176. 冬の夜の 裏庭宴会
王様たちを見送って、龍の待つ裏庭へ出るイーアン。青い布を体に掛けてはいるものの。出ている部分は寒い・・・・・
「お前は寒くないのね」
空にいるし、そもそも龍の生態なんて分からない。でも寒がってるイメージはないから当たり前だよね、と思いながら、イーアンは龍によりかかる。
・・・・・温かくない。鱗だから冷たい。分かっちゃいたけど、寄り添いにくい・・・すぐ体を離して距離を持つ。龍は寄り添いたがるが、困るくらい冷たい。夏なら良いけど真冬は無理。
いっそ青い布にファスナーでも縫い付けられたら、寝袋みたいに出来そうなものなのにと、ファスナーのない世界を寂しく感じる。いや。でも、精霊の力の宿る布にファスナー・・・その発想は良くない気がする。
うえーん。寒い~ イーアンは体温が低めなので、冷えるのがきつかった。
でも龍も出しっぱなしだし、寒いからと自分だけ建物に入るのは酷い。まだドルドレンが出発して10分経たないのに、後2時間ちょいも外で持つことを考えると心配が募る。
「温かい飲み物と焚き火が欲しい・・・・・ 」
ぼそっと呟くと『焚き火なら熾すよ』と後ろから声がした。振り向くと女装ハルテッドが来ていた。女装だと本当の女の人みたいで、不思議なことに警戒心がうんと下がる。
「ハルテッド。寒いから中にいて」
チュニックに外套しか羽織っていないハルテッドに、自分よりもずっと寒いだろうとイーアンは立ち上がると、ハルテッドは笑って『こんなくらい平気』とイーアンの青い布をきちっと前に寄せてやった。
「待ってな。草ないところで火を焚いたげるから」
龍、火は平気?とハルテッドが訊く。炎が嫌か知らないので、イーアンも龍に訊く。『お前、火は怖くない?』龍が明後日の方向を見て、べたっと地面に寝そべったので、多分気にもしていないと判断する。
大丈夫かも、と伝えると、ハルテッドが薪を持ってきて焚き火を熾した。
薪を運んでいるハルテッドを見た、他の騎士が何人か来て『何やってるんだ』と咎めるわけではないが、不審そうに言う。イーアンが『龍と待っている間、寒くて、暖を取るためにお願いした』そう事情を話すと、彼らは『そうなの。ふーん』と納得していなくなった。
ハルテッドが焚き火の側に大きめの丸太を置いてそこへ座り、横を叩いて『座んなよ』と笑顔を向けた。龍が気にしていないのを確認し、イーアンは龍から離れないくらいの近さで、焚き火の側の丸太に腰かけた。
「ありがとうございます。火があると全然違う。私は冷え性で」
「本当はさ。抱きしめた方が温かいと思うんだけど。それやると狂う男がいるからね」
ハハハ、とイーアンは笑って『お気持ちだけで充分です』と答えた。ハルテッドも笑いながら、火の世話をする。
ハルテッドは自分が小さい頃、自分たちは馬車を止めた場所で、焚き火をしながら夜を過ごしたことを話した。ドルドレンやベルと一緒に、火の回りで遊んだり、大人になったらどうなりたいと話したことの思い出話を聞かせてくれた。
「ハイル。お前、また」
声がして顔を上げると、お兄ちゃん・ベルが来た。『ごめんなさいね。ウチの弟がすぐ手を出してね』保護者同然の決まり文句(内容が、手を出した設定)をスムースに言う。手ぇ出してねぇよ、と美女にあるまじき発言をする弟。
同席の許可は不要とばかりに、ベルもその辺にある丸太を火の側に寄せて座る。
懐から瓶を一本出して『飲みます?』と酒を渡してくれた。 ・・・・・容器がないから口付けるのかな。若干心配が過ぎるイーアン。
躊躇うイーアンに気付いたハルテッドが『バカ。イーアンは女なんだから、なんか注ぐモン用意しとけよ』と兄の好意を容赦なく踏みにじった。
バカって言わなくても、とイーアンが慌て、『口、直に付けてしまいますが大丈夫ですか』少し覚悟を決めてからベルに訊くと、ベルは少し困った顔で『気が付かなくて』と言いかけたので、イーアンは微笑んで瓶の口から直に飲んだ。すぐさま瓶口を力一杯拭って、『ありがとう』と返した。
