198. 支部帰還
翌朝はロゼールが早くに朝食の準備をしていた。
ここは支部まで6時間ほどの距離で、今日は魔物戦の後を確認しに行く予定なので、朝食が早め。『早く出て、早く確認して戻れば夕方には到着しますね』ロゼールは喜んでいた。
なぜ彼が喜んでいるのかは誰もわからなかったが、言っていることはその通りなので皆は頷いた。
朝食を食べ終えると、食器の片づけをして焚き火を消し、テントを畳んで馬車に積む。一行は魔物のいた谷へ向かった。元気なのもあって谷までは2時間もかからず、2時間を切るくらいで到着した。
「まだ8時だから。ここで2~3時間潰しても、支部には夕方に着きますね」
馬車の手綱を取る嬉しそうなロゼールが、横に座るギアッチに話しかけた。目の前に広がる魔物の死体だらけの光景を眺めつつ、ギアッチはロゼールに答えた。
『ですね。何か楽しみがあると、張り切れて良いことです』フフ、とギアッチは笑って『じゃ。イーアンに指示をもらいに行きましょう』そう言うと御者台を下りた。
荷台から下りていたイーアンは、親父さんの工房で購入したばかりの金属の容器を、幾つも馬車の後ろに出し、容器に、魔物の首の中にある石を集めたいことを話した。
一番近くに落ちている魔物に屈みこんで、長い首の根元から少し上を指差した。
「この辺りに石があると思います。ですので、根元から首を落としてもらいたいのです。剣が爆発を起こすとは思えないですが、この石に火花は危険ですから、どうぞゆっくり切って下さい」
そう言いながら、魔物を仰向けに返して、皆の見ている前でナイフで首を落とす。根元を落として、切り口から上に顎の近くまでナイフを走らせると、首開きになった。
開き口付近 ――根元近く―― に2~3cm程度の小石のようなものが2つあった。『1~3つくらいはあるのかもしれないので、これを割らないように容器に入れてもらえますか』イーアンがお願いし、皆は了解した。
ザッカリアには強烈、と判断したギアッチは、ザッカリアの目に手を当てて目隠しをしていた。
「イーアン。どうして岩山の魔物は、首を落とした時に爆発しなかったのだろう。かなりの力で斬りつけていたし、石に剣が当たっていたかもしれないのに」
ドルドレンは疑問を訊ねてみた。イーアンも『うーん』と唸って『多分、火花が散るような落とし方ではなかったのかも』と曖昧に答えた。
とりあえず『首はゆっくり切ること』にまとまり、夫々容器を手に作業が始まった。
剣先で根元を落とし、首を開いて中の石を容器に入れる。振動は少ないほうが良い。これだけのことなので、黙々とさくさくと作業は進んでいく。魔物も以前に比べると小さいので、切るのも楽だった。
容器が小振りなので、ロゼールが『もう少し大きい深い容器を使いませんか』とイーアンに提案したが、イーアンは『多くを入れて積み重なると、下になった石が潰れて危険かも』と心配そうに答えた。
「どれだけ使うか分からないので、この大きさのものを100個購入しました。石が容器の口まで来たら、詰め込まずに蓋をして、新しい容器にして下さい」
ふうん、と感心したようにロゼールが手渡された容器を受け取り『いろいろ考えているんだね』と笑った。
馬車を停めた地点から谷までの距離はせいぜい1kmあるか、ないか。その間に400~500ほどの魔物が落ちている。
動いている魔物はなく、体が砕けたり、翼や嘴や頭がなかったりの姿で転がっていた。一人50頭近くを担当する、としたことで始まった作業。イーアンの近くで作業しているドルドレンは、彼女はこの魔物を落とす時に、龍と一緒にいた・・・それを思いながら改めて見つめる。
傷が柔らかい瘡蓋に変わってきて、少し赤黒くなっている顔や手を見ると、彼女が男だったらどんな騎士になっていたのかと想像した。イーアンは淡々と首を切って石を集めている。
――たった一人で。俺たちを逃がしてから、龍に乗ってあの雹と雨の中を。氷の塊を受けながら、ここを埋め尽くす魔物を。魔物にもぶつかっただろう。体当たりもされただろう。龍が避けてくれたかもしれないが、砕けた体がイーアンにぶつかりもしたはず。
こんな騎士がいたら。そこまで思うと、ドルドレンは少し笑って頭を振った。いるじゃないか、目の前に騎士としてではなく、一緒に戦う者として。こんな男がいたら――
ハハハと笑い声を上げるドルドレンに、イーアンが振り返って笑顔で見つめる。『何か楽しいことを考えましたか』といったように微笑んでいる。その目を見て、頭を小さく振るドルドレン。
「そういえば。ドルドレンの剣の刃毀れは」
「工房についてすぐ、親父が剣を研ぐかと聞いたから渡したら、すぐに研いでくれた。だからもう大丈夫だよ」
