192. 空中の魔物・夜戦後半
イーアンは即、龍に元の場所へ連れ戻された。
龍はイーアンの顔にそっと自分の顔を擦り付けてから、天へ一気に上っていった。『頑張って』残されたイーアンは点になる龍を見送り、耳を押さえた。
私、何もしてないなぁ・・・とちょっぴり無力を反省するイーアン。見守ろう、それはしよう(←それしかすることない)と雲を見つめた。
龍が雲の間に消えてから、とんでもない轟音が空に響いた。何事か世界の終わりかくらいの、無数の大鐘が鳴るような音で、空も地上も支配された。音と共に風が吹き荒び、突風が空中を駆け抜ける。
可愛いヒツジのような雲が、かき乱されたように妙な動きを始めて、耳に落ちてくる轟音と大鐘の音が重なり合いながら、地面の石が震え、旋風がそこかしこに発生した。
急いで馬を繋いだ途端に起こった異常事態に、騎士たちは慌ててテントの中に駆け込み、テントが飛ばないことだけを祈った。
こんな事態にはさすがに、伝説大好き小僧のアエドック(※懐かしい小僧)も震えるだけで表など見れず、火矢を放つ誉れある攻撃を仕掛けたとはいえ、コーニス隊長の背中に貼り付くしかなかった。
イーアンが谷の方を見ると、黒い雲のような魔物の群れが、散らばるにも散らばらず、空にも行けずで、黒い塊になって浮かんでいるのが見えた。
空を見上げると、雲に穴が見え始めた。暫くすると、雨が落ちてきて、その量はかなりの雨となり、続いて雨に混ざって雹が降ってきた。
「あら、まずい」
早めに笛を吹くイーアン。雨がザーザー降ってきている中、なぜか雹まで落ちてきたので焦る。『あの仔。張り切って上まで行ったんだわ』ひえ~・・・・・ 頭に青い布をかけ、龍を待つ数十秒。いたたっいたたた・・・雹が、雹が痛いっ あたた、早く来て。こりゃ痛いわ。大きいの来たら死ぬかも。
龍が来て、イーアンはいそいそと乗り、雹と雨のない場所へ一旦向かう。
移動中。龍の動きに大変感謝して、精一杯の愛情をこめて、よしよし、しながら、ちゅーちゅーキスをして『お前は本当に凄いわ!何て素敵な龍なの!!』を連発し、撫で撫でし続けた。龍も大喜びでぶんぶん尻尾を振って、自分の喜びを表現していた。
雨と雹が混在しつつ降り注ぐ域は限定されていて、遠めで見ながらそれを確認できた。谷の方を見ても、遠すぎてよく分からない。しかし黒い塊が少なくなっている気がした。
「そろそろ行きましょうか。魔物退治よ。浮かんでる奴を地面に叩き落すの」
龍が笑うように鈴のなる声を出し、ぐうっと体を伸ばして一気に空を駆け抜けた。
ギアッチは雨の音を聞いた時に笑った。ザッカリアは急に笑い出したギアッチに驚いて『どうしたの』と訊ねた。
「後でお勉強しましょう。面白い授業ですね」
ギアッチはザッカリアを撫でながら、テントの幕を少し持ち上げて外を見た。そして降雨量が増していることに少し心配した。
「イーアン。やり過ぎでは」
ぼそっと呟くと、ダビが後ろで『あの人に、やり過ぎって言葉は似合わないです』と意味分からないことを言う。
ダビの言葉にフォラヴが笑って『彼女なら好き放題でしょう。私も好き放題にされてみたい』と子供の前で言ってはいけないことを、爽やかに言い放った。『子供の前であなたがそんなことを言うなんて』ギアッチが注意する。『クローハルじゃないんだから』最低限のラインをそこに設定して、フォラヴを叱った。
フォラヴは少し申し訳なさそうに笑い、『ギアッチ。大丈夫。それどころではなくなります』と立ち上がった。フォラヴの言葉に、ギアッチとダビが固まる。
「行きましょう。雨だけではなさそうですから」
ニッコリ笑った空色の瞳を、ザッカリアは見つめた。『お兄ちゃんは何でも見えるんだね』ザッカリアは頷いてフォラヴの言葉を理解した。ギアッチに振り向いて『ギアッチ、氷が降るよ』と教えた。
なぜ? ギアッチが少し戸惑ったが、ザッカリアの言葉を優先して『逃げましょう』と短く言うと、テントを出た。
「総長!馬を。テントを置いて、馬車と馬をイオライ・カパスまで」
ドルドレンも異変に気付いて出てきて、氷の塊が転がる地面を見て頷く。『馬と馬車を出せ。イオライ・カパスへ移動する!』ドルドレンの吼え声で、テントから一斉に騎士が飛び出て、全体は氷の礫と雨が降る中、大急ぎで野営地を後にした。
