202. 二人の年末予定
追い立てられる執務室の午前は酷かった。特に郵便が来る前の一時間は地獄の忙しさ。
封を開けているイリジャが、王の手紙を見つけて驚く。内容を確認するとお菓子を所望。直筆でお菓子をおねだりする王様。
これはイーアンに伝えてはおくが、イーアンに暇がないので(多忙決定)、年始にでも菓子を送ると返事を出すことに決定(総長の独断)。
遠征報告も、イオライセオダの委託内容も、鎧工房などその他諸々も、早馬で朝に出すと言うことで、王都本部には今日中に遠征報告とイオライセオダ委託内容が提出されて、鎧工房には明日中には届くらしかった。無論、王城の王にもすぐさま『イーアンは多忙なり』との書面が届く。とりあえず、モイラの宿も宿泊先に入れて連絡の手紙を出す。
「ああ。とりあえずこれで終わりか」
ドルドレンが肩を揉むと。『この後も同じような感じで、今日中に終わらせるものは全部済ませますので』逃がさないぞと執務室の面々から視線を受けた。
「ちょっとイーアンに、手紙のこと伝えてくる」
立ち上がると睨まれた。『すぐ戻るから』と言い残して、そそくさ工房へ走った。
工房の前に立つと、楽しげな笑い声が聞こえた。扉を叩くと、イーアンが出てきて『お茶を淹れましょう』と中へ通した。椅子が増えたのもあって、来客が増えた。
ギアッチとフォラヴ、ザッカリアが授業というので訪れていた。彼らの授業は1時間なので、もうお暇します、と入れ替わりで出て行った。
ザッカリアがレモン色の大きな瞳を総長に向けて『またね』と笑顔を向けた。総長も微笑んで頷いた。今日は風呂までザッカリアの相手が出来ないな、と思いつつ。
「ドルドレン。何だか疲れているみたい。・・・・・あの。下半身でしょうか」
少し赤面しながら、小さな声でイーアンが気にしてくれた。もちろんだよっ・・・飛びつきたいのを我慢して、『執務室で仕事が立て込んでいる』これを最初に、何があったか。とにかく予定されている現実の全てを伝えた。
「この2時間以内に。そんなにたくさんのことが」
ちょっと驚いているイーアンは、お茶を出しながらドルドレンの横に座る。
「と言いますと。大きな予定としては、私たちは3日後にルシャー・ブラタへ向けて立つのですね。それで、支部へ戻る頃には年始。年始明けにイオライセオダの剣工房。それとフェイドリッド」
「王は放っておけ。気になれば、ワガママを言って勝手にここまで来るだろう。また魔物に襲われて」
なんてこと言うの・・・イーアンが笑いながら、ドルドレンの腕をぺちっと叩く。ドルドレンも笑って『だって。あれ来るぞ。甘ちゃんだから』と言ってみたが『あなたもでしょ』と突っ込まれた。
「でも。モイラの宿に行けるなんて。とても嬉しいです」
呼ばれた手紙に答えられるし、年末の旅行なんて素敵です、と喜んだ。イーアンが瘡蓋を気にして『早く治さなきゃ』と鏡を見ていた。
ドルドレンも嬉しかった。デナハ・バスのおばさんにも挨拶に行くか、とイーアンに言うと、イーアンはお土産を持って行きたそうだった。
突然、夢見がちなイーアンの笑顔が真顔に戻る。どうしたのかと思えば、ドルドレンを見て『私。急いで鎧とマスクを作らないと』白い魔物の皮に視線を動かして呟いた。
「あと、そうよ。あの子が年末一人だから、お土産も。デナハ・バスとモイラの町で買わなきゃ」
それはギアッチがいるから良いんじゃない?ちょっと意見してみたが。お土産は嬉しいものだから、と意見はすぐ却下された。
こんな話をしていると、扉がノックされて執務の騎士が迎えに来た。ドルドレンは渋々席を立ち、イーアンに『また昼食で』と言い残すと、迎えに連れて行かれた。
イーアンは大慌て。今日から数えて、中2日で鎧とマスク!!
