1580. 不倒翁 VS 『消火袋』 ~親方・フォラヴ
☆前回までの流れ
町の朝、あちこちで出始めた、倒すに至らない敵、赤い煙。魔物と違い、追い払うのみの攻撃しか出来ない状態。ドルドレンは『撃退なら』とそれを受け入れられましたが・・・
今回はタンクラッドの話から始まります。
バーハラーの背に乗って、小さな町の南側へ向かった親方。背中に受ける、何者かの気配を感じ、龍に先に確認する。
「何かついて来ているか」
尋ねられたバーハラーは、ちらっと、分かりやすい角度に顔を向けて、瞬きで合図する。タンクラッドがその方向に『あれか』と了解。
町の南、赤い煙が数か所に散って見える。だが、自分を見つけて追いかけていそうなのは、町の壁の外に魔物。何か長いものが動いており、それは普通の生き物の大きさではない。
それらは、空を飛ぶ龍の影を追うのかどうか、同じ方向に魔物が移動している。そして数も多い。壁の外から、平原に目を向けると、あの亀裂辺りから上がってきているらしい。
「魔物と、新手の煙が相手。いいだろう。あの魔物は、赤い奴らに釣られてきたか、連れて来られたか。どっちみち倒すだけだ」
ちょっと思いついたタンクラッドは、バーハラーに作戦を相談。燻し黄金色の龍は、金色の目で乗り手を見てから『勝手にどうぞ』くらいの、ゆらゆら首を振る返事。
それに笑って『じゃあな、後で』と、龍の背をポンと叩いた親方はそのまま、急降下した龍の背から滑るように飛び下りた。
それは、傍目には『落ちた』具合。
タンクラッドは受け身を取って、不細工な着地をしたが、騒いでいる最中の民衆は『人が落ちた!』と一度に驚く。
「大丈夫か!このとんでもない時に、あんた、どこから落ちたんだ!」
「何て、運が悪い!早く逃げろ、私たちも逃げないと」
訛りの強いテイワグナの言葉に、落ち方を間違えたと頭を擦る親方は、顔を上げて彼らを見渡す。
自分を覗き込んでわぁわぁ騒ぐのは、顔つきの特徴がはっきりした、同じような衣装の年配の男、数名。そして彼らの後ろには、赤い煙に巻かれた、足元だけしか見えない誰か。犠牲になったばかりの様子。
「で、『あの壁の向こうには』って、ところだな」
むくっと起き上がって立ったタンクラッドは、背中の剣を抜く。おじさんたちがビックリして『無理だよ、やめなよ』と口々に止めようと大声で言うが、おじさんたちも怖いので、タンクラッドには近づかない。
「仲間か、あれは」
低い声で訊ねた親方に、おじさんの一人は『そうだ、でも』と言葉を切って『逃げなければ。あれでは助からない』そう続けた。
「まぁな。あんたたちじゃ、助けに行ったところで、一緒に被害者だ」
遠慮ない言い方の男に、言い返そうとするも、赤い煙がこちらに気が付いて動くのを見た彼らは『早く逃げろ』と叫んで走り出す。
タンクラッドの大剣が金色に光り、ひゅっひゅと金粉のような風を渦巻かせる。
「煙だか、煤だか知らんが。人間に憑りつくとは、随分しみったれた攻撃だ」
呟いた親方の声は聞こえていないのか、煙は人を一人襲った後、少しずつ女の姿に変わりながら、人間を放してタンクラッドに近づく。煙の離れた人間は、ぐらつく足元に上体を揺らして、おぼつかない足取りで歩き出す。
『あれ?あんたの気持ち。誰か欲しいの?欲しいの、だぁれ?』
これか、と勘づくタンクラッド。誰かに付けこまれるとすれば、それくらい(※横恋慕の自覚に救われる)。
「お前の手か。弱みに付け込むとは聞くが」
『欲しいの、だぁれ。手に入らないのは何でなの。あんたは、何が足りないの』
「お前を怖がると思うなよ。外の魔物に比べりゃ、煙屑なんか」
『屑だと?!』
すごい反応速いぞ、と内心、驚くタンクラッド。無表情で『魔物は怖れる対象になるが、屑は対象外だ』と繰り返してみる。案の定、赤い煙がバチバチと大きな火花を立て始めた。
