184. プレゼント作り
ハドロウは中には運ばれず、表で書面を作らされた。
執務の騎士が何枚も紙を用意し、それらに同じことを書かされ、自分の名前と住所と日付を入れた後、原本は騎士修道会・写本はハドロウに渡された。それらが虚偽ではないことも書面に残される。
後に確認が入るということで、確認後に虚偽があり次第、ハドロウには罪が掛かるという内容を伝えられた。
「今回の一件により。お前の仕事はないようだが、子供たちには仕事をさせているようだから、その収入の支払い元を調べる」
ドルドレンはそれを伝え、ハドロウに『首を洗って待ってるが良い』と鼻で笑って建物に入っていった。
全てを書かせた後。ハドロウの馬車があるのを見つけたコーニスが、ハドロウを馬車に乗りこむところまで確認して、馬車を帰した。
イーアンはドルドレンと食事を摂った後、工房に籠もりますと伝えた。
「今日は贈り物を作るのです。どなたも入れませんよ」
ダビは?ドルドレンが訊くと『彼は朝にもう来ました』イーアンはお茶を飲みながら微笑んだ。
「もしザッカリアが来たらどうするのだ」
「扉のところで・・・事情をちょっとあやふやに伝えたいと思います。とても頑張って作ってるから、夜会おうね、と」
少し余裕な微笑を湛えるイーアンに、ドルドレンも微笑んだ。
――今までだって綺麗だし、可愛い表情の奥さん(※未婚)だったが、子供のために何かする意識があると、何となく普段と違うイーアンを見ている気がする。とても余裕。それで可愛い。こういうのもいいなぁ、とドルドレンは嬉しくなった。
・・・・・さっきのイーアンはもの凄く怖かったが、それはそれ。 彼女は悪人と魔物には厳しいのだ。前から何となく、何やら魔物相手に人が変わるなぁと思っていたけれど、悪人にも同じだった。
あの悪人VSは、お母さんの立場だからな。あれは、ありだ。・・・うむ。『バカ』連発。言わなかったけど『よそで死ね』といった雰囲気だったな。おお、言われただけで脳震盪を起こしそうだ。
炎で追い込むって普通はしない。あの火力はイオライの炎だ。魔物退治に使う道具を使って、罠を仕掛けた感じだったな。まんまと引っかかった悪人が、炎で焼かれかけて叫んでも、約束するまで容赦しない。 うぅっ、怖っ。強烈にストイックで、お母さん像がひっくり返る。あれなら子供も宿題をサボろうとは思わん。
さて。気を取り直そう。・・・・・そんなイーアンはお母さん。それで自分はお父さんか。うん、何だかしっくりくるぞ。
騎士修道会最強(※自画自賛)のお父さんと、恐ろしい力を内包するお母さん。・・・・・これはちょっと駄目か。優しく底力のあるお母さん。?言い方が難しい。でもまぁ良い。それで爺くさいギアッチおじさんだな。爺は子供に甘いから、一緒に寝ると。ふむふむ、それが良い。
で、お父さんが日頃、子育てをすると。喜ぶお母さんはお父さんと夜・・・・・ ふっふふ、ふっふっふ。良いじゃないか、そうこなくちゃ。
よしっと何やら笑顔で頷くドルドレンに、イーアンは不審そうな目を向けたが、とりあえず自分は早めに工房へ行く、と食器を下げて向かった。ドルドレンには仕事が山積みなので(今朝の件も書類を作らないといけない)それらを片付けに執務室へ行った。
イーアンは工房に入って、すぐ、『今日は面会お断りします』と書いた。で、これを翻訳する。うーん。無理。まだ『今日』くらいしか書けない。
ギアッチに訊こうにも、今日はもうすぐにでも開始したいから、勉強はお休みしたい・・・・・ どうしようかな、と考える。こうしている間にも、心はザッカリアのプレゼントを考え始めている。
――あの子に何が良いかしら。彼は自分の物、どれくらい持っているのだろう。
そもそも荷物なんて持って来ただろうか。あのクソおやじ・・・あら間違えた。あの変な男が、物なんて与えそうにない。
あのくらいの年の子は何が欲しいのかな。世界も違うし、世代も違う。性別も違う。いや、困った。どうしましょう。