廊下に出て。気がつけば走ってダビを探す。ダビは今週の洗濯担当になっていて、午前の演習はナシだった。走り回って、出会う騎士全員に訊いて、ようやく洗濯場に辿り着いたイーアンは、『ごめんなさい。来て』ぜーはーぜーはー言いながら、見つけたダビに頼んだ。
「今すぐ」
ダビは余裕の微笑をかまして、持っていた洗濯物を近くの騎士に『はい』と普通に渡し、イーアンの背を力をこめずに押して『工房でお茶をもらいますけど良いです?』と言いながら、担当者8名に何の挨拶もなし、イーアンと去って行った。
「ダビはね」 「しようがないな」 「あんなに従順なのも驚きだけど」 「イーアンの仕事はダビ向きだから」 「そうか・・・・・ 」 「いいな。俺もモノ作るの好きなんだけど」
延々と続く、『ダビ仕事放棄の認証』に羨ましさが言葉になって零れ落ちる、寒い風の吹く日陰の洗濯場。
工房に入った二人は、まずは予定の話をする。
「え。イーアン年末仕事」 「そうみたいです。執務室の稼働日だったかしら。あちらの都合らしくて」 「・・・・・あれ。年末年始。あの人達いないからか」 「よく知りませんが、ドルドレンが教えてくれました」 「じゃ。もう無理か。手続き年内で繰り上げだ」
ダビは察しを付けた様子で、面白くなさそうに一人納得していた。
「つまり今日明日で鎧と。作り始めたマスクを完成ですね」
「出来れば。だけどダビにお願いしないと、私が徹夜でも加工だけは無理で」
「徹夜ね。無理する必要ないって言ったでしょ」
「眠る時間は削れます。そのくらいの集中力はあるの」
「良い、って言ってるでしょう。ちょっと倉庫行きます。破損鎧があるはずなんで」
ダビが工房に入って3分後に再び出て行った。お茶が入る前。
頼れる相棒に感謝しながら、イーアンはダビのお茶を入れた。ふと。茶器をダビ用のちょっと特別なのに変えよう、と思った。どこかで買おうかなと思っていると、ダビが帰ってきた。
「はい。これ使えます。これ、破損箇所が肩当と腕の一部。あと、あれ?肩甲骨の辺が解けてるか。でもこれ本体は無事で加工が少なく使えそうですよ。私はこれに合わせて、皮を削れば良いですね。
鎧ごと私の工房に持って行って調整します。対ですよね。2で?」
「そうね、2で。そうしてもらえると助かります。ありがとう。私が縫い付けた後に埋め込み」
「埋め込みの金属切って、ちょっと溶接して叩いておきますよ。簡単なことしか出来ないけど、嵌めるんだから、下地の金具の強度は問われないはずです。あとあれか。マスクは」
「ここに入れようかなって」
作りかけどころか、まだ補修部の線を破損マスクに入れただけのものを、ダビに見せて粗い図案を並べた。ダビは親指と人差し指で簡単に測って、『ちょっと書くもの』と差し出されるペンで図案に寸法を書きこむ。
「これも作ってみます。マスクの細かい部分は合わせてからね。そこの。鎧工房の紙、下さい。はい。ありがとう」
オークロイの書いてくれた直筆の説明の紙を渡し、イーアンは深々頭を下げて『有難う。忙しいのにごめんなさい。お願いしますね』と頼んだ。フフッと笑ったダビがイーアンの肩に手を置いて『俺の仕事なんで』と呟いた。
俺。俺? イーアンは顔を上げる。ダビは『私』と自分を呼び、俺のイメージがない人。
目の合ったダビは無表情で『誰も変わりは出来ない。剣の工房も。鎧の工房も』そう言うと、ちょっとだけ口角を上げた。
「俺しか出来ないです。イーアンの頭の中を知るのは」
じゃ、作ってきますよ。棚にかかる白い皮を一枚、引っ張って肩にかけ、扉を開けて『昼過ぎに来ます』ダビは楽しそうに出て行った。
・・・・・お茶は飲まないの。ダビ用に入れたお茶を、こぼすのも勿体無いので飲むイーアン。何かが吹っ切れたのかな、とダビのささやかな態度の変化を思う。きっと委託先が出来たから、責任感が強くなったのかもしれない。
ダビはものづくりには徹底する人。職人だったら、きっと相当腕の良い評判の工房を持てただろうに。そう想像するイーアンだった。
お茶を飲み干して、ダビが加工を引き受けてくれたことで、イーアンは安心してマスクに励むことにした。
加工金具が入る部分を2mmくらい余裕を持って切り出してから、裏当ての革を用意して印をつけた。元から内側に入っている、スライド用の角のない鋸刃状の部品を丁寧に外して、取り付け部分との段差を測って紙に書いてから、全体の芯になる硬質の樹脂を用意した。
樹脂はウドーラの森の木を持ってきた。水辺に生えていて、幹の状態と近くに落ちていた小枝や実や葉の形から、多分樹脂が取れると判断して小枝を幾らか集めておいたもの。
80度以上で煮出すと、その樹脂は多く量が取れた。冷却後。打撃に強いが、全体に均等に加圧した際には崩れやすいので、獣脂を混ぜて芯にすることにした。
獣脂は、獣亜系の魔物の膝の骨を取り出して茹でて採った脂。これがある程度の緩衝材役になることは、3度の試しで確認が出来ている。細かい空気が入るようで、乾性油。それが伸び縮みする油脂。この配分で樹脂と獣脂の混合液をマスク表面の裏に塗り広げた。
乾いてから、もう一度熱をかけて柔らかくしたら、ダビの加工した皮と受け具の金板を表に当てて、裏から挟んで固定する。これだけであれば、午後には終わる。完成は明日の試験で判断。
塗り広げてから暖炉側に置いて、裏当て用の革を正確に余分を切る。この作業中にノックされて、ドルドレンに昼と告げられる。
「もう。そうですか」
お昼になるの早いなと思いながら、昼食に向かった。
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