166. 王様訪問日~朝
冬の朝。窓が凍るようになって、数日目。
吐く息も白く、凍えるような部屋に寝起きしているイーアンは、工房に行く時間が早くなりつつある。工房には暖炉がある。早く火を入れて、早く工房へ行きたい。そうした想いが募る朝。
ドルドレンは上半身裸でも(最近、全裸)、布団からちょっとはみ出てても、寒さなど全然気にしないで眠っている。他の騎士からも『最近は寒くなった』と会話も上らない。そうした弱音を聞かない。
やはり人種の違いなのか。それともこの世界の人は寒さに強いのか。体温が高いのか。何が理由なのか分からないが、皆さんとにかくまだ寒くないみたいである。
精霊が渡してくれたあの青い布が唯一、自分の体温管理を任せられる重宝な存在、と認めたイーアンは、どこへ行くにも青い布を手放せなかった。ドルドレンと離れる時間があっても、青い布とは絶対離れられない。
「だけど今日は。フェイドリッドが来るから」
ぽそっと呟いて、寒いけど、もう着替えることにした。着替え中は心臓が止まりそうな寒さでツライ。
早めに起きて、早めに暖炉に火を入れて、彼らがいつ到着しても良いように工房を暖めたり、もう少し試作の工程を進めて見応えのある状態にしておこう、と考えた。
モイラのカードを封筒に入れて、宛名を写しておく。今日送ろうと決めた。ちゃんと読めるといいな、とちょっとした心配もあるが・・・・・
ドルドレンが確認したから大丈夫とは思うものの、字が綺麗とか汚いとか、そういったことはまだよく判別できない。普通に読んでもらえることを祈る。
ぐっすり快適そうに眠るドルドレンの額にちょっとキスしてから、イーアンは工房へ足早に向かった。
廊下で数人の騎士とすれ違う。『おはよう』と交わしながら、小さいけどお菓子を昨日焼いたから厨房で受け取って、と頼んだ。彼らは『楽しみだ』と笑顔を向けてくれた。
工房に入ってすぐ、冷蔵庫並みに冷え切った室内に驚きながら暖炉の火を熾す。ドルドレンやハルテッドのようにあっさり火をつけられるようになるまで、後どれくらいかかるのかしら・・・火をつけるのに手古摺るが、どうにか火は立ち上がった。
お湯を沸かすために、これまた一度外へ出る。工房の窓さえ霜が付いているのに、表の水はどうなのだろう、と触れると水が凍っていて出てこない。今朝は殊の外寒く感じた。
仕方なし、厨房で水をもらうことにした。厨房はもう朝食の仕上げに入る頃だった。水を求めると、『イーアン、水は重いよ』と、気にしてくれた一人が運んでくれる。何て良い人なんだろう、と感激しながら一緒に工房へ戻った。
『初めて入ったけど、ここは面白いね』水を運んだ騎士が目を丸くして興味深そうに工房内を見回した。彼の実家は木工家具を作っている、と話し、『親父の部屋もこんな感じでしたね』そう懐かしそうに工具を眺めた。
「俺はブラスケッド隊長の直下の、シュネアッタ・ブローガンです。シュネアッタで良いですよ」
短い金髪と綺麗な薄緑色の目と、ちょっと八重歯が見える可愛い笑顔のシュネアッタは、『また寄らせて下さい』と笑顔で厨房に戻って行った。
工房に一人になって、イーアンは昨日の剣の硬さを確認する。
「おっ。これは良いかも」
膠が乾いて沈んだ部分は毒を塗る溝には適している。ただ、膠が毒に耐えるかどうか疑問なので、それはまだ試験待ちということにして。
ゆっくり力を入れて膠の付を確認すると、12時間後ではあるがまぁまぁ問題なしと分かる。1日は置いておきたいところ。強度は自分の想像より上の様子に、イーアンは満足した。
時計を見ると、そろそろドルドレンが目覚めて慌てる頃と分かり、急いで寝室へ戻る。戻ると丁度、ドルドレンがベッドの上に起き上がって焦っている現場に出くわした。
何も言わずに大袈裟な溜息を吐いて、ドルドレンが両腕を広げる。扉を閉めて、イーアンはそそくさベッドに寄ると、ドルドレンが力の限りで抱き締めてきた。
「どうしてイーアンは。朝から、そうやって俺を放っておいて」
よく眠っているから起こせない、と伝えて、朝一で悲しそうな顔を向けるドルドレンに微笑んで、ゆっくり口付けする。
「それにほら。今日はフェイドリッドが来るから、早く工房を暖めようと思って」
他の男のために・・・ドルドレンはイーアンを抱き締めながらベッドに倒れる。『他の男って、王様ですよ』イーアンが笑うと『そうだけど。そうじゃなくて。ダメなの。ダメなんだよ』よく分からない駄々をこねる美丈夫。
よしよし、してあげる。よしよし、は気に入っている様子なので、キスもしてあげる。機嫌が直り始める。ドルドレンの頭を抱えて頬ずりもする。機嫌が回復した。
「イーアン。その。この服を脱いでも」
またおかしなことを・・・と笑い飛ばして体を起こし、『あなたももう起きて。お食事に行きましょう』。
さぁさぁと促がして、ぶつくさ言うドルドレンに服を渡す。下半身は見れないので(下半身の朝)、上半身だけ見つめながら、ちゃんと着替えるのを見守るイーアン。
衣服も着用した(当たり前)ので、二人は食堂へ行って朝食を受け取り、広間の暖炉の側で食事にした。
イーアンを見つけて、お菓子のお礼を伝えに来る者や、今日の王の訪問の話をサラッとする者がいたが、ドルドレンの顔が怖いので皆あっさり引いていった。
