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魔物資源活用機構  作者: Ichen
龍と王と新たな出会い
165/2944

165. 前日準備

 

 夕方に目覚めてしまったイーアンは、翌日の用事を思い出して少々焦りを覚える。


 焦ったところで何が飛躍的に出来るわけでもないが、フェイドリッド(←王様)が来るのだから・・・・・ せめて。もう少し片付けたり、掃除したほうが良いと思っていた。



 ドルドレンは一旦執務室で書類の整理をするらしくて、夕食までの間、彼は執務室で自分は工房にいる。


 とりあえず片付け。普段から散らかし放題はないし、作業後には、一旦全てを元の定位置に戻す癖はあるが。でも一応、ちゃんとしたい。 掃除は、ハタキと箒、拭ける机・棚板・窓やドアの握りなどは水拭きして、ある程度はさっぱりした。


 後はなんだろう、と思う。人付き合いは多くなかった上に、あまり交流もないので、人が来る時は【掃除・お茶菓子・長居時の食事の準備】が基本だった。

 自分の家だと、万が一のために、第二段階【お酒とつまみと寝床(酔っ払い用)】は用意するが・・・・・・・ 相手は王様で、それは有り得ないため。



「うーん。これくらいかしら」


 他はまぁ、視察なんだから。と思えば、それなりに説明用の資料と、素材たる「魔物ちゃん」と、少しある試作品。自信作は現在使用中(シャンガマック着用)なので・・・・・ あとは図案とかそんな感じかもしれない。



 一時間ここにいるとも思えない内容なので、視察は30分くらいかな、と見当をつける。


 とりあえずお菓子でも用意しておこうか。その辺りは悩む。


 王様が、いきなり出された民家の食事を食べるわけないか、と。それで具合悪くなったらエライことなので、多分誰かが犠牲者(思うにあの取り巻き3名)として毒見している日常だろう。う~ん、難しい。相手が王様。



「とにかく、普通っぽくお菓子は作りましょうか。嫌なら食べないもの」


 残ったらハルテッドにあげましょう(※友達犠牲認定)。そう思って、夕食後の厨房を貸してもらう相談に行った。



「これ済んだら良いですよ」


 ヘイズと仲の良い、ブリアン・スローンと名乗った若い騎士が承諾してくれた。


「急にごめんなさい。でもちゃんと元通りに片付けますから、ご迷惑にならないようにします」


 イーアンがお礼と約束を伝えると、ブリアンは笑って首を振り『そんなの気にしないで好きに使って』と言ってくれた。厨房を借りる時間は夜8時以降と決まり『それ以降であればいつでもどうぞ』と言われ、イーアンは一旦工房へ戻った。



 モイラカードの絵も描いておく。下絵も描いたから、これは5分ぐらいで終了。後はドルドレンに見てもらいながら、お返事の文を書き込むだけ。



 途中で眠ってしまったから、作りかけの角製の剣も明日の準備をしておく。どこまで運んだかを書いて、時間を見るとまだ夕食まで40分くらいあるから、と。


 充填してしまう。初回の配合比率を先に書いて、理由を書き、いざ合成。


 暖炉側で、発熱時の人間の体温くらいに温めた開いた角の内側に、若干の隙間を残して膠を流し込む。暖炉の側の作業じゃないと膠が固まるので、少し熱い作業。


 膠が全部流れたら、根元から、角本体に30cmほど挟まる長さで柄の土台を置き、中心で固まるように固定しながら、急いで虹色皮の破片を互い違いに並べる。根元から先端まできっちり内壁に押し付けるように並べ、内側に塩漬け腸を芯に入れてから、膠を手前に流して、再び破片を上下左右重なるように並べ、埋め込んだら、開いた角をぐっと両手で押さえて閉じる。

 動かすと剥がれるから、固まりやすい細い先端から強い薄布で巻いて、根元までぐるぐる巻きにした。


 ぎっちり巻いて、もう一枚粗布を全体に当ててから薄布の包帯を巻きつけて二重にした。それを角全体を挟んで余りある大きさの板2枚で上下から挟み、上から重石の金床を3箇所に置いた。


「続きは明日だわね」



 そこまで終えると、後片付け。洗い物は厨房ですることにして、削りかすや膠の垂れたところを掃除する。あ、と気が付いたのは椅子の数。もう少しあったほうが良いかも知れない。


「イーアン。夕食に行こう」


 ドルドレンの声がして、イーアンは扉を開けた。明日のために椅子の数を相談すると、朝一番で運ぼう、とドルドレンは答えた。



 暖炉の火を消し、モイラの手紙を持って、工房を出た。風呂へ向かい・・・・・ドルドレンが隈なく調べてから入浴。イーアンが問題なく出てきて『夕食後にお菓子を作るので』とチュニック姿の理由を告げる。その後、ドルドレンはオシーンにイーアンを預け、自分も入浴。


