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魔物資源活用機構  作者: Ichen
龍と王と新たな出会い
182/2942

182. 子育てその2~保護

 

 ザッカリアとドルドレンが風呂から出てくると、廊下にイーアンとギアッチが待っていた。


 ギアッチは両手を広げてザッカリアを迎え『やぁ。さっぱりしましたね』と笑顔で抱き締めた。イーアンもドルドレンに抱きついて『ありがとう』を何度も言いながら大きな胸に頬ずりした。


 ドルドレンはギアッチに、イーアンの風呂だから自分はここにいると伝える。

 ギアッチは頷いて、ザッカリアの背中に手を添えながら『ご飯行きましょう』と広間へ誘った。廊下を進むザッカリアが振り返り、『総長、またね』と手を振って『イーアンもまたね』と笑顔を向けた。



 予想以上に、ドルドレンが彼の心を安心させたことを知ったイーアンは、人目も憚らずにドルドレンを引き寄せて頬にキスをした。ニッコリ微笑んで『本当に有難う。私も入ってきます』そう言って、風呂へ入った。


 やらしいことは48時間以内で一度はしている最近でも、イーアンから人前で頬にキスをされ、何だか赤くなるドルドレン。周りにいた通りすがりの騎士が『いいな』『総長ばっか』と羨みの呟きを落としていった。


 イーアンが風呂から出て、いつも通り大変綺麗な格好で、新鮮な恋にお手軽に落ちるドルドレン。抱き締めて誉めてから、夕食へ向かい、広間で食事を摂った。



 何やら昼間の一件は落ち着いたらしいと、昼にイーアンを怒らせた現場を知っている輩が総長を見る。


 このところ、ちょくちょく慌てたり、甘えん坊だったり、困ったりで忙しい総長の人間らしさ(※イーアン効果)を見ているため、何となく以前よりも部下と総長の距離は縮んでいた。



 風呂上りにも、きちんとした綺麗な服で佇むイーアンと仲良く食事をして、なんとなしドルドレンは嬉しかった。いつだって嬉しいのだが、今日はすごく自分が頑張った気もしたし、イーアンの姿も微笑みも、全部がご褒美に感じた。


 食べ終わって広間を見渡し、ギアッチとザッカリアの姿がないので、二人は部屋へ戻った。



 部屋で酒を飲むことにして、二人は乾杯する。


「ドルドレンの子育て1回目に」 「イーアンとの結婚に」


 結婚。結婚? イーアンはちょっと首を傾げ、その言葉の続きを待った。

 ドルドレンは、風呂で自分がイーアンの夫であることを(ザッカリア)に伝えた、と話した。すぐに結婚できなくても、周知の事実に広めていく方針で行くという。


「嬉しいです」 「うん。俺も嬉しい」


 ドルドレンは酒を飲む手を休めて、笑顔のイーアンの腕を静かに引いて、自分の膝に座らせる。細い胴に腕を回して頭に口付けしながら、再び酒を飲み始めた。


「明日の夜は、彼の歓迎会をしようと思う。彼はまだ幼いからな。歓迎の意思を見える形で伝えねば」


 あら。イーアンが目をちょっと大きく開いて灰色の瞳を見つめる。何かしたいことは・・・?ドルドレンが視線で促がす。イーアンはちょっと考えて『明日なのですね?』と質問した。


「今日はポドリックがいないのだ。彼の隊は今朝方、魔物の出没確認に出た。明日戻る」


 シャンガマックはいつ帰るか分からないから・・・・・ とドルドレンは明日である理由を話した。



『そうでしたか』イーアンは頷く。全員一緒で歓迎会をする、ここの礼儀正しさというか。


 それが普通だと思うのだけど、いる人だけで○○会しよう~・・・という、以前の世界でよくあった傾向がないことに感心した。


「明日が歓迎会。良かったです。それなら私も明日の夜に向けて贈り物を作れます」


「贈り物か。ふむ。そういえばイーアン。君は靴を作ったか」


 風呂に用意された子供用の大きさの革靴は、ここにはなかったとドルドレンが言うので、イーアンは『一足、頂いて分解して作り直した』と話した。


「以前の世界で履いていた靴は、もう、大きな団体の職業じゃないと出来ないものでした。だけどここの世界の靴は、私が作ることが出来ると気がついて。以前も、手作業の技術を知るために、何度か作ったことはあったから、ザッカリアにも作れました」


