1572. 『部外者』と『同行者』の夜
☆前回までの流れ
皆の夕食後、戻って来たイーアンとバイラから事件の核となる『敵』の情報。その後、疑いと懸念を持ったドルドレンの相談。ミレイオはその夜、皆の目を逃れて出かけ、そして出くわした相手。
今回は、ミレイオと『敵』、そしてもう一人のバニザットの話・・・
町の夜。倉庫の並ぶ、人のいない暗闇に、ミレイオと赤い煙。そして――
「そうだな。止めろ」
しわがれた声に不似合いな、重く強い響き。生きた声帯を通したように、すぐ側から聞こえた命令。命令が下ると同時に、火花が散って赤い煙が散り散りに変わる。
ミレイオは解放されてすぐ、ペッと唾を吐き、首を擦りながら周囲を見渡した。
この目に映らないことはない―― 目を凝らすつもりはないが、見開いた渦巻く瞳孔に、ぼんやりと男の姿が見えた。
「その目は俺が見えないか、ミレイオ」
「あんた」
「フフン。『戻った』な。俺が来たら、ちょっとは安心ってところだ」
口調が戻ったぞと、嫌味なことを添える余裕。ムカッとくるが、見透かされているのは本当。
ミレイオは何も答えず、気が付けば、体の青白い模様も静まっている自分に、何とも空しい情けなさ(※安心したらしいと気づく)。
自分と赤い煙の間に立つ、亡霊のような緋色の布。布をまとった背の高い男の姿は、背中を向けていて、バチバチとあちこちで散る火花を見た。
目障りな数を散らす火花は、威嚇のような音を立てながら、女のぼやく声を混じらせる。
『邪魔』
「バカ。お前が邪魔だ」
『バカじゃない!』
会話にちょっと引くミレイオ(※『バカじゃない』って怒ってる)。こんなバカっぽいのが相手?と一瞬過ったら、それを読んだのか、振り向かないバニザットが鼻で笑って、ミレイオに教える。
「能無しのいたずらに悩むなよ」
その一言に反応した煙は、火花を大きく弾けさせる。怒ったように、そこかしこが火花づくめ。
『バカにするな!』
「ハッハッハ(←バカにしてる)。面白いな。こんな阿呆を集めているのか、ヤツも品切れだな」
男の姿を包む緋色の布から、侮辱にもならないようなあしらいを受け、火花はゴオオと唸りを上げて烈火に変わる。いきなり拡張した火の大きさに、ミレイオは身構えかけたが。
「俺に盾突けると思ってるのか。本物のバカだ」
老人の可笑しそうな声が呟かれた時、炎は布とミレイオを丸ごと覆う。が、次の瞬間、目を見開くミレイオの見たものは、茜色の混じる濃緑色の剣が、急に空中に飛び出し、炎を斬った光景。
『わぁ!』と女の声が叫ぶ。突如、現れた剣に散らされ、赤黒い塵は慌てるようにびゅうっとすぼみ、それを追う剣が飛ぶ。
剣は暗闇を切り裂き、ウォッと次元を狂わせる音を出したかと思うと、逃げかける塵を吸い付けて引きずり、切り裂いた空間の闇に飛び込んで消えた。
「今の」
呟いたミレイオ。一部始終の終わりは早かったが、内容に頭が付いて行かない濃さ。呟いた言葉に、戻った返事は。
「ミレイオ。お前は『弱いサブパメントゥ』とあいつが話していたが。弱すぎるぞ」
「なっ!何よ、うるさい!あんたに言われたくないわよ!」
振り向いた緋色の布の、フードの中。顔を見せた老人の目に、『本当に呆れられている』と分かる同情の眼差し。うるさい、と怒ったミレイオに、老人は少し笑った。
その顔の印象。ほんの少し。ほんのちょっとだが。冷めた笑い方に、人間的な優しさ。
気付いたミレイオは若干、拍子抜け。嫌味な奴だが、何だか・・・と思ったら、再び嫌味を食らう。
「あのなぁ。助けてやれないことはないが。あんなのに、やられるな。一応、お前はサブパメントゥなんだから」
「あ。え。ちょっと!何よ、あんたが呼ぶから、こんな」
「恥をかきたくないなら、もう少し力を使えよ」
ぐぅっ、と唸るミレイオの歯軋りに、老人はまた可笑しそうに少し口端を上げる。
透けるように見える幻影に、なぜか、人間味を見たミレイオは、笑われているし嫌な気分なのに、なぜか。こいつがそう、悪い奴ではない気がしてしまう。
そんな胸中も見通しているように、バニザットの幻影は、鋭い光のこもる目を向け『おい』と呼びかけ、ささやかな冗談の時間を切り上げる。
「何よ。助けてくれてありがとう、って言えなくはないけど。あんたが呼び出さなければ、こうならなかったのよ。お礼言ってほしいなら」