「この後どうするのだ」
ドルドレンが食べながらイーアンに訊ねる。『試作の剣がありますから、それを』と話すと、今日の午前中にモイラの手紙を出しておいてくれる・・・とドルドレンが言うので、一緒に工房へ向かった。
モイラの手紙を渡してから『椅子もあったほうが良いですよね』と昨日思ったことをもう一度言うと、ドルドレンが倉庫へ行こうと誘った。倉庫へ行くと2つの椅子があり、どちらも壊れていなかったので、それを持ち帰った。
「自分の椅子も含めて5脚。これ以上は」
「要らん。甘やかす必要などない。ここは仕事をする場であり、誰かが寛ぐ場所ではないのだ」
ドルドレンは寛ぐわね、とイーアンは思う。ベッドも大きいの欲しいって言う。じっと灰色の宝石のような瞳を見つめるイーアンに、ドルドレンは『?』の視線で答える。
「イーアン。もしかしてその目は。俺に」
気がついたな、と思ってイーアンがちょっと笑って首を振ろうとすると、ドルドレンはイーアンを抱き上げてベッドに腰かけた。膝の上に乗るイーアンが『これは』と質問すると、ドルドレンが甘い微笑みで『こうして欲しかったんだろう』と答えた。
いいえ、とも言うわけに行かず。そうですね、と下を向いて笑わないように返事をするだけだった。
ドルドレンがイーアンを抱っこ状態で扉をノックをされたので、イーアンが立ち上がろうとすると、鍵をかけていなかった扉が開いてハルテッドが入ってきた。
「おはよう。昨日のお菓子・・・・・・・・ あっお前何やってんだよ」
「何だ。お前こそ勝手に入りやがって失礼な」
「イーアン、下りろ。バカに触るとバカが移るからッ」
「何を子供のような。バカはお前だ。お前が出て行け」
やり取りが可笑しくて、イーアンは声を抑えて笑う。ドルドレンは片手を振って『しっしっ』をしながらハルテッドを追いやる。これは良くないですね・・・とイーアンが立ち上がる。
「イーアン。バカが言うことなど聞いてはいけない。良くないもんか。夫婦なんだから」
「いつ結婚したんだ。ホント?」
ビックリしたハルテッドがイーアンに聞く。イーアンは微笑み、首を横に振って『まだです』と返答した。ドルドレンが立ち上がってイーアンを抱き寄せ、『早く出ろ』とハルテッドを廊下に押した。
菓子が美味しかったことを伝えたかったのに!と騒ぎながら廊下に押し出されたハルテッドの声を聞きつつ、お礼も言えずにすまない気持ちのイーアンだったが、ドルドレンは溜息をついて扉の鍵を閉める。
「今日はこれからまた執務室に行かねばいけない。王が到着する大凡の時刻報告も来ているだろう。俺がいない時間はくれぐれも、本当にくれぐれも、アホやバカに気をつけるように。鍵を開けないように」
「アホとか、バカとか。ドルドレンったら。そんな方はここにいらっしゃいません。
そろそろギアッチが授業に来てくれますから、心配しなくても大丈夫です」
イーアンの話を聞いてるのか聞いていないのか。アホやバカが多すぎる、とドルドレンは困ったようにイーアンの頭にキスをする。
頬を撫でて『本当に気をつけなさい』ジゴロやオカマもいるのだよ・・・そう呟いて、彼は名残惜しそうに出て行った。
アホとかバカとか、ジゴロとかオカマとか。
ジゴロとオカマは誰のことか分かるけれど、皆さんをあまりに信用していないのは良くないな・・・イーアンはドルドレンの心配性にもちょっと困る。
これまでそんなに一方的に迫られたことはないし、それをするのはジゴロ&オカマだけで・・・・・ あ、違った。ジゴロは合っているけど、ハルテッドはただ女装好きで、オカマではなかった。
そんなことを考えていると、ノックが聞こえて『ギアッチですよ、おはよう』の挨拶がかかった。ギアッチとフォラヴを部屋に通し、お茶を淹れて勉強が始まった。
「今日は王が来るのでしょ?緊張してますか」
教科書を開いたギアッチが、お茶を受け取りながら訊ねたので『緊張はします。でも長居されないでしょうから』と答えてイーアンもお茶を飲む。
「私たちはご訪問時は外でしょうから、イーアンどうぞお気をつけて」
気をつけるって、相手は王様だから・・・・・ イーアンはその意味が分からないでフォラヴを見た。ドルドレンの言う『気をつけろ』と多少意味が違うのだろうけれど。
向けられた視線を受け止めて、空色の瞳をきょろっとさせたフォラヴが『お分かりにならない?』と首を振る。
「フォラヴが言いたいのはね。あなたが王都へ連れて行かれないように、ってことでしょう」
話を聞いているギアッチは理由を教えた。フォラヴは何も言わなかった。
自分は王都へ連れて行かれるようなことはないと、この前フォラヴに話したのだが。それでも気がかりがあるのだろうかとイーアンは勘繰る。自分には分からない、勘に優れているフォラヴが言うのだから・・・・・
「そうならないとは聞いていますが。その話が出るようであれば、私は北西の支部から動かないことをちゃんとお伝えします」
フォラヴとギアッチが目を見合わせてから、イーアンを見て微笑んだ。
その時。遠くの方から馬の嘶きが聞こえた。何頭もの馬が、同時に嘶く声と、人の悲鳴が。
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