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魔物資源活用機構  作者: Ichen
龍と王と新たな出会い
178/2943

178. 騎士見習いの子

 

 朝食を済ませたイーアンは工房へ、ドルドレンは午前中だけ執務室で、午後は演習・・・の一日が始まった。



 工房へ入って暖炉の火を熾し、イーアンの気持ちがすとんと落ち着く。

 工房が与えられた日も、ここにずっと居たいと思えた。昨日は、どうなるかと気が気ではなかったけど、皆さんが抗議してくれたので、自分は今日も変わりなくここに居る。それがとても安心した。


 与えられた居場所に感謝して、今日の作業を始めた。


 鞘を作ってしまおうと考えていたので、木型に革を合わせて切り出して、穴あけして縫いつける。お茶を淹れて、ギアッチたちが来る前の一仕事で出来るところまで進めた。いつも8時台にギアッチが来る。最近はずっとフォラヴも一緒。同級生の気分。


 糸には、ツィーレインの魔物の針から取った筋肉の筋を使っているので、相当強いだろうと分かる。革は問屋で購入した革だが、国のずっと南にいる野生動物の革で、強くて硬いと紹介されたものを使った。シボ(しわ)が大きくてがっしりしている。なかなか味わい深い鞘が出来るので、部族的な印象にはぴったりだった。



 扉が叩かれたので、ギアッチが来たと思って、鞘と材料をさっと片付けて机を空け、扉を開けながら挨拶した。


 よく見もせずに『おはようございます』と普通に挨拶してから、はたと動きが止まる。扉の前には見慣れない子供が立っていた。

 誰だろうとイーアンが目を瞬かせて見つめると、その子供は目を反らして『おはようございます』と言う。挨拶を返したのだと分かり、イーアンは微笑んだ。とりあえず周囲を見たが誰もいない。


「寒いから入って」


 子供を中へ招き入れて、イーアンはお茶を淹れた。何も喋らないが、緊張しているのだろうと思う。


 男の子・・・・・にしても可愛い顔をしている。女の子・・・・・ハルテッドも子供の頃、こんな感じだったのかしら?と思うような可愛い子だった。


 年齢は恐らくだけど10~12歳くらい。背がイーアンよりちょっと低いくらい。160cmあるかしら?といったところ。痩せていて、肌の色が褐色より少し濃いブラウン。レモン色に見える明るい瞳に長い睫。大きな目。つんと上がった小さな鼻。ふっくらした形良い唇。肩まである焦げ茶色の髪の毛は、イーアンと似てくるくるしている。


「私はイーアンです。あなたのお名前を聞いても良い?」


「ザッカリア」


 声は高いから分からない。子供の声は声変わりしないと、男の子かどうか気が付きにくい。服装は男の子みたいに見える。大人用なのか、袖を捲くった丈の長い外套と、革の靴。外套をしっかり締めているからそれしか見えない。


「ザッカリア。ここに来たのは、誰かに言われたの?」


 イーアンが微笑みながら訊ねると、子供は下を向いて黙っていた。

 何となく。この子の頬に引き攣った跡を見て思う。髪の毛もまとまっている塊があって妙にツヤツヤしている。臭いはしないけれど、お風呂に入っていないかもしれないと。


「お腹は?お腹空いている?」


 ザッカリアは答えない。俯いたままで、何も喋ろうとしなかった。どうしたら良いかしら・・・悩むイーアン。


 そこへ扉がノックされ、『ギアッチですよ』と声が掛かったので、ちょっとホッとして戸を開けた。


「昨日は楽しかったですねぇ。夕方じゃないですよ、夜の話ですけど」


 言いかけてギアッチが、椅子に座る子供の姿を見て止まった。フォラヴも入りかけて『おや』と一言漏らした。イーアンは彼らが知っているのかと思って、訊こうとした。



「あなた。なぜここへ来たんですか。場所が分からなかったかな」


 ギアッチがザッカリアに寄って、横の椅子に掛けた。ザッカリアは困った表情でギアッチを見て、イーアンを見た。ギアッチはイーアンを振り返って説明した。


「この子はね。騎士見習いで入ったんです。今日来ることにはなっていましたが、初日は親が一緒だったと思うんですよね。ちょっと待ってて」


 親御さん探してみましょ、とギアッチが立ち上がると、子供が『いないよ』と辛そうに呟いた。振り向くギアッチは『どうして』と冷静に聞き返した。


「俺。朝にここの前の道で馬車降ろされたから」


「朝ってどのくらい早く?」


「明るくなる頃」


「昨日はどこにいましたか?」


「夜の間ずっと馬車だった。昼は家だった」


 ギアッチはそれだけ聞くと、うん分かった、と子供の肩に手を置いた。『私はね、ヴェリミル・ギアッチ。これから、あなたのお父さん代わりになります。一緒にここの総長に挨拶に行きましょう』力強く優しい声で、ギアッチは子供の背中を撫でた。『名前、言える?』『ザッカリア』『他の名前ある?』『ハドロウ』ギアッチは微笑んで、よく出来ました、と誉めた。


