1571. 情報共有の夜 ~仲間内・仲間外
☆前回までの流れ
地方行動部で、事件の詳細を知ったバイラ。人助けから、敵の襲い方を知ったイーアン。皆が夕食を終えた後に宿に戻った二人の話から、今回・夜は始まります・・・
イーアンが戻り、その後に続いてバイラが戻った宿。
皆の夕食は終わっていたので、ホールで待っていた仲間の数人が二人を迎え、包んでおいた食事を渡した。
すっかり暗くなったが、時間としてはそう遅くなく、夜7時前。
イーアンの食べ終わる頃に、バイラも食べ始めて、イーアンの報告を聞いた後だったドルドレンたちは、バイラに町の情報を訊ねた。
バイラは食べながら、手短に内容を話して、驚きと不審の表情を向ける総長たちに頷いた。
「そっくりでしょう?違いは、死体があることです。私とミレイオが倒した相手は、どうしてか炎に包まれて消えました。でも町では」
「その死体は?もう焼却なり、何なり」
オーリンが口を挟み、バイラは一口水を飲むと『そうです。土葬で』と、町の対応に話を移す。
「この辺りは土葬なんですね。スランダハイなどは火葬しますが、北と習慣が違うからか。
土葬の様子も教えてもらいました。今回の犯罪者は、死んでしまうと・・・変な言い方をしますけれど、問題ない人々に見えるようです」
問題ない、その意味は――
「筋肉なども、鍛えているわけではないし。服装にも違和感がないらしい。特に武器にも、見て分かる特徴がないとか」
「それは・・・要は『盗賊や、戦うことを知っていた人間の印象がない』そういう意味?」
イーアンの質問は詳しいので、バイラは『そうです』と答え、彼自身も不思議そうに首を傾げながら『出身地もバラバラですよ』と死体から集めた情報の、記載を思い出して教えた。
「だから、一応の条件を定めて、警戒対象は捕まえるみたいですね。『外国人』と、『地方出身者』です」
「ふむ。そうか。事件は毎日だろう?」
ドルドレンの質問には、バイラは溜息で答える。『今も、ですね』と言うと、暗い窓の向こうに目を向けて『町の人が怖がっています』戻る道でもその話ばかりだったことを話した。
バイラは食べながら、明日も警護団に行って、自分は手伝おうと思うけれど、皆はどうするのかと訊ねる。
「ハイザンジェルの騎士の話は、『魔物退治で来てくれた』と皆は知っていますが、それでも外国人なので、数日は町から出ないでほしいと・・・・・ 」
「それ、変だよな。外国人だろうが、行商だろうが、町に留まられた方が、事件が起こりやすそうなのに」
話を聞いていたオーリンは、バイラの言葉に引っかかる。
これにはドルドレンもイーアンも、同席していたフォラヴも同じことを感じていた。なぜ、引き留めるのか。
「警護団の見た目ですよね、ただ単に。突然に始まった事件ですが、一日に何回も起こっています。それはもう、二日目には町中に知れ渡る勢いで『注意・警戒』発令の対象だったわけで。
ここに地方行動部があるから、火種の疑惑がある人物を、意図的に出すわけにいかない、と言うか」
「ああ。そっち」
警護団の印象が理由、と知って、素に戻った返事をした総長は、情けなさそうに呟く。苦笑いするバイラは『本当ですよね』と総長の心境を理解する。
「では、どうしましょう。食料と水を購入しても、すぐに発つ目途が立たないなら困ります。魔物材料を発送します?それくらいしかないけれど」
他に用事はないですよ、とフォラヴが総長に翌日の予定を促す。
総長も部下の言葉に『そうだな』と呟いて、ちょっと考え、『あまり散るのも、町に不安を与えるから宿に待機で』と決めた。
「材料を、ギールッフに持って行ってもらう分と、ハイザンジェルで分けたら、それは発送しましょう。後はとりあえず、下手に動けないので、待機が主で」
そうした方が良いだろうし、恐らく龍の女と一緒の方が、『外国人警戒枠』であっても、少しは周囲に、緊張させなくて済むのでは、とイーアンは添える。
