196. 親父さんの剣工房
仕方なし。親父さんとドルドレンは工房の中に入り、イーアン抜きで話し始める。
少ししてダビが戻り、工房の中を目を輝かせて眺めた後、我に返って『モノ』を出した。自分が付けた資料と、イーアンの使った原材料である魔物の体の一部を机に置く。
「これか」
「はい。金属の補強などは、私が出来る範囲で補佐しています。でも形や性質の使い方などは全て彼女です」
ちょっといいか、と親父さんが剣を手に取る。刃に親指を当てて『あぁこりゃ』と呟いて目を近づけた。その後、かつて魔物の体で機能していた部分を躊躇いがちに触れて、手に持ってから何やら口の中で呟いていた。
「ああ、忘れちゃいけないのがあるんですよ」
ダビが思い出して、資料の一番下にしていたイーアンの剣の絵を出した。それをすぐに手渡すとダビは、親父さんが何かを言うより早く喋った。
「そこに書いてある字は気にしないで下さい。暗号みたいなものなので。
で。その絵の説明を一応聞いてますから、これが作れるかどうかだけ、最初に伺って良いですか」
一気に用件を告げたダビに、親父さんは細かく頷いて促がす。
「イーアンが作りたい剣ですが、さすがに支部で出来る範囲を超えます。だからここでお願いできたら、と言っていました。この部分は魔物の体ですが、剣身はイオライの金属です。融合するとなると熱が心配です。職人に訊かないと分からないので、相談だけ」
ドルドレンはその絵を見つめていた。自分の剣だ、と分かっていた。
「これは。元々どこかに、こうした剣があったのか」
「いえ。イーアンの想像でしょう」
絵だろ? 親父さんは頭を掻きつつ、紙を目に近寄せて絵を見つめる。『見て描いたみたいだ』そう言いながら、現物でもありそうな絵の精巧さに舌を巻いた。
「この絵の剣のことは、イーアンが戻ってから話そう。でなんだ、この魔物製の剣をここで作れという話しだな」
「作れとは言わない。工房には夫々、方針や何やらがあるだろう。沿わなければ断って当然だ」
「もし断るとどうなるんだ」
「どうもならん。他で製作協力できる工房を探して、委託するだけだ」
「この魔物製の剣は何に使う?一体・・・何を目的にこれを作る気だ」
ルシャー・ブラタの鎧工房や、王フェイドリッドに伝えたことと同じように、ドルドレンは親父さんにも説明した。そして彼らは既に協力の姿勢を整えたことも話した。
「イーアンの想いは、想いの形を超えない。それは彼女が作り手だからだ。彼女が望む続きを叶えるには、別の仕事で引き継がなければ叶わない。彼女の想いが汲まれた作品を、彼女が望むように万人に渡す状態を作り、万人がそれを使うことで日夜の恐れから解放されるようにするには」
「作る人間と、作ったものを増やす人間と、売る人間と、売り先ってことか」
そうだ、とドルドレンは頷いた。『その先に国が関わるだろう』付け足して、国の力も動き始めたことを少し教えると、親父さんは『そうか』と短く返事をして黙った。
「想いは一緒か。ハイザンジェルを」 「守るのだ。建て直す」
「建て直せますよ。こんな面白い仕事ないですもの」
ダビの一言に、二人の疑惑の眼差しが注がれる。コイツは自分の楽しみ・・・そう感じる言葉だったが、咳払いした親父さんが少し笑った。
「そうだな。面白いな。うちで出来ることはしよう。だがうちの範囲を超える場合は、希望に沿えるか約束できない。もう一軒の剣工房にも委託しておいたほうが良い」
「そこはどこか」
親父さんの話しだと、工房自体は通り3本向こうにあるそうだが、工房主が留守がちなので日を改めて・・・と。『俺からこの話を大体伝えて良ければ、先に話しておこう』親父さんはドルドレンに提案した。
「なぜ留守がちなのだ。工房主だろう」
「自分で採石に行くんだ。あの男は。従業員もいない。家族もいない。昔、離婚してからずっと一人らしいが、剣が家族に見える時もあるような生き方だ。
腕は良いし、慣れたものであればすぐに作ってしまう。しかし、夢中になると何日も作りこむから、工房にいても返事をしないこともある。そんな変わり者だが、あいつはこの話には・・・必要な気がする」
「必要の意味を聞いて良いですか」
「俺が作る剣とは違うんだ。さっき俺が言った『うちの範囲を超えたら、希望に沿えない』の意味は、お前さん所のイーアンの発想についていけるほどの自信がないんだ。
方針もそりゃ少しはあるが、そんなことより多分。・・・俺は察しが利かない。腕にも技術にも自信はあるが、発想が凡人なんだ。
だが。あいつなら、イーアンについて来るだろうと思う。あいつが中間に入れば、あいつの説明で理解すれば、俺にも出来ることが増える。・・・・・総長、勘違いするなよ。俺は断ろうってんじゃない。俺だってこの国のために尽力する気はあるから、この工房が役に立つには、剣には剣の相談どころがあった方が良いんだよ」
なるほど、ダビが感心したように頷く。そして横に座る総長を見上げて『この人の言う通りですよ』と教えた。
ドルドレンは作り手の話は全く分からない。だが彼らには彼らの、動きやすい状態が必要であることくらいは分かる。そうか・・・・・ 親父が自分を『凡人』と言い切るなんて。その言葉の大きさと自分たちに開かれた正直さに、ドルドレンは胸を打たれた。
