177. 朝一で愛妻(※未婚)を想うドルドレン
朝はのんびりした時間だった。
ドルドレンもイーアンも起きるのが少し早く、朝食までの時間はベッドの中で喋っていた。ベッドから出ないのは、イーアンは暖かい布団にいたかったのと、ドルドレンは肌の温もりを満喫したかった理由。
昨晩は楽しかった。
本当に久しぶりに、戦闘や遠征や仕事とは関係なく、支部の全員でああして集まって楽しい夜を過ごせたことが、ドルドレンは心から嬉しかったと話した。
魔物が出る前なら、ああいった集いもあった。だがそうした時はそうした時なりに、全体の一体感まではなく、好きな者が参加し、集うのを拒む者は来ない。そういうものだと思っていた。
皮肉なのか、面白いと言っていいのか。魔物に散々痛めつけられて仲間を失う道のりも通りながら、こうして今一緒にいる皆は、普段こそ別々だけれど、昨晩のような集まりを誰もが自発的に望み、誰もが一緒に過ごす実感の共有を求めていた。
「ドルドレンが良い総長だから」
朝日を受けて銀色に煌く瞳を見つめて、イーアンは微笑んだ。彼女の頬にかかる黒い螺旋の髪をそっと指でずらしたドルドレンは『そうではない。イーアンがいるからだ』そうだと思うよ、と答える。
「ドルドレンは皆さんに愛されています。あなたが大事にしてくれるのを全員知っているもの」
ドルドレンの首に両腕を絡ませるイーアン。『ありがとう。でもね、昨日はイーアンを慕う者をたくさん見たから、俺よりも君の方が愛されている気がする』そう笑いながらイーアンの唇に自分の唇を重ねた。
ドルドレンは、イーアンがなぜ、これほど多くの者の心を惹き付けるのかを考えた。
単純にこの世界を救う存在として呼ばれたから、そうした何かしらを相手が直感で感じるのか。
見た目が全く見慣れないから、興味本位で近づいてそのまま惹き込まれるのか。
付き合う内に・・・喋るだけでも、人となりに好意を持つことで気になる相手と化すのか。
以前、この話をイーアンとしたことがある。イーアンは『自分が変わってるからかも』それくらいですよ、と笑っていた。
理由を詳しく聞くと、『珍しい生き物や、見たことのない存在は、人は怖れもするし・・・手に入れようともするでしょう。ほら、見た目で差別されたり相手にされないこともありますし』と悲しそうに微笑んだ。彼女はそんなふうに、他人と自分を捉えているらしかった。
そんな見た目だけではないだろう、と否定したが、当人は最初から変わらず『一応、女性の体も理由にあるのでは』と、とんでもないことも言うくらい、自分に起こる出来事を意識せず流し続ける。
そう。『ただの中年のおばさんなのにね』と言った回数は数え切れない。何てことを言うんだ。ただの中年のおばさんが、ジゴロやオカマや若者や老年にモテると思っているのか。一国の王を射止めるか。その自覚の無さはないだろうに。
確かに、出会う全員のハートを撃ち抜いたわけではないが、的中率が如何せん高過ぎる。出先でさえ大モテだ。叔母さんや民家の人にまで影響力が強過ぎて、なぜか物は貰うわ、宿泊も出来るわ、まけて貰うわ、情報は貰うわ、また来てね~みたいな流れはしょっちゅうだ。
――王もそうだ。
初めて会議でイーアンを見た時に驚いた顔をしていた。それはイーアンの顔つきがこの世界にないからではないか。近づいてよく見たい、と思ったのか。彼は近寄り、そしてすぐに会議を閉じて小人数で話し始めた。
次に、イーアンと二人で話すと言い始め、40分近く話して戻ってきた時には、王はイーアンに名で呼ばせ、自分の存在を認めて欲しがっていた。もっと知りたい。もっと知って欲しい。そうした想いが彼の中に生まれたのだろう。
普通の女性ではなく、大義名分に沿う相手で、それも礼儀正しいが無類の変わり者だ。気持ちは裏がなく、幾つかの遠征で活躍しても、常に自分を控える誠実さや素朴さは普通じゃない。
しかしイーアン自身は、そうしたことを意識していないで動いている。だからこそ、王は自身もどこに反応しているか分からないまま、会話をする内に数多の魅力を小出しに受けて――
『総長よ。イーアンは、そなたとしか幸せになれないのであろうな』
そんなことを宿前で別れ際に言うくらいに、やられてしまったらしい。当たり前です、と言いかけて止めた。『はい』と答えて終わったが。
よくまぁ・・・・・ 他人の女に手を出そうと思うもんだ。それも男の方に向かって『彼女譲って』くらいのことを言うわけで、ビックリするどころか呆れてものが言えなかった。お菓子じゃないんだから。
さすがに王だし、引っ叩くわけにもいかない。しかし出来ることなら土埋にしてやりたくなった。一度、痛い目に遭っておかないと、あそこまで『純心ちゃん』だと今後、毒でも盛られかねない気がする。
「ドルドレン。もう起きましょうか」
ずっと黙りこくって、イーアンの胸にくっ付いているドルドレンを眠ったと思ったのか、イーアンが頭を撫でながら声をかけた。
それにちょっとくすぐったい、と胸からドルドレンを退かそうと身をよじったので、ドルドレンは朝から(少々いやらしく)ぱくっと口を付けた。だがその途端、頭をぺちっとはたかれ、しおしおと退く。
「朝はいけません、って言ったでしょう」
なぜ夜は良いの?そう訊きたくなるが、『じゃあ夜もナシ』と言われては一大事なので従うのみ。それくらいの分別はある。でも。ぱくっ・・・くらい良いと思うが。ちょっと、ぱくってするだけで、はたかなくたって。
ブツブツ言うドルドレンに笑いながら、イーアンは起き上がって着替えを引き寄せる。ほらほら、と着せられる毎朝に嬉しくはある。ふむ。こうしたことが結婚生活なんだな、と思う。
しかし早く結婚しないとならんな。どうにか結婚しよう。今のままでも悪くはないが、結婚しておかないと害虫が面倒だ。
ちらっとイーアンを見て考える。
彼女に、こうして着替えさせてもらったり。笑顔で擦り寄られたり。心配されたり。優しく撫でてもらったり。お菓子や料理を作ってもらったり。武器を作ってもらったり。ちゅーってしてもらったり。××××したり・・・・・
これを俺ではない誰かが代わりに受けるなど、言語道断だ。絶対在り得ない。そんなヤツこの世から抹消だ。いやいや、いること自体、困るのだ。早いとこ結婚せねば。王でさえ、彼女を狙ってくるなどという、とんでもない事態が現実に起こったのだ。うむ。急ごう。
「よし」
何かを決意したらしいドルドレンが、一人で『うん』と頷いた。
イーアンは自分も着替えていたので、隣の部屋で『よし』と言ったのが、一体何に向かって放たれた言葉か分からず、『そうですね』と、とりあえず相槌を打っておいた。
そんな結婚決意をするドルドレンをよそに。剣も鎧も作れる材料が豊富に揃ったのだから、せっせと今日も頑張ろうと思うイーアンだった。
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