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魔物資源活用機構  作者: Ichen
新しい年へ
205/2944

205. デナハ・バス行きウィブエアハ経由

 

 眠った時間は5時間。起きてすぐに青い布を羽織って、机にまとめた荷物を確認し、ドルドレンを起こしたイーアン。

 寝室に数日分の着替えと手荷物を取りに行き、もう一度工房へ戻る廊下でダビに出くわして、担当してもらった部分を受け取った。


「気をつけて行ってらっしゃい。良い鎧の話が出来ると良いですね」


 金属問屋に行くならダビも、と思っていたが、ついこの前に手紙で発注をかけてしまった後なので、ダビはお留守番。工房の鍵を預けて、後を頼んだ。



 広間でドルドレンが鎧をつけている間に、イーアンは長机に運んだ結構な量の荷物にちょっと悩む。鎧や自分たちの荷物以外に、魔物の白い皮12枚を運ぶのだが。これをウィアドに積むのも、とイーアンは考える。


「皮と鎧だけ、龍で先に届けましょうか」


 郵便の馬じゃないんだよ、とドルドレンは苦笑いする。龍が突然、牧場ばかりの場所に来たら、農家は驚いて攻撃しかねないかも。ルシャー・ブラタの近隣は、畜産農家が多いから、龍はまずいだろうと止めた。


 後ろからベルゾ・トゥートリクスが来て、『おはようございます』と爽やかな笑顔で挨拶した。


「大荷物ですね。南西支部までは、私の馬にも乗せて頂いて良いですよ」


 そこからデナハ・バスまで、馬車を出しましょう・・・ベルゾが提案してくれたので、ホッとしたイーアンはお礼を言ってお願いした。


「イーアン。南西支部の道すがら、少しお話しても良いですか」


「駄目だ」


「間髪入れずに断らなくても。お話しするだけですから」


 ベルゾもイーアンも笑いつつ、ドルドレンを宥める。3人は厩へ行き、馬を出して荷を積んだ。結構な量だが、白い皮はまとめてあったので運びやすくなっていた。



 朝日が草原に最初の光の網を広げる時間。眩い金色の草原に湯気が立つ。寒い夜を越えた草原の冷えが、朝の光に包まれて温度を取り戻した。


 草原を馬で進む道。北西の支部から街道までの草原地帯を、しばらく眺めてから街道に出る。街道を南西方面へ進み、右側に白い雪を頂く山脈をちょっと横目で見るイーアン。


「西の支部もあるのですよね」


 ある、とドルドレンは答える。『西は用がないから行かなかったな』気がつけばすっ飛ばして南西行き。北の支部も行ったことはないか、と思い巡らす。


「西は遠いのですか」


「遠くはないが。奥だからな」


 奥の意味がぴんと来ないイーアンは、上を見上げて説明を求める。 上目遣いねえ。可愛いなぁ。横にベルゾがいなかったら、ちゅーってするところなんだが。



 微笑みながら見つめるだけのドルドレンに、答えが返ってこないから怪訝な表情をするイーアン。横で見ていたベルゾが軽く咳払いして、自分の方へ振り向かせた。


「西の支部はリーヤンカイに近いのです。間に幾つか高原や森がありますから、すぐそこ、ということもないのですが。街道からは少し距離があり、イーアンが出向くのもあまり」


 自分の答えを取られたドルドレンが不愉快そうに遮る。


「イーアンが出向くとおそらく帰ってきたくないと言うだろう。魔物出現頻度が多いのだ。

 この前、クローハル隊と同行した飛ぶ魔物や、ウドーラも西に近い。それらの場所は北西の管轄だが、西はああいうのがしょっちゅうだ。だから、北西と南西で、自分たちの領域に近い場所は手分けして退治に行く」


「そうでしたか。西の支部の方々は怪我などに悩まされていらっしゃらないのですか」


「そこそこ怪我はあるだろうが。繰り返し出てくる同じ魔物が多いのも特徴だから、大体の対処は慣れがこなしていると思う。死者は最近、特に聞かない」


 報告書の写しを見ていれば死傷者の数は見えるから、とドルドレンは付け加えた。


 ベルゾは少し疑問があった。なぜ、イーアンが西の支部へ出かけると帰らないのだろう。それは自分が聞きたいことと同じ理由だろうか。イーアンは総長の説明で納得したのか、その後は黙っていた。



