174. また今度で
「総長。イーアンを思うなら・・・彼女に良い暮らしをさせたいとは思えないのか」
「もちろん常に考えています。私の楽しみは妻・・・いいえ、まぁ、妻にいずれ成るイーアンの笑顔を絶やさないことです。ですので、ここで彼女を守るのです」
「妻・・・・・ そうです。妻は大事ですよ」
セダンカの腹の底から滲み出る重さある一言は、何やら違う方向から来たっぽいが、ドルドレンはとりあえず頷いた。フェイドリッドは総長の灰色の目を見つめる。
「私は、彼女を引き取ると言っているのではない。彼女がすぐにでも良質の、いや、最上級であろう。彼女に相応しい生活を始め、自分の仕事を拡大するに充分な場所へ移る方が、彼女の為に成ると言っているのだ」
「俺から離れて、イーアンが幸せなわけないのです」
「そ。その、もの凄い言い切り方っ カッコイイ・・・・・」
横にいたセダンカが何故か打ちのめされて、羨ましいとか、私も見習わねばとか言いながら、グッタリと手摺りに凭れかかる。『そこまで言えたら、私は昨日、家にいた』事情の見えない、後悔めいた言葉に苦しんでいる。
王が怪訝な表情で、真横の椅子に呻くセダンカを見てから、ドルドレンに視線を戻す。
「では。ここの支部を改築できるか?
私は騎士修道会は直接関われない立場だ。騎士団であれば手が出せても、教会の範囲は王城とは別物だ。
今回も異例ではあったが、国のためとなれば、王城が手助けするのはおかしなことではない。だから通った話だが、騎士修道会の施設を改築するなどとなれば、それは私が口を出せない範囲だ。しかしイーアン一人であれば王城で面倒を見ることは出来る」
青紫色の真っ直ぐな眼差しに、ドルドレンは少し懸念があった。その懸念はおそらく真実のようにも思えた。
「殿下。なぜそこまでしてイーアンにこだわるのですか。
イーアンが例え王城で、そんなことはありませんが、例え・・・王城に入ったとしても、イーアンの身分や立場を蔑む者しかいないでしょう。
それをよくご存知の殿下が、なぜイーアンをわざわざ王城で面倒見ようと仰いますか」
ドルドレンの言葉は抉り出しに近い問いかけだった。灰色の瞳が刺さるように、王は目を伏せる。
「上手く言えない」
――そう言われても。それでは先に進まんだろう。何かしら理由はあるのだろうが、はっきりしない。
最優先事項(※国の機関設立=『魔物退治を支える会』)は後回し。今夜でも連れて行く・・・くらいの理由は『不憫』一本。子供じゃないんだから。
あのニャンコ可哀相、あのワンちゃん可哀相。だからお母さんウチで飼っても良い?世話は私がするから~というアレだな。決して世話はしないのだ。子供心に口約束の利便性を覚えてしまう第一段階である。
大体において、その可哀相なニャンコとワンコの世話は、放っておけないお母さんかお父さんが行なう。
王はイーアンを面倒など見れないだろう。見させないけど。
・・・・・ん? ということは。王はイーアンをお気に召した? いやいや、バカ言うな(←王様相手)。お前、32くらいだったろ(お前=王様)。どれだけ年齢差があると思ってるんだ。行き遅れとか、結婚できない不能みたいな噂が立っているというのに(遠慮0)。
あれか。変わり者(←※愛妻)に自分の可能性を感じちゃうとか、意味わからんことで、自分発見を信じるアレか。そんなことで口説けると思うなよ。そんな他人任せな自分発見野郎に、他人の人生の面倒を見る所帯なんか持てるか!
ドルドレンのメラメラする灰色の瞳を見ることができないまま。どうにか言葉を探して、言いにくそうに告白じみた胸中を呟くフェイドリッド。
「上手くは言えないが。総長がどれほど、イーアンを大事に思っているのかも分かったが。だがあの賢く謎めいた優しいイーアンが、戦う男同様の生活の中にいると思うと。もっと寛げる美しい空間に・・・しかし、それで足りるかも分からないだろう人なのに。
せめて、すぐにでも私に出来る限りの・・・良い状態で生活させてやりたい」
――あ~。やっぱりそうだ。自覚はないけど好きっぽい。
気に入った女に良い暮らしさせたくて貢ぐタイプだ。自分の立場も背負うものも等閑に、女にやられるタイプ(※自分もそう)。そんなので立派な王になれると思っているのか!情けない(※自分もそう×2)!
