さで到着した気がした。


 後半は山道の脇に細い道がいくつか右手や左手に現れ始め、それらが別の集落や民家脇に下りるのだろう・・・二人が道の先を見ていると、すっと下り坂になって山を下り始めた。

 山を下りる距離もたいした時間はかからず、すぐに木々の隙間からルシャー・ブラタの工房裏手が見えた。


「本当に早く感じるな。帰りは、こうは行かんだろうが」


 感心するドルドレン。考えてみれば、街道沿いではない家の数が多いのだから、抜け道がたくさんあるのも当たり前かと思った。



 裏から来たものの、表へ回ってウィアドをつなぎ、工房の扉を叩く。オークロイが出てきて中へ通してくれた。何となく不機嫌そうだった。


「今日、鎧の材料と。それとこの手紙の件で話をしないといけない」


 イーアンが少し笑顔を作って、オークロイに会釈する。オークロイはちらっとイーアンを見てから総長に向き直り、椅子に掛けるように勧める。



「その前にな。女にこの顔をさせるとは。なぜお前の顔には一つの傷もない」


 ぬぐうっ。話題がそこか。ドルドレンの眉がぎゅーっと寄る。イーアンも横で俯きながら、『私が自分で勝手に』小さな声で話そうとするが、オークロイが『総長に聞いてるんだ』と遮った。


「遠征でな。この前」


 言い淀むと、民間人に話せない内容かと問われ、ドルドレンは仕方なし『民間人にも話せる』と教えてから、何があったのかを簡潔に話した。聞き終わるとオークロイが困惑している。


「聞いていれば。イーアンも怪我しなくても良かったような」



 それ言わないで。分かってるのよ、自覚はあるんだってば。もう良いじゃない、終わったのよ。反省してるの。もう鎧の話にしようよ~


 一層、俯くイーアンを気の毒に思うドルドレンは肩を抱き寄せ、『良いんだよ。責任感が強いイーアンだからこそなんだよ』と慰めた。そしてオークロイに『もうこの話は良いだろう。イーアンを追い込む』そう言って無理やり断ち切った。


 オークロイも、息子のガニエールも、聞きたいことは聞けたのでそれを了承した。何か言いたそうではあったが、机から目を動かさないでドルドレンは書類を出した。


「これだ。この手紙と、こちらの紙。内容が違うだろうに。書いてあることがよく分からなかった」


 ガニエールが父親の顔を見て、何も言わないと思ったのか、代わりに話そうと息を吸い込むと同時に、オークロイが話す。


「騎士修道会に卸すんだろ。しばらくの間。だから契約金だと大雑把過ぎると息子と話し合ってな。

 そうじゃなくて、卸した時に費用と売値で請求すれば良いだろう。後は騎士修道会で使うなり、また売るなり。そっちで売った利益については口は出さないってことだ。そう書いた」


「契約金はあくまで初期費用の扱いだ。この前、説明した。その上で、作った鎧を騎士修道会に卸してくれと。卸したらもちろん購入する」


「だから。それだと契約金で余った分が出ると面倒だろ、と言ってるんだ。契約金扱いで受け取った初期費用が、そんなに掛からなかったら、そっちはどうしてるか知らないが、予算やら年で組んで動かしてるだろうから、はいどうぞ、と返すわけにも行かないだろうし」



 ん~? ドルドレンの頭の中で少しずつ整理する。


「契約金が余った時の話をしているのか?受け取って使えば良いだろう。

 それに、騎士修道会で購入したら、こちらで販売はしない。国は勝手に買う方向へ動く。そもそも騎士の集団に販売部門などないのだから、利益も何もないのだ」


「そんないい加減なことは出来ない。売るのはまぁ、一応言っただけで利益云々の話はもう済んだな」


 いい加減って?オークロイの言いたいことがよく分からないドルドレンは、まだ理解が追いつかない。横で黙って聞いていたイーアンが、ドルドレンの腕に手を置いて、自分に話を譲ってもらう。