暫く考えて、トゥートリクスに聞いてみようと思いつく。彼は若いし、幼い頃にここへ来た境遇も似ているし。
そうと決まれば、トゥートリクスを探す。微妙な時間で、朝食後、職務前。
廊下ですれ違う人に訊いてみると、5人めぐらいでトゥートリクスの居場所を聞けた。今週の彼は馬番。前庭から厩へ向かい、名前を呼ぶと中から出てきた。
『トゥートリクス。仕事中にすみません。教えてほしいことがあって』イーアンが少し大きめの声で言うと、トゥートリクスと一緒にロゼールも来た。
「おはようございます。どうかしましたか」
イーアンは、ザッカリアの歓迎会の話をした。何かあげたいけれど、あのくらいの年齢で来たばかりの時は、何があったら嬉しい?参考に聞きたいのですと言うと、二人は夫々悩んでくれた。
トゥートリクスは『俺はもっと小さい時に預けられてるので、あまり覚えていないんですが』前置きして、『やっぱり自分用の武器とかだったかも』と。
ロゼールはザッカリアより少し大きい年齢で入ったようで『腰袋ですか。革の』と答えた。
話を聞くと、ロゼールの場合は剣も使うが、もともと運動神経が並外れて良かったので、それを見込まれたため、現在の特技につながる鍛錬が多かったらしい。
「だから。俺の場合は武器よりも、腰袋というかな。革のあるじゃないですか。あれに他の人より、いろんなもの入れて動いていたんです。だから丈夫で、格好良いの欲しかったですよ」
ロゼールは特別かも、とイーアンは思う。ちょっと違うから、ロゼールの意見は参考までに。ロゼールの後、トゥートリクスが話を繋ぐ。
「俺は武器でした。そんなに背も高くないし、能力持ちと言われてても、実戦で使うわけではないから。あまり力がなくても、それなりに威力がある武器。切れ味とかじゃなくて、性質というか。自分だから使える、といった感じのが欲しかった」
ああ、そういうものかも。イーアンの中でちょっと合点が行く。
でも子供用の練習用武器はあるのか、それを訊くと、『ある』という。オシーンが管理してますよ・・・そう聞いて、彼らにお礼を言って、オシーンのところへ行くことにした。
室内鍛錬所にはオシーンがいなかった。時間が違うのかもしれない。鍛錬所の練習用武器を拝見する。自由に触って良いはずなので、ちょっとずつ出して、子供用がないか調べる。
あった。
一応あった。可愛い大きさで、握りも細い。剣を長椅子に置いて、自分も腰かける。紙と炭を持って来たので、大方の寸法を書き記した。特徴や重さ、作りを少し観察して、気がついた箇所は書いておく。
「イーアン」
うっ。この声は。顔を上げるとあの人。
クローハルが近づいてきた。さっき固まっていたから、近寄らないと思っていたけれど立ち直りが早い。
「さっきは凄まじく背筋が凍ったが、こうして見るとやはり綺麗でしかない。その美しい姿と氷の表情は差が激しいね」
誉められている気がしなくても『ありがとうございます』を棒読みで返す。ちょっとだけ微笑んで、子供用の剣を戻そうとすると、クローハルが『貸してごらん』と剣を掴んだ。なぜ私が離す前に掴むのですか、と思うが、そーっと手を離す。
「もしかしてザッカリアの剣を作るのか」
察しが良い。無駄なおしゃべりは時間が無駄。ですので頷く。『入ったばかりの子供に勿体無い』クローハルが子供用の剣を見ながら、甘めの笑みを浮かべる。
「ごめんなさい。今日は急ぎます。失礼します」
イーアンが少し会釈してから去ろうとすると、腕を取られる。もうお願いですから解放してー。時間がないのー。取られた腕を丁寧に引っ張られて近寄せられ、『少し話さないか』と胡桃色の瞳が光る。
困るイーアンに負けないクローハル。イーアンは困り顔のまま『なんでしょうか』と用を訊いた。
「俺が子供の頃。騎士修道会に入った時」
? クローハルは子供の時に入った人?イーアンは話を聞こうと思った。クローハルはちらっとイーアンを見て、微笑んで話を続けた。