「礼はどうでも良い。用件だ。余計なことを考えている暇ないだろ?俺といるのが嫌で、自分の身も守れないなら、とっとと宿に戻りたいんじゃないのか」
「く・・・くそっ!早く言え!」
話せば話すほど、頭にくる。こんな相手に関わらなければならない、自分の運命を呪うミレイオ(※エラそうなやつに使われる運命)。透ける幻は、睨みつけるミレイオに冷笑を浮かべ『明日』日程を伝える。
「なんですって?いきなり明日?」
「そうだ。明日の昼前。出かける。俺が連れて行く。お前は町の外に出ろ」
「ちょっとさ、あんた一方的だけど。今、町が外国人にピリピリしているのよ。さっきの赤い奴のせいだと思うけど、そんな中で真昼間に、私だけ外」
「言い返すなら短く、な。答えは『どうにかしろ』だ」
遮られた上に、『長い』と言われた具合。一々、嫌味~! 唸るしか出来ないミレイオは、ヨーマイテスも腹立って堪らなかったけれど、今回のこのジジイにも、ムカついて仕方ない。
「明日。明日、ってあんた、勝手に」
「『バニザット』だ。名前くらい憶えろ(※覚えてない前提)」
「ぐ・・・きぃ~~~っ! 覚えてるわよっ!呼びたくないだけよっ(※裏声)」
「お前より全然、上だぞ。年も経験も力も頭も(←これが一番)。敬わなくても良いが、あからさまに上の相手なんだ。せめて、名前で呼ぶくらいの気は遣え」
唸ることも間に合わない苛立ちに包まれるミレイオは、上から目線甚だしいジジイに、肩で息切れしながら怒りを抑える(※自分が怒っても敵わないと知った以上)。
長い髭を片手で触り、見下すように目を細めた老人は、フンと鼻で笑う。
「イーアンも、お前みたいなんだろうな」
「え、何?イーアン?」
「何でもない。ズィーリーの思いが、こんな形で見れるとは。面白い」
「ズィーリー・・・・・ 」
怒っていたミレイオだが、老人の言葉に、また『人間味』を見る。かつての女龍を思い出している、それを隠そうとしないこの男の、少しだけ懐かしそうな声が。冷笑の浮かぶ顔に似合わない、郷愁の声が。
――この人。そうだ、ズィーリーの側でずっと・・・ギデオンがダメ男だったから、この人が彼女を支えて旅路を。
ふと、それを思い、何度か瞬きしたミレイオに、老人は表情をまた戻し、顎髭に添えていた手をひゅっと動かす。その透ける手の向いた先は、ミレイオが来た方向。
「送ってやる。宿だろ」
「はい?あ、ええ?送る?別にいいわよ。送るって、あんたね」
「歩け。『バニザット』だ。分かるか?覚えられるか?」
「ぐっ・・・!ちくしょう、覚えてるよ(※裏声)!」
緋色の布は、すんなりと人の幻影を消す。はためく大判の布一枚が、ミレイオの前に浮かび、それは暗い夜闇を背景にして、薄っすらと見えながらも、生きていると思わせる動きで道を進む。
舌打ちを小さく鳴らして、ミレイオは布の後を歩いた。こいつ、本当に。
「ミレイオ」
文句を頭に浮かべるのさえ、阻まれる。名を呼ばれて、大袈裟なくらいの溜息を吐いたミレイオは『何さ』とぶっきら棒に答えた。
「金具は、顔に付けておけ」
「はい?」
外してきた金具。いきなり、関係ないことで指摘されて、ミレイオはこんがらがる。布は続けて伝えた。
「お前らしくいろ」
――黙ったミレイオは、答えがすぐに言えなかった。
『当たり前でしょ』とも『お前に言われたくない』とも。『今日は気を遣って外したのよ』とか。いつもなら即、返す反応が出なかった。
どういうつもりなんだろう・・・・・ 不意に、心の中に手を伸ばされたような感覚。人を道具にしか思っていない行動を取るのに、何でそんなこと言うんだろう。
意図が分かり難い。それに、言われた言葉は、嫌じゃない。
「外すな。お前の一部だろ」
「 ・・・・・たまたまよ」
布と、ミレイオ。短いやり取りが終わり、この後はどちらも喋りかけなかった。
ミレイオは、夜道ですれ違う人に怪しまれなかった。それが、金具を外して目立たなかったからなのか、それとも、布が守っているからなのか、判別は付かなかったが。
宿の前に来て、ミレイオが立ち止まると、布は一度だけ大振りに翻り『明日だ』と伝えて掻き消えた。
お読み頂き有難うございます。




