1582. 夜~ ドルドレンの忠告・空で情報①・ファドゥの言わなかったこと
☆前回までの流れ
撃退で終わったにせよ、昼前に片付けた赤い煙の一件。ドルドレンは町長に報告に行き、馬車では職人たちが道具袋を作り、夜を迎えた頃。イーアンは、アオファの鱗を貰いに行くため、空へ上がりました。
今回は、イーアンの留守の間にドルドレンが動く場面から始まります・・・
イーアンたちが空へ着いた頃。
夕食や作業の片付けを終えた一行は、眠るまでの間を雑談で過ごす。親方はコルステインと一緒。ミレイオは、交渉中――
『今日、一緒に寝たい』と、赤ん坊の受け渡しを申し出るギールッフの職人に、ミレイオは『今日は私』と断った時。抱っこしたシュンディーンを、横から引っこ抜いた誰かに、ミレイオとフィリッカが驚く。
「ミレイオと眠ると良い。だが、それまでの僅かな時間は、俺も抱っこしておこうと思う」
いつ来たのか。真横に立ったドルドレンがニッコリ笑って、片腕の中でガン見する赤ちゃんに『お前もそうしたいだろう』と、決定の言葉を放つ(※赤ちゃんは心で否定する)。
「ええ?ああ、まぁ。そうね。あんた、イーアンいないから」
「『出て行った』みたいな言い方はやめてくれ。彼女は用事なのだ」
嫌そうに眉を寄せる騎士に笑う、フィリッカとミレイオは、お互いに『じゃあね』と短く頷いて離れる。
「珍しい。ドルドレンはオムツとお風呂以外は、あまり」
「そうだな、今日は事情が違う」
ミレイオの気軽な言葉を遮ったドルドレンは、『ちょっと知らせたいものがある』とミレイオに伝えた。
何?と訊ねるミレイオに、ドルドレンはすぐに答えず、裏庭を出てから人通りの少ない夜の道に、立ち止まる。
騒ぎは静まって来ているけれど、誰もがピリピリしているので、町民の声も騒がしい。
そんな中で、夜空の下。黒髪の騎士は赤ん坊を片腕に乗せたまま、町の一方に顔を向ける。そして一言『あっちが正門だ』と教えた。
「ん?何かあったの?正門・・・検問やって」
「ミレイオ。昨日、俺は警護団に話を聞いた。その話は気になることがあったが、何の答えの破片も見えないものだった」
いきなり用件に入った騎士に、戸惑うミレイオだが、ドルドレンはミレイオに注意を払うことなく、淡々と話し続ける。腕の中の赤ん坊もじっとして、耳を傾けるように騎士を見つめる。
「『ミレイオなら』何かを知っているのか。正門を出たすぐ、ミニヤ・キナまで伸びる、陥没に似た道があると言う」
『陥没?私が知ってる?』聞き返したミレイオに、ちょっとだけ視線を向け、ドルドレンは再び、正門方面を見る。
「そうだ。俺は見ていないのだ。正確には、バイラも俺も、俺たち全員の目に留まらなかった道だ。
まだ何も言わないでくれ。村に駐在でいた団員が教えてくれた。彼は俺たちの後に村を出て、先に町に着いていた。
俺たちが通った街道に行き交う馬車が少なかったのは、その団員が通った『新しい道』を、他の者たちも通行していたからではないかと言う。
新しい道は、突如として現れた。町正門手前、大きな亀裂があっただろう?俺たちが街道で亀裂に出くわしたのは、『あの昼』だけだ」
ここまで聞いて、ミレイオはドルドレンの顔を見つめる目を逸らした。ドルドレンも自分を見ない。ミレイオは気が付く。自分が疑われていることを。
一旦、言葉を切った黒髪の騎士は、少し間を置いてから、また静かに話を続けた。
「あの、奇妙な解決の仕方。他に何があるのかと、気がかりは消えなかったが、町へ向かうに当たり、あれ以降、俺たちは道に困ることなく進んだ。亀裂はあれ以降見えず、町の手前までは何もなかった。