「恐ろしく単純だ。魔物だって、もう少し」
『煩い!魔物が怖い?あたしを魔物なんかと比べやがって。そんなに欲しけりゃくれてやる』
少なからず動揺を見せた背の高い男(※違う意味の動揺)に、赤い火花を散らす煙は『魔物で死んじまえ』と憎々し気に怒鳴り、その途端、壁が砕け吹き飛ぶ。
「おおっ」
本当に魔物を呼び込む気か、と口に出した親方。信じ難いほどの引っ掛かり方に、心底驚く(※こんなに呆気ないとは)。
赤い煙で模られた女は、煙に黒い煤が渦巻く体と翼を広げ、拡張しながら魔物を身体の一部のように引き入れる。
壁が壊れた場所から、勢いづいた魔物が・・・『蛇か』間近で見て理解する。魔物は蛇型。そして、この煙に触れた直後、魔物が意識をもって凶悪性を増す。
「なんと。『魔物に意思はない』と思ったが。魔物の欲求まで、お前は操る」
親方の言葉に、煙の女は小気味よさそうに笑い『欲なんて、人間だけじゃないでしょ』とバカにして『魔物だらけ。頑張んな』そう言って、魔物を解き放つ。
それはさながら、牙をむく獰猛な犬を一斉に嗾ける、気の狂った飼い主のよう。魔物の蛇は100頭近く。手綱を解かれ、放り出された魔物が、タンクラッドめがけて一気に飛び掛かった。
「効率が良い」
同時にニヤッと笑ったタンクラッド。飛び掛かる蛇の群れに、時の剣を突き出した一瞬で、辺りを吞み込む猛風が噴き出す。
『ゲッ。何?あ。ああ?!』
金色の剣は瞬く間に、ゴウゴウと唸りを立てる大渦を作り出す。その渦は、魔物の群れと、勿論、赤い煙も丸ごと吸い込む。
『うわっ!うわっ、ヤダ!ぐわっ、何?連れて行かれ』
予想外の展開に驚いて逃げようとする赤い煙は、最後まで言葉を言えないまま、タンクラッドの時の剣の渦にはまり、あっという間に散り散りになって、魔物と共に消えてしまった。
大渦は、魔物の群れと煙を飲み込み、両方の力が釣り合わない部分で消滅。赤い煙の端くれが、剣と渦の向こうにちらつき、それは少しすると空気に溶けるようにいなくなった。
そこまで見送ったタンクラッドは、剣を鞘に戻す。
「魔物と、煙。どうも、別モノなんだな。可能性があると思ったから、試してみたが。
魔性とはいえ、同じ質じゃない場合もあるわけだな。ふむ・・・魔物よりは上、って具合か。煙はまだ残っていたから」
思い付きを試してみようと決めて、バーハラーを一旦返したタンクラッド。龍が側では、龍気を吸い取りかねないために、彼を返したのだが『イチかバチか、だったな』首をゴキゴキ、左右に倒して鳴らす。
魔物と煙が同じ質だったら、中和も何もあったもんじゃないわけで。
「その場合は、イーアンの道具を使うだけだ。だが俺の分はこれで浮いたな」
腰袋とは別にした革袋に、使わずに済んだイーアン製の道具。フフンと笑った親方は、落ちた時についた土埃(※着地不細工だった)を払い、さて、と背筋を伸ばす。
「ドルドレン。お前の命令、聞いたぞ」
バカ相手に、知恵も何も・・・とはいえ、形は『知恵』で勝ったな・・・少し可笑しそうにそう呟いて、改めてもう一度、周辺を見渡す。
二つの異なる属性の力を混ぜ合わせて、中和してしまう『時の剣』。どちらか一方が強い場合は、釣り合いが取れない分だけ残るのだが、驚いた敵はそのまま逃げたのか、気配も何も既になかった。
とりあえず、『終わった』と分かったことから、タンクラッドは、壊れた壁とその辺一帯を歩いて調べ、犠牲になった男の後を追いかけ、彼が先の路上に倒れているのを見つけた。
荒い息で目を閉じたまま、脂汗を流す男を担いで、元の場所に戻り、逃げた彼の仲間が帰ってくるまで、近くの馬車に男を寝かせて、具合を見守った。
「意識が戻るんだろうか」