では・・・そう、ドルドレンが口を開こうとした時。ボジェナとイーアンが帰ってきた。ボジェナの服を貸してもらった様子で、町の娘のようなスカートと革の前掛け姿だった。
「お風呂を有難うございました。とても助かりました」 「すっかり綺麗になったでしょ?服を貸してあげたの」
――痣も傷もあるにしても。ドルドレンはいつもの癖が、体を突き動かす衝動に必死で耐えた。
ああ、可愛い!!抱き締めたい、でも痛がる。でも抱き寄せたい、キスもしたい。親父もいるし、他所の人の家だけど。ああ、どうしたら良いんだ!! ・・・・・はー可愛い。ああ、可愛い。膝に座らせたい。うぬぅっ。いやもうどうしよう。
赤くなりながらも、どうにか大人の理性で耐えるドルドレン。総長を無視した4人が朗らかに良かった良かったと話している。
「すごい傷だらけで、痣ばっかりよ」
ボジェナはイーアンの体を見て、女の人にこんな仕事をさせるなんてと、ダビと総長に呆れたように目を向けた。二人とも目を反らす。ダビはぽそっと『イーアン、自分で回避できましたけどね』と、イーアンを売った。
辛口なダビに項垂れつつ、イーアンは親父さんの前に並んだ持込み物品を眺める。親父さんが自分を見ているのに気がついて『お話はどこまで』と訊ねた。
「俺は協力するが、もう一つの剣工房もあった方が良い、とそこまで」
「もう一つの剣工房・・・・・ 」
そこで、ダビが簡略した流れを話し、委託するなら二工房の必要がある・・・と説明した。イーアンはもう一つの剣工房に関心を示し、『お手数かけて申し訳ないのですが、ご紹介を宜しくお願いします』と親父さんにお願いした。
姿勢を正したドルドレンも頷いて『それが良いだろう』と認めたので、親父さんの工房との契約は成立した。委託内容の記述された紙を見せて、必要事項を書いてもらってから、契約金を後で持ってこさせる旨を伝えた。
「じゃ、ここからはさっきの絵の話をしよう」
親父さんはボジェナとイーアンに、絵に描かれた剣のことを話した。イーアンは嬉しそうに笑顔を向け、ボジェナは絵を誉めていた。
「イーアン。外で待ってるから」
ダビが立ち上がったので、ドルドレンも立ち、『買い物をするならディアンタ・ドーマンの名で』と教えた。イーアンは『すぐ戻ります(←すぐ戻ったことはない)』と答えて、親父さんたちと工房に残った。
工房の外へ出ると、ギアッチとザッカリアとトゥートリクスが茶屋の表で休んでいて、総長に手を振った。飲み物を頼んでから茶屋の席に腰を下ろしたドルドレンとダビは、他の者の行方を訊いた。
「その辺でしょう」
ギアッチから適当すぎる答えが返ってきたので、それ以上は訊かなかった。
椅子に掛けてから、ドルドレンは目の前の3人を眺めた。
トゥートリクスとザッカリアは雰囲気が似ているので、何となく兄弟のようだった。髪が黒くて、目が大きく、肌の色が近い。
ザッカリアの方が肌の色が濃いが、彼は目の色が非常に明るく、それが髪の毛の色や肌の色によく映えていた。髪の毛はイーアンみたいだな、とドルドレンは思った。
トゥートリクスは小さい弟のように、ザッカリアの細かな世話を焼いていた。お茶を垂らせば拭いてやり、口が濡れてれば布巾を渡し、話しかけられれば、耳を彼の顔の側に下げた。兄弟が多い家育ちなのもあるのか。
横に座るギアッチはほのぼのした様子でそれを見守っていた。爺くさいギアッチおじさんである。
ダビは寝てた。・・・・・昼寝。総長の横で昼寝。この人の緊張感のなさはどこから。どんな家庭環境だったんだろう・・・ドルドレンは自分の腕に凭れかかるダビに、怪訝な目を向けていた。
茶屋で待っていると、フォラヴとアティクがのんびり歩いて来て、すぐ後にロゼールとスウィーニーが菓子の袋を抱えながら走ってきた。
「イーアンは」
ロゼールがイーアンがいないことに気がつく。ドルドレンが工房を見たので、『買い物は女の喜び』とギアッチが笑った。『買い物の内容が、女の喜びから遠い』アティクの言葉に全員(お子様抜き)が笑った。
間もなく。女の喜び以外の買い物をしたイーアンが工房の扉を開け、『ロゼール』と手を振った。
なぜロゼール、ドルドレンが顔をしかめたが、ロゼールは察したように『はいはい』と横手に入れてあった馬車へ駆けた。
次にドルドレンが呼ばれ、お支払いの話しになった。イーアンが購入した金属容器などの一式は、箱に入れられて馬車へ積み込まれた。そこそこ金額はいくが、国が絡めばどうってことない額だった。ここは王に出させよう。ドルドレンは後日の計画を立てた。
工房の皆に挨拶をして、イーアンは馬車から手を振る。『またすぐ会えますように』さよならの言葉を、続きの言葉に代えて叫んだ。通りに出ていたボジェナも『早く来てね』と笑顔で手を振っていた。
イーアンは嬉しかった。怪我や何やらはあったけれど、ドルドレンの剣が作れそうであることと、ボジェナも友達になれたこと、親父さんの工房が委託先になったこと。また、もう一つに工房にも出会えることに楽しみが膨らんだ。
ザッカリアと二人で、スウィーニーに貰ったお菓子を食べながら、野営地までの馬車の旅を楽しんだ。