「そう言えば、そちらの世界は人口が大変多いと話していたな。それで靴屋も一人ではないのだな」


「そうです。靴屋はいますが、数は減っていると思います。

 大きな団体が力を持っている世界のため、基本の設計は技術のある人達が行い、工程別にたくさんの人達が働いて、一足の靴が仕上がります。日々生産される量はとんでもない数です。

 材料も大量仕入れですので、一つずつにかかる金額はかなり低く、そうすると販売するも大変安価な提供が可能です。また、質はそう高くないにしても」


「どのような身分でも、大体・・・誰もが手に入れられる、ということか」


「私は。それは良いことだろうとは思いますが、視点が少し異なっていました。

 古くから残ってきた手作業の技術は分割されたり、失われることなく、1~10まで。一人の人間が身に付けておくことも大切、と考えています。以前の世界ではそれが減りつつありました」



 ドルドレンは、彼女のこういった部分が、魔物を使う抵抗もなく実行に踏み切るに至った理由だろう、と思った。製作工程の一部分しか知らないなら、最初から最後まで作ろうなど考えない。知っているから行動に移るのも滞りがなかったのだ。


 ザッカリアに靴を用意してくれてありがとう・・・とお礼を言って、話しを終了し、イーアンを抱き上げる。



「そろそろ眠ろう」


 今日のイーアンは機嫌が良い。いつも良いけど、今日はドルドレンが子供と風呂に入ったから、余計に機嫌が良い。

 自分からドルドレンの首に腕を巻きつけて引き寄せる。いつもよりも濃厚にキスしてもらう始まりが、最後までの流れを半端なく期待させる。



 ――これは最高だな。頑張って、これからも子育てに励もう。そうすれば夜も励める。

 子供と一緒に眠るのだけはギアッチに任せて。ふむ、美味しいとこ取りだな。日中、良い所を見せ付ければ、ザッカリアの信頼も得られるし、イーアンから夜の信頼も(?)得られる。

 最近、近所(部下)が俺への敬意を減らしているから(←自業自得)、それも回復するはず。すごい!一石三鳥ってことかっ――


 お父さんの役得に大変喜ばしく(←不純)思うドルドレンは、愛妻(※未婚)絶好調の夜を楽しんだ。



 翌朝はドルドレンの方が早かった。役得に勤しむわけではなく、単に呼ばれた。理由が朝っぱらから意味の分からない言いがかりだった。


 イーアンも起きていたが、執務室に呼ばれたドルドレンは『もし起きるなら、朝食まで工房にいて』と頼んだので、イーアンは着替えて工房へ向かった。



 ドルドレンが呼ばれた時間は6時前。門番と厨房の騎士に呼ばれて、執務室へ行くと、薄汚れた男が一人執務室の椅子に座っていた。直感で信用できない相手と認知。目つきが荒んでいて、離れていても酒臭い。その目は部屋の中を物色しているようだった。


 現れた総長の姿に怯んだようだったが、すぐにヘラヘラと笑い顔になって『昨日、うちの子供を預けた親ですが』と言う。ハドロウと名乗った男は50近くに見えるが、汚らしい格好でいるから老けている印象かもしれない。