「俺の親は放任でね。親父は家に戻ると機嫌悪くて酒飲みで、目つきがどうとか言いながら、子供を殴る奴だった。母親は家にいたけどあまり子供に関心がないから、甘えたいと思う気持ちも育たないくらいだった。
ある時、学校から戻ると、親父が馬車に乗れと言う。乗ったら騎士修道会に預けられて、持ち物一式箱の中にいつの間にか詰められて、玄関に置いていかれた。何が何だか分からなかったが、気づいたのは『今日からそこで生活しろ』ということだけだった」
微笑みながら青灰色の髪をかき上げ、普通の話をするような顔でクローハルは続ける。イーアンは突然聞くクローハルの過去に耳を澄ませ、胡桃色の瞳を見つめた。
「その時はこの支部じゃなかった。もう少し町に近くて。ザッカリアよりもう少し大きかったな。元から悲観主義ではなかったから、別の場所で生き抜く気で騎士見習いが始まった。当時は、中でいじめもあるし、暴力もそれなりだった。
俺がいじめられることが少なかった理由と、暴力の対象にならなかった理由は。俺が得だったからだ」
意味が分かるかい?とクローハルはイーアンの鳶色の瞳を覗き込む。
「イーアン。世の中には、自分の特性を知ってて生きる者と、知らずに生きる者がいる。俺は自分に備わった特性を子供ながらに理解していた。
俺の場合は、モテることと、服装や身だしなみがイイ線いってたことが、目に見えて得だった。町が近いから、俺を連れて行けば女に困らないんだ。こんなこと言うと軽蔑されそうだけど。
話を戻そう。特性を知らないで生きている者はとても多いんだ。イーアンもそうだ。自分を知らない。でもイーアンは知らないで使うから、それが魅力になってる。俺も撃ち抜かれた一人だね。
で。何が言いたいかと言うと。ザッカリアは自分を押し殺して生きてきたから、自分を全く知らない。彼を引き出せるものがあれば、彼は自分で使いこなせるんだ。それを贈り物にしたらどう?」
クローハルの話があまりに哲学的で、これまでのイメージが覆される。ちょっと感動したイーアンは、クローハルにニッコリ微笑んでお礼を言った。
「あなたの過去まで聞かせて下さって。それにとても素晴らしい助言でした。ありがとう。シンリグ」
名前を呼ばれたクローハルは、じっとイーアンを見つめた。『俺の名を』ホッとしたように溜息を吐き出した。
イーアンは微笑みはそのままに下を向く。『でも。あの子の贈り物。すぐ思いつきません』あなたの助言を生かしたいけれど・・・困ったように呟いた。
「力になるよ」
クローハルがイーアンの頬をそっと撫でて、上を向かせた。触っちゃ駄目、とイーアンは少し顔をずらす。甘い笑顔でクローハルは首を振りながら、『君が作るんだから必ず効果はある』とイーアンに自分の思うことを教えた。
工房に戻ったイーアンだったが、結局少しの間は工房不在だったので、ギアッチたちが来ても留守ということで済んだ。貼紙は出さず、とにかく作業を続けた。貼紙を用意している場合ではない。
クローハルが教えてくれた、ザッカリアの特性。
あの子が来てから、ほんのちょっとしか経っていないのに。少し見ただけで、そんなふうに感じるなんて、クローハルがすごい人のような気がした。
「だからジゴロなのかしら」
何となく納得してしまうが、クローハルはこれまでのような軽薄なジゴロではなく、実は、深く厚みのあるジゴロである評価に変わった。
机の上にはディアンタの僧院から持ってきた本。『古代の遺跡から発見された道具』の本と、『加工技術の歴史本』。一度目を通しておいて良かった、と思いつつ、絵を見ながら大体の見当をつけて作る。
イーアンは昼が来るまで、没頭し続けた。ノックは聞こえなかった。窓の外から誰かが叩くのも聞こえなかった。
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