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魔物資源活用機構  作者: Ichen
龍と王と新たな出会い
194/2944

194. ザッカリアの能力

 

 夜は痛かった。イーアンの夜は眠れたもんじゃなかった。


 痛すぎて眠りにつきそうな時に、ちょっとしたことで目を覚ます。寝返りを始めとし、痒いから掻いた、少し腕を上げた、欠伸をした。以上の行為は痛みを伴う。気絶しそうな激痛ではないが、痛い。骨が折れていなくて助かった、としみじみ思う。挫滅(ざめつ)もない。


 雹がピンポン玉大だと、気が遠くなるくらい痛かった。大体はそれより若干、気持ち小さかった気がする。でも龍の速度が加わると小石で散弾銃(知らないけどイメージ)的な痛さだった。本当、よく骨が折れずにいてくれた。

 痛すぎると、段々感覚が麻痺し始める生命の本能に、(およ)そ30分の苦行(勝手にやってる)を耐えたと理解した。


「昔。ナイフの背や、ベルトのバックルでぼこぼこ殴られたことがあったけど。あっちのが痛かったわね」


 良かった金属じゃなくて。呟きがドルドレンに聞こえないくらいの小ささで、ぼそっとこぼした。血をペッと洗面器に吐いて、久しぶりの満身創痍(勝手に満身創痍)に溜息をついた。




 いつ眠ったのか。こんな状態でも眠ってはいたのだろうが、浅い睡眠に疲れは取れなかった。



 夜明けになり、顔や足や腕に走る痛みが強烈で、腫れたと分かった。


 顔はやめてと思ったが、そんな都合よく顔だけ腫れないことはない。額が腫れると、血行で腫れも下がってしまう。眉が片方下がった。唇も片側が腫れ、若干垂れ下がり気味。触れると熱いので、結構な腫れと理解して諦めた。


 指や手の甲はもう、普通の腫れ方ではない。『手袋が濡れたら困るな』と思って、外していたのは間違いだった。濡れたら乾かせば良いだけなのだ。着けておけば良かった・・・・・ 

 なぜ2倍に、とげんなりする丸っこさ。触ったら声が出るほど痛かった(※『ぐわっ』)。ここはもしかして軟骨が傷ついたかも(経験有)。腹だけはどうにか無事だが、他はほぼ全身が痛んだ。



「イーアン。痛いか」



 不安そうな低く優しい声が掛かる。ドルドレンに顔を見られたくないイーアンはそっと毛皮を顔に引き寄せる。引き寄せるだけでアレコレあちこち痛過ぎる。もうイヤ。


 何も言わずにドルドレンが腕を伸ばし、イーアンの体に渡す。仰向けのイーアンに、胸や腹の上は安全なので、イーアンは静かにその腕の温かさを感じた。


「可哀相だ。これからイオライセオダとは。別の機会にしようと考えているが」


「今日」


 小さく言う声をドルドレンは拾って、心配そうに見つめる。『それでは親父と話せまい』毛皮に隠れたイーアンの顔を、滑るように優しく撫でる。


「ダビが」


 ふーっ・・・・・ ドルドレンが溜息を吐く。『そうか。ダビはいるな。でもイーアンが無理をするのは』困った様子で天井を見つめる黒髪の騎士。


「最短で帰ろう。今のイーアンは龍にも掴まれない。俺と一緒が望ましいが、馬にも乗れないだろう。

 そうなると。イオライセオダにこれから出発し、昼過ぎには到着する。親父と交渉して1時間、そこから帰ると・・・・・ 無理か。支部に着くのは夜中だ。

 そんなに馬に乗せないためには、やはりどこかで野営するしか。でもそれでも体が」



 ドルドレンはそこまで言うと、ふと何かを思い出したように目を見開く。


「うん。いや、もしかしたら」


 独り言を続けるドルドレンは起き上がった。『イーアン。ちょっと待っておいで』急いでチュニックを着て、靴を履いてテントの外へ出て行った。


 イーアンはあまり寝付けない痛みの中にいたので、静かにそのまま目を閉じる。意識が痛みを遮断して、知らず知らず、ようやく眠りに落ちていった。



 次にイーアンが目覚めた時は。馬車の荷台の中だった。

 自分の側にザッカリアがいた。イーアンの目が覚めたのに気がついて、ザッカリアは急いで話しかけた。


「起きた? 痛いの大丈夫?まだ痛い?」


 レモン色の瞳がとても綺麗で、イーアンは彼の瞳を見つめてから微笑んだ。大丈夫、と言いかけて変化を知る。口が痛くなかった。真顔になって、自分の手をゆっくり持ち上げてその影を見た。