これには、話をした団員も不思議がっていた。
町の門の前には横たわる亀裂があるのに、村までは何もないと。そして、この辺りまで来ると、ほぼ亀裂などは見えないとか。
もう一つ。不思議がある。凹んだ道はそれ以上、沈む気配もなく、馬車がすれ違えるほどの幅を持ち、凹みにあったであろう土が、街道にせり上がっているように見えるそうだ。
俺が想像したのは―――」
「街道の亀裂を埋めるために、横に道が出来るくらい土を使った、って感じ」
でしょ?と棘のある声でミレイオが止める。ドルドレンは黙り、灰色の瞳に冷えた光を宿した。溜め息を吐き出し、髪を撫でつけ『私は知らないわよ』ミレイオは答えを先に言う。
「私が・・・一人で行動し始めた日から、って言いたいんだろうけれど。私がそこまで出来るわけない」
「ミレイオが、とは思っていない。『ミレイオと一緒にいる誰か』かも知れないが」
ぞわっと鳥肌の立つミレイオは、顔に出てしまった。
ハッとして騎士を見上げると、何の表情も持たないドルドレンの端正な顔が見下ろしていた。見抜くような眼差しを向ける数秒。
「ドルドレン」
「先に伝える。俺は、勇者である前に、皆を守る立場、率いる者だ。
言えないことは誰にでもあるが・・・それは仕方ない。だが、俺は話そう。
俺は最近、もう一人の存在を感じる。それが勘違いであっても、俺は警戒するだろう。皆を守るために」
唇をぎゅっと引き結んだミレイオの表情に、動じないドルドレンは寂しそうに目を細める。
自分よりずっと年上で頼りになり、愛情深く、魂の気高いミレイオに――
「疑っているのかどうか。ではない。俺が守るものは、確実に守る。それを伝えようと思った」
「分かった」
「俺はミレイオを信じているし、もしも『疑っている』と言うなら、それはミレイオ自身ではない。この意味は言わないが、賢いあなたなら、俺が何に対して感じているのか理解するだろう」
答えるに答えられないミレイオは、貫くような誠実な眼差しから逃げるように、顔を背けた。
ドルドレンは、自分の腕に収まる小さな赤ん坊に『冷えるか』と気遣う言葉をかけ、腰袋を開けて小さな革袋を取り出すと、ミレイオの腕にちょっと押し付ける。
怪訝そうな顔でそれを見るミレイオに、騎士は『明日、食料品をこれで購入してほしい』と革袋を渡す。カチャと小さな音がして、中に硬貨が入っていると分かる。ミレイオは受け取り、頷いた。
「ではな、シュンディーン。冷えてはいけない。馬車へ戻って遊ぼう。ミレイオはもう少ししたら来るから」
シュンディーンに話しかけながら、背を向けて裏庭に戻るドルドレン。
黙ってその、大きな背中を見つめるミレイオは、一人で抱え込まなければいけない重圧をまた感じていた。『少しの間、一人で考えるように』まるで、そう言われたような気がして。
「だって。でも。言えないのよ。あんたの立場も分かるけれど。私は・・・離れろ、ってこと?」
勘考が行き過ぎるミレイオは、悲しみに襲われる。ドルドレンはそこまで言っていないが、もしかしたら『旅の仲間なら、行動を考えろ』と言うところが、『同行者なら、離れれば良い』と含んだのだろうか。
ごくっと唾を飲むミレイオに、最初に会話した夜の、老人バニザットが放った言葉が過る。
――『同行者』
打ちのめされるような感覚に頭痛がする。同行、と自覚しているけれど。
そして、老人バニザットを、そう悪く思えなくなった矢先でもあったけれど。
こんなことが起こると、疎ましくなる。
あいつさえ、私に関わらなかったら。私が誰の命令も聞かないで済んだなら。ドルドレンに、忠告されることもなかったのに。
