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魔物資源活用機構  作者: Ichen
出会い
20/2943

19. 遠征同行決定

 

「一睡も出来なかったな・・・・・」



 長い紺碧の夜から、徐々に空を白く染める夜明けの時間。もう少ししたら窓の向こうの山脈から日が昇る頃。

 はー・・・と肺の中の空気を全部吐き出すように、ドルドレンは溜息をつく。


 思ったとおりのしつこい野獣(アホ)をせっせと撃退しながら(野獣(アホ)も見張りも音は立てない)、僅かな仮眠の余地もなく無情にも夜は明けた。



 普段にないおかしな緊張感に身を削られて、よいしょとドルドレンは立ち上がる。ちょっと早いけれど、イーアンを起こすか、と。

 今日はほとんど日中一緒にいられないので、朝食までの時間でいろいろと説明をしないとならない。可哀相だが早起きしてもらおう、と扉をノックし周囲をさっと見渡して安全確認後、中へ入った。



 きっちり扉を閉めて鍵を下ろしてから、「おはよう・・・・・」と小さく挨拶をする。

 ベッドを見るとイーアンは、黒い螺旋の髪の毛を白いシーツに広げて、横向きに死んだように眠っていた。ちょっと心配になり、近づいてもう一度「おはよう」と囁く。


 挨拶には無反応で、静かな寝息を立てて上下するお腹。 ――生きてるな、良かった。


 何の警戒心もなく、ぐっすり眠るイーアンの横顔を覗き込み、ふと微笑が、ドルドレンの疲労した表情に浮かぶ。眠る顔にかかった髪の毛をそっとどかし、すぐ側にある柔らかな頬を人差し指の背で撫でる。 昨晩のことを思い出した。


『安心して過ごす権利があるんだ』


 イーアンにかけた、その言葉の続き。言おうとして引っ込めた言葉。本当は勢いで言ってしまっても良かったのか、と考えた。

 ――『それに、イーアンは綺麗だよ』と。 『だから俺は心配しているんだ』と。


 彼女は自虐的だからきっと信じないだろうな、と思った。自分が言っても同情だと思うかも。もしくは、会ったばかりの相手に何を言うんだ、と軽率に思われるかもしれない。いろんなことが頭に一斉に浮かんで、言うのをやめた。


 小さく溜息をついて、ドルドレンはイーアンのベッドの端に腰を下ろした。


「・・・・・?」


 その時、ベッドが沈んだからかイーアンの目がすうっと開いた。ボーっとしているようで、ゆっくりと視線を動かしドルドレンと目が合った途端、寝ぼけ眼を丸くした。



「おはよう」



 ドルドレンが微笑む。 イーアンが目を瞬かせて、慌てて体を起こして「おはようございます」と髪をかき上げ、ふさふさと広がった黒い螺旋を撫で付ける。



「早く起こしてすまない。そのままで良いからちょっと聞いてくれるか」


「あ、いえ、起きますから」



 掛けていた上掛けを勢いよく取り除いて、慌てながらベッドから降りようとしたイーアンを、今度はドルドレンが目を丸くして止めた。イーアンはチュニックしか着ていない。足が、ナマ足が・・・・・

 急いで上掛けを引き寄せたドルドレンは、イーアンが気がつく前に彼女の足元に上掛けを被せた。


 イーアンも気がついてまた焦り、すまなそうに俯く。顔が少し赤い。



「朝っぱらから驚かせて悪かった。話をしたらすぐに出るから、その後ゆっくり着替えてくれ」



 ドルドレンも赤くなりながら、バツが悪そうに咳き込んだ。そうか、眠るんだから(ズボン)は脱いでるよな。思い出すと不純な何かがワサワサ増えそうで、額を手で覆って溜息をつく。



「 ・・・・・あの。だな。 そう、今日は午前も午後も俺は仕事で側にいない、ということを伝えたかったんだ。

 朝食は一緒にと考えているが、その後はすぐ会議だ。昼食は時間が曖昧で、多分一緒には過ごせないだろう。午後は明後日からの遠征の準備で、俺だけではなく支部全体が慌しいと思う」


