1584. 旅の百四十九日目 ~『言わないこと』総長として・親方・コルステイン
☆前回までの流れ
イーアンは空でアオファの鱗を貰い、ニヌルタに相談してから馬車へ戻りました。コルステインがいる夜。赤い煙の対策を話すと、コルステインは『自分たちサブパメントゥなら、倒せる』と。
今回は、朝食前の時間から始まります・・・
翌朝。イーアンは『アオファの鱗は荷馬車に積んだ』と伴侶に話し、『私は午前中、お空。それとオーリンは今日、来ないかも』も伝えておく。夜は多くを話さないで眠ったので、早朝報告。
「今日は一日、町ですか」
「そうなる。鱗と、作ってくれた『撃退道具』を警護団に置いて行くから、何もなく過ぎれば、明日出るつもりだ。これは昨日も話したね。今日のうちに、買う物は買ってしまおうと思う」
「では、今日の予定は、お買い物」
くらいかもね、と奥さんに頷くドルドレンは、『ギールッフの職人たちも、明日出発なら今日は一緒にいてくれる』と教え、彼らが確認してくれた、この町で売られている魔物製品の一覧表を見せる。
「これは昨日、イーアンが出かけてから。ガーレニーが書いてくれたのだ。この数枚、値段が分かるのだ。機構では値段の管理がない分、テイワグナの地域で変わる物価など、これからの参考になる」
「細かいですねぇ。至れり尽くせりです~」
助かりますよ~と首を振り振り、有難がるおばちゃんイーアンは、受け取った書類をぱらぱらと見て『読めないけど』と笑い、ドルドレンも『だと思った』と笑った。
「良いのだ。これもまた、バイラの仕事に出来る。ロゼールも来るようだし、現地の価格なども地域で異なる記録があれば、ロゼールにも、また、テイワグナから発信するバイラにも」
そこまで言いかけて、微笑んだ顔が少し寂しそうに変わるドルドレンは、見上げたイーアンに『そうですね』と静かに会話を切ってもらう。
バイラと離れる日の準備かもと思えば、それはやはり寂しい。
困ったように微笑む伴侶の顔をちょっと撫で、イーアンは『朝食を作ってきます』・・・と、書類を戻し、部屋を出て荷馬車へ行った。
「言えなかったが。後で。話すか」
水差しの水を一口飲んだ後、ドルドレンは裏庭側の窓を覗く。下では、ミレイオが朝食の支度を始めているのが見えた。
「イーアンに。ミレイオに伝えた俺の言葉は、理解出来るだろうか。理解してくれると思うが」
ミレイオは仲間―― だからこそ。一緒に同行で動くなら、自分たちに安心出来る状態を選んでほしいと思う。
気配を感じ続ける赤の他人は、思うに人間ではない。
「誰なんだ。ミレイオ、あなたの口を閉ざすほど、俺たちに影響を及ぼす可能性を持つ・・・その者は。このまま、見知らぬふりは出来ないのが、あなたにも伝わると良いが」
思慮深いミレイオが選びそうな『結論』は辛い。出来れば、その結論ではなく『打ち明けられる範囲だけでも話す』を選んでほしい。だが、そう出来るなら、疾うにそうしているだろう。
口止めされる理由は想像出来ないが、口を割った際の代償は想像できる。
「俺たちに、少しでも話せないものだろうか」
小さな溜息を落とし、黒髪の騎士は窓を離れ、着替えることにした。
イーアンが戸口を出ると、既にミレイオが火を熾しており、シュンディーンもいる。宿屋も食堂も『今日の昼から』と下げ札を出しているため、朝も裏庭朝食。
バイラは早々、馬を出して『すみません。午後戻りますから』と挨拶し、宿を出て行った。
ミレイオが持たせた紙袋を手に、出かけた警護団員を見送ったイーアン。了解済みのミレイオに目で訊ねる。
「ん?朝早い理由?昨日は、被害が出てなくて・・・の言い方は違うか。犯罪者になって死んじゃった人はいなかったんだって」
「え。昨日の時点で、という意味ですか」
「そう。でも、『昨日の報告』の範囲だから、今日は朝から調べるみたいよ」
バイラは働き者ですね、と呟く女龍に、ミレイオは料理に戻りながら『ちゃんと知っておきたいんでしょ』と答え、それであれはお弁当よ・・・と、弁当の余りが入った小鍋を見せる。
「少し余ったの。男だからね。肉は食べとかないと、頭回らないわ」
「あら。美味しそう。私これでも良いかも」
「足りないでしょう、これじゃ。ちゃんと食べなきゃダメよ」
バイラ朝食は、牛肉と玉ネギ炒め。別添え・平焼き生地。その色と雰囲気。
『牛丼、思い出す』ぼそっと呟いたイーアンに、『ギュードン?』聞き返したミレイオは、女龍の思い出の料理内容を聞くと、ささっと馬車に穀物を取りに行く。
「今、作ってあげるわ。ちょっと違う材料だけど」
そう言いながら、小鍋の中身にあれこれ・・・野菜を投入し、粒の小さい穀物を入れて、蒸すこと5分。『誰もまだ来ないから、今のうちに』と、嬉しそうに見ている女龍に、鍋ごと差し出す。