「オークロイさんは、実際に掛かった分の費用を、ご請求されると話しているのですよね。鎧は鎧で卸してお代をこちらがお支払いして。それと別に、実費用を請求、と」


「そうだ」


「だから、契約金で大まかな初期費用を受け取ると、足りない場合は言うから良いにしても、足り過ぎてしまうと、それは作るものに関係ないお金になってしまうから受け取るわけにいかない、のですね」


「そういうことだ」


 うん、と頷くイーアン。『ですって』横の黒髪の騎士に微笑む。『よく分からない』一人理解が遅れるドルドレンに、イーアンは笑う。


「だからね。作っている人たちは、必要な分だけで充分なのです。お金もやり取りも。大目に貰ってしまうと、気持ちの面で困るのです。作る人は ――全員ではないかもしれないけど―― 自分がどのくらいのものを作ったか、当人がよく理解しています。

 過大評価は、自分の仕事に良い影響ばかりではないですから、製作品は常に真摯に取り組む方が良い・・・と考えていらっしゃる方が多いですよ」


「契約金扱いの初期費用が余るというと、つまり過大評価のような」


「実際はそう大袈裟ではないと思いますが、膨らませて言えば、そうした部分も範囲でしょう。有余るお金と思えても、それと釣り合うものを作っているなら良いのです。

 でも自分が作るものを見てもいない相手から、大きなお金を受け取るわけに行かないのです。たとえ期待されていようと、たとえ信頼や評価の現れであろうと、価値観が違うところに絞られているのですね」


 ガニエールもオークロイも、何も言わずに話を聞いていた。ガニエールは少し微笑んでいた。


「それは、もしかすれば。その彼らの価値観は、質素に見えるかもしれませんが。実は仕事を一生守るくらいの、大きな誇りでもあります」


 そう結んで、イーアンは親子に笑顔を向ける。オークロイは小さく頷いて『ってことだ』と総長に伝えた。


 噛み砕いて聞いたので、今度はドルドレンも何となく理解できた。

 お金を多く受け取ったら、それはそれで使ってもらえたら良い、と考えていた。こちらが頼むんだし、扱ったことのない材料で工房に作らせるのだから、そのくらいのお金を渡しておいても良い気がした。(むし)ろ、渡さないと失礼に感じたくらいだが。


「そうか。誇りがあるのだな。金と誇りが繋がっているのではなくて、金と評価が繋がっている。誇りはそれらを判断するんだな」


 何となく自分なりの解釈が出来たので、イーアンに聞き返すと、『そんな感じ』と適当に返事が来て笑っていた。親子も苦笑しながら、目の前の黒髪の騎士を見ていた。



 契約書の内容を書き直して、もう一度お互いの理解を確認し合うと、ではそれで良しと署名を交わす。内容変更を支部でも書くから、この写しを後で送ると約束し、契約の件は完了。


 次に、預けた荷物をガニエールが工房の部屋から引っ張ってきた。白い皮は一まとめにされていてむき出し状態なので、オークロイがそのまま机の上に置いた。


「お前(←イーアン『お前』扱い)。これで作ったんだろう、この前の鎧」


 あれ?と思ってイーアンは荷袋を見る。閉じたままの袋口を見て、彼らが荷袋の中を見ないでいたのか、と分かり、『これもそうです』袋を開いて、新しく持参をした鎧を出した。


「おお」 「これも作ってきたのか」



 ダビという騎士が加工を担当していて、彼の加工方法と加工適用部分を書き記した紙を渡した。『イーアンが仕立てた工程は、記録にしていないのか?』ガニエールがダビの資料を見ながら、イーアンに訊く。


