159. ウドーラの遠征報告と視察の告知
王が直に来る、と連絡が来たこともあり、遠征から戻ったポドリックとコーニスの報告会議で、その話もすることになった。
「この前、王城で何を話したかは皆知らない。王からこうして、正式な報告を受けてからにしないといけなかったからだ。フォラヴとシャンガマックは他言しないと分かっていたから良かったが」
ドルドレンはそう言うと、少し考えて『イーアンから話すか』と鳶色の目に訊ねる。イーアンは上手く言えない気がして、そうした話はドルドレンにお願いしたい、と答えた。
「分かった。では訂正・補足があったら、都度言ってくれ。あまり詳しく説明しなくても良い」
ここまで話した時、工房の扉がノックされて『会議だ』と外から聞こえた。ドルドレンはイーアンの手を取って立たせ、額にキスをして『行こう』と肩を抱き寄せた。
会議室に入ると、既にポドリックもコーニスも着席していた。なぜかディドンもいた。他はいつもの面々で、イーアンたちが入ると、その後から会計の騎士が来て会議室の扉は閉まった。
「では遠征報告会議を始めます」
つつがなく会議は運び、遠征の日数、戦闘日数、負傷者状況、損失と欠品と消耗品状況、食料状況の口頭報告が済むと、民間からの報告内容と実際の現地状況の照らし合わせ、魔物についての詳細情報に続いた。
「今回はイーアンが一度戻っているので、中間報告は頂いています」
書記が昨日の報告内容を読み上げ、異論がないとのことで先に進む。ポドリックが全体指揮権、コーニスは弓部隊で援護に付いたが、戦闘内容は地味なものだったことを話していた。
「昨年と同様だ。伸びてる魔物を、着いて早々切り落とした。我々が行った事は、ほとんどそれだけだった」
ポドリックはイーアンを見た。
「昨日。イーアンが先に到着して状況を空から見てくれた。その様子で分かったのは、広範囲に広がる魔物の姿だった。俺たちが昨年退治したものも、今回向かう先で認識していたのも、全体の一部だったことを知る」
「それで、イーアンが全体像から大凡の対処を考えて、到着後は夕方前というのもあり、伸びてくる魔物の体を大体切り落とすことで終えました。
翌日―― 今日ですが。今日の朝一でイーアンが来て、空から魔物の本体を攻撃しました。攻撃による打撃で我々の動きが楽になるように、といった配慮からでしたが」
続けたコーニスがポドリックの顔を見て笑った。ポドリックも笑って、片手を上げて自分が先を引き受けた。
「魔物の本体を攻撃した後と思われる時間に彼女を呼び、魔物の状況を尋ねると、彼女は俺に龍に乗れと命じた。自分の目で確認しろと」
『命じていませんよ』とイーアンは笑った。ドルドレンが『君はとうとう指揮権まで』と眉間に皺を寄せてイーアンを見ていた。ブラスケッドが声を立てて笑っている。
「俺は龍に乗せられて、上空から下を見るように言われ、生きた心地もしないままに真下を見た。そこには無残な形に変わった異様にでかい植物があった。
俺はそれが死んでいるのでは、と彼女に言ったが、彼女は降りて確認しろと言う」
『そんな言い方していない』とイーアンが笑って口を挟む。ポドリックの笑顔の横で、コーニスも苦笑いしながら頷いている。
「俺は降りたくなかったし、魔物は既に動いていないから死んでいると言い張ったが、彼女は強引に下に降りて、俺の剣で縮れた魔物の一部を突けと命じた。
突いたが動かないので、もう良いのではと思うと、イーアンが水の中に入って何かを回収し始めた。回収した奇妙なものを俺に持たせると、彼女は魔物が浮かぶ水に何かを投げて火を放ち、龍に乗るように急かされて慌てて乗れば、あっという間に龍は舞い上がって、下一面が火の海になった」
ポドリックが報告中、ハハハ、とブラスケッドが腹を抱えて笑っていた。
「そうしたことでして。彼女は戻ってきて、ポドリックを解放しますと『では後で』と何事もなかったように龍に乗って帰りました。
我々は火の後始末を言いつけられていましたので、森に火の残りがないように隈なく確認し、帰路に着きました」
コーニスが面白がってポドリックの話の終わりを結ぶと、場の殆どが笑っていた。クローハルだけは何だか元気がなさそうだった。