 馬車の中は暗く、後方が開いている光に(かざ)すと、シルエットが浮かび上がる。形が。形が戻っている。


 イーアンは少しずつ手を動かして、自分の顔やもう片方の腕に触れて、痛みは残るものの腫れが引いていることに気がついた。


「イーアン。膨らんでるところ、治ったよ」


 ザッカリアはそう言うと、首に下げたペンダントを取り出して、イーアンに見せた。馬車の暗さと外から入る光の明るさに目が慣れないが、鏡面仕上げの剣の素材に映る自分を、目を凝らして見た。


「本当。腫れが引いている」


 驚くイーアンを見て、ザッカリアは嬉しそうだった。


『俺、薬塗ったの。ちょっと待って、薬作った人いるんだよ』ザッカリアは馬車の後ろへ走る。『イーアン起きた』小さな手を振りながら一生懸命叫んだ。


 すぐに二人、騎士が来て、歩を止めない馬車に馬から移る。


「起きたか。腫れが随分引いて良かったな」


 入ってきたアティクが、イーアンの全身を見渡して少し微笑んでいた。

 ドルドレンがイーアンの真横に膝を着く。『ああ。良かった、イーアン。これで少しは痛みが消えるだろう』頭を撫でて安堵の表情を浮かべた。



「アティクに相談したのだ。以前、北の支部の負傷者の薬を作っていたから」


「ここに薬草もなければ、シャンガマックもいなかった。だが打ち身と当たり傷だし、芋と砂糖はいつも馬車にある」


 ああ、お芋と砂糖。そうか、アティクがいて良かった・・・イーアンはすぐにお礼を伝えた。アティクはイーアンが理解したことを見て取って、頷く。


『気にしていると思うから一応説明するが、昨晩、倒した魔物は帰り道で回収しようと思う。だから今は何も気にせずに休むんだ』ドルドレンがイーアンの髪をそっとかき上げて、額にキスをしながら教えた。


 アティクはイーアンの状態から『大丈夫だ。昼になったら、もう一度手当する』と告げて頷き、馬に戻った。



「良かった。随分・・・・・ 良くなったように見える。まだ痛いだろう。でも本当に良かった。


 テントに戻ったらもう眠っていた。出発前に患部に手当をしてね。俺の隊以外は支部に帰した。あれから2時間だ。まだ朝だから、イオライセオダに着くのに昼まではかかる。


 腫れている間は血も含んでいるからと、アティクが芋をすり潰したり砂糖を溶いたりした時は、何をするつもりかと思ったが。

 食べさせるかと思えば、それを塗れと言われて、俺とザッカリアでイーアンの体に芋と砂糖を塗った。頭は髪の毛があるから目立つところだけ擦りこんだよ」


 イーアンの指や額を静かに撫でるドルドレンは、思い出したように笑みを浮かべて、足は俺が塗ったからと。ちらっとザッカリアを見た。


「彼は照れてしまったのだ。腕を任せた」


 イーアンは少し笑ってお礼を言った。ちょっと驚いたのは、ドルドレンがザッカリアに手伝わせたことと、彼に自分(イーアン)の足に塗るように頼んだふうな話が意外だった。本当にザッカリアを可愛がっているのかもしれないと思えた。


 ドルドレンが『俺も一緒にいたいが』とザッカリアを見て、自分は先導するのでイーアンを頼むと言い渡した。小さなザッカリアは、うん、と頷き『俺。側にいる』しっかりした口調で約束した。


「あとでまた様子を見に来る」


 ニッコリ笑って、イーアンの手をとったドルドレンは、腫れの引いた指にキスしてから馬車を出て行った。



 二人になった馬車の中。外は青空が広がっていて、ゴトゴト揺れる馬車の音がのんびりした時間に感じられた。

 ザッカリアが思い切った様子で、昨日何があったのかを質問した。ギアッチに聞いても夜教えてくれなかったという。


「ギアッチはね。支部に戻ったら本を見せて説明しますって。それで早く寝なさいって言うんだよ」


 彼らしいな、とイーアンは笑って、口の中の腫れも痛みも引いたので話すことにした。『分からないところがあったら聞いて。説明します』ザッカリアに微笑んで話し始める。


 ある程度の説明をして、と思っていたら、何か話すたびに『なんで』『どうして』が連続するので、質疑応答に変えた。そうしながらあっさり数時間が経過する。

 喉が渇いたな、と思うとザッカリアは水筒を渡してくれた。賢い子なのだなとイーアンは感心する。


「俺。氷が降るの分かったよ。目が(そら)みたいなお兄ちゃんも知ってたよ」


 目が空。それはフォラヴ?『目が空のお兄ちゃん、今一緒に来てる人?』イーアンが訊ねると、ザッカリアは頷いた。フォラヴか~ 確かに目が秋晴れの空っぽい色。違う、そこじゃなかった。