 その後、夕食を摂り、部屋へ戻る。ここまではいつも通り。


 モイラへのカードを机に置いて、イーアンは『下でお菓子を作ってきます』と厨房へ行った。ドルドレンも『後で見に行く』と伝えて部屋に残った。モイラの手紙に書く文章は、イーアンが話していた言葉をドルドレンが翻訳する。


「うむ。自分で綴りを書きながら、言葉を復唱したほうが覚えそうだが」


 ドルドレンは書きながら、何か教育の方法が違う気がした。イーアンに言われるがままに翻訳してしまったが、これでは文字を覚えるのではなく、図形を覚えるのと変わらない記憶のような気がした。


「イーアンが菓子を作ったら、眠る前にちょっと教育するか」



 書き終えた文章が確かめられないのも、あの性格だと本当は嫌ではないかと思ったドルドレンは、良い思い付きに満足した。

 ギアッチが先生である理由も何となく分かった。自分が大切なことを教えて、それを相手がちゃんと覚えて使えることで人生を楽しめるとしたら、これは貴重な喜びかもしれない。


 愛妻に文字を教える・・・・・ これはちょっと、他の亭主にはない経験だな。特別感がある。それも俺の愛妻(※未婚)は人一倍賢いのだ。その愛妻に文字という基本的、且つ重要な学びを夫の俺が教育する。


「何だか分からないが、嬉しくなるな」


 うんうん、と頷きながら、ドルドレンは想像に満足した。


 よし、寝る前に教育。授業が済んだらいちゃつくのだ。充実感が最高だな・・・にやけながら、いそいそベッドを寝心地良く均一に整えて、足取り軽く厨房へ向かった。



 厨房にお邪魔したイーアンはお菓子を作るので、片づけをしている騎士たちの邪魔にならない場所で始めた。

 難しいお菓子は覚えていないので、子供の頃に好きだったお菓子や、大人になって好きで何十回も繰り返し作ったお菓子を作る。


 今日は子供の頃に好きだったお菓子を作ることにした。


 自分が通った幼稚園の敷地内に修道院があって、そこにいた外国人の宣教師や修道女が、子供のイーアンに分けてくれたお菓子。名前も知らないが、見た目と味わいを覚えていた。

 大人になって調べて、どうも郷土料理の一つだったと知り、出来るだけ近いものを作ろうと奮闘した。


 ただ、今居るこの世界で同じものを作るのは、材料が違うので工夫が必要。


 素朴で少ない材料のお菓子は、こういう時に腕試し。


 ブリアンに出してもらった、大量の木の実。乾燥したクルミのような木の実をひたすら刻んで、それを粉状にすり潰した。

 これが一番時間がかかる作業だったと思う。ドルドレンが来て『焼けたか』と言われ、『まだ材料を作っています』と答えた。


 少々荒い部分も残ったが、とりあえず許容範囲に入ったので終了した。

 この木の実粉より少し多いくらいの粉を用意して、砂糖をまた細かい粉状にすり潰したものを用意する。油脂を木の実粉と同量、室温に柔らかくしておき、香りの良い果物の皮を摩り下ろした。


 焼き釜の温度を聞くと、相当熱いとわかり、半分くらいの温度で使えるかどうかを訊ねると、上下に天板を入れてくれて、薪を減らしてくれた。


 粉と木の実粉を最初に天板に乗せて乾かしている間に、油脂と果物の皮を混ぜ、そこに蜜を入れてよく混ぜて冷えた場所へ寝かせた。

 粉が薄っすら焼き色が付く頃に釜から出して、砂糖と香辛料と一緒に混ぜ合わせる。この粉群を寝かせた油脂にヘラで混ぜて一まとまりにしたら、少し置いて寝かせた。


 ここからは、本当は型がほしいところ。でも型はないので。


 脂を引いた天板に、生地を均一に広げてから、少しずつ四方から平行に詰めて四角くした。それを上からもちょっと圧力をかけて潰し、形が整ったところで、ナイフで一口大に切込みを入れた。


 ブリアンが焼き釜に入れてくれる、と言うのでお願いして、そっと中段に入れてもらった。


「材料作りに時間をかけましたね」


 焼き釜に天板を入れたブリアンが振り向いて質問したので、イーアンも『こんなにかかるとは思わず』と苦笑した。


「結構な量があったな」


 ドルドレンが厨房の入り口に凭れかかりながら、イーアンに訊いた。側へ寄って『ドルドレン、たくさん食べれますよ』と見上げると、ドルドレンは嬉しそうに微笑んでイーアンを抱き寄せた。


「どれくらいで焼けるのだ」 「20分以内でしょうか」


 それを聞いたブリアンが全体的に焼き色が付くまで見計らいつつ、段を移してくれた。『ちょっと早いですが、もう大丈夫かな』とブリアンがイーアンに教えて、焼き釜を開けてみると一瞬で香ばしく甘い香りが厨房に満ちた。


