204. 出発前の日
ヘロヘロのやらしい夜を越え、翌日も早く朝が始まったイーアンは、食事は全部工房で済ませ、トイレと風呂以外は工房に籠もっていた。この間、立ち入れたのはダビだけだった。
ドルドレンも、出かける前に済ませろと執務室に監禁されていた。ベルゾ・トゥートリクス(※お兄ちゃん)が朝一で入ってきて『私もご一緒に明日立ちましょう』と宣言して、爽やかにまた出て行った。
夜は夜で、風呂を済ませた後に工房に籠もり仕上げをする。続いて風呂を上がったドルドレンが、また工房で本を読んで待って過ごした。
「ドルドレン。今日はナシですよ」
えっ。びっくりする黒髪の騎士。何事かと不安そうに、愛妻(※未婚)を見つめた。その顔にちょっと笑ったイーアンが『おかしな意味ではなく』と前置きする。
「仕上げはまだかかりそうですし、今夜はここで眠ります」
「それ。それは良いけれど。でもどうしてここで眠るとナシなの」
手を止めて、笑いながらイーアンがドルドレンの横に座った。『ここで眠るからナシ、なのではなくて』毛皮のベッドに手をついて、真顔のドルドレンを見上げる。
「昨晩の影響で、体が少し痛むのです。だから今夜は・・・ね。全部の作業を終えたら時間も遅いです。明日は7時に立つでしょう?朝は着替えや持参品も急いで確認しないといけないし。今夜、残っている時間は眠らなければ」
「痛い?あまり怪我に触らないようにしていたが」
ちょっと困ったイーアンは、ドルドレンの袖を引っ張り耳打ちする。『あの。大切な場所がですね。少々・・・長時間の挿入と摩擦と振動により、内壁に限界を超えた様子です』いやらしい内容を丁寧に説明するイーアン。
当人はいやらしく説明する気はないのだが、性格上、きちんと説明しようとするので、聞かされる内容が危険。耳打ちの熱い息と共に注がれるいやらしい説明に、黒髪の騎士は目を閉じて悩ましく呻く。
はーっと息をついてから気持ちを正し、内容をよく理解する。『可哀相なことをしてしまったのだな。出血は』ちょっと心配。イーアンは小さく頷いて『でも私も嬉しかったので』と微笑んだ。きっと摩擦の時間が長かったから、最後の方は、その部分の水分が足りなくなったのかもしれませんと普通に話してくれた。
「分かった。今晩はゆっくり休もう。そして明日は様子を見て、するならゆっくりだな。直線で入る体勢で負担なく。そして短時間。それと舐める回数を増やそう」
げらげら笑うイーアンがお腹を抱えて毛皮に突っ伏し、『そんなこと言っていない』と赤くなっていた。
2分ぐらい笑い続けたイーアンが起き上がって、涙を拭きつつドルドレンに寄りかかる。『仕事しなければ』ふらふらと立ち上がって、まだ笑っていた。
笑い上戸とは知っているが。あまりに愉快に笑うイーアンにドルドレンもつられて笑っていた。
夜9時を回る頃。
イーアンはギアッチの部屋へ行くと言い始め、ドルドレンはひっくり返りそうになった。理由はザッカリアに出発を告げるからと聞き、ああそうか・・・それはそうだなと頷いた。
「また変な想像したでしょう。私は信用されていないのですね」
イーアンがちょっと怒ったので、大急ぎでドルドレンは謝りながら宥めながら、ギアッチの部屋へ率先して連れて行った。廊下と階段で『信用していないのではない。大事過ぎて心配なだけだ』そんなようなことを延々説き、頑張ってお願いして許してもらった。
ギアッチの部屋の扉を少し小さめにノックすると、ギアッチがそっと開けてくれた。『ザッカリアは寝ていますか』イーアンの小声に『起きてるよ』とザッカリアが嬉しそうに出てきた。
「明日から6日間留守にします。鎧の委託と、急遽入った南西支部の戦法指導です。7日目、年末のその日の午後に戻ります」
内容がよく分からないザッカリアは、とても困った顔で『イーアンいなくなるの』と訊いてくる。ギアッチが子供の頭を撫でながら『お仕事なんですよ。でも年末は戻るって』そう言い聞かせた。
「南西の支部の話は、トゥートリクスから聞いています。彼の兄が来ていますね。戦法指導、私も行った方が良いですか」
あっ・・・・・ ドルドレンは思い出して手をぽんと打った。『そうだ。ギアッチに話を頼もうと思っていたんだ』そうそう、と話し始め、でもザッカリアが心配だと総長は子供を見た。
