186. イオライ・カパス遠征調査
会議室に入ったドルドレンたちは、ポドリックの魔物確認報告を聞いた。
ざっと報告内容をまとめると、魔物は出現していて、騎士が来たら・・・逃げた。場所はイオライセオダ付近で確認されている。被害はまだ出ていないが、夜間に空に火が上がるとのことで、流れ星のように突然火が横に走る。甲高い音共に火が上がり、音が消えると火も消える。
日中は確認されておらず、夜闇に怯える民間からの報告だった。
「イオライセオダから?」
クローハルが場所を確認しながら、机に広がる地図を指差した。腕を組んで、地図を見下ろした横に立つポドリック。『報告自体はイオライ地域分類だ。この辺りは【イオライ・カパス】だな。イオライセオダの管理下ではなくて、昔は村で登録してあった地域だ。北西支部との間の道にある民家からだ』目を擦りながら、質問に答えた。
「眠そうだな」
総長の言葉に、ポドリックは苦笑して『夜しか出ないと言うから、着いてから真昼間に仮眠して夜見張った』言いながら欠伸をする。昼なんて寝れるわけもなかったが、と笑う。
見たのか、と訊かれて『来たような音はしたが、盾を片手に剣を抜いて、野営地で上を見上げていたら、逃げたみたいだった』そう疲れた様子で首を振った。
『内容から思い当たるのは。あれしか思いださんな』ドルドレンが呟く。隊長たちも頷く。
「面倒だな。今度は夜か」
「昼間に山へ行けば・・・・・いるのでは。そっちで倒して」
「あの時はいたが。現時点で山で出ているなら、イオライセオダから要請が来るんじゃないか」
ああそうか、とクローハルの言葉にコーニスが頷く。出現場所が支部方面で、イオライの山との中間地点にあるイオライセオダから、もっと手前のこちら側。
「あれ、パドレイ、・・・パドリック、この前どこかで火を吐く魔物の話をしてなかったっけ」
コーニスがパドリックに思い出したことを訊く。二人はよく一緒に動いたり、私生活でも仲が良いので情報交換が多い。指名されたパドリックは『ああ、あれ』と手を打って総長を見た。
「あのですね。場所は違うのですが。弓を掛ける腰帯が切れてしまいまして、休日に西方面にある道具屋に行きましたら、その道具屋の付近で火を吐く魔物の話が出たんですよ」
「それは報告が上がっていない」
「そうなんです。道具屋もその話は噂ですって。近くで見た人がいるらしいんですが、見たというか、決め付けた話し方というかな。
要は同じ。それを見た人は夜だったのです。で、毎日じゃないし、見かけるのも数日置きくらいだから『魔物とは違うかも』と」
「道具屋・・・・・ あの森の向こう?それとも川沿いの」
「川沿いの方ですよ。ポドリックが確認した地域よりも、範囲はずっとこちら側ですね。まあでも川沿いは崖もあるし、西方面ですが。崖が増えてくると、西、って感じしますよね」
「それはもしかして。この前行ったウドーラの近く」
「あそこまで離れていませんけど、川があるからね。方面としてはそちらの方。ええと、この辺ですよ。私が行くとちょっと安くしてくれるから」
道具屋はこの辺りですね、とパドリックが指差す。ふとヨドクスが気がついたように声を上げた。
「あ?もしかして。パドレイ、ここは馬車でこの前通った時に、言っていた場所か」
「そうそう。あなたはもう少し先に行くって言ったでしょう。私は手前で降りさせてもらった。帰りに拾ってもらった辻の近くですよ」
「私もこの日に、聞きました。私はこの先の農家に用があったんです。古いけど車輪の金具を一台分、錆のないやつで余っているのをくれる・・・と農家さんが教えてくれたから、それをもらいに行ったんですよ。
そしたら、農家さんも似たようなこと話していました。魔物とは言っていませんでしたが、ここ最近、変な星を見ると。夜になると変な獣の声がするから、ちょっと外を見たら星が流れてるって」
ヨドクスの話もパドリックの話も、多分あの魔物のことだろうとポドリックは呟く。彼らが示した地図の場所を指で点々と何度か回り、クローハルがドルドレンに『数が心配だ』と口を開いた。
「範囲が広いな」
「イーアンにどう思うか聞いてみるか」
ブラスケッドはイーアンを呼んでこようと提案した。何か彼女は思いつくかも、と。ドルドレンも頷いて『この分だと。もう明日辺りには、取る物も取り敢えず出る感じだな』・・・ふーむ、と溜息をついた。