ドルドレンたちも頷いて、『明日は待機。動くなら、イーアン付きで行動』と決定。
「バイラ。もう、皆が風呂に行く頃だから、長話はしないが」
「はい。何ですか」
「イーアンが今日、人助けしたのだ。その時の話は、バイラの参考に・・・警護団の参考になるかもしれない」
話を変えたドルドレン。戻って来たばかりの時間で、イーアンから聞かされた話を、搔い摘んでバイラに聞かせる。慄く顔を見せるバイラに、イーアンは『昨晩、馬車が燃えた時の色に似ていた』ことも付け加えた。
「それじゃ、本当に。悪魔のような相手?」
「分からないけれど。印象が違うだけで、もしかすると別の魔物の可能性も」
「魔族のようです」
バイラの言葉に、イーアンが可能性を示し、フォラヴは悲しい気持ちを口にした。横にいたオーリンはフォラヴの肩をちょっと叩いて、自分を見た空色の瞳に『いろいろ考えこむな』と教える。
ドルドレンも、正体の分からない相手に何とも言えない。とりあえずは、と明日のことを話す。
「今はまだ、何もはっきりしていない。この町でも、俺たちが出来ることはしよう。だが、行く先々、どこへ出向いても、俺たちのために待ち構えるような惨事は御免だ。
俺は明日、バイラと共に動く。警護団に俺が通過できるか分からんが、町長にも事情を訊ねに行く序だ。情報によっては、すぐに応じる気でいる。事態が『大きな被害』を生む前に、片付けたい」
「総長。もう、とっくに大きい被害だ。気負うなよ」
単独行動に近いドルドレンの予定に、オーリンが制する。総長の寂しそうな目に、オーリンはもう一度『気負うな、一人で背負うもんじゃない』小さく頷きながら、ニヤッと笑って立ち上がる。
「何か見つけたら、すぐ呼べよ。イーアンに連絡して、俺を回しても良い。龍が一緒の方が都合が良さそうだ」
イーアンを見て逃げた相手なら、と気遣うオーリンに、ドルドレンもちょっと微笑んで礼を言う。
それから、バイラが食べ終わったので、この場は終わり。風呂に向かう仲間も階段に見え、各自、明日のことを簡単に伝え、就寝の挨拶を交わした。
*****
「え?」
部屋に入ったイーアンは、ドルドレンの話に聞き返す。ドルドレンは静かな声で『様子が』と、自分が疑っていることを否定しない。
「ミレイオは、サブパメントゥですから。きっと私たちに分からない繋がりも」
「だとしても、だ。俺が、イーアンを見送った後、ミレイオの部屋に行ったら、会話の声。内容もおかしい。
その話をしている間、シュンディーンは?と思えば、フィリッカと一緒だったのだ。
夕食の席で、フィリッカに連れられたシュンディーンを、ミレイオが受け取って、食事を食べさせていたが、食べ終えたらまた、彼に預けていた。思うに今夜、眠るのも別だろう」
「でも」
「ここ数日の動きも合わせて、ミレイオの隠し事が気になる。
気持で言うなら『待とう』と思うし、無理に聞きたくはないが、どこかの他人が俺たちの旅に入り込んでくるとなると、話は違ってくる」
ランタンを消し、ベッドに入りながら小声で話し合う二人。
内容は、ドルドレンが午後に知った『ミレイオと誰かの会話』。イーアンには伝えておこうと思った、と話すドルドレンは、悪く思うなと前置きしていた。
伴侶は、勇者の立場云々の手前で、皆を率いている責任者の意識が強い。それを重々承知のイーアンは、彼の言いたいことは分かる。だが。
「明日。聞きます。今日はいろいろとズレこんで、機会が見つけられなかったけれど」
「そうしてくれ。早目に・・・せめて、俺や皆が訊かずに済む、納得が可能な内容を。小さな言葉でも良いのだ。『知らない誰かが付いて来ている』と知った以上は、俺が黙っていてはいけない」
「分かりました」
ドルドレンはそれ以上言わなかった。お休み、と言葉を交わし、二人は眠りに就く。この後、二人の並びの部屋、二つ向こうで、ミレイオが扉を開けたのを知ることはなかった。