 執務室の騎士の視線が、困っているふうよりも、蔑むように見える。


「用件は何だ」


 ドルドレンの低い声が部屋の中の空気を重くした。ハドロウは少し怯えたようで目を動かした。


 ザッカリアの親とは思えないほど、似ていない。目の色も肌の色も違うし、骨格が全く違う。男親は耳元などが似ていることが多いが、ハドロウはザッカリアとの接点が0に感じた。


「いえねぇ。私の家族は貧しいんですよ。魔物だらけで仕事も減ったでしょ・・・・・いや、あんた方の仕事は増えるから良いでしょうけどね。

 庶民はそうもいかないから、子供にも手伝ってもらわないと生きてけないくらいでしてね。だから働き頭のザッカリアをお任せしたんですが、あいつが給金をもらえるまで、生き死にに関わるんですよ。こちらも食ってかないといけないわけで」


「出て行け」


「はい?何ですって」


「こいつをなぜ入れた。外へ出せ」


 執務室の騎士三人が、返事もせずに素早く動き、ハドロウを両脇と背後から固めた。あまり触りたくない様子だった。


「なんだよ。何すんだ、離せ。貧しい庶民から子供を奪って、哀れな親を外へ」


「今すぐここで命が消えてもいいのか」


 見下したドルドレンの灰色の瞳が、怒りを含んで喚く男を睨む。冷え切ったドルドレンの眼差しに、男は目を合わせていられず、目を背けて暴れ、騎士に八つ当たりを始めた。


「離せ。あいつを預けた金を払え。お前らは人攫(ひとさら)いか」


「お前が人攫いだ。違うか。心まで卑しい者め」


 総長の言葉に、ハドロウは歯軋りをして『偉そうに。お前らが何もしないからこんな目に遭ってる国民がいるのに、子供まで取り上げやがって』地団太を踏んで醜い怒りをぶちまける。


「失せろ。お前など知ったことか。幼いザッカリアを人とも思わず、どうしようもない体たらくの欲の為に使い回した奴に同情の欠片もない。ザッカリアは以後、騎士修道会でその身分を預かる」


 喚くハドロウを無視して、その下衆をさっさと放り出せと騎士に命じた。



 玄関から投げ出されたハドロウは、前庭から支部の建物に向かって、大声で迷惑なほどしつこく、文句を言い続けた。


「騎士だか何だか知らねぇが、人攫いの集団め!民間の俺に手は出せねぇって知ってんだ。俺から息子を取り上げて、親にこんな扱いをしたことを後になって後悔するからな」


 訴えるからな、と騒ぐハドロウの声に、多くの騎士が目を覚まして不快に窓から見下ろしていた。



 広間にいるドルドレンに最初に近づいたのは、ギアッチとザッカリアだった。ドルドレンはザッカリアに『おはよう』と普通に挨拶した。ザッカリアの目が親の声に怖がっているのが見て分かった。


「ギアッチ。なぜ彼をここへ連れてきた」


「この子がね。自分が行けば親は迷惑をかけないって。だからそんなことしなくて良い、と私言ったんですけれど。自分が話をすれば、ここに迷惑かけないから行くんだと聞かなくて」


 ドルドレンは溜息をついて、眉根を寄せたまま屈む。ザッカリアの前に跪いてその小さな肩に手を置いた。


「ザッカリア。行くな。お前はここで守ると言っただろう」


「でも俺が来たから、あの人は怒ってる。ここの人に迷惑かかるでしょ」



 ロゼールたちも来た。自分も似たような境遇だったよ、とザッカリアを慰める。


 ロゼールの家庭は暴力こそなかったものの、ロゼールが子供の頃にここに来て間もなく。母親が時々頼み込んで、騎士修道会にお金の工面をお願いしている場面が何度かあった。


 父親がほとんど帰ってこない家だったので、母親がとても申し訳なさそうに支部に足を運んでは、謝りながらもロゼールの給金を分けてもらえないかとお願いしているのを、ロゼールは見たくなくて、いつも母親が来ていると知ると隠れていた。



