203. 怒涛の日
その日から出発までの1日半。イーアンの仕事は立て込んだ。最初から追い込み状態で、するべき作業が尋常ではなかったので、昼食はドルドレンと摂ったものの、夕食も次の日の食事も毎回、食堂から食事を工房へ運んでもらった。
困ったことに、出向する7日間の中。年末から2日前の日。是非、戦法指導に来て・・・と、南西支部が年末会を企画したことで呼ばれる用も増えた(※こんな連絡要らない)。
これは、南西支部にいるトゥートリクスの兄弟が(※お兄ちゃん)直に言いに来た。
「お兄ちゃん。来たんだね」
「トゥートリクスは仲が良いから」
「似ているけど。お兄ちゃんはカッコイイな。弟はまだ可愛い感じがする」
「お兄ちゃんは髪の色がカッコイイよ」
「トゥートリクスの憧れなんだってさ。分かる気がするね」
午後2時も過ぎた頃。
執務室に入ってきたベルゾ・トゥートリクスが、ニコニコしながら新たな書類を手渡し(※これも要らない)、是非イーアンとどうぞと総長に挨拶した。断りにくい笑顔に、総長は渋い顔で嫌気丸出しの対応だった。執務室の騎士たちは小声でベルゾの来訪を囁く。弟に知らせてあげよう、と一人が呼びに行った。
「遠征でしたら無理ですが。見回りの大型遠征が、この時期は北西に入っていなかったと思うのです」
「そうだが。そうだ。そうなのだが」
「何か御用がおありでしたか」
「明後日から、総長は南のデナハ・バスへ委託鎧の件で出向するんですよ」
おや、とベルゾが執務の騎士の言葉に微笑む。『その日程は』聞きながらしてやったりと笑みを深めるベルゾ。余計なことを・・・ドルドレンの眉間のシワも深まる。
「年内ですよ。年始に支部に戻られるので」
「おい」
「それなら丁度良いのでは。明後日からデナハ・バスへ向かうというと、きっとここを出てから2~3日であちらの用がお済みになる予定でしょう?南西支部の年末会は充分、参加出来るではありませんか」
ぬうっ。黒髪の騎士が灰色の瞳で、涼しい笑顔の男を睨む。ベルゾは何にも気にせずに微笑んだまま続ける。
「私共の支部でごゆっくりされるのも良いでしょう。年末より2日前の会です。お泊り頂けますと、総長たちは一晩疲れを癒して翌朝に出発出来ますので。年末最終日の日中を、馬でイーアンとのんびり帰られるわけです・・・・・ 午後に北西支部に到着すれば、仲間とも楽しい年末を過ごせますね」
「お前が日程を操作することはない」
「でも変なことは申しておりませんよ。あまりおかしくないでしょう?」
横で執務の騎士が『いいじゃないですか、行って来たら』とか他人事の受け入れ方をしているのが気に食わない。自分に降りかかったら絶対嫌がるくせに。『親が危篤』とか年末ふさわしからぬ必死な言い訳で逃げるような奴らだ。
この軽薄さ。俺とイーアンの『モイラの宿・4泊5日!年末旅行』をぶち壊しやがる。南西などに出たら、『モイラの宿・2泊3日!年末前に少しだけ』になってしまうではないか。畜生。
「ベルゾ」
扉が開いて、弟のトゥートリクスが嬉しそうな顔で入ってきた。『ウィス。元気かい』ベルゾも嬉しそうに弟に近寄って、腕を擦る。
「今日はね。総長を、南西の年末会に招待しに来たんだよ」
「南西で年末会。俺も日が合えば行きたいなぁ」
「おいで、ウィス。年末会は最後の日から2日前だから。私たちは2日間行うが、来客は最終日は戻れる」
「すごい。気遣いが良いね」
じゃあ、イーアンと一緒に!トゥートリクスが緑の綺麗な瞳を輝かせて総長を見る。総長の目が据わっているので、ちょっと止まった。
「大丈夫だよ。総長は明後日から南へ出向だから、帰りに寄って頂くんだ。イーアンも一緒だから」
「おい」
お兄ちゃんの頼もしい笑顔に、トゥートリクスは、わーいわーいとおにいちゃんの両手を取って喜ぶ。
――子供じゃないんだから。子供みたいな顔だけど。なにこの兄弟。なにこの総長度外視。絶対、この笑顔の先は俺じゃないだろう。目的が戦法指導とか言うが、飲んでる席で指導会なんか出来るわけないのだ。
無理やり決定された、行きたくもない南西支部の指導会兼年末会が、我が意志と無関係に進んでいることに、ドルドレンは口惜しい限りだった。
――イーアンは断れないから了承するだろう。いやだー・・・・・ 俺のイーアンとの4泊5日の年末婚前新婚旅行(?)がー・・・・・ 毎晩やらしいことしながら日中はデートの予定だったのだ。くそぅっ。