バイラの話だと、犯罪者は死んでしまうようだったが・・・と思った矢先、がちがちと歯を鳴らしていた男は瞼を開けて『た。助け』と言いかける。ハッとした親方は、男に話しかける。
「あんた、助かったのか。大丈夫か?もう赤いのは居ないぞ」
「あ・・・あなたが。有難う。有難う」
お礼を言った男は、大きく息を吸い込んで咳をし、タンクラッドは彼が助かったと分かったので、そのまま少し一緒にいることにした。
*****
フォラヴも赤い煙相手に、若干の躊躇はあったものの、それは気の迷いにまで届かず、うまい具合に勝利。何度か繰り返して、人々を『犠牲者』の状況から救いながら、次へ次へと動き回る。
イーアン製の『消化袋』の手持ちは、残り1つ。
「使い切ったら、宿に戻るようにと言われていますが」
どうしよう、と悩むフォラヴ。まだ赤い煙は来るかも知れないのに、宿に戻っている間に被害に遭う人がいないわけもないので、他にも退治できる方法を考える。
「こんな時、アレハミィ。彼なら・・・どうしたのだろう」
悩む妖精の騎士。いつでも、戦う場面が来ると、過去の旅路にいた妖精・偉大なアレハミィと自分を比べてしまう。
「彼は恐ろしい過ちを犯したことがあっても。でも。
偉大であったことに、何ら変わりはありません。彼なら、どんな相手にも瞬時にきっと」
赤い煙を撃退する際。
当然、フォラヴも心の弱い部分を衝かれたが、龍が一緒にいることもあって、相手は憑りつくまでの接近はせず、その間に意識を奮い立たせて、するべき役目を果たし続けていた。
だが『今、出来ることがこれ』とは言え。人を守りながらも煙を追い払うしかせず、倒してもいないことに、他の者同様で不安は残る。
倒していない以上、また来る――
それを考えると気が重く、妖精の騎士は残り一つになった消火袋を手に、これを使った後のことに頭を悩ませ始めた。
フォラヴの龍・イーニッドは、乗り手の心の動きを理解しており、そっとしておこうと、自分は赤い煙の出没を見逃さないようにゆっくりと飛ぶ。
ふと、フォラヴは気が付き『すみません。あなたにばかり探させて』と謝る。水色の龍は振り向いて、首を横に振ると、ちょっと微笑んだ(※優しい)。
そして龍は、スーッと顔を下に向ける。イーニッドの金色の瞳が見つめる先に、数人の町民が喧嘩をしている様子。離れた高い位置まで聞こえる内容は『置いて逃げようとした』だった。
「我先に逃げようとするのは、仕方ないことですが。こんな非常時だからこそ、普段の約束や態度を裏返す行為は、とても深い傷に変わってしまう」
そういう場面だろうなと、柳眉を寄せる騎士は、町民の怒鳴り合いの横に、くすぶる何かを見つける。
「あ・・・また」
イーニッドがフォラヴを振り返り、降りると、知らせる目つきで見る。フォラヴは了解し、小さな溜息を落とすと、片腕にだけ装着した自分の武器を発動させ、龍と共に降下した。
降りる少し手前から、赤い煙が何もない空間にモウッと湧き、諍いでもめていた町民は悲鳴を上げる。
煙が全員に覆い被さったすぐ、龍の気配でか、飛びのくように煙は散った。
『ああ、まただ!お前ら!』
何度か聞いているが、同じ音の音域に、フォラヴは自分が撃退している相手が、繰り返し出ていると知る。
『面倒臭!』
「それなら、いなくなって下さい」
フォラヴも嫌そうに呟いて、左腕を振り上げる。テイワグナに入ってから、あまり使っていなかったミレイオ製の武器。
片腕にはめ込む腕覆いの形をしたそれは、妖精の騎士の気力を粒子に変えて、剣となる。腕からびゅうっと伸びた光の剣身は、最初に使用していた頃は木々のような緑色だったが、今は水のような青。
広範囲に適した武器だが、煙退治にも使えると思って持ってきたところ、予想は当たっていた。
