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魔物資源活用機構  作者: Ichen
龍と王と新たな出会い
175/2944

175. 王様帰宅へ

 

「ということだ。愛してるよ、イーアン」



 ドルドレンは工房で待っていたイーアンに一通りの話をして、微笑み、抱き寄せた。イーアンの髪に顔を埋めて深呼吸する。ようやく安堵した。


「ドルドレン」


「泣かないで。俺だけではない。皆が君を守るために王に立ち向かったのは、君が俺たちを守り続けてくれていることがちゃんと分かっているからだ」


「私は。私は本当にここに来て良かった。こんなに大切にしてもらえて、私本当に感謝しかなくて」



 言葉が続かないまま。イーアンはドルドレンに抱きついて涙が止まらなかった。


 身も知らない女を受け入れてくれたドルドレン。男性だらけの寄宿舎で誰がどんな反応でも、言い訳もなく真っ向から守り続けてくれたドルドレン。話したら分かってくれた騎士の人達。何をして良いか分からない自分に、側で助けてくれた騎士の人達。何かあると命懸けで戦ってくれた騎士の人達。笑顔で挨拶して、気にしてくれて、見守ってくれて、信じてくれた人達。


 イーアンの心に愛が一杯だった。みんなの愛情に心が一杯。自分の皆への愛に心が一杯。


 大きな手で優しく撫で続けるドルドレン。温かで逞しい体に包み込んでくれる、最高に素敵な愛する人。私の命が消える最後の僅かな一瞬まで、この人のために。この人の仲間のために、私は使い尽くして生きようと、溢れ出る熱い愛情に思う。


「ドルドレン。ありがとう。愛しています」


「俺も愛しているよ。イーアン」


 ぎゅうっと抱き締めて、一緒にいることをほんのちょっとでも、こぼすまいと抱き合う二人。『皆さんも愛してます』胸の内のイーアンの言葉に、ぴくっと反応するドルドレン。『皆は・・・良いんじゃない?愛さなくて』ちょっと言葉を変えてほしいかも、と提案する。イーアンが小さく笑った。



 工房で一頻(ひとしき)り抱き合って泣いた後、イーアンはドルドレンに連れられて広間へ移動した。



 時間はもう夕闇の頃で、もうじき夜が来る。広間の暖炉が焚かれる中、いつも夕食時に集まり始める騎士たちが既に広間に出ていた。総長に連れられたイーアンに、思い思いの言葉をかけてくれる夫々。


「良かったな」 「ここから出なくて済んだよ」 「一緒にいような」 「お菓子美味しかったです」


 温かい一言が、涙腺に届く。嬉しくて涙ぐむイーアンだったが、お礼を返し、頭を下げながら笑顔で、笑顔で。泣かないで、笑顔のまま進む。玄関まで――


 まだ扉の開いていない玄関口に、王の一行がいた。ケタケタしていた気の毒なセダンカは正気に戻ったか、異様に疲労しており、騎士団に付き添われて近くの椅子に座っていた。

 王はイーアンが来るのを見つけ、一歩前に進んだが、すぐ躊躇って立ち止まった。



「イーアン。泣いてしまったのか」


 ドルドレンに肩を抱かれる、イーアンの濡れた目を見たフェイドリッドの顔が、戸惑いながらもすまなそうに固まる。


「そんなに。それほどそなたは、この支部が」


 言葉にならない自分の気持ちが、フェイドリッドの中で交錯した。若いならまだしも、大人の女性が・・・泣くのを堪えられないほどの辛いことを、自分が与えたのかと思うと。何にも彼女のことを分かっていなかったのか、考えていなかったのか、と理解した。



『あなただって、やっと手に入れた住まいを奪われたら嫌ですよね』そう言った騎士がいた。


 いつもイーアンと一緒に何か作っていた、人間に興味のなさそうな男・・・・・ イーアンはここが()なのだ。男所帯でも何でも、ほんの2ヶ月程度でも。北西の支部は、彼女の家。



「フェイドリッド。あなたの思い遣りに感謝しています。そのお心遣いを受け取れない私をお許し下さい。私は彼らと一緒にここに生きています。彼らのいない世界は、私の世界ではないのです」