直に瓶から飲んだ姿に兄弟はちょっと驚いた様子でイーアンを見つめた。瓶を受け取ったベルから、ハルテッドが瓶を引ったくり、自分がその後に即、飲む。
美人は酒を浴びるようにごくごく飲みながら、イーアンを見てニコッと笑う。それもどうなのでしょう、とイーアンは思うが、強張る微笑みを返すに止めた。
「寒くないですか。イーアン何か食べた?」
声をかけられて裏口の方を見る。トゥートリクスが小走りに来て、手に持っていた肉を出した。『さっき他の騎士に、イーアンが外にいると聞いたから』だから厨房に行って茹でた肉を貰って来たことを話す。
――なんて優しい子なの?!(※兄弟も実は優しくしてくれてる)緑の大きな目が超可愛い・・・と思ってしまうが。ここは可愛がってはいけない。
少し熱いくらいの温かな茹で肉の塊を受け取って、『龍が近いけど、一緒に座る?』と自分の横に座るように促がした。ハルテッドがやや面白くなさそうな顔をしているが、トゥートリクスは嬉しそうに横にかけた。
『俺、龍嫌いじゃないんです。ちょっと怖かっただけで』正直なトゥートリクスに、イーアンはよしよし・・・したくなったが我慢した。肉をどう食べようかな、と思っていると、ベルが『イーアン。焼こうよ』と手を伸ばした。
トゥートリクス的には、イーアンだけが食べて欲しかったが、彼ら兄弟が得意ではない(性質的に掴めない)ので、イーアンが何も言わないなら自分も大人しくしていようと思った。
「ん?お前、それ焼くのかよ。じゃ、アレあった方がいーんじゃねぇの」
言葉遣いの下品な美女が何やら提案し、包みを受け取ったベルが弟を見ないで『あーそうだね』と了承する。『イーアン。美味いもん食べさしたげる』ハルテッドがニコッと笑って、建物の中に入っていった。
弟を待つ間に、ベルはその辺から平らな石を拾ってきて、酒をちょっとかけてから表面を手で拭いた。
イーアンとトゥートリクスは、不思議なことが始まるのが分かって、目を見合わせて楽しげにベルを見守る。
ベルが焚き火の端の方で石を置いて、少し炎にかかる位置に石を枝で押し込む。弟が戻り、手に肉と芋と焼き串を何本か持ってベルの側に座った。
芋は火のある薪の下に押し込んで、持ってきた燻し肉をナイフで厚めに切り分ける。茹で肉の包みを開けたベルが『アレちょうだい』と差し出した手に、弟が懐から赤い粉の袋と、ニンニクのような球根を乗せた。
ニンニクに近い味わいと香りの植物がこの世界にもあるが、イーアンが知っているニンニクよりもっと強烈に香り、味わいも辛いくらい。それをベルがさくさくナイフで薄く削いで、10個くらいに切り分けた茹で肉の塊に乗せる。上から赤い粉を満遍なく掛けて、弟が切った燻し肉でぐるっと巻いた。
焼き串に2つずつ刺して、火に入れた平たい石の上に肉を置くと、燻し肉の脂が煙を立てて焼け始める。
「俺たち、ホントはね。肉も先に味付けとくんだよ。でね、鍋に油張って、それでこれ火を通すんだけど、鍋なくても美味しいから」
ベルがそう言いながら、肉を裏返す。『肉、もう火ぃ通ってるから焼きすぎんな』弟が兄に注意して、自分は焼いている芋を転がす。
「ご馳走だわ・・・・・ 」
嬉しそうに目を細め、香ばしく焼ける肉の匂いにイーアンの恍惚の表情が溶け始める。
ハハハ、とベルが笑って『こんなのでご馳走って言われたら、もっと何かしたくなるな』と肉を丁寧に返す。トゥートリクスも面白そうに、炎の明かりに目を輝かせて、肉を見つめる。
「お前。誰だっけ。お前はイーアンにあげたかったんだろうけどさ、火があって何人もいたら、皆が同じで食事するもんだ。分けるんだ。そうしたら家族になれる。食べたら、お前もイーアンも俺たちの家族だ」
ベルがオレンジ色の瞳を優しげに微笑ませて、トゥートリクスの緑色の目に頷いた。話しかけられてちょっと驚いたトゥートリクスも、ニコッと笑って頷いた。『俺、ウィスです。ウィス・トゥートリクスって名前です』自己紹介するトゥートリクスに、ベルは頷きながら『俺はベルだ、ウィス』と笑った。
