195. イオライセオダ到着
馬車は石畳を進む。町は冬場だからなのか、閑散としていて昼間にも拘らず人通りも少なかった。
一行が商店街を進み、暫くすると。剣の工房の前で馬車も馬も止まった。馬車にいたイーアンとザッカリアの元に、フォラヴとギアッチが来て、着いたから馬車を入れるという。
ザッカリアはギアッチに下ろしてもらい、イーアンは少しふらつくものの、フォラヴが手を貸してくれたので馬車から無事に下りることが出来た。
「いつもあなたに触れるのは、総長ばかり。でも」
コロコロ笑うフォラヴは、剣工房を見て『彼は今、ご主人と時間の都合を話していますので』と教えてくれた。それからイーアンに視線を戻し『まだ普段どおりというわけには行かなくても、あなたは綺麗です』と微笑んだ。
腫れが引いたとは言え。相当な痣や傷が残る自分に、そんな言葉をかけてくれる優しさ。イーアンは謹んでお礼を言う。そして空色の瞳をじっと見つめた。フォラヴは自分を見つめるイーアンに『?』の眼差しで笑みを返す。
「あまり見つめられてしまうと」
「ごめんなさい。ザッカリアが、フォラヴが雹を見ていたと・・・降り注ぐ前です」
ああ、と思い当たるようにフォラヴは頷く。『そうです。彼も見たようですね』鳶色の瞳にそれを訊ねた。イーアンも肯定し『食事の時にでも、その話を聞かせてほしい』と頼んだ。
「良いですね。昼食をあなたとご一緒に」
フフフ、と嬉しそうに笑うフォラブを前に、内容が違うと思う・・・とイーアンは一人頷く。フォラヴが思っているようなロマンチックトークではない。お子様の話をしたいだけ。脱線しないように、気をつけて聞きだすのみである。
皆が工房の外で総長を待っていると、ギアッチが『並びにある飲食店に、10人入れる』と言いに来た。昼食は食堂ですることになり、馬を工房横に入れてからドルドレンにギアッチが伝え、4軒先の飲食店へ全員入った。
人が少ないので店内も広く見える。吹き抜けで2階への階段があり、ほとんど石造りの店に、木製の手摺や家具、天井から下がる明かり用の車輪が洒落た感じを醸し出す。
窓に近い場所に2組で分かれて座り、スウィーニーがカウンターへ行って、先に支払いを済ませると、金額内に収まる人数分の昼食を注文した。
遠征中は酒は飲まないので、茶と水が出される。続いて最初の料理が二つの食卓に乗り、取り分ける食器が出された時、ドルドレンが入ってきた。
イーアンは思う。ドルドレンが入ってくると、それまでフォラヴに視線を注いでいた女性従業員が、ドルドレンに目移りする。よくあることで、ちょっと慣れた。
シャンガマックがいれば、多分、彼も目移り対象である。女性従業員としては、フォラヴでもドルドレンでも好みの方で良いのだろう。年齢もある。他の騎士も皆、個性のある良い顔してるし、体つきも良いのだが。
先の二人は純粋に美形だからか、女性には好感度が高いのだ。思うに、トゥートリクスがもう少し大人になると、この枠に入る気がする。
イーアンの横にドルドレンが座り、全員揃って食事が始まる。
フォラヴはイーアンの向いに座ったが、先ほど話そうと考えていたことを少し遠慮している様子だった。イーアンは彼と目が合った時に、何も言わずに頷いておいた。
女性従業員が特に用がないけれど来ては、先の二人に『何かお困りのことがこざいましたら』と微笑みかけていた。ドルドレンは無視するが、フォラヴは差別区別のない微笑を返して『ありがとう』と返答していた。
「どうして我々の席には、『お困りがない』と判断されてるんでしょうね」
もう一つの食卓にいる、ギアッチとダビが目を合わせて笑っていた。同じ食卓のスウィーニーが苦笑しながら『食事は静かな方が良いです』と言い添える。『完全にこちらは無視なんですね』ロゼールがちょっと悲しそうにこぼした。