 フォラヴは勘が良いというべきか。あの方は違う能力がありそうだから、天候の異変なんかも気がつくかもしれないが。でもこの子は・・・・・


「ザッカリア。なぜ氷が降ると思ったの」 「冷たいからだった」


「冷たい空気は氷が降る?」 「全部の時じゃないよ。上が冷たいの。下は冷たくなかった」


 この子は何を話しているのだろう。ザッカリアの言葉に惹きこまれるイーアンは、もう少し話を聞きたくなった。


「上ってずっと上のこと?下は地面」 「違う。上は合ってるけど、下は上よりちょっと下なの」


「龍を見ましたか」 「見た。初めて見たよ。大きくて怖い感じがした。龍は凄いんだよ。上で氷を作ったんだよ」


「それは凄いわ!どうやって作ったんだろう」 


「あのね。下でね、大きい声で、水より冷たい水をくっつけて雨にしたの。水はこんな、小さいの。ほんとに小さいんだよ。水がね。大きな声でビックリして、龍が持ってきた、ここ(※地表)の暖かいのとくっついちゃったら、雨になったんだ。


 で、龍はもっと上に行って、それで上はね。下よりもっと寒いから、龍がいっぱい凄く速く飛んで、いっぱい水より冷たいのをくっ付けたんだよ。だから皆、すぐ氷になって落っこちたの」



 レモン色の大きなきれいな瞳で、ザッカリアは夢中になって一生懸命、手振りを加えながら教えてくれた。イーアンは目の前の子供の話していることが信じられなかった。


「それ。誰かが教えてくれたの?」


「ギアッチじゃない。だってテントで、何度も聞いても教えてくれないんだもの。

 俺、見えたの。凄い音がするってイーアンが耳栓くれたでしょ。本当に凄い音が続いたから、これなんだろうって、ずっと心配だったら見えた」


「そうだったの。ザッカリアはすごく良いものを見たのよ」


 ザッカリアは嬉しそうだった。頭を掻いて照れているみたいだった。くるっとした黒い髪がふわふわ揺れている。



 この子の話を今後もよく聞いて、じっくり観察しよう、とイーアンは決めた。

 彼は非常に変わった能力を持っている。先天性か一時的かどうか分からないにしても、素晴らしい力に感じた。悪用されないように、彼の良いように。その力を動かすことを手伝えたら・・・と思った。


 全部を見れるわけではないのかもしれないとも思う。まだ子供だし、自分のことをよく分かっていないから、集中して意識か何かが向いた対象のみ、詳細まで洞察するのかもしれない。他の事に関しては『なぜなに』の子供的質問だった。



「イーアンは見えたの?」 「何が?」


「だって。イーアン分かってたから、龍にお願いしたんでしょ」


 この子は・・・・・ イーアンは何か言葉にならない嬉しさを感じて、ザッカリアに腕を伸ばした。体を起き上がらせないまま片腕だけ伸ばしたイーアンに、ザッカリアは少し戸惑いがちに近づいた。


 イーアンが、ザッカリアの背中にゆっくり腕を回して引き寄せる。そっと自分の体に彼を引き寄せて、胸の上に(ほぼ胸板)頭を乗せさせて優しく髪を撫でた。


「ザッカリアは何でも知ってる。何でも分かってるのね。偉いわ」


 イーアンの心臓の音を聞き、ザッカリアも目を閉じた。とても恥ずかしかったが、お母さんみたいな感じがした。『イーアン。違うところから来たんでしょう?帰っちゃ駄目だよ』少し寂しげな声でザッカリアは呟いた。


「帰らない。私は帰らないの。私がいる場所はこの世界だからよ」


 起き上がったザッカリアは、ニコッと笑って頷いた。彼には、話してもいない自分の過去が見えている、それをイーアンは受け入れた。



 外で誰かが話す声が響き、その声と共に馬車はゆっくりになる。荷台の後ろから見える風景に人工物が映り始め、土を行く車輪の響きが石畳の規則正しい音に変わった。


 イオライセオダ到着。


お読み頂き有難うございます。


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