それも俺のイーアンに唾付けようとは良い度胸だ。絶対お前などに(←王様)連れて行かせはしない。イーアンはただの変わり者ではない。俺の愛妻なのだ。変わり者の愛妻だ(?)。
・・・・・そう思うとコイツ(王様)の言動は間男ではないか(※間男決定)。ぬっ!怪しからんっ!!
執務室の空間の重力が、ズシン。体感レベルで増える。ドルドレンの怒りが最高潮くらいに登りつめる。
体のダルさと重さが尋常ではないことに気が付いたセダンカは、本能的に、目の前の男が非常に危険な精神状態に達していると察し、慌てて凭れていた椅子から起き上がる。よく聞いていなかった・・・・・
だが。真横にいる殿下は困惑している様子。もしや。殿下・・・・・ これは言ったな。臨界点に触れる言葉を。しかし殿下は、総長の怒りを買う言葉を発したとは気が付いていない。自分没頭の視線。
・・・・・あんたっ(←王様)! あんた総長を怒らせたのかっ。 甘ちゃんだとは思っていたが、32にもなって甘ちゃんとは。人生でやってはいけない罰ゲームに、甘ちゃん過ぎて自ら飛び込んだか。うううっ、今、正にその場面ではないか!
私まで巻き込んで、どうしてくれるのだ。
仕事だからと、離婚ギリギリのリスクを犯してまで、あんたに付いてきて。清々しい朝に魔物に殺されかけた上、その夕方に、魔物を殺す男に殺されかけているとは!!冗談も休み休み言え(裏声)!!
今夜すでに帰宅は出来ない以上、私は妻の怒りにも晒される。しかしこの状況は、妻に会えるかどうかも怪しくなっているではないか。あんたは未婚だから良いけど、私は22年も結婚生活を大切にして来たのだ。それも昨日、あんたのせいで台無しだっ。
どうしてくれるんだ。王様なんだろ、あんた!どうにかしろ。早くしろ。今すぐしろ。この魔物を殺す男の陣地に平気で足つっこむ馬鹿がどこにいるんだっ、あーいたよ、いるよ、ここにいりゃ世話ねぇや(セダンカ崩壊)!!
誰でもいいから助けてぇ! 誰か、早く、早く、殺されるぅ!!私は無関係だっ、ただ妻に会いたい、哀れな男なんだ!!
気がふれる寸前の哀れな男・セダンカの心の雄叫びは、通じた。
がんっと音がして、執務室の扉が壁に打ち当たる。
見れば、クローハルが真っ向勝負の顔で立っていた。ドルドレンは眉根を寄せる。クローハル・・・・・
『イーアンを連れて行こうとは。どこのどいつだ』覚悟を決めた本気の声が響いた。
セダンカの腰の抜けようは凄まじかった。さらに自分の命を狙う強敵が増えたのだ。もう椅子の背もたれに縋り付きながら震えるしか出来ない。
だが。人生は無情ではなかった。次の瞬間、セダンカの一縷の希望が灯される。
「誰なんだよ。イーアン連れてくって言ったヤツ」
茶色い艶やかなサラサラストレートヘアをかき上げる、オレンジ色の瞳の超絶美人(※♂)が不満丸出しの顔でクローハルの後ろから出てきた。喋り言葉がちょっと男らしい気がしたが、セダンカの胸に熱い泉が湧く。
超絶美人は鎧を脱いでチュニック姿で、王とお付きの者に(※セダンカ)ずかずかと近寄る。
「あんたぁ?イーアンここから出すって言ったヤツ」
長い足を片方持ち上げ、机をガンッと踏みつけた。
セダンカ、目の前に降臨した美女の腿と腰とバカでかい胸をガン見。息を荒くしながら、無謀にも頷く。ハルテッドが顔を近づけて『そう。あんたなの』ときつい目つきで睨んだ。
私ですっ。私っ。横の甘ちゃんではなく、あなたに触れられるのは私なんですっ。ぶってもいい。蹴ってもいい。あなたの扉の中に入れて下さい。出来れば死なない程度にお願いします!!