 乾いた広い街道を順調に進む馬。朝はまだ始まったばかりで、鳥の声がそこかしこで響き、早起きの農家の大型馬車が時々すれ違う。

 牧草を食べに広がる家畜の群れが、街道沿いにもたくさんいる。街道にもうろつく。ニコニコしながらイーアンは家畜を見ていた。


 その笑顔をじっと見つめる銀髪の騎士。弟とよく似た森の緑のような瞳が褐色の肌に良く似合う。その視線にいち早く、ドルドレンは勘で気がつく。彼は警戒対象であることを。総長の物質を投げるような威圧する視線を受け、ベルゾは涼しい笑顔を総長へ向けた。


「唐突ですが。イーアンは魔物が怖くはないのですか」


 ぼーっと家畜を見てほのぼのしていた矢先、話しかけられて慌てるイーアンは『ああ』と笑顔で首を振る。


「怖くないといえば嘘になります。私も怖いです」


「でも倒しています。あなたは誰よりも近づき、倒した後にその体を使うという」


「怖くても出来ることがある、というだけです。皆さんが怖くても戦うように」



 ――そうそう、と頷くドルドレン。でもちょっと足りないかな、そうも思う。イーアンは魔物が好きだ。(こんなことを言うと『皆さんのために頑張ってるのに』と怒らせて、その日の夜が消えそうだから言わない)


 でも魔物が好きなのだ。倒す時も全力で、徹底的に、二度と日の目を見れないよう、姿形を止めないまでに追い込む。


 狙う部分に見当をつけていると、そこだけは攻撃しない。そこ以外を攻撃して殺す。


 だから思うのだ。彼女が条件なく魔物を倒すとしたら、一体、幾つの方法を抱えているのだろう、と。欲しい部分があるから、使わない・外して取り組む戦法の数々がある。

 こんなの、好きな相手でもないと全力で考えはしない。使う、ということ。そのものが、彼女の無意識の喜びなのではないか・・・そんなふうにドルドレンには見えていた。



「ではイーアンは怖がりつつも、自分に出来ることを進んで行なっているのですね」


「あまり自分のことをよく分かっていません。これまでの行動が物語るものが全てでしょう」


「ウィス。弟が、会うたびにあなたの話をするようになりました。最初は、あなたが来てから魔物が減ったと。次に、あなたがどれほど総長に大事にされているか。その次に変わっていること。その次は谷の話し。女性だから話題に上るのかもしれませんが、会う度にウィスの目が輝くので」


「彼はとても親切で優しいです。大変、思い遣りに溢れている人です。いろんな魔物を見てきているでしょうから、洞察力や勘も磨かれています。それは魔物相手だけではなく、人間相手にも注がれているのでしょう。その人を尊敬しない人など、いないです」


 自分はウィスを尊敬している、とイーアンは微笑む。若くてもしっかりしている人は少ないから、と。

 ベルゾは少し唖然とした顔をしてから、ふと笑みをこぼして小さく笑った。


「なるほど。面白い人です」


「イーアンは面白いとよく言われる。それは着眼点が鳥の如く、話す言葉が苦しみを楽しみへ戻すからだ」


 灰色の瞳を煌かせる総長の、奥深い重みの言葉に、ベルゾはゆっくりと頷いた。イーアンは『そんなに誉めても何も出ませんよ』と笑っていた。


 それからは、ベルゾが弟の話を続けていた。彼には一番仲の良いウィスで、他の支部にも兄弟がいるらしいのだが、距離も離れているし、それほど付き合いがない、と言っていた。家族の話は少なかった。ふと思いついたように、話題を変えて、イーアンのその怪我は一体どうしてと訊いてきた。


 話そうとするイーアンの口を、大きな手を被せたドルドレンが代わりに理由を話す。話を聞きながら、ベルゾの表情が見る見る不安そうに変わっていく。


「ウィスに少しは聞いていました。先日イオライへ遠征で出たことを。でもイオライセオダで剣の委託とか、そうした話しに移ったので、それ以上は知らず」


「彼もイーアンの体の傷など話したくなかったのだろう。どう説明しても理解を得るのは難しい」



 理解を得るのが難しい。その言葉にイーアンが引っかかる。でも質問するのは止めた。


 龍が出てくることが、そもそも理解の対象外なのか。戦法が理解しにくいのか。女性が一人傷つく事態が彼らにマイナスなのか。まるで自分が指導権を持っているような状態が伏せるべきことなのか。