酒をトゥートリクスに渡して飲むように顎で示した。大きいお兄さんが出来たようなトゥートリクスは笑顔のまま、酒の瓶から一口飲んだ。
『イーアンも要りますか?』トゥートリクスが横のイーアンに聞いたので、イーアンは受け取ってそのまま一口飲んだ。
トゥートリクスの見てる前で瓶口を拭いたら可哀相かな、と思って(兄弟には思わない)だったが、それを見たトゥートリクスは困ったように赤くなっていた。
ベルの口がちょっと半開き気味で、『あの、俺も飲む』と手を伸ばした。ハルテッドが即やって来てイーアンの瓶を微笑んで受け取り、きちんと続きを飲んだ。そして瓶口を拭いてから兄に『ほれ』とぞんざいに渡した。
ベルが『拭くんじゃないよ』と抗議したが、弟は兄を睨みつけ、気持ちワリィと吐き捨てた。
もう良いかな、と酒を飲みながらベルが肉の串を引き上げる。弟が枝で引っ張り出した芋に串を突き刺して、夫々に手渡した。
焚き火で焼いた芋と肉の刺さった串は、香辛料のお腹を刺激する匂いと、肉端がジリジリ焦げて香ばしく脂泡立つ見た目で、とんでもないご馳走のような印象だった。
「辛いのかな」
トゥートリクスは赤い粉が唐辛子かと思っていたが、齧ると辛くなかった。『辛くも出来るよ。でもこっちのほうが美味い気がする』ベルも齧りながらトゥートリクスに答えた。
ハルテッドがイーアンに『この辺にタタナラの実があんまりないから、生はなし。粉があると便利だよ』と説明した。
タタナラの実とは野菜らしいが、大きな変形ピーマンみたいなものと理解した。この世界の野菜は非常に味わいが良くて香りも強い。ハルテッドたちが馬車で動いていた時は、その赤い粉を大袋に一杯入れて馬車に積み、料理する時はよく使った・・・と言っていた。
しかし。肉の脂が染みた芋も、肉の強烈な美味しさも、あまりにも感動しすぎて倒れかける。脳天がくらくらするイーアン。そもそもこの手の料理は滅法好き。
横で溶けるイーアンを気にするトゥートリクス。 ――多分、イーアンは溶ける。美味しいから分かるけど、大丈夫かな(※要注意兄弟有)・・・・・
案の定、イーアンが溶け始めて呻く。呻き声が身悶えと恍惚の笑顔を伴うので、見ている男の視線は集中的に注がれる。丸太に座る腰をくねりながら、吐息混じりに『あん』とか『どうしよう』とか『いやん好き』とか囁き声にも似た色気で呻く。肉と芋食ってるだけで悶える女に『すごいサービスだ』と兄弟は生唾を飲む。
「ハイル。もう少し肉持って来い」 「お前持って来い。俺は見てる」 「お前、行けよ」 「お前が行けばいいじゃん」
押し付けあいながら(視線は肉に悶える女から動かない)、もう少し食べさせようと企む兄弟の後ろから『おい。肉いるか』とクローハルが近づいてきた。
いやらしい声が聞こえて誘われた虫のように、やって来て見れば。イーアンが串にしゃぶりついて身悶えしていると知り、大急ぎで厨房から肉をかっぱらってきたクローハル。
警戒して振り向いた兄弟に『何も敵意はない・・・』穏やかに首を振り、燻し肉と茹で肉を差し出す。隊長の視線を信用(?)し、ベルが食材を受け取って手早く切り分け、ささっと串に刺して焼き始める。
俺にもくれ、とクローハルが肉串を求めたので、渋々くれてやる。そして、イーアンが食べ終わったのを見計らってもう一本差し出すと、イーアンは歓喜して肉を受け取った。
トゥートリクスは見つめるのみ。自分が見張りにならなければ、と心に誓う。この人達に勝てる気がしないけど。
「美味しい?」
ハルテッドが妖しい微笑でイーアンを覗き込む。
イーアンはちらっとハルテッドを流し目で見ると(若干酔ってる)、警戒心0で肉にちゅうっとキスする。溶ける笑顔で『たまんない・・・』の一言を発した。
それを合図のように、ハルテッドの腕が彼女の腰に動きそうになるのを肉串で刺すクローハル。睨みあうオレンジの瞳と胡桃色の瞳。ぶつかる視線に火花が散るが、男同士で見つめあってる時間はない。