「ハイル。よせ。彼は敵ではない」
ドルドレンが美女の横行を制した。止めている割には、声が低すぎて、地獄の奥から轟く背筋の凍る音。
ハイルと呼ばれた美女は、長い髪をかき上げて舌打ちし、机を踏みつけた足を持ち上げて机を蹴る。
下品どころか獰猛な美女。『敵以外の何っつーんだよ』発した言葉も絶好調の口の悪さ。セダンカの壊れた脳みそは絶賛歓迎中。
――もう妻には戻れないかもしれない。でも私はもう心配しない。もう怯えない。失うのは過去を求めるからだ。未来を求める者には与えられるのだ。
この湧き上がる、青年のような生き生きした私の魂。これはまさしく、私の第二の人生への瑞兆だ。彼女(※♂)に下僕と仕えるのも新しい人生だっ!!そう、私は、獰猛危険極まりない彼女に恋した哀れな男!! あはははははっ良いじゃないか! 私の扉!私の人生! 真っ逆さまだーーーーーっ
ケタケタ笑い始めた奇妙な男に、ハルテッドは引く。『コイツ、やばくない?』ちょっと気持ち悪くなって机から足を下ろし、ドルドレンの後ろに下がる。
ドルドレンも引いてはいるが、セダンカの中で緊張が達して崩壊したとは理解した。
笑い始めたセダンカに、フェイドリッドも眉を寄せて凝視する。『セ、セダンカ。大丈夫か』小さな聞こえないくらいの声(こっち向かれても嫌)で心配の言葉を掛ける。
壊れたように見える男に困惑しつつも、クローハルは王に近寄る。
「殿下。俺がここに来た理由は一つ。イーアンは北西の支部の人間だ。彼女は俺たちと離れない。俺たちを置いてどこにも行かない。代わりはいない。それを殿下に伝えるために来ました」
「そうですね。イーアンをここから引き離すなんて、法律でも無理ですよ」
ダビがゆっくり入ってきて、クローハルの言葉を引き受ける。ダビは王を無機質な目で見つめて、『あなただって、やっと手に入れた住まいを奪われたら嫌ですよね』と普通の人に話しかけるように言う。
「こんな失礼をお許し下さい。しかし私も口を閉ざすことは出来ません。例え一国の王であろうと、私の心から光を奪う権利はないのです」
寂しそうな微笑を湛えたフォラヴが、ダビの後ろにいた。『私は人の世ならざる聖なるものと、彼女を守る約束を交わしたのです。暴言に聞こえようとも、どうぞお聞き入れ下さい』白金の髪をふわっと振り上げて、妖精のような騎士は頼んだ。
「イーアン、魔物退治も工房も料理も好きなんです。ここに、そっとしておいてあげてくれませんか」
「王様はイーアンをどうして連れて行くんですか」
「賢い王と聞いておりますが。たった一人の女性でもないでしょうに。彼女に白羽の矢を立てないでもねぇ」
ロゼールもトゥートリクスも。ギアッチも執務室に入ってくる。片目の騎士が後から入り『混雑してるな』と笑った。
「いやしかし。俺たちの戦う運命に与えられた、守り神を取り上げるのか。それは『どうぞ』とは言えないな」
ブラスケッドは王を見て、不敵に口角を上げる。気が付けば、執務室に吸い寄せられるように騎士が集まってきていた。
ドルドレンは何も言わず、目の前に座る王を見つめていた。
廊下に溢れる騎士たちをくぐって、オシーンが入ってきて、王とドルドレンを交互に見た。
「ドルドレン。お前がするべきことは一つだ。王よ。あなたが得るものは人ではなく、信頼という力だ」
深く佇む冬の海のような瞳で、オシーンはそれだけ告げると出て行った。ドルドレンは王の青紫色の瞳を真っ直ぐ見て口を開いた。
「殿下が我々の下から彼女を連れて行くということは。すなわちオシーンの助言でいう、信頼を放棄することです」
座るドルドレンの周りに騎士が立ち並ぶ。(一人ケタケタしている男は放っておいて)
「その信頼の重さと強さは。殿下が今朝、知ったとおりです。この意味が通じますか」
王は大きく息を吐き出す。自分の周囲を囲み、目の前の黒髪の騎士を始めとし、総長の彼を取り巻く騎士たちの姿に威圧されていた。
「総長。理解した。私は一旦、王都へ戻ろう。イーアンはここに残してゆく」
ドルドレンの銀色に光る瞳が静かな笑みを含む。
騎士たちが一斉に笑顔を作って歓声を上げた。セダンカの笑い声もかき消された。
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