 ブリアンが笑顔で天板を取り出し、料理担当の7人の騎士が天板を覗きこむ。『すごい美味そう』『良い匂いがする』皆が笑顔で早く食べたいと言ってくれた。


 少し冷めるまで待ち、取り残しておいたすり潰した粉砂糖を最後にかけて、厨房にいた全員で試食した。



「食べたらすぐ、口の中でなくなってしまう」


 ドルドレンが驚いていた。他の者も同じような感想を呟く。『香ばしいし甘いのに、いとも簡単に消えてしまう』嘆きに近い感動を複雑そうに述べて味わっていた。『はかない思い出のような菓子』と誰かが言い得て妙な表現をしていた。


 お菓子の数は相当あって、明日のおやつにも出せる上、支部の騎士全員に配っても余裕がある量だった。イーアンはフェイドリッドたちの分をきっちり取り置いてから、後は皆で分けようと提案した。


 広間にいた騎士たちに配った後、イーアンはドルドレンに『ハルテッドにも』と言い始めた。

 なぜ?と聞き返すと、この前ハルテッドが自分に飴をくれた、と・・・・・子供みたいな理由で届けたがった。


 ドルドレンは非常に行きたくなかったが、大人なイーアンの、なぜか心はお子様的な可愛さも大事なので、渋々言うことを聞く。イーアンが洗い物を済ませると、厨房の騎士たちは配当のお菓子にお礼を言って、皆帰っていった。


 イーアンとドルドレンは、ハルテッドの部屋へ向かった。


『西の11』にいると知って、イーアンはちょっと懐かしく思った。部屋の前まで来て、イーアンが扉を叩くと『誰?』とハルテッドの声がした。


「遅くにすみません。イーアンです」


 中で慌てふためく音がして、すぐに扉が開いた。イーアンを見てハルテッドの顔が喜び、後ろの黒いの(ドルドレン)を見て嫌そうに舌打ちした。


「どうしたの」 「今、お菓子を焼きました。良かったら食べてほしくて」


 ハルテッドは差し出された紙に包んである、焼き色の綺麗な四角い菓子をじっと見た。すごく良い匂いがする。甘くて、優しい、爽やかな果実の匂い。


「これ。俺にくれるの」 「ハルテッドはこの前、私に飴を作って下さいました」


 後ろの黒いのは無視して、ハルテッドはイーアンの鳶色の瞳を見つめながら『こんな嬉しい夜、ないよ』と包みを持つイーアンの手をそのまま両手に包んだ。


 後ろの黒いのの目がギラつく。それは無視する。イーアンがちょっと戸惑いがちに笑顔を固まらせて、『どうぞ』とゆっくり手を引き抜いた。


「今度さ。一人でおいで。後ろの要らないから」 「調子に乗るんじゃない」


 俯いて笑いを堪えるイーアンは、目を瞑りながら『食べて下さい』と小声で伝えた。イーアンの顎をちょっと指で持ち上げて、ハルテッドは屈んでイーアンの顔を覗きこみながら『食べるよ』と微笑んだ。



「もうダメ。こっちへ来なさい」


 ドルドレンがイーアンを引き寄せた。イーアンも、そうですね、と頷きつつ笑顔でハルテッドに『またね』と手を振って去った。ドルドレンが振り向き様に『バカ』と言い残した。ハルテッドは鼻で笑って扉を閉めた。



 部屋に戻った二人は明日の準備が済んだので、後は寝るだけになった。


 ドルドレンは『まだ少し大丈夫かな』と時計を見て、イーアンにカードの文章の話をした。イーアンは少しだけ困った顔で『はい』と答えた。


 まさか勉強時間が待っていたとは思わず、ドルドレンに説明されるまま、自分でも書き取って懸命に覚えた。

 ドルドレンは教育者向きなのか、教え方はきちんとしていて、根気良く愛情に満ちた手ほどきで教えてくれた。最初は戸惑ったものの、10分ほどの授業でイーアンはちゃんと習った言葉を理解して書けた。


「イーアンは、やっぱり頭が良い」


「教えてくれた先生が素晴らしいのです」


 灰色の瞳を見つめて、ちょっと恥ずかしそうに笑ったイーアンは『先生にキスします。良いですか』といたずらっぽく質問した。


 ――そんな言い方されたら。先生、襲っちゃうよ。どこでもキスして構わないんだよ、いつでも良いしね。


 いつになく赤くなったドルドレンは、新しいドキドキ感に悩ましげに喜び、イーアンにキスされて味わった。

 そして思う。先生と生徒ごっこは禁断だな、と。

 何だかイケナイ扉をくぐってしまった胸の高鳴りで、とにかく急いで蝋燭を消して、愛妻をベッドに連れ込んだ。



お読み頂き有難うございます。

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