はっ。モイラの宿にさっき、4泊するって手紙に書いた。これもまずい。
2泊に減ったら『嘘つき』とか言われる気がする。あっちは収入がかかってるから、あのモイラの性格だと『食材用意してた』と4泊分(※2名宿泊×4泊分)の代金を請求をするかもしれん。
泊まってもいないのに、それも振り回されて南西に連れて行かれるだけなのに。ぬうっ。しかし、民業を圧迫するわけにもいかん。ぬか喜びさせて、年の〆に嘘つかれたと思わせるのも、騎士のすることではない。
何より、イーアンにまずこれを告げるのが苦しい。モイラの誘いに応じて宿泊が出来る、とあれだけ喜んでいたのに。浮かれた気持ちを叩き落すように、予定を変更する話をしないといけないとは。こいつら。覚えてろよ――
灰色の瞳に闘志がメラつき、部屋の重力がずどんと増したのを感じた騎士たちは、咳払いをして『では仕事に戻りましょう』と。話を決定として終わらせた。トゥートリクス兄弟は執務室を出て行き、執務の騎士は再び総長を囲んで、やれ、ここに署名、これにこう書けと命じ始めた。
イーアンは昼過ぎに来たダビの加工部品を受け取って、『今日は面会お断り』札を書いてもらった。ダビは書きながら、これが面会・これは駄目の意味、これは丁寧に伝える時、と少し教えながら書いてくれた。
ダビがお勉強らしいことを言ったことがなかったので、これはこの先、自分にお勉強をさせる気ではないかと、イーアンは心配が出来た。朝一のみならず、午後一もお勉強とは。
遠征中からダビの態度が少々変わったので、きっと相棒として私を恥ずかしくないくらいの人間に仕立てる(←部品扱い)気では。そんなことが脳裏に過ぎった。字ぐらい書けるように、と言われている気がした。
ともあれ。お断り札を扉の引き手に下げて、ダビにマスクを渡し、受け取った鎧と部品の数々で、午後の作業は始まった。
修復鎧なので、元々の鎧を作っていない。だが『ここに、こうして魔物の材料を使います』としたモデルには、時間も短縮できる打ってつけな加工対象のため、極力、自分が伝えたい内容を汲み取ってもらえるように、丁寧に細部まで気を抜かず、集中して作る。
夕方になる頃。ドルドレンに『時間が足りない』と困って相談すると、ドルドレンも気の毒そうに『食事を運ぼう』と早い夕食を持って来てくれた。いつもよりも早過ぎる時間なので、出来立て夕食。
イーアンは作業をしながら、同じ机の端に置いた食事を摂る。『行儀が悪くて申し訳ありません』謝りながら手は動かすイーアンに、急に相談もなく日程を組んでしまったことを、ドルドレンはすまなく思った。
「ごめん。こんなに忙しくさせて」
広い机の反対側で食事をしながら、ドルドレンは謝った。机に屈みこみながら、ちらっと目を動かしたイーアンは『大丈夫ですよ。仕事らしくて楽しいから』ニッコリ微笑んだ。
イーアンの言う仕事らしさ。それは遠征や戦いの話よりも、そもそもの自分の職業に準ずる時が一番、相応しいのかもしれない。何かを作りだしている時が、イーアンの望む仕事なんだな。ドルドレンはそう捉えた。
ドルドレンは思い出したことも伝える。言いにくいが、と前置きして。
「午後に実は。トゥートリクスの兄が来てな。それで年末から二日前に戦法指導を願ってきた。同日夜には年末会があるそうで、宿泊してほしいそうだ。
しかしモイラの宿に、午前中に出した手紙は『4泊』とお願いしてある。ベルゾの頼みを聞くと、2泊になってしまうのだ」
んまー・・・イーアンは悲しそうに眉を下げた。『でも。仕方ありません。私たちはそもそも仕事の用で、南へ行くのですもの。モイラには4泊分の予約をしたのだから、宿泊できない分は宿泊したとして、お支払いして許して頂きましょう』そう言って、イーアンは微笑んだ。
楽しみにしていただろうにと思うと、ドルドレンは申し訳なくなる。だけど優しいイーアンは『仕事』と片付けてくれたので、ホッとした。
食事を食べ終え、食器を下げる序に風呂に入っておこう、とドルドレンが促がして、イーアンも風呂は済ませることにした。
「俺はイーアンの後で、ザッカリアを風呂に入れるから」
だから、風呂を上がったら工房にいなさい、とドルドレンが言ってくれた。ザッカリアと入る・・・その言葉を当たり前のように言ってくれるドルドレンが素敵で。イーアンは着替えを取りに来た寝室で、愛する人にキスをする。
