1564. ガドゥグ・ィッダンの閉鎖・ヒビと傷の隙間
☆前回までの流れ
ビルガメスは確認として、ヨーマイテスに会いました。そしてヨーマイテスを認めて戻り、獅子と騎士は自分たちのこれからの行動を話し合った夜。
同じ頃、ビルガメスは空に戻って、『ヨーマイテスの変化』を予言の神殿で調べ・・・今回のお話はそこから始まります。
ビルガメスは、イヌァエル・テレンに帰ってすぐ、タムズたちに、獅子・ヨーマイテスの変化を伝えた。皆の思うところについては、後日話そうと言い、先に確認するため、ガドゥグ・ィッダンへ出かける。
母は、何と言ったのか。それをもう一度、正確に読んでおこうと思った。
これを伝えると、ニヌルタが同行を提案したが、ビルガメスは『俺が分からなければ、その時お前も』と、最初は自分一人で向かった。
そうして今、始祖の龍の部屋。
知りたい場面が出てくるまで待ち、それを見てから、別の部屋へ移動し、予言の階へ上がり、そこでも事情を重ねて考察。
大きな男龍は暫くの間、予言の階の壁面を前に立ち、全てを覚える勢いで情報を確認すると、最良の手段を考えながら、その場を後にする。
表へ出たビルガメスが次に向かったのは、ガドゥグ・ィッダンを包むこの世界、その壁に当たる周囲。
灰色の世界を飛び続ける男龍。隈なく見て回り、一ヶ所、気になる地点に下りてから、そこを調べる。ビルガメスはその場所に『自分の印』を付け、それを目印にしておく。
これが済んでから、ビルガメスの足はイヌァエル・テレンへ向かう。ようやく終わった確認を以てして、考察した内容をもう一度反芻し、『そうするか』と目を閉じた。
朝方の空をゆったりと飛び、ビルガメスは温かな清い風に身を任せる。
「ヨーマイテスはもう、問題ないだろう。だがミレイオだ。気の毒に、ミレイオよ。お前は翻弄される。
しかしお前は愛されているのが分かるのか。妖精の女王の光を受け取ったお前だ。お前を封じるには、鍵穴を封じるのが一番・・・安全だろう。お前を使う者は消滅する。ミレイオ、お前は賭けだ」
赦されることを俺も願う、と呟くビルガメス。
ビルガメスは気が付いていた。既に、ミレイオはサブパメントゥの者ではないことを。
しかし、空に属した者でもない。無論、精霊も妖精も関係なく、人間ですらない。鍵として動くが、属性を失い、旁魄とした一つの存在に変わった。
存在の意味は一つ―― 『鍵』の宿命。
「旅の仲間であれば、まだ。お前も身の置き場があっただろう。お前と同じように、今回の旅路の者は全員・・・イーアンも含め、異種族間を動き回る変化をするからだ」
しかし、ミレイオは単独。旅の仲間の導きに沿って動き、自分の行くべき場所に流されて到達する。
「翻弄。ミレイオ。お前は光を愛し、イヌァエル・テレンにも入ったサブパメントゥ。
だが、『サブパメントゥとして許される光の第一人者』であったか。それをお前に問う誰もいなかったことを、お前は理解しただろうか(※716話参照)。
お前の体に空の土がある。お前は龍族にもならない、空の一族にもなれないのに。お前を守るのはお前自身。孤立した闇を越えた宝よ、ミレイオ」
哀れむ詩のように、ビルガメスはミレイオに同情した。
普段、同情も何もない男龍だが、身代わりのように重任を負わされたミレイオには、気高さを知るだけに勿体なく感じる。
「鍵は消える。最後の扉を開けた時、鍵の宿命は昇華する」
イヌァエル・テレンを怖れなかった、光を求めたサブパメントゥ・ミレイオ。
この空に、涙と感謝を捧げて足を着けた、ミレイオが。
「お前を消すとなれば、イーアンが悲しむだろう。イーアンに消せないなら、俺が消すよりない。イヌァエル・テレンを守るために、封じるくらいしか、穏便な手段は選べない。お前を封じることで何が起こるか。こじ開けるのであれば、続きは消滅しかない」
この時期に起こったとするならば、『ミレイオが鍵として動き回る時間が長い』と捉えられる。魔物の王を倒すまで、どれくらいの期間があるのか分からない。
決着がついてから、世界統一の時間が動き出す。そこに誰が入るのかとなると、これまでであれば、サブパメントゥ属性だったミレイオも候補に考えていたものが、今やその可能性は消えた。
そうすると――
ビルガメスは、事前から整える準備として、すぐ立ち回るに、一先ず封じることを選ぶ。
イヌァエル・テレンを封じるのではなく、ガドゥグ・ィッダンを封じる。
中間の地から上がってくる、分