「イーアン。今日の授業はお預けです。頑張って作業に励むように」


 笑ったギアッチはザッカリアを立たせて、執務室へ向かう。廊下で一度振り返り『フォラヴ、私の教科書を後で届けて』と叫んで行ってしまった。



 フォラヴは工房に入り、『私だけがここに居ても問題ありませんか』と微笑んだので『もちろん問題などないです』とイーアンはお茶を淹れた。


「騎士見習いですか。確かトゥートリクスやロゼールもそうでしたね」


「ご存知でしたか。そうです。時々、身寄りのない子供や、兄弟の多い家庭の子供が、まだああして幼いうちから入ることがあります。あの子は少し・・・・・家庭環境に問題があったようですね」


 フォラヴの綺麗な空色の瞳に同情が浮かぶ。ザッカリアはお風呂に入っていないかも、とイーアンは自分の見た感じを話した。


「馬車を降ろされて草原を一人で歩くなんて。馬でも結構掛かるのに。お風呂に入れる生活ではなかったかも知れません」


 イーアンは想像した。


 朝っぱら、街道から草原を進む気もない親が、街道から支部まで長い距離があるのに、街道で馬車を止め、子供を一人下ろすこと。その辺に魔物がいるというのに、それでも置いていってしまう感覚。ザッカリアはその感覚の大人と生活していたのなら、お風呂なども気にしてもらえなかったのではないだろうか。

 可哀相に・・・と思ってしまう。でも実情を聞かないうちから、可哀相と決め付けるのは良くないので、それ以上は考えないようにした。


 寂しそうな表情のイーアンを見つめたフォラヴは『形だけでも勉強しましょうか』そう、沈黙を丁寧に取り除いて、話を切り替えた。



 一時間。フォラヴが付き添ってくれたので、幾らかの勉強が出来た。文字は少しずつ覚え始めたが、単語で綴りが変化したり、文字の形に慣れないのもあって、苦戦しっぱなしだ。


「私。一生、字が書けなかったらどうしよう・・・・・ 」


 イーアンは頬杖を付いて諦め口調で弱音を吐く。フォラヴが小さく笑って、イーアンの顎にちょっと指を添えて上を向かせる。フォラヴがそうした行動を取ると、あまりに似合い過ぎていて抵抗を忘れる。


「もしそうなら。私が一生、あなたの文字を支えますよ」


 そんな勿体無い理由で婚期を逃がさないで下さい、とイーアンが苦笑した。フォラヴが微笑んで『婚期なんて。考えるだけ無駄です』そんなこと必要ないでしょう、と言う。



「フォラヴは誰か好きな方はいないのですか?」


「目の前に」


 そうじゃなくて、イーアンは笑いながら遮る。そしてこの前の、デナハ・バスの女性陣に取り巻かれた時の話をした。『フォラヴみたいな素敵な人がいたら、きっと世の女性は是非に、と言う人が多いと思います』イーアンはフォラヴに良い伴侶が出来たらいいな、と思ってそう言った。


 フォラヴは、ちょっと寂しそうな顔をして溜息をついた。


「もうその話は終わりにしませんか。私は自分の気持ちに正直ですから、結婚するとか恋愛をするのは」


「勝手に押し付けてごめんなさい。そうでした、人の気持ちも考えないで」


 ハッとしてイーアンはフォラヴの言葉を遮って謝る。お見合いを勧める、親戚のおばさん状態になっていた自分に反省する。謝るイーアンにちょっと笑いかけて、フォラヴがイーアンの髪の毛をすっと耳にかけてあげた。


「あなたがお嫌でなければ。側に居させて下さい」


 微妙なお願いにイーアンは返事が出来ないが、とりあえず頷いた。やはり二人きりは宜しくない、と心に刻む。ギアッチのお父さんぶりが眩し過ぎ、ついついそっちに気が回って、フォラヴに気を許してしまった。


『ずっとここにいたいのですが、そろそろ退室しましょう』そう言ってフォラヴは教科書をまとめて、イーアンに『それではまた』と涼しい微笑を向けて出て行った。



 その後はひたすら作業を続け、鞘を縫い上げてから時計を見たら、11時になっていた。時間かかったなぁと鞘を見る。硬い革だからがっちり引き寄せるので、一目一目に時間が要る。手に肉刺(まめ)が出来てしまうくらい硬かった。