 全部かもしれない。そう思うと、オシーンの言葉が蘇る。『お前は男の分まで分捕る』でしゃばっているふうに思う人もいるだろうなと感じた。書記の言葉も引っ張るように思い出した。『龍がいなかったら』そうだろうな、と少し気になる。ロゼールも言った。『龍に全部任せたい』彼らの場所を取り上げてるのだろうか。そんなことも思う。



「良かれと思って、私は。私は勝手に行動しているのかもしれません」


 イーアンが呟いた言葉に、笑顔のない表情を見て、二人の騎士は何も言わなかった。自分たちの言葉が、彼女の心に負担を掛けたことだけは分かった。


「そろそろ早いけれど、お昼にしましょう」


 イーアンは話を切り替えた。この話を長くする気にもなれなかった。今後は気をつけて行動しようと思うものの、それがうまく行くかどうか、自分には約束できないのも分かっていた。彼らの立場や面子を守りつつ、龍もあまり頼らず、そんな方法ばかりを思いつける自信等ない。どうにか捻くり出して一か八かではなく、一番、確率の高い方法を選んで戦いに用いるようにしている。それを気を遣いながら動かせるだろうか・・・・・


 口数の減ったイーアンに、二人は何を言って良いのか分からない。言われたように馬上で食事を摂ることにした。


 口数が減ってもイーアンはドルドレンに食べさせ、ドルドレンも深刻そうな顔をしながら、差し出されるのをぱくつく姿にベルゾは困惑しながら見守った。この二人はいつもこうなのか。私が側にいても、普段の行いのようにほぼ無意識で行なわれているとは・・・・・



 会話はうんと少なくなり、笑顔も減ったが。南西支部には午後の2時頃に到着した。


 そこでベルゾとお別れして、荷物を馬車に移してもらい、今日の宿泊先ウィブエアハへ向かう。南西支部から1時間程度なので、町までの時間は早く感じた。


 午後3時過ぎにウィブエアハへ着き、モイラの宿前まで馬車で行ってもらって、荷物を店先に下ろしたところで、店内からモイラが出てきた。

 馬車の騎士にお礼を言って、また後日と約束してお別れした。


「本当に来てくれたのね!ありがとう!!楽しみだったのよ」


 裏庭へ続く隙間を通りながら、何度も振り返ってモイラは嬉しそうに言う。心苦しいが、4日の宿泊が半分の2日になったことを先に伝えた。


「え。そうなの。年末まで一緒だと思ったのよ」


「今日宿泊して、それで帰りにまた宿泊するはずでしたが。手紙を出した午後に南西の支部で仕事が入りました」


 ここまで言うと、イーアンもモイラも悲しそうな顔になっていたので、ドルドレンが見かねて割って入った。


「宿泊予定の代金は当初の通りに支払いたいと思う。今日の分と、帰りの予定の4泊分だ」


「そんなのいいのよ。私は一緒に出かけたかったの」


 年末、料理を多く作ると一時的に空き時間が出るという。その時にイーアンと町を回りたかった、と話した。


「別に4泊が2泊になったところで、宿泊するお客は他にもいるし、飛び込みで、宿が入用な人も出る時期だもの。そんなのどうでもいいわよ」


 町が賑わう年末だから、この時期だけの楽しい時間をと思っていたと話すモイラに、イーアンはとても申し訳なさそうに『ありがとう。ごめんなさい』と伝えた。

 モイラは仕方なさそうに笑顔を作って、腰に両手をあてがいながら溜息をつく。


「良いわ。これが最後じゃないし。でも、私。あなたと出かけたかったのよ」


 モイラは赤毛のきちんとした編みこみの頭を、イーアンの肩に凭れかけさせて、腕を引っ張りながら『さあ、部屋に行きましょう』と裏庭の扉から2階へ案内した。


せっかく出来た友達との約束を、自分が駄目にしたみたいで、後から階段を続いて上がるドルドレンは、二人の背中を見つめるだけだった。



お読み頂き有難うございます。

ポイント入れて下さった方がいらっしゃいました!有難うございます!!とても嬉しいです!!

年末に近づいて少々仕事が立て込んで参りました。日々、3話くらいの更新になりそうな一週間です。でもどうぞ、お付き合い頂けますように。どうぞ宜しくお願い致します。

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