フォラヴが笑って食事を続け、ドルドレンはイーアンに食べさせてあげようと必死だった。
イーアンは口内に怪我をしていたため、熱いものや硬いものを食べる度に口を押さえる。見かねたドルドレンが、丁寧に小さく切ったり、取り皿に平たくして早く冷ました料理を勧めていた。
一生懸命、食事の世話をしてくれる黒髪の美丈夫。その手元がせっせと自分用の食事をと・・・動く様子を、イーアンはほわっとした温かな気持ちで見つめていた。視線に気がついたドルドレンが『大丈夫か』と訊いたので『あなたがとても優しいので嬉しくて』と答えた。
その言葉に反応した同席する全員が、イーアンとドルドレンの世界を映画のように観ていた。
ドルドレンはちょっと赤くなり『ああ。いや。当たり前だ』としどろもどろに答えつつ、小さく切った食事を皿に乗せていた。イーアンはうっとりしながら微笑む。『美味しいです』ちょっと小さい声で伝えた。
耳に届く愛する人の言葉に溶ける美丈夫は、さらに頬を赤らめて『うん。いや。ほら。食べやすいから』と文章が出来上がらない状態だった。
実写を前に騎士たちは心の中で、『あそこは、こう返事したほうが』『同じことしたらああなるかな』『もうちょっと効率の良い食べさせ方があるのでは』と好き好きに感想を持って眺めていた。
昼食が済んで、店を出て工房へ向かった。メインの3人は仲良し小好しの二人とダビで、他の騎士たちは挨拶だけして工房付近で自由時間とした。
思ったとおりの反応で、イーアンのぼこぼこの顔を見た親父さんは、毛深い眉毛をくっ付きそうなくらいに寄せて『なんだ。そりゃ』開口一番、叫んだ。ダビが笑って『この人、好きでこうなりましたから』と、突き放すような一言を返した。凹むイーアンの肩を抱き寄せたドルドレンがダビを睨む。『皆のためにこうなったのだ』全く・・・と首を振った。
「あっ。この前のあなた。名前なんだっけ、でも、やだ。どうしたの」
工房の中から出てきた、若い女性はビックリしてイーアンに走り寄った。『イーアンだよ、名前は』親父さんが女性の背中に声をかける。振り返りながら『ああそうだった』と返事をし、またイーアンの顔を見て、女性は心配そうな顔で説明を求めた。
「こんにちは。ボジェナ。昨日は魔物戦でした」
苦笑いしながらイーアンは挨拶した。ボジェナと呼ばれた女性はイーアンよりも少し背が高く、淡い金髪で茶色い瞳。親父さんの弟の娘で、以前、イーアンが工房に来た際に話をしたことがあった。
「かわいそう。イーアン、髪の毛が固まってる。血なの?」
こびり付いた血と、砂糖だか芋だかの応急手当てが、イーアンの髪を不自然にまとめていたことに、ボジェナは同情した。
「伯父さん。イーアンをお風呂に入れてあげよう」
提案に喜びたいものの、一瞬悩むイーアン。ドルドレンも『えっ』な感じで固まるが、ダビが『あ、良いじゃないですか。入ってくれば』と普通に流す。ゆっくり注がれた総長からの視線に『だって。モノはあるんだし。私がほとんど担当ですから説明できますよ』・・・でしょ?くらいの勢いでダビは答えた。
ボジェナはダビの即答に頷いて『イーアンをお風呂に案内していい?』と親父さんに訊く。親父さんも困惑しているが、別に断る理由もなければ、目の前の女性には血がこびり付いてるわけで、風呂も良いか・・・と思えた。そうだなと了解した親父さんに、ボジェナは嬉しそうに笑顔になった。
「突然、お風呂頂いて申し訳ないです」
じゃ、早く早くと、背中を押すボジェナに連れて行かれながら謝るイーアンに、親父さんは『きれいにして来い』と複雑そうな表情で見送った。ドルドレンも思ってもない展開に戸惑うが、横にいるダビは、私は馬車からモノ取ってきます・・・とあっさり出て行った。
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