ドルドレンはイーアンを呼びに部屋へ行き、ちゃんと寝巻きに着替えているイーアンを見て、とりあえず抱き上げてキスをして、ちょっと肌を触って、服の中に手を入れて、止まらなくなる寸前で意識を取り戻した。
「そうだった。あいつらが待っていたんだった」
急にまさぐられているな、と思っていたイーアンは『?』視線で話を促がす。『寛いでいたのにすまないが、会議室へ一緒に来てもらえないか』イーアンの腿から手を離さないドルドレンが真顔で言う。
「それを早く言って下さい」
ドルドレンをひょいと降りたイーアンは、笑いながら注意する。前重ねのボルドーレッドのスカートを着て、上に青い布を羽織った。
ドルドレンが『その布だけだと』と少し頬を染めて悩ましげに声をかけたが、『これがあれば寒くないので』とイーアンは返し、青い銀色がかった毛皮の長靴(魔物製)を履くと、さっさと会議室へ出かけた。
「靴が可愛いから(※元は魔物)。それに寝巻きが透けるから(※そんな透けない)。布だけじゃ駄目なのに・・・・・ 」
困り顔でぼそっと呟き、ドルドレンも急いでイーアンの後を追いかけて走った。
会議室へ入ったイーアンにドルドレンは、まず地図を見せた。
さっき話していた内容をかいつまんでポドリックが説明し、ブラスケッドがイーアンに、自分たちが何を知りたいのか・何を聞きたいのかを要約して伝えた。
「イーアンはどう思う」
「私は。うーん。もう少し情報がほしいです」
「イーアン。綺麗だよ。可愛い靴だね」
「関係ないだろ」
「ありがとうございます。この前、魔物の毛皮で作ったのです。温かいし、これ可愛いでしょう」
「可愛いよ。でもイーアンが履くから似合うんだ」
衣服の話じゃないから。ドルドレンが仏頂面で会話を遮る。イーアンを見て『これっ』と叱る。イーアンも少し反省して『可愛いのでつい』と俯いた。
咳払いして、ドルドレンはイーアンを抱き寄せながら害虫を遠ざける。
「どう思う」 「この川から一番近い崖と丘はどこですか」
ヨドクスが『私が通る道からの風景なら』と地図を指で辿った。幾つかの崖らしき面が見える場所と、その上の丘。でも丘の上は民家や森ですよ、とヨドクスは思い出しながら話す。
暫く考えていたイーアンは、自分の指を地図に置く。体を屈めて机の上に片手をついて、地図を丸ごと見下ろしながら、この前の朝、龍と飛んだ俯瞰図を思い出す。
片手で顔の下半分を覆いながら、ゆっくりと地図をなぞり、時々指を止めて何かを呟いた。
「今は何時でしょうか」
会議室の時計を探すイーアンに、クローハルが『7時半だな』と答える。ドルドレンを見上げるイーアンは『ちょっと見てきます』普通に許可を願った。
なんだって???ドルドレンが目をむいて驚く。『夜なんだ。危ないから駄目』ドルドレンの一言に周囲も『だめ』を連発する。
「いいえ。この分ですと、明日にでも誰かは遠征でしょう。私が今見てきますから、どこを中心に探せば良いか、少しでも分かれば無駄が減ります」
龍と一緒ですから大丈夫、とイーアンは笑った。
イーアンが『では行ってきます』(※許可取ってない)と会議室を出ようとしたので、ブラスケッドは慌てて『待て。どの辺りか、見当はついているのか』一番聞きたかったそれを訊ねた。
「大方ですが、吹き上げる風が跳ね返る崖のある辺りです。丘を聞いたのは、それが丘にいるからではなくて、丘から流れる気流と、下から上がる気流がぶつかる場所がないかを知りたかったのです。イオライでもあれらはそうでした」
『それともう一つ、はっきりさせたいことがあります』とイーアンは続ける。
「そこにいるとは言い切れない懸念があります。あれらは空が行動の全てですから、気流の流れがもう一つ混ざる場所があるのかもしれないのです。楽に動ける道というか。私たちには見えない通路があるのかもしれない・・・と考えていますが」
でも推測ですから。イーアンは微笑み、『情報をもう少し集めてきましょう』そう言って部屋へ着替えに戻ってしまった。
ぽかんとしながら扉が閉まるのを見ていたが、ドルドレンが我に返って慌てて追いかけて行った。
「俺はイーアンと一緒に行くから、明日早朝にまた会議で報告する」
廊下で振り返り叫ぶ総長が命じ、『イーアン。待って、置いていかないで』と縋るように走り消えていく後姿を、会議室から顔を出した全員が寂しそうに見つめた。
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