 イーアンはちょっと戸惑ったが、オークロイが『彼女は字が読めないんだ。書けないだろ』さっと息子を注意した。

 ドルドレンが灰色に瞳を細めて、イーアンを見る。『もうちょっとな。難しいから』微笑みながら、字を覚えるのは大変・・・と理解を示してくれた。なかなか覚えられない文字だけど、仕事に必要だから覚えないと、とつくづく思うイーアン。



「それにしても。この前の説明でよくここまで手が入るもんだ。このダビという男もいずれは、ここに連れて来い。あんな紙一枚でこれだけ飲み込みが早いから、教えてやれば。幾つかの技術はそっちで器用に使いこなすだろう」


 ダビが誉められて、イーアンは嬉しくなる。そうです。彼は大変良い腕の騎士。違った、作り手。騎士状態の腕前はよく分からない。


 親子は鎧を見ながら、前回に渡したシャンガマックの鎧の資料も並べて、あれこれと話している。イーアンがマスクを見せると、マスクにもかなり食いついた。そして白い皮をまとめている紐を切り、一番上の皮を見せながら、イーアンがどこを使ったのかとか、どの部分が厚いとかを説明した。

 ガニエールが急いで筆記し、イーアンの説明を聞きながら、オークロイが皮の加工方法の資料と、工房の砥石や工具を見せた。



 一人蚊帳の外が続く総長。3人の様子をひたすら見守る。誰もが立って話しているが、自分は座って茶を飲んだ。座ったことさえ視界に入っていない様子だった。イーアンはこっちを向いているのに。



 ――最近。こういうことが増えている気がする。でもイーアンが認められているのは嬉しいから、良いのだけど。

 でも。何あの夢中っぷり。オークロイはオシーンくらいの年なんだけど。65くらいじゃないの、この人。何その笑顔。何で息子が一緒に笑うの。息子、いま喋ってなかったじゃん。やだよ、おっさんまで笑ってるよ。会話に面白い言葉なかった気がする。


 絶対、俺のほうがカッコいい。絶対、俺のほうが良い体してる。絶対、俺のほうが魅力ある。って、分かってると思うのだが。


 何でイーアンはそう・・・・・ あー触ったよ。誉められ過ぎて喜んだな。あーほら、また。触らないの。

 ぬっ。何で親父がイーアンの背中とか触り返す。彼女は怪我してるのだ。イーアン痛いなら早く痛いって言いなさい。いつもみたいに『いてぇ』って。『いてぇ』って言えば引くよ、普通の男は。

 あっ。何ちょっと可愛くしてんの。あ、溶けた。これ。こら溶けるな――



「駄目。来なさい」


 仏頂面のドルドレンに袖を引っ張られて、あら?とイーアンが引き寄せられる。


「もうそろそろ良いだろう。使い方は充分理解出来てそうだ」



 総長の不機嫌そうな顔にオークロイが笑いを堪えて、咳払いをして言う。『それじゃ、鎧を一つ作るから。まずそれを年始に見せる』だから、年明けにまた来い、と誘った。


「何日ぐらいが良いですか」


 正確な日付が分かればとイーアンが訊くと、『手紙を出すから、それを見て来るように』オークロイは答えた。ガニエールも『面白そうだ』と本当に楽しそうだった。


「これから取り掛かる。どうせもう年末で、仕事納めは済んじまった。息子と二人で鎧の本気を見せてやろう。腰が砕けるぞ」



 ――・・・・・もう砕けたかも。いやん、カッコイイ~ 鎧の本気って。もう駄目かも。腰砕けちゃう(この前、砕けたばっか)。



 横でメロメロ溶ける愛妻(※未婚)を、丁寧に自分のクロークに包んで隠し、『出して』『なんで』と中で喚くのを無視しながら、ドルドレンは親子に別れの挨拶を済ます。


 親子が笑いながら見送る中。イーアンは外へ出るまでクロークに包まれて誘導されていた。総長のクロークが二人羽織りのようにじたばた動いているのを眺め、扉を閉めてから、親子は腹を抱えて笑った。


お読みいただき有難うございます。

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