ドルドレンが、捨て台詞のように呟いた言葉通り。
裏庭の馬車に戻る気になれないミレイオは、暫く壁の外に立って、自分の身の振り方を考えていた。
*****
空へ上がったイーアンは、まずは龍の島へ行き、先に用事を済ませた。
アオファに鱗を貰い、お礼を言って後にする龍の島。少しすると男龍の龍気が近づいて来て、誰かが迎えに来たなと思ったら。
「あら珍しい」
「そう?今日は久しぶりにね」
ハハハと笑った柔らかい笑顔に、金色の涙の痕が頬に光るファドゥ。イーアンは笑顔ながらも目を丸くして『ファドゥが迎えに来るなんて』と本当に驚いたことを伝える。
「実はね。ビルガメスに『呼んでくるように』と言われたのもあって」
微笑む柔らかな笑顔に、イーアンは彼の言葉以外の含み・・・には気がつかない。
銀色のファドゥは、少し気分が高揚しているようではあるが、彼の龍気が大きいことや、銀から金色がかった色に変化した髪の毛の、その眩しいくらいの輝きに・・・・・
イーアンは特に、気にすることもなく――
この日。この時間の前。夜のイヌァエル・テレンで、迎えに来たファドゥの、龍気を増した美しさに何の意味があるのか。それをファドゥが、照れながらも言おうとしたその前に、イーアンは話しかける。
「ああ、それで。でも『珍しい』には違いませんよ。ビルガメスが、自分から来ないのも」
「それはね。今、彼の二人目の赤ちゃんが・・・だよ」
言いかけた銀色のファドゥは、垂れ目が真ん丸に見開かれる女龍に笑い出す。そして、自分に今日、何があったかは伏せる。
「本当?!ビルガメスのですか」
「そう。後から孵った子だから、ゆっくりだったんだろうね。子供の姿になりそうで、ならない。一日頑張っていたけれど、まだ掛かるかも」
んまー!と喜ぶイーアンは、くるくる旋回して飛びながら『名前を考えなきゃ!』と嬉しそうに叫んだ。
ファドゥもイーアンの手を取って飛び、満面の笑みで『シムとルガルバンダの子供たちもそろそろだよ』と教える。
この嬉しい知らせは、心が躍る。二人で遊ぶように夜空を飛び、これから、たくさんの男龍が空を満たす!と喜んだ。
「ところで・・・今日は?その包みの中は、アオファの鱗かな」
もうじき子供部屋、の距離まで来て、ファドゥがイーアンの片手に握られたクロークを訊ねる。イーアンは頷いて『アオファにたくさん貰った』と答えると、喜び一色だった笑顔を少し戻した。
「アオファの鱗をたくさん手に入れる理由。今夜のうちに地上に帰りますけれど、誰かが知っていればと情報を訊ねに来ました」
「人間が、アオファの鱗で守られる状況はいつもだけれど。今回はその状況に迫られている?」
話の早いファドゥに、イーアンは手短な説明をし、それを聞いた彼も少し眉を寄せた。
「そう。私には分からない。でもビルガメスやニヌルタなら、何か教えてくれるかも知れないよ」
「はい。夜ですから、皆さんにもゆっくりしてほしいので、後日聞けることがあれば、今日は用件だけ伝えて」
それが良い、と了解したファドゥは、イーアンと繋いでいた手を引き寄せて、イーアンごと腕に抱えると子供部屋に降りる。
「私とあなたが仲良しなのは、周知の事実」
だからこのままでも平気、と笑った銀色の男龍に、イーアンも苦笑い。
ママっ子ファドゥなので(未だに)お母さん代わりの自分が抱えられて・・・としよう。そう思って、イーアンも大人しく抱えられたまま、子供部屋の建物に入った。
ファドゥの今日の、動きについて、何一つ言わないままに。
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