 出来た剣の記録を取っていなかったので、剣と鞘の両方の記録を付ける。細かい部分を紙に書いて、後は何かあったかなと思い出していると、扉がノックされた。



『はい』返事をして出ると、ザッカリアがいる。抜け出したかな、と思って『お茶を飲みますか』と誘うと頷いて入ってきた。


 ザッカリアを暖炉の前に腰かけさせて、お茶を淹れて渡す。喋らないけれど、どうしてかここへ来たかったのだろう、と思うと、少し嬉しかった。


「イーアン」 「はぁい?」 「イーアンは騎士?」 「いいえ。ここで仕事をしています」


 どんな?とザッカリアが訊くので、そうねぇと返事をしながら、作ったばかりの鞘に入った剣を見せた。


「これ、剣?」 「そうです」 「イーアンが作ったの」 「はい。作り立てです」


 イーアンが笑うと、ザッカリアは驚いているようにイーアンを見て『ここの人の剣はイーアンが作るの』と質問したので、それは違って、皆は売っている剣を使っていることを教えた。


「俺。これ使えるようになるかな」 「あなたが剣を覚えたら、もちろん使えます」


 他にもあるの?と訊かれて、イーアンは試作品を机に並べて見せた。『触っちゃダメ?』ザッカリアは伺うような目でイーアンを見たので、『触って良いですが、武器は危ないから手袋なら』と答えた。



 ザッカリアは夢中になって手袋を着けたり、握ったりしていた。歯の付いている手袋を気に入ったようで『これすごい』と笑った。

 笑顔を見せたザッカリアに嬉しくなったイーアンは、『これは私が自分に作った手袋なの』と教えた。私は弱いから、こうしたもので身を守らないといけないのですと話すと、ザッカリアは『自分も弱い』と真顔になってしまった。


 あ、間違えた。そう思うイーアン。せっかく笑顔だったのに変なこと言ってしまった、と反省。


「ザッカリア。あなたはこれからとても強くなります。ここに来た人達は皆、すごく強いのです。あなたもそうなります」


 イーアンは、ザッカリアの透き通ったレモン色の瞳をちゃんと見据えて励ました。ザッカリアの目は少し悲しそうだった。少し黙ってから、ザッカリアは(おもむろ)に話し始めた。



 話しの内容は自分がここへ来た経緯だった。想像していたが、それよりもキツイ。


 親の暴力なんて普通で、ザッカリアが子供の頃からスリをさせられていたことや、それでも貧しいからと救済院に預けられ、救済院の食事を持ってくるように言いつけられて、食事のたびに家に運ぶことが問題視され、そこを出された。

 ザッカリアには兄弟がいたようだが、本当に自分の兄弟かどうか、顔や肌の色が異なるから信じられなかったという。仕事の続かない彼の親は、とうとう、何人かを騎士修道会に出すことにしたらしく、給金が入ったら家に送るようにと命令されている。



「ザッカリア。家に送るのですか、あなたの働くお金」


 ザッカリアは俯いた。『送らないと』呟く声が悲しそうだった。その話をギアッチにしたか、と質問したら、首を横に振った。イーアンはちょっと考えて『ギアッチは必ずあなたを守るから話してあげて』と頼んだ。


「イーアンだったら、お金どうする」 「送らないです。私の人生は私が決めるの」


 その言葉に、ザッカリアが困惑した。イーアンは自分の幼い頃の話を少しだけした。彼のようなとんでもない境遇ではなかったが、貧しさや暴力はつきものだった。若い時のイーアンは早くに仕事に出たが、感情の起伏が激しく、自分を抑制するのが大変なくらい血の気が多かったことも話した。


「見えないよ」 「今もそうだったら大変です」


 ハハハ、と笑ってイーアンは答えた。そして肩や首にある傷の痕を指差して『こんな怪我をするくらい、無謀なケンカをすることもありました』と可笑しそうに笑う。


「あんな時。自分が自分で人生を選べると理解していたら、もっと怪我しなくて済んだでしょうね」


 私は人生は決まっていて、それは運命だと決め付けていたから、どうして私はこんなに酷い人生をとよく悩んだ・・・・・そんな話を聞かせた。



「ザッカリアの運命は分かりません。だけど今日からここへ来たのだから、良い方向へ進んだのです。もっと良く出来ます。ここで学んでもっとあなたが強くなるように、あなたの運命もあなたが作れるの」


 本当よ、イーアンはザッカリアの背中をぽんと叩いた。



 ザッカリアが何かを言おうとした時、扉がノックされて『イーアン。昼に行こう』とドルドレンの声がした。



お読み頂き有難うございます。

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