小鍋から直に、匙を入れて食べ始める女龍は『とっても健康的!とっても美味しい!』味わいながら喜ぶ。ミレイオも笑って『そんな感じなのね(違)』と一匙もらって試食し、また作ろうねと話す。
「今日、買い出しだもの。少ししか残ってないのは、もう使っちゃおう」
こうしたことらしく。思いがけず『ミレイオ版ギュードン』にあり付いたイーアン。
カラフルな野菜の入った、トマト味の牛丼(※別物)は、ミレイオの優しさの味。思い遣り牛丼(?)を食べながら、ミレイオと一緒にわさわさ料理する。
使い切る食材を一度に使ったので、今日の朝は普段より多め。買う食材をミレイオが紙に書いて、一緒に買いに行こうと決まる。
「私はその後、お空です。ちょっと行ってきますが、何かあったら呼んで下さい」
笑顔、いつも通り。普通。普通に、打合せするイーアン。ミレイオはこの・・・女龍の変わらない態度が好き。
分かった、そうだね、と頷きながら、妹代りのイーアンの存在に、心から安心する。ドルドレンが、自分に忠告した昨夜があっても。イーアンは変わらない、と信じられる。
もしも。万が一、自分が旅の馬車を下りることになる・・・そんな悲しい別れが来ても。イーアンとは繋がっていられると思う。
そんな朝の始まりで―― 皆も起きて来て、裏庭で朝食。他の宿泊客は、昨日の内に、宿を移動したような話も聞いた。
「安全な宿なんか、ないと思うよ」
ザッカリアは見越したように『俺たちが外国人だからでしょ』と、ちょっと呆れた風な言い方をする。
フォラヴはクスッと笑い『そうでしょうね、でも怖いのは仕方ありません』同情してあげて、と優しい気持ちを持つように促した。
「俺たちが戦ったんだよ」
「そうです。でも、受け取り方はそれぞれ違います。悲しいけれど」
イヤだな、と呟いた子供に、バーウィーたちも笑って『お前は強かった』『煙を追い払ったな』と励ますように慰め、ドルドレンたちはと言えば、買い出しと次の目的地の確認。
朝食は終わり、皆は予定通りに動き始める。
イーアンとミレイオは買い出しに行く。荷物持ちにタンクラッド付きで出発。
フォラヴとザッカリア、シュンディーンは、ギールッフの職人たちと一緒に過ごす。ドルドレンは町役場と警護団施設へ、道具と龍の鱗を運ぶために出かけた。
*****
「思ったより静かね」
「昨日に比べれば、だろ」
食料品売り場に着いたミレイオは、荷台のイーアンを呼んで、タンクラッドを御者台へ移動させる。馬車の番をするため、親方が御者台に座り、周囲を見渡してから、ふむと一言。
「荷台にいたから気が付かなかったが。そこかしこに警護団が」
「え?そうなの?どれよ」
どれどれ、とミレイオ。イーアンも深く被ったフード端を持ち上げ、通りに目を走らせる。
「あれ。そうだろう。あれも。あいつとか、あの二人と・・・接触した。ほらな。あいつら皆、剣持ちだ」
「私服か。剣で判断しているの?誰でも持っているじゃない」
警護団の剣は違うんだよ、と教える親方は、バイラの最初の剣にも特徴があったと教える。二人は教えてもらいながら、親方は職業柄・・・と思いつつ、『それで安心しているのか』と町民の静かさを理解する。
「一昨日も検問で出ていたがな。今日の方が人数が多い。散らばって見張っている具合だし、離れている距離も、すぐ連絡が付く程度。煙対策だろうな」
大通りだからか、警備が厚いので、この通り沿いは安心の雰囲気。『早く買って来い』と促され、イーアンとミレイオは店に入った。
二人があれこれ物色しては、お店の人と交渉して値切りながら購入している間。
御者台で待つタンクラッドは、気配を―― 『煙?』
ハッとして寄りかかった背中を起こし、気配のした方へ顔を向ける。警護団員たちは誰も気が付いていないため、タンクラッドは急いで馬車を下りた。
「ちょっと待っててくれな。野暮用だがすぐ戻る」
荷馬車の馬に声をかけると、親方は小走りに向かいの通りへ行き、警護団員の数人にチラチラと見られながら、さっと店屋の脇の路地に入った。
路地はせいぜい、店屋の奥行が通路の長さだが、入り込んだ路地は既に異様な空気に包まれていた。
「出たな・・・上手い具合に、この時間に来るもんだ」
『お前たちがジャマ。らしい、と知ったからな。先に来てやった』
赤い煙がひゅるるると、どこからともなく漏れるように現れる。その声、男。赤い煙は少しずつ紫色に変わり、徐々に何かの形を作ってゆくが――
「悠長に待つと思うな」
呟くタンクラッドは、頭の中でコルステインを呼ぶ。ここにいる・・・コルステイン、煙が来た・・・それを何度か繰り返している数秒間。
10を数える時、目の前に裸の男が現れる。その肌質、模様、顔つき、何を見ているわけでもない眼差し。