肉になりたいクローハル。自前料理で落とせる(※決定)女に感謝するベル。このまま食べさせ続けたいハイル。頑張って見守るトゥートリクス・・・・・
ふと彼らは後ろから視線を感じ、ちょっと振り返ると、裏庭口に結構な人数が集まっている。
『酒要る?』『そっち行ってもいいですか』と参加表明を叫ぶ。知らない間に火が5つくらい焚かれて、何故か席が増えている。
何だか分からないうちに会場化した裏庭で、真冬の夜空下は宴会状態になる。勝手にキャンプファイヤー。龍もいるが、寝ているのか目を開けないで寝そべっている。誰も龍を怖がることなく、焚かれた火の側で笑い声や楽しそうな会話が飛び交う。足りない酒や食べ物を渡しに行く姿も彷徨う。
2時間はあっという間に経過し、夜も8時前ぐらいの時間。ドルドレンとポドリック、ブラスケッドとヨドクスの馬車が帰ってきた。
「何で誰もいないんだ」
厩に馬を入れて、馬車を返す。どこからか声が響いてくるが、玄関にも広間にも誰もいない。表から入って鎧を置き、厨房にも誰もいないので訝しむドルドレン。
「おい。裏だ、裏」
ブラスケッドが裏庭口の方に顔を向けて言う。4人が裏庭に出ると、何故か裏庭で宴会が・・・・・
「ドルドレン」
イーアンが焚き火の側に立って手を振る姿を見つけ、ドルドレンは急いで駆け寄る。『ただいま。これは』言いかけるドルドレンの腕を引っ張って自分の横に座らせ、イーアンは嬉しそうに肉の串を差し出した。
「おかえりなさい。龍と待っていたら、トゥートリクスがお肉をくれて、ベルやハイルが料理してくれました。これとても美味しいのです」
何が何だか分からないまま、ドルドレンは頷きつつ、イーアンが串から外して摘んだ肉をぱくっと食べる。
うん。懐かしい。これ前よく食べた。目の前のイーアンが溶けかかっているのが気になるが・・・酒の匂いもするし。だが真横に、心配そうに見ているトゥートリクスがいるので、とりあえず安全であったことは分かる。良かった。
あの兄弟も酒を飲みながら肉を焼いてる。一番危険なクローハルもいるが、とりあえず突っかかってこないということは、大人しかったのだろう(理由は分からないけど)。
振り返ってみると、ポドリックもブラスケッドもヨドクスも裏庭口には見えない。既にどこかの焚き火にいるらしい、彼らの声がする。
イーアンの後ろ側には龍が寝てる。
これはこれで・・・・・ 幸せなんだな。ドルドレンは目の前の光景に、少し嬉しく思った。
ベルが『ドルの好きなのって、こっちだっけ』と肉の脂身を外して別個に焼いてくれた。脂身は芋と一緒の方が美味しい、と思っていたドルドレンの好みを覚えていたベルが、別に並べて焼いた串を渡してくれた。
ドルドレンは懐かしいような、新鮮なような、過去と現在が行き交う不思議な・・・でも満足を感じた。
寄りかかる愛する人。嬉しそうに笑顔で見上げ、他の騎士に話しかけられて答えている。彼女の髪の毛に顔を埋めて頭にキスして、『ちょっと食べてみるか』と自分の好きな焼き方の串をおすそ分けした。
美味しがって蕩けるイーアンを複雑な心境で見守るが、でも。何て楽しい夜なんだろう、と温かい気持ちが満ちる自分がいる。仲間が楽しんでいて、笑っていて、何も怖がっていない。真冬の夜なのにここだけ熱気が満ちて、美味い料理と焚き火の匂いに包まれて、遠征でもなく普段着で。
総長になってから、こんな時間が与えられるなんて思わなかったな。ドルドレンは微笑んだ。
クローハルが持ってきた酒を受け取って飲み、寄りかかるイーアンを抱き寄せて、火の温かさと仲間の楽しげな声を聞きながら過ごした。
お読み頂き有難うございます。
これを書いている間に聴いていた曲が 『Trouble』(~Avicii)という曲なのですけれど、とても良い曲で、歌詞も素敵でした。話しの後半でドルドレンの想いを書きつつ、この歌詞があうなと思っていました。
素敵な曲です。もし関心がありましたらどうぞ聴いてみて下さい!!