「ドルドレン、すみません。遠征と言いましたか? 遠くへ行くのですか?」


 息を呑んだイーアンが、話を遮った。


「ん・・・・・ そうだ。今回は『西の壁』付近までだから、早ければ5日で戻る予定だ」


「5日。 遠征というからには、ドルドレンはもしかして戦うのですか?」


「ああ、そうだ。これまでも遠征で戦闘ばかりだ。 ・・・・・魔物が出るまでは形だけの剣隊だったのに」



 そう言うと、ドルドレンは苦笑して腰に帯びた剣の柄を撫でた。そしてふと気がつく。イーアンの言葉は、魔物を知らない者の反応か?と。

 剣の柄からイーアンに視線を移すと、イーアンが不安げにドルドレンを見つめている。



「イーアン」


「はい」


「魔物、知っているか?」



 言葉より先に、イーアンは頭を横に振る。魔物って何?というように、ますます不安そうな顔をした。

 もう少し確認しよう、と質問を続ける。


「昨日森で静かにするように俺が言ったことを覚えてる?」


「覚えています」


「あの森は魔物が棲みついてるから、刺激しないためだったんだ」


「魔・・・ え、棲みついている?」



 イーアンは恐れと驚きが混ざった様子で、言葉を反芻した。


 イーアンの反応を見て確定した。 ――彼女は魔物を知らない。ということは。


 ドルドレンは素早く昨日の内容を思い出す。 

 フットボードにかかったイーアンが最初に着ていた服の形、道中のイーアンが全く怯えていなかったことや、支部の武器や防具を珍しそうに見ていたこと。


 ――この世界の人間であれば、ハイザンジェルに2年前から魔物が出没するのは誰でも知っているはずだ。魔物が現れない国でも、ハイザンジェルの被害から逃げた民が話し続けて噂になっている。王都にだけは出ない、そのことを知らないにしても、ハイザンジェル自体には魔物がいることは知れ渡っている。自分たち騎士修道会が戦い続けていることも、だ。彼女は騎士修道会も何も知らなかった。


 ドルドレンは一度目を閉じ、すぐにまた開けた。自分の反応を伺う鳶色の瞳に目を合わせる。



「イーアン。 昨日の今日で、俺は君のことをほとんど知らない。だが探ろうとも思っていない。」


 唐突に話が変わったことにイーアンは困惑しているが、ドルドレンは先を続けた。


「イーアンが話してくれる時まで待とう、と思っている。

 でも俺はそうでも、他の者は君のことを調べようとする行動に出てくるだろう。その時、俺が側にいるとは限らない。そして、イーアンがやむを得ず話すことが、この世界(・・)の誰かには良からぬ思想を抱かせるかもしれない。」



『世界』という言葉に、イーアンの表情が微妙にさっと変わった。ドルドレンはそれを見逃さなかった。



「そう、だから。 今後イーアンが独りで無事に自立するその時まで、いつでもどこでも、俺と一緒に行動するよう提案する」



 ドルドレンの力強い静かな言葉に、イーアンの鼓動が早くなる。

 窓の外はもう朝日が差して、燃えるような赤い色に山脈が染まっていた。ドルドレンの灰色の瞳は、朝焼けの光を映して宝石のように煌く。何かを言おうとしては口をつぐむイーアン。


 ドルドレンは何も答えないイーアンの鳶色の瞳から目を離さず、彼女の手に自分の手を重ねた。



「俺が守る。大丈夫だ」


「朝食が済んだら会議だ。昼食後は遠征の打ち合わせと準備。夕食が終わったら俺の部屋で休む。明後日からはウィアドに乗って遠征だ。それでいいか?」



 イーアンの目が細められ、朝日を受けた目元が薄っすら光った。溢れる寸前の涙を目に浮かべたイーアンは、微笑んで頷いた。「ありがとう・・・」消え入るような声が震える唇からこぼれる。

 ドルドレンも微笑み、イーアンの涙をそっと指で拭う。


「頑張ります」


 イーアンは濡れた睫を伏せて、自分の手に重ねられたままの大きな手の指を握った。






書いている最中、Your Guardian Angel の曲が流れていて、まさに今回の内容のBGMにぴったり・・・と一人で感動していました。

いつもお読み頂きありがとうございます。

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