ああ、良かった、とイーアンは笑顔で頷いた。街道沿いの時の魔物の・・・ずっと刃毀れを覚えていてくれたのか。ドルドレンは心が温かくなった。親父が新しい剣を作ったら、もっと喜んでしまいそうだな、とそれを思うとまた嬉しくて笑ってしまいそうで。黒髪の騎士は下を向いた。
「作業が意外と早く終わりそうだ。たった一日で魔物がこれだけ死んだと思ったら、つい笑ってしまってな」
イーアンは頷いて『皆さんが力を貸してくれました』と笑った。『今も、私を信じて力を貸して下さっています』そう続けて、魔物の首を落とした。
魔物相手に頭も割れば、目玉も引っこ抜くし、首も切れば内臓に手も突っ込むけど。俺たちを守るのに一生懸命で、俺の大事な奥さんだ。ドルドレンはこの出会いに改めて感謝し、感慨深くイーアンを見つめてから、作業に精を出した。
ロゼールが言っていたように、作業は2時間程度で終わった。一頭につき、掛かっても2分くらいの作業だった。爆発もなく、問題もなく、滞りなく終えた作業の結果。
9cm丈×11cm径の容器に平均20個が入り、容器は73缶使った。亀裂に落ちていった魔物がいれば、総数は500頭以上はいた計算だった。
「凄い数でしたね」
ダビが平然と見渡して言う。驚きがあまり感じられないが、一応驚いている。
「こんな量の魔物を潰すって。龍一頭いたら魔物全部任せたくなりますね」
腰に手を当てたロゼールも笑いながらダビに返事をした。ダビの後ろから歩いてきたアティクが壊れた魔物の群れを見る。『龍だけでは出来ない』静かにロゼールの言葉を訂正し、馬に戻った。
「俺は知らないが、これは全部龍がやったのか」
シャンガマックはイーアンに質問した。彼女の傷や痣に困惑気味の表情を向けながら、そうではないよな、と言いたげに。
「龍ですよ。こんな技、人間じゃ出来ない」
ダビがへし折る。ドルドレンがダビを睨むが、飄々としたダビはイーアンに『ね』と笑う。力なく頷くイーアン。そうなの、その通り・・・・・ 私はちょっとおバカに乗っちゃっただけ。
フォラヴが笑いを堪えつつも、一つ咳払いをして『だとしても。彼女はこの状況の一部始終を見ています。我々が安全な場所にいる間に、龍の背で魔物を完膚なきまでに叩き潰すのを、彼女一人が見ていましたよ』しっかり応援してくれた。
優しいフォラヴに心から感謝するイーアン。涙が出そう。
シャンガマックは、困ったようにイーアンを見つめて溜息をついた。『あなたはいつもそうして一人で無茶ばかり』そっと声をかける。
それを遮るダビが『そう。無茶しなくても良いのにね』わざとじゃないけど、絶対に認めないシビアでシュールな姿勢が、イーアンの精神力を奪う。
「もういい。馬に乗れ。帰るぞ」
見ていられなくなったドルドレンがイーアンを抱き寄せて、全員に声をかけ、ダビに『しっしっ』と手を振って追い払った。
イーアンとザッカリアは馬車の荷台に乗り、一行は支部を目指して帰り道を進む。昼食は馬上にして早く帰ることを目的にした。
ウィアドに一人乗る総長に、フォラヴが『ご自分の手で食事をお取りになるのは久しいのでは』と馬を寄せてからかった。むっとした顔で総長がフォラヴを見ると、スウィーニーが来て『時には独身気分も必要ですよ』と意味深なことを言う。何だこいつら・・・ドルドレンの眉間にシワが寄る。
『食べさせてもらってばかりじゃ老けますよ』爺がうるさい。お前に言われたくない。『体を使わないと機能が落ちます』笑うロゼールの口調がなぜか辛口。ダビが笑って『食べさせてもらって機能が落ちるってどんだけ』と失礼な言葉を吐く。
すっと馬を寄せたシャンガマックは寂しそうに漆黒の瞳を細めた。『総長。あなたは一人でも果敢だったのに。前から思っていましたが、遠征の食事さえイーアンに任せるなんてどうなのです。今日は一人で気持ちを正せましょう』なーんてとんでもない心の打ち明けしやがる。
あっち行け!!!
ドルドレンが一括すると、トゥートリクスとアティクを残して、周囲の馬が下がった。ドルドレンがウィアドを返し、馬車の後ろへ行き、そのまま馬車に乗り移る。
「イーアン。食事を食べよう」
外で何があったか分からないイーアンは微笑んで『ザッカリアとこれから食べるところでしたから』とドルドレンにブレズをちぎって『はい』と差し出した。ぱくっと口に入れて満足する総長。
総長は大きいのに食べさせてもらうのか、と見つめる子供。子供も食べさせてもらうが、あんまり気にならない。馬車の中は平和だった。
支部が見えてきたのは午後2時過ぎ。天気も良く、風も珍しく少し暖かな中を、会話も弾みながらの帰還を終えた。
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