昨日追い払った裸の女と同じ。ただ、男の方が、口調に落ち着きが感じられた。
『意外そうだな。女が良いか』
黙っている人間の男に、赤紫の煙の男が喋りかける。答える気にもならないタンクラッドが、首を傾げた一瞬。
目の前が真っ黒に変わる。何かされたかと、思わず後ずさるタンクラッドに、間髪入れず届いた声。
『帰れ。俺が相手をする』
『もしや。サ、サブパメントゥ』
『呼んだ』
自分の前に立ちはだかるように広がった、漆黒の闇。それは、以前にホーミットが出した黒い空間のよう。
魔物相手に怖れはないが、サブパメントゥの底知れない闇の黒さには、本物を感じるタンクラッド。黒い闇の中から聞こえた約束の声に、無言で頷くと『頼んだ』一言それを伝え、急いで路地を出た。
出たすぐ、振り向く。路地の隙間も見えないほどに真っ黒の闇は、他の人間が、路地前を通りかかる前に忽然と消える。
目を丸くして、歩道で立ち止まるタンクラッドは、歩行者に『危ない』と嫌そうな声をかけられ、慌てて体をずらし、すれ違った歩行者の無反応さにも戸惑う。もう一度、出てきた路地を見るが、既に煙も何もなく・・・・・
「今のは。サブパメントゥの誰なんだ。コルステインからは何も応答がなかったが。煙は?」
男の声がした紫の煙。闇と共に消えて、気配の一部も残っていない。
気がつけば、少し息が上がっている自分に、タンクラッドは動揺した気持ちを静めて馬車へ戻った。通りを渡ったくらいで、食品店の扉が開き『手伝って』とミレイオに呼ばれる。
「分かった」
短く答えたタンクラッドが、荷馬車の馬の前を通り過ぎる僅かな時間、馬の影から『逃がしたが手応えはあった。追う』と聞こえた声。
ギョッとして、馬の足元の影に顔を向けるが、声は頭の中に響いただけ。続く声はなく、タンクラッドは小さく頷いてから『有難う』と呟く。
「早く!」
店内から顔を出したミレイオに怒鳴られ、親方は『分かってるよ』と答えると、今何があったか、とりあえず言わないままにして、二人が購入した食品の運び出しを手伝った。
*****
『ゾーフ。倒す。した?』
『まだだ』
『早く。倒す。する』
『いる。待て』
ふーむ、と地下の国で待つコルステインは、中間の地に上がったサブパメントゥにせっついて追わせる。
ゾーフは完全なサブパメントゥだが、薄明りくらいなら問題ない。コルステインの家族・マースの育てた一人で、闇に溶けている間でも、光の隙間を掻い潜る。
飛ぶことは出来ない体でも、ちりばめるように相手に入り込むため、相手に混じってしまえばどこでも移動するという、少し変わった特性もある。
ゾーフが追いかけている、という意味は、既に相手に入り込んだことを言っている。
『煙。一人。違う。沢山。ある。ゾーフ。一人。出来る?』
『繰り返せばいい。コルステイン。他のも集めろ』
青い霧のコルステインに、ゆらりと寄った青黒い炎が、ゾーフ一人に任せないことを提案した。
『マース。夜。行く。する』
『コルステインも』
コルステインは、出かけてもいいと思ったが、自分は旅の仲間を守ってあげないといけないから、どうしようかと考える。
悩んでいそうな霧に、マースは『呼んだら来い』と妥協(※察しを付けてくれた)。青い霧は『自分が必要なら呼ぶように』と答えた。
ゾーフの動きを感じ取る二人は、その後どうしたものか、呼びかけても無反応なゾーフが気になり、マースが出向いた。
マースはすぐにゾーフを連れて戻り、コルステインはゾーフに経過を質問。
『違う世界だ。あれは、違う世界に戻った。俺も行った。混ざり過ぎるから出た』
ははぁ・・・と理解するマース。コルステインは、あんまり分かっていなさそうなので、マースは丁寧に教えてやる。
つまり、ゾーフは相手にくっ付いて、相手の棲み処の別世界へ行ったが、そこでは全ての存在が同じような状態で、ゾーフも相手だけにくっ付いているのが難しくなった、という意味。
何とな~く分かる気がするコルステインなので、うん、と頷くと、『もう一回行ってこい(※分かってない)』と送り出そうとした。
マースがそれを止めて、ゾーフだけに任せるのは範囲が広いぞ、と注意する。
コルステインは考える。あっさり潰せる予定だったのに・・・どうすると、まとめて潰せるのか。世界が違うとなれば、簡単に手は出せない。
自分たちにも移動の条件がある。破れば禁忌―― 精霊に定められた範囲を越えないために。
『コルステイン。中間の地に出た時だけは潰す。それでどうだ』
一先ずの提案。コルステインも他に妙案があるわけではないため、マースの意見を受け入れた。
そしてこれについては、まだ、タンクラッドたち・・・イーアンにも言わないでおこうと決める。言えばきっと、不安にさせる。倒せないわけではないのだから、と。