*****
ミレイオが出て行ったことに気が付いているのは、いつも通りコルステインくらい。
ミレイオもそれは理解している。だが、コルステインは、危険を感知しなければ放っておく・・・とそれも知っている。
そっと表に出て、ミレイオは町の通りを歩く。
僅かな光でも煌めくピアスは、顔から外して、滅多に使わない簡素なクロークを羽織り、人の少なそうな裏道を縫うように進んだ。
――こんな時に呼ぶなんて。
嫌だし、従いたくはないが止むを得ない。道の亀裂は、この町に入る前にも見たばかり。
ここから先を行く道に、もしもあの老人のバニザットが修復していたら・・・『やんなっちゃうわ。その道、戻すぞ、って言われたら。地味に嫌がらせするわよね』ぼやきながらも、舌打ちしないミレイオ。
どこで聞いているか分からない、そう思うと、下手な文句も言い難かった。
今日は部屋に現れた。もしものために、シュンディーンを預けておいて良かったと、自分の判断を誉めた午後。受け取った部屋の鍵を開けたすぐ、窓が開いて緋色の布がはためくのを見た。
急いで部屋に入って戸に鍵をかけると、ミレイオが『何よ』と言う前に、緋色の布は『用事だ』と遮った。
一方的で、傲慢。それは親父と変わらないが、親父と違うのは『赤の他人ってところ』これが厄介。相手の力量は想像しか出来ない。それも既に、本体は死んでいるという、よく分からない存在。
はー、と溜息をついて、どこまで歩くのかも知らないミレイオは、とにかく人のいなさそうな場所へ影を伝う。
命じられたのは『町に出ろ。人間が見えない方が良いだろ』。簡潔・・・そう、こっちが言い返すこともない。余計な会話がない。早い話が、町の中で他の人間がいない場所に行け、と言う。
ミレイオもあまり、会話を増やしたいと思わないので、何て答えようと考えているうちに、相手は消え・・・そして、こうして夜中にうろつくに至る。
ふと、人の気配が全くしなくなったことに気が付いたミレイオは、歩を緩めて、この辺で良いかとあたりを見渡した。
そこはイーアンが午後に動いた池の近く。池の手前で倉庫が並び、倉庫は業者の持ち物なのか、付近に家屋が見えなかった。人もいないし、奥は木立。その向こうは、水の匂いがするから、池か沼でもあるだろうと判断。
「監視・・・しているのかしら」
そっと左右を見てから、どう知らせるのか、それとも見ているのか、と思っていると。
『何が嫌なの』
ズォッと土を引きずるような音と共に、女の声。バッと身構えて、ミレイオは攻撃態勢に入る。どんどん体が青く光り始めるその様子に、女の声が『あら、あんただ』と驚きもしない調子で続く。
「誰だ。お前」
『嫌なんでしょ?嫌そうだもん。なーんだ。昨日も嫌だったなら、気が付けば良かった』
「昨日だぁ?」
なんだこれはとミレイオが感覚を研ぎ澄ませた一瞬で、足元の砂が赤く噴き上がる。後に飛びのいたミレイオは、目の前に赤い塵が集まるのを見て眉を寄せた。
「化け物か」
『あんたもでしょ。嫌なことあるの?』
ハッとしたのは、繰り返される言葉『嫌』の文字。ミレイオはイーアンの話を思い出す。風呂の前に聞いたばかりの、『人の弱さに付けこむ何か』の存在は、もしやこいつかと――
「ふざけんなよ」
『化け物相手に何言ってんだか』
ミレイオの力が発動する。だが、相手は塵が集って見せる、女の姿。効くのか、こいつに?と、自分の力が通用するかどうか・・・の不安が僅かに生まれた時。
赤い塵が、びゅううと音もなく動き、ほんの一秒足らずでミレイオの首に、赤い煙が巻きつく。
うお、と声に出す前に開いた口へ、煙は送り込まれるように流れ出す。
「やめ」
「そうだな。止めろ」
ミレイオが声にした『やめろ』を言い切る寸前、余裕そうな老人の声が響き、赤い煙が火花に変わって弾けた。