「はい。ではイーアンが取った行動の理由を教えて下さい」
書記も笑いながら、イーアンに話を振った。イーアンがポドリックを見ると『どうぞ』と顔が笑っている。
「最初に誤解がないようにお願いしますが、私は命じていません。
・・・・・そうですね。今回はドルドレンとダビに、昨年の退治の状況を教えてもらっていたこともあり、その情報と一緒に上から見た魔物の姿で判断しました。
見るからに植物の色や形でしたし、退治した人の話から、魔物の動きも筋肉によるものとは思えず、それで植物に近い特性と仮定しました。でも毎度の事ですが、仮定は仮定の範囲ですから、違ったら別の対処を考える必要はありました。
昨日に切り落としておく事を提案した時、私は試作の剣を持参したので、それを使用してほしいことをお願いしました。するとディドンが剣を使用してくれました」
ディドンがちょっと手を上げて、剣を机に置いた。剣を初めて見た者たちは、その不思議な形に少し驚いていた。
「あの剣には、毒が入っています。ディドンにそれを説明して使ってもらったところ。ディドンの切った魔物だけは、妙な動きを取って引き連れたように縮れたそうです。
剣に使った毒は遠征に持って来ていたので、それを本体に与えれば、同じような反応があるのではないかと思いました。
想像して頂くのですが、真ん中に丸い膨れた物体があり、そこから放射状に葉が100本以上出ている植物と思って下さい。真ん中は湿地の水に浸っています。膨れた部分に水分が入っているとして、その水分の出し入れから、葉が伸びたり縮んだりを繰り返しているとします。
そうしますと、本体に傷を付けて、中に毒を入れたら毒が全体に回るのではないかと思って、龍に傷をつけてもらい、そこに毒を袋にして投下しました。
毒が回り始めたようで、ディドンが見たような引き攣れを起こし、魔物の状態が見ているうちに変化しました。毒の効果はこの魔物には高く出たようで、5分後には変化が始まり10分経つ頃には枯れてくる箇所も確認しました。
ここでポドリックに呼ばれたので、自分一人で判断するのではなく、ポドリックにも判別をお願いしようと同行を願いました。
ポドリックの説明はやや冗談めいていましたが、大方は正しいです。私たちは魔物が死んでいると判断しました。水面には粘液が大量に流れて膜を作っていました。また、水に浮いている黒い玉があり、それは恐らく種子ではないかと思い、いくらか採集した後、火を放って水面にある分は焼却する事にしました。粘液は直に触れなければ問題ない、と聞いていたので、私は水に入って採集しました。
対処方法については以上です」
『水に入って採集』の部分でクローハルの顔が歪んだ。ポドリックは自分がマシな方かも知れないと、クローハルを見て感じた。
「ではイーアンは、植物と仮定した上で体内から水分を頼って毒を回すことにして、倒した後は炎で焼いたのですね」
そうです、とイーアンは答えた。
「どうして種子かもしれない、と思いましたか。そしてなぜ種子を全て片付けないで持ち帰りましたか」
「もっと小さなものですが、今回のものと似たような植物があります。それが種子を落とす時期は秋だから・・・と思っただけです。水に浮く形を見て、種かもしれないと思いました。持ち帰ったのは、種子に毒性があることを期待したからです」
書記はよく分からなさそうに頷いたが、一応全部を書き留めた。
「これは戦闘とは違う質問ですが、秋頃に死体で発見された家畜や、冬になって家畜が引きずられて消えたことについては、見当がついていますか?」
「実際に解剖したわけではないので、これは本当に推測でしかありませんけれど。種子は直径が4cm程度の玉で、家畜はそれを食べたのかなと思いました。秋に落とした種が発芽するのは、春かもしれません。種子を噛んだ家畜は毒か何かで死んだのではないでしょうか。
冬の初めに家畜が引きずられていなくなった、というのは、葉に巻き取られて逃げられず、そのまま水に引き込まれた気がします。水に私が入った時、足元に動物の屍骸と骨が見えました。腐っていましたから、養分を吸収していたのかもしれません」
「余談ですが、真冬や春や夏に何もなかったのは、どうしてだと思いますか」
「うーん・・・・・ 思うに、ですよ。多分ですけれど。