龍が谷へ着く頃には、幾らかの魔物は地上に転がっていた。大雨と雹が体を打ち、脆い薄い部分は壊れて飛べなくなり、体勢を崩して落下したようだった。
まだ浮かんでいる魔物が100~200はいると判断し、イーアンは覚悟を決める。
龍の背にいれば間違いなく。雹にぶち当たりつつの攻撃になると分かっている。
――うえ~ん、痛そう~ でも嫌がる時間もない。自分で決めたことだからなぁ、と溜息をついて、あんまりデカい(雹)のに当たりませんように・・・祈りを捧げて、龍に命じた。
「あれらを落とします。一頭残らず叩き落して頂戴」
青い布を頭から被り、目だけ隙間を開けて、雨と雹の空中戦に突っ込んだ。
龍は容赦なかった。龍が来ただけで目も開かずに右往左往する魔物は、気配で怯えたのか、散らばろうと一斉に飛びのく。それらを全く逃がすことなく、大きな体からは想像できない速さで前脚と尻尾を動かす龍が、ハエ叩きのようにバスバス魔物を叩き落とす。
爪にかかると砕ける。尻尾で打たれても壊れる。雹と雨で表面が崩れていた魔物の体は、まるで玩具のそれらしく崩れていく。
勝手に当たる魔物もいるので、体当たりと似ている衝撃を食らい、ボコボコ地表へ落ちる。龍が空を駆け巡り、魔物はぐんぐん数が減る。面白いくらい減る。
炎も吐いているし、声もギーギー聞こえるが、体が小さいからか。弱っているからか。龍の声が上回るからか。イオライ岩山戦とは異なっていた。でもイーアンの耳は壊れそうだった。耳栓が。耳栓が物足りない・・・・・
そして思ったとおり。よく想像が当たる自分に悲しくなるほど、雹が痛い。本当に痛い。青い布のおかげで濡れても寒くないから良いようなものの。
――めっちゃめちゃ痛い。がんがん当たる上に、龍のスピードが速すぎて、浦島太郎の亀みたいな気分。浦島さん、私も助けて下さい!あれ、ここはドルドレンか。間違えた。ドルドレン、助けて~
いやーん、痛-いっ 40過ぎて痣なんて治んないわよ。どうすりゃ良いのよ。
あいつかっ、あいつ。昨日のザッカリア苛めてたオヤジ。あいつの呪いか(※八つ当たり)!!勝手に火あぶりになっといて、逆恨みだわよ。畜生(中年の怒り)っ!もっと痛めつけときゃ良かった。自分が誰か分からないくらいに・・・・・ あら。私壊れてきた。やばい、やばいわ、痛すぎて性格が壊れて。ひえ~痛いーっ
ぶっ壊れそうな精神状態で、イーアンがヘロヘロになる頃。
龍の速度が緩んだ。
ぜーはーぜーはー息をしながら、ぎゅっと瞑っていた目をそっと開けると。雹はちらほら落ちる程度になり、雨もほとんど止んでいた。顔をぐっと片手で擦って(痛い)、口から血が出てることを確認し(若い時以来)、ただ背中に乗っていただけなのに(何もしてない)エライ目に遭っていた間抜けな中年女の自分を悲しく思うイーアン。
あっちで待ってても良かったんじゃ・・・と思うが今更。それにそんなことしては、龍が一人で魔物退治させられているみたいで可哀相(でも何もしてないのは一緒)。さすがに天空のソニックブームは死ぬといけない(私は生身)から任せたけれど。
「ああ。助かった」
とりあえず。命はある。そして下を見れば魔物が地上を埋め尽くしている。これだけ落ちてりゃとりあえずは大丈夫でしょう。
「お前は本当に。本当に強いわ。何て凄」
そこまで言うと、口の中に溜まった血をぺっと吐く(完勝ボクサー状態)。『夜だから。とりあえず今日は皆のところへ戻』そこまで言って、再び血をプッと吐く。夕食先に食べて良かった。傷に滲みる。心から感謝して、イーアンは龍と一緒にみんなの下へ向かった。
谷からは一頭も魔物が出てこなかった。谷に落ちた魔物もいただろうが、多くは谷と野営地の間辺りで落下したようで、無数の死体が埋め尽くしていた。
「魔物。ほとんど死んだのかしらね」
龍はうんうん頷いているようだった。満足そうにゆっくり宙を進み、イオライ・カパスの近くで集まる騎士たちの近くで降りた。イーアンは時々、下品だと思いつつも血をペッと吐いていた。
お読み頂き有難うございます。
さっき、ブックマークして下さった方。ポイントを入れて下さった方がいらっしゃいました。有難うございます!!とても嬉しいです!!