 イーアンは微笑みながら、ゆっくり頭を下げた。


「また王城で変化がございましたら、どうぞお知らせ下さい。龍と共に伺います」


「 ・・・・・そうだな。それが良いのかもしれない。辛い思いに気が付かなかった、鈍い私を許してほしい」


 とんでもないことを仰らないで下さいと、イーアンが慌てて止め、『あなたの深い恩寵は、私に勿体無いばかりです』と続けた。


 青紫色の瞳が少し潤む。手を伸ばしかけて、フェイドリッドは手を止めた。『また会おう。すぐにでも』言葉を切って、続く気持ちを飲み込んだ。


「あの。そなたの歓迎の菓子。あれをまた食べたい」


 あっ、と叫んだイーアンは、そそくさ厨房へ走って行ってしまった。突然放り出されて、ドルドレンも王もびっくり。周囲もびっくり。

『彼女は?』『ええと。多分すぐ戻ります。いつもあんな感じで』ドルドレンも、イーアンが何を思って行ってしまったか、よく分かっていない。


 1分ぐらいでイーアンは戻ってきて、手に持った包みを王に差し出した。


「お菓子がまだありました。少ないですが、お帰りの道で少しお腹に入れば」


 差し出された包みは両手の平に乗り、『皆さんで少しずつの量ですけれど』と笑顔と一緒に王に向けられた。フェイドリッドは一度睫を伏せ、イーアンの両手を取って菓子を受け取り『ありがとう』と微笑んだ。


「大事に頂こう。また作ってくれるか」


「はい。いつでも。遠征でなければ」


 遠征の言葉に王が苦笑して、少し困った顔をしながら『頼む』と頷く。食べたくなったら手紙をよこす、と言い添えて、菓子の包みを大事そうに抱えた。



「送りましょう。ここから近い宿まで1時間ほどです」


 ドルドレンがイーアンを見て『王を送ってくるから』と言うので、イーアンはちょっと考えた。ドルドレンの袖を引っ張って『笛を持って行ってください』と耳打ちする。やや頬を染めて悩ましげな顔をする総長だったが、言われたことに『?』の反応。


 イーアンは小さな声で続けた。


「とりあえず、ここに龍を呼んでおきます。それで私の笛を持って往復したら、魔物は来ないと思いませんか。お留守の際に支部に魔物が来るとしても、龍はいますから安全です」


 あ、なるほど。ドルドレンはぽんと手を打った。『その案は確かだ。では良いか、笛を借りても』小声で返すドルドレンに、イーアンは微笑んで『はい。それでは龍を呼んでおきます』と外へ出て行った。



「彼女はどこへ」


 もう出発する王が気にして訊く。彼女はまた見送りで来るから、と総長が伝え、王の一行は表へ出た。

 騎士たち総出で見送る中を、正門に用意された馬車に乗りこんだ。護衛にヨドクスの馬車も付き、ポドリックとブラスケッドも同行する。外にいる全員の耳に、奇妙な笛の音が聞こえる。ドルドレンがウィアドに跨った時、空が柔らかく白く光った。


「来たか」


 見上げた先から小さな点が生まれ、勢いを増してあっという間に裏庭へ龍が降りた。少し待つと、イーアンが玄関口から小走りに出てきて、ドルドレンに笛を渡した。


「気をつけて行ってらっしゃい」 「うん。少し留守にする。龍と共にいなさい」


 ドルドレンは馬上から手を伸ばし、イーアンの額を撫でると『行ってくる』と微笑んで馬を進めた。


 後に続く馬車を見送りながら、馬車の窓からフェイドリッドが、イーアンを見て優しく笑顔を向けたのが見えた。


お読み頂き有難うございます。


王様フェイドリッドが帰宅。帰宅という表現は庶民的かな、と思いつつ。イーアンの家が普通の家ではなく支部であることから、『家』の意味合い=落ち着く先と捉えて、王様は王城がおうち・・・、おうちに帰る=帰宅。の意味で使いました。だから何?と言われましたら、深い意味はありませんで、ごめんなさいなんですが~



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