15. 違反行為
(※前話に引き続き、イーアンの視点です)
ノックの音が聞こえたので、私は立ち上がって扉の鍵を外した。
「おかえりなさい・・・・・ ?」
ドルドレンだと思ってあっさり開けてしまったが、閉めようとしてももう遅い。そこには金髪巻き毛の男性が立っていた。蝋燭の明かりに、緑色の瞳が黄味がかって煌く。
「や。ごめんね、俺で」
「あの」
掠れた声で軽く挨拶をして、屈託なく歯を見せて笑顔を作ったその人は、室内をさっと見回した。
あの人だ、と思った。この部屋に入る前に、私に名前を聞いた人。ドルドレンに注意されても笑っていた・・・・・
「ちょっと入っても良いだろうか?」
私が答える間もなく。 彼はするっと室内に入ると同時に、扉を静かに閉めた。
「ちょっと、って。困ります。ドルドレンには」
「誰も入れるな、と言われていないだろ? 鍵を閉めるように、とは言っていたと思うが」
でも、と私が慌てていると、彼は着替えた私を上から下まで眺めた。その視線にバカにしたような感じを覚えて、私は窓際に動いて彼から距離を取った。嫌な目で見る人だな、と。
「俺はニアブ・ノーシュ。イーアンだっけ、名前は」
私は頷いたが、言葉にしなかった。彼は警戒する私に構わず、笑顔で近づいてきた。
「ふうん。さっきはあいつのクロークを羽織っていたけれど、うちの服に着替えたんだな。似合ってるじゃないか。うん、やっぱり気になるな」
「何がです」
「イーアン。君の顔つきが、だよ。他の連中は君の年をあれこれ言っているが、俺は君そのものにどうも惹かれるようなんだ。さっき挨拶したときに」
「知りませんよ」
私は目の前にいるこの男の人が、何だか嫌な雰囲気を出しているのに耐えられなく、話を遮って顔を背けた。 ――何だろう、この人の粘りつくような視線。反応を見て面白がるような人をからかう口調。
・・・・・ん、年齢? 悪かったわね、中年で。 言われていることにすぐ応じているつもりでも、反芻するとイラッとする単語もあったことに気がつく。駄目だわ、この人の登場に慌てている自分がいる。
顔を背けたので、ノーシュの動きが一時的に見えなくなった。ほんの数秒の沈黙。
この人、何しに来たんだろう。そう思ったとき、窓に映った金髪が自分に近づいたのを見て、急いで振り返った。「 ――あっ」
ノーシュは私に手を伸ばしていた。髪の中に手を突っ込んだ、というか、私の後頭部をその手の平で捕まえ、そのまま自分に引き寄せた。 こめかみに垂れた金色の巻き毛が私の顔にかかる。
「どこから来たんだ。見れば見るほど・・・・・ この世界にいる顔じゃない」
震えが体に走り、歯がカチカチ鳴るのを抑えられない。息がかかるほどの接近で、緑色の瞳が私の顔をじっくり観察している。後頭部に当てられた指だけが動き、私の頭をゆっくり撫でる。
嫌だ、怖い、と思っても声が出ない。
この人は私の顔を見ながら、その奥に何かがあると探っている。言いようのない怖さに包まれてしまった私は震えが止まらなくなって、体は強張っていた。
私の様子を面白がるように、ノーシュは口角を上げて笑顔を作る。頭を押さえていない方の手で、私の髪の毛を一房、指にからめて口元に動かした。
私の息継ぎが荒くなる。意識はあるのに体が動かない。凝視している目にはノーシュの奇妙な行動が全部映っている。でも異様な圧力があって何も抵抗が効かない。
「俺が怖いのか。俺も君が怖いよ。君は特別送り込まれたんじゃないか、と思うほどにね」
ノーシュは笑顔のまま、掠れ声で熱っぽく囁いた。 ――送り込まれた?何を話してるの?
「だから先に君を手に入れてしまったほうがいい、と」
危険を感じる一言を告げたノーシュの手に力がこもった時、ドアが開いた。
目の端に光が跳ねて、私とノーシュの間に金属の刃が滑り込み、金髪がわずかに切れて床に落ちた。
「注意事項を理解できないアホがいたみたいだな」
空間を轟かす低い唸り声にも似た声が、怒りを押さえ込んだドルドレンの口から響く。
その声で金縛りが解けた。 私は瞼をぎゅっとつぶって、安堵の溜息を漏らした。
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