「あのさ。良いと思うんだよ、行かないで。君が出て行ったらまた同じことだよ」


 ロゼールがザッカリアの顔を覗き込んで優しく言う。ザッカリアは震えているが『迷惑だから』としか言わない。


 ブラスケッドが降りてきて『その辺に馬車があるだろうから、詰め込んで追い払うか』とドルドレンに相談したが、ドルドレンは『面倒だが、民間人に荒っぽい行為はできん』と答えた。


「勝手に帰るまで待つのか」


 ありゃ帰らないだろ、とブラスケッドが扉の外から聞こえる声にぼやく。女装ハルテッドが来て『私、追い払ったげようか』と首を回して音を鳴らした。


「お前はややこしくなるから大人しくしてろ。騎士修道会が民間人に手荒な真似など出来ないのだ」


「女の格好しとけば良いじゃん。服ちょっと女物にしてさ。そしたら引っ叩こうが殺そうが、ここ関係ないでしょ」


「物騒だな」


 ブラスケッドが笑う。『でもそうでもしないと、あの男は仕事もなさそうだし、一日あんな具合かもな』とクローハルが言いに来た。


「建物の周りをうろつき始めるかもな。頭悪そうだから、犯罪紛いのことをしでかさんとも限らんだろう」


「ハイルが女装で叩きのめしたところで、後々ハイルがここの騎士だったと知れたら。ああいう人種はバカな割りに姑息な手に出てきかねない。それがザッカリアを奪回する手段に繋がらないとは言えない」


 パドリックが来て『あの人、そこで立ちションしてますけど』と不快そうに教えた。コーニスが後から続いて加わり『何ですかあれ。嫌がらせ?』法に触れてるから、と多少の手荒さはありではないかと提案した。


 だが結局は、ザッカリアの奪取に転じては困る・・・ということで、下手に手を出さないで済む方法を考える。



 うーん・・・・・ 男が揃って広間で頭を悩ます。


 ザッカリアは扉をずっと見つめて『自分さえいなくなれば』と呟いた。ギアッチは彼の目を覗き込んで首を横に振る。『それが良い対処ではないですよ。物事は答えがそれしかない、なんてことないんですから』ちょっと考えましょう、と説いた。


「あの。すみませんけど」


 隊長の集まる中、声をかけたのはダビだった。ダビは全員の視線が自分に注がれたので、ちょっと止まった。


「イーアンが出て行きました。自分は騎士じゃないから、と」



 なにーーーーーーーーーーーっっっ???!!!



 全員が同時に叫んだ。ドルドレンを始めにそこにいた全員が慌てて工房へ走る。ダビは止めようとしたが、ダッシュが素晴らし過ぎて、声が届く前に彼らはいなくなってしまった。


「工房じゃなくて、裏口から出ちゃったんですよね」


 ぽそっと呟くダビに、ザッカリアを抱き寄せるギアッチが疑りの目を向けた。『あなた、止めなかったんですか』『一応は確認しましたよ』『何て』感情の薄い男に、ギアッチは返答を求める。


「え。何で応戦する気ですかって」


 そうじゃないでしょ、とギアッチは大振りに溜息をついて肩をがっくり落とした。止めなさいよ・・・と小さな声を落とす。


「あの人。止めても無駄ですから」


 ダビは『大丈夫、大丈夫』と他人事のように言いながら『空いてる間に朝食、食べなきゃ』と厨房へ行ってしまった。




お読み頂き有難うございます。


イーアンがドルドレンに話した、『以前の世界の靴』事情。

大量生産であったり、多くの加工が必要な話でした。靴ではないのだけど、サンダルを作ってありますからご紹介。



挿絵(By みてみん)



揃えた材料で作り出して、4~5日かけ完成したサンダルです。材料も工具もたくさんです。

ドルドレンたちの世界では、もっと工程がシンプルで材料も少ないので、イーアンがザッカリアの靴を用意できた、という話でした。


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