煙は、妖精の騎士が振りかざす水色の剣が嫌いらしく、ぎゃあぎゃあ喚いて、逃げては文句を散らす。龍も苦手で、剣の粒子も苦手そう。とは言えしつこいので、その場からすぐ去るとまでは行かない。
『またか』『もう面倒だ』と、会うたびに(※何度も)がなり立て、苛立つためか、間もなくして火花も散らす。この繰り返しに仕方なし、フォラヴは消火袋を投げつけて、撃退するという。
「この袋の道具くらい、私にも効果があれば」
騎士の寂しそうな声に、龍も同じことを思う(※自分もそのくらい役に立てば)。
『あんたぁ!』
袋を投げようとした矢先、同時に呼びかけられ、一瞬、動きが止まるフォラヴ。怒っている赤い煙は、女の姿に変わると、体表を動き回る黒い渦に巻かれながら、憎々し気に騎士を睨みつけた。
『その変な粉、なくなったら殺してやるからね!』
殺すと宣言した怒り心頭の、煙の女。フォラヴは首を横に振って『殺せません』とはっきり言い切る。その答えは、相手に若干の本気を引き出した。
『ちきしょう!こんな生ぐされの若造に』
女の顔が引きつったかと思うと、唐突に煙が広がり、驚くフォラヴと龍の何十倍にも膨れ上がる。火花は全部に散り、火花の熱がはぜる火の粉を生む。
「龍がいるのに?」
龍を怖れているのでは・・・意表を突かれた相手の接近に、驚き混じりで、不安をうっかり口にした言葉。
この時、驚いたフォラヴの、迂闊な不安は声を伝って、心の弱さの壁を下げた。煙が黒さを増して煤が舞い散る。
乗り手が襲われると気が付き、急いで氷霜を噴き出す龍。余計な手出しはしない龍だが、イーニッドは性格上それが出来ない。
「イーニッド!」
言われたことに手伝いはしても、持っている力を使う手出しはしない。それが、龍の範囲であっても。イーニッドは優しい龍。
龍を嫌がる新手の魔物は、『単に嫌がっているだけ』と知っていた。その気になれば、襲い掛かってくる、とも。
赤い煙は、騎士の不安定な意識に反応し、瞬く間に飛び込みかけて、急いだ龍の攻撃を食らう。衝撃があったか、ぐわっと悲鳴に近い声がし、赤い煙と火花が揺れる。
驚くフォラヴは、心を立て直すものの、間に合わない。さらに怒り狂った敵は、噴煙の如く黒い煤を散らして『お前は片付けてやる』と怒号を上げた。
その時、何を思ったか――
龍の頭が、さっと左を向き、と同時に。
「ああ!イーニッド!」
フォラヴは、ぶんっと放り投げだされる。叫んだ騎士の目には、水色の龍が疾走するように空へ翔け上がる姿。
なぜ?!と、空中に放り出された恐れが膨れ上がった瞬間、赤い煙に巻かれかけ、そして間一髪で、薄緑色の竜巻が吹き荒れた。
「フォラヴ!!!」
耳に入ったミレイオの声。落下しかけた体が竜巻の中に引き込まれ、渦巻く中にミレイオ、そして抱っこされたシュンディーンの姿を見た。
「何してるの!ダメでしょ!」
ガツッと叱ったミレイオは、シュンディーンの竜巻の中から、消火袋を風に預ける。竜巻の勢いで散る、消火袋。
『ぎゃっ!ぐわ!ああ・・・・・ !』
唸り立てる竜巻の外、広がった全体に、一斉に火を噴き、煙は爆風と白い光に圧し潰されて消える。
ほんの一瞬。その様子は竜巻の中から見届けて、風に舞うフォラヴは、気が付けば息も荒く、冷や汗を流していた。
「もうっ。あんたったら!」
グイッと腕を引っ張られて、ハッとするフォラヴに、ミレイオとシュンディーンの心配そうな目が向けられる。
「行くわよ。次。サブパメントゥと一緒じゃ、あんた、妖精の力は使えないけど」
ふーっ、と困ったように息を吐いたミレイオは、『一緒に動きなさい』と騎士に命じる。
数日前の不安定さが見えなくなったミレイオに助られたフォラヴ。『はい』と素直に従うしか出来なかった。
お読み頂き有難うございます。