「年末2日前ですよね。南西の支部まで7時間くらいでしょ?指導が午後からと言うのですから、早くにここを出て昼過ぎに着けば、指導の話も可能です。その晩はお世話になって翌日帰れますし、ザッカリアも同行させれば、出張授業みたいで良い体験になるのでは」
ドルドレンはちょっと考える。
――どっちみち。南西の支部に泊まって、イーアンといちゃつくことは出来ない(※頭の中こればっか)。帰りは一緒に戻るのであれば、馬車をギアッチに出してもらって、ウィアドの荷物を乗せてもらうのも良いか。ザッカリアは一泊二日の別支部への旅だな。ふむ。
「そうだな。そう大きな遠征は入らないだろうし、仮に入ってもポドリックに先に行かせるから、俺が戻り次第、うちの隊は後手で出向するわけで。であるなら、まあ。
ザッカリアにも、他の支部を見せる良い機会だ。では馬車を出すと良い。トゥートリクスも兄の了解を得たから、南西へ来るはずだ。彼を連れて同行しろ」
あとは。子供連れの道に魔物が出ては大変だ。もう一人騎士がほしいな。
「南西支部までもう一人誰かつけるか」
「私行ってもいいよ」
廊下と部屋の扉付近で立ち話していた全員が、その声の主を見る。そうだった。ギアッチの部屋の並びだった。
化粧を落とす前で、胸も外す前のハルテッド。この前の一件から、早風呂が出来ない日は、朝入ると決めたらしかった。
「お前が来るとややこしい」
「年末ならご兄弟で過ごしたら」
ドルドレンとギアッチが止める。ザッカリアは時々女の人になるこの人が、未だに誰だか分からないで見つめる。
「ベルと一緒に年末って。気持ち悪い。行くのは全然構わないよ」
「気持ち悪い、って言うの。ご兄弟でしょう」
ギアッチが少し困惑して聞き返すが、ハイルは無視してイーアンにニコッと微笑んだ。そしてザッカリアの目線に屈んで、ニコッと笑う。
「お兄ちゃん、強いから一緒に行ったげる」
「お兄ちゃんなの。お姉ちゃんじゃないの」
「どっちでもいいの。どっちも合ってるし」
そうなんだ、と納得するザッカリア。子供の境界線のなさに驚く大人3人。
「お兄ちゃん。お○ん○んあるの」
「うん。もともと男だから。私ハイルだよ。ハールでもいいよ。あんた何だっけ。ザック?」
「ザックって好きじゃないんだよ。あの人(親)がそう言うの。ザッカリアだよ」
「分かった。ザッカリアね。どうしよ。一緒に行こうか。私強いの」
微妙な会話が紛れている中、イーアンが俯いて声を出さずに笑っていた。なぜかザッカリアが『いいよ。お兄ちゃん一緒に来て』軽く承諾している。ギアッチがビックリしているが、ハイルは『じゃ、その日は早起きだ』と笑った。
――ちょこちょこハイルを見ているから、子供の警戒心が少なくなっているのかもしれない。ハイルは面倒見は悪くないか、とドルドレンはちょっと考えた。ハイルは気まぐれで信用ならんが、どうせイーアン目当てだから、合流しに南西支部までは来るだろう・・・・・
「ねぇあんた。クローハルさんに言っておいてよ。私年末、南西行きの護衛行くって。あの人、煩いんだもん」
ねぇあんた、と呼ばれた総長は目を反らして不快な顔で『言っておこう』とだけ返事をした。
「イーアン。南西で飲み会なんでしょ。一緒に飲もうね」
ニコニコしながらイーアンに約束させる。イーアンは『はい』と小さく頷いた。
ドルドレンが女装男を追い払い、その背中に『道草食わないで、ちゃんと南西支部まで来いよ』と命令した。ハイルは振り返りザマに『バカ』大きな一声を投げて、自室に入った。ギアッチがザッカリアの耳に両手を当てて『はい。聞こえなかった聞こえなかった』言いながら、部屋に下がった。
この後、イーアンとドルドレンは工房へ戻り、イーアンはとにかく集中して鎧の全てを終わらせた。ダビが分担してくれた分を明日受け取れば、完了。
時間は0時半。暖炉の火を消して、明かりを消して。毛皮のベッドに二人で包まって眠った。ドルドレンは愛妻(※未婚)の腰を撫でながら『早く良くなれ』と、どう捉えてよいか悩む呪いを呟き続けて眠った。
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