真冬は葉が枯れて、中央だけは残っているのかもしれないですね。春になって葉がまた生えて、夏の間に花が咲いて、秋に種を付けて葉が大きく育ち、冬先にその葉が越冬に必要な養分を集めるのでは。
葉の成長に時間がかかるように聞こえる話でしたから、そうかなと思うのですが。しかしこれは、私個人の意見です。本当かどうか分かりません」
イーアンが説明し終わると、面白そうな笑顔を向けたブラスケッドが、毎回恒例の拍手をした。
パドリックやヨドクスなども無関係だから笑って話を聞ける面々は、続いて拍手をした。コーニスも『楽で良いですよ』とほぼ何もしなかった遠征に余裕の表情を見せた。ポドリックは『いや、面白かった。でも龍はもういい』と苦笑いしていた。クローハルも苦笑いでイーアンを見つめて、頭を振りながら拍手をした。ディドンも、話を楽しんだ様子で拍手を贈った。
ドルドレンはイーアンを見て『よくそう・・・毎回毎回、イーアンはいろいろ思いつくね』と呆れたように笑っていた。イーアンも笑いながら『予想を外す時だって来ると思いますよ』と答えた。
「さて」
ドルドレンが右手を挙げた。場が静かになる。
「序で、と言うには恐れ多いが。本日、王都から書類が届いた。その内容をこの場で伝えたい」
ドルドレンがイーアンを見て、イーアンが頷いたので話し始めた。書類の内容を読み上げ、そのまま王都で何があったかを全員に教えた。
「イーアンは。王都には行かないんだな?」
クローハルが最初に質問した。イーアンはすぐ『そう仰っていました。もう一度確認します』と答えた。
「ちょっと詳しく聞きたいのだが。イーアンの仕事を国が支える理由が見えない。何かあるのか」
ブラスケッドの質問に、ドルドレンはイーアンに話せる限りで良いから、と前置きして、王との会話の流れを訊いた。
「はい。私もそうした大掛かりな提案を頂くと思いもしませんでしたが、いずれ魔物の産物が国益になるのではないかとした判断のようです」
「国益、というほど大量に作れると考えているのだろうか?」
「それは違うと思います。国外に向けてとなると。 ・・・・・私は試作の鎧を見せました。フェイドリッドはそれを譲ってほしい、と言いましたから、その言い方だと価値を上げた品物を益とするように感じました」
ドルドレンは驚かなかったが、そこで一同が固まった。イーアンは自分に向けられる目つきが変わったので、全員の顔を見渡して、解釈に戸惑いドルドレンを見た。ドルドレンも最初は分からなかった。
「イーアン・・・今、何て言った」
クローハルが伺うようにイーアンに訊く。『何がでしょう』イーアンは胡桃色の瞳に視線を止めて聞き返す。
「だから。誰の言い方がそう聞こえたんだい・・・?」
「これを話してくれたのは、フェイドリッドです。フェイドリッドが国を利用するように、と言いました」
『あっ』横でドルドレンが気がつく。
イーアンは『何?』とドルドレンに振り向く。『イーアン、先にその呼び名の事を言わなければ』ドルドレンが小声で教える。ハッとしてイーアンが全員の反応に気がついた。
「そうでした。王は私に『名前で呼ぶように』と命じました。名前を呼ばないと親しく話せない、と頼まれたので、困りましたが逆らうわけにも行かず。だからフェイドリッドを今後もそう呼びます」
しばらくの間。
会議の場は静まり返ったが、ポドリックがブラスケッドと目を見合わせて、くすくす笑い始めると、全員が徐々に笑い声を上げ始めた。
さすがにクローハルも頭を掻きながら『何てこった』と笑っていた。
ドルドレンが咳払いして、『ということで』と適当に〆る。
「イーアンの工房の視察が明後日入る。騎士団の連中も来るだろうから、その相手だけは面倒であるが、王が視察を終えれば数時間もせずに帰られるだろう。
国の機関の一つとして用意するような話ではあったらしいが、実際にはそこまで大きな話ではないと思われる。イーアンは北西の支部に駐在するし、機関の管理は王城の連中がするだろう」
以上だ、とドルドレンが話し終えて、ウドーラ遠征報告会議と王の視察告知は終了した。
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