不意打ちでキスを貰ったドルドレンの目が、一瞬違う燃え上がり方をしたが、びしっと目を瞑って大きく息を吐き出し『風呂に入りなさい』そう自分に言い聞かせるように呟いた。
風呂を済ませて、イーアンは工房へ。ドルドレンはザッカリアを迎えに行って、一緒に風呂に入った。
明日一日でどこまで終わるだろう。それだけがイーアンの心配だった。ダビが来て『マスクの分です』と預かっていたマスクと部品を置いた。
「今日はここで寝るんですか」
イーアンの雰囲気から、ダビが質問した。『今日はキリ良い工程で終わらせます。どうせ膠待ちなの』水の入った瓶に、透明な茶色の物体が入っているのを見せて、『朝は早く始めます』イーアンは頷く。
「そうか。根詰めないで下さい。あなたは無駄に張り切るから」
先日の一件から、やけに無駄無駄言われている気がするが、ダビが少し笑っているので、彼なりの気遣いと冗談を混ぜている表現、と受け取って了解した。
この後、ドルドレンが風呂上りに来て、イーアンが作業を終えるまで本を読んで待っていた。
毛皮の敷いてあるベッドに僧院の本を持ち込んで、コロッと横になりながらドルドレンは本を読む。
イーアンもランタンを手元に下げて、ひたすら作業を続ける。工房が暗いといけないと、ダビがランタンと蝋燭を増やしてくれたので、冬の夜でも煌々と明るい部屋。暖炉の炎も手伝って、寒くもない。
時々、ドルドレンがお茶を淹れてくれて、少しだけ会話する。本に書いてある内容を知れば知るほど、ドルドレンは『どうして、こんなに古い時代にあったことが現在はないのか』と不思議そうにしていた。
それを聞いて、自分と同じことをやはり感じるのだな、とイーアンも頷いた。
そうこうしていると、今日出来る限りのことは終わる。やっと終わった、とイーアンが笑顔でドルドレンに『お待ち遠さま』の労いの一声をかけた。
ドルドレンはいそいそと工房の暖炉を消し、明かりを消し、二人で廊下に出て鍵をかける。ドルドレンはさっとイーアンを抱きかかえて歩き始めた。
「自分で歩きます」
「良いのだ。疲れているんだから」
多分そういう理由ではないな、とイーアンは笑った。抱きかかえる時も気を遣って、痣などのないところを持ってくれている黒髪の騎士に、有難く体を寄せる。ドルドレンの顔に満足そうな笑みが浮かんだ。
すれ違う騎士が『いいな』『見えないとこでやって』と笑っていた。
寝室へ入り、がっちり鍵を下ろして、窓にもしっかり毛皮をかけ、明かりを消すドルドレン。
「やる気満々ですね」
つい可笑しくてイーアンが笑う。大真面目な顔で『当然だ。どれほど待ったか』とドルドレンはあっさり脱ぐ。『もうちょっとゆっくり』笑いながらイーアンが制するが、旦那(※未婚)はせっせとイーアンの服も脱がせた。
「では。朝に奥さんが教えてくれたように」
不敵な笑みを作った(性欲100%)旦那は、愛妻(※未婚)を抱き上げて目一杯濃くキスをして、自分の上に座らせて。怪我のない内側(内側に用がある)をあちこち触りまくって。ドルドレンはそこから、楽しく派手に、感動するほど充実した時間を過ごした。もう何時間でも良い、と思えるくらいに燃えた。本当に何時間でも大丈夫なんじゃないか、と思えた(溜まってただけ)。
「休憩。休憩をちょっと入れてもらえますか」
くたくたの愛妻が汗だくで頼み込んだのを機に、ちょっと落ち着いたドルドレンは優しく自分の体の上に寝そべらせて、頭を撫で撫でする。
「眠っても良さそうな時間です」
もう充分では・・・そう聞こえる言葉に、イーアンの顔を見つめて『まだ眠くない』ニコリと笑う旦那(変態)。
「イーアンは明日の朝は早いのだな」
「はい。急ぎます」
「そうか。では速度を上げて励むことにしよう」
そんな、とイーアンが苦笑する。ドルドレンは笑いながらイーアンを持ち上げて『この姿勢は相当な快感である』などと欲望全開の笑みを浮かべ、後半に挑んだ。
3日分は体に良くないかも・・・振動の止まない時間にイーアンは思う。ドルドレンの無尽蔵の体力は、きっと遠征であまり動かなかったからの理由もある気がして。今後の遠征は、少し体力を消耗させる必要を感じた。
この夜はイーアンが力尽きるのを目途に、就寝時間を迎えた。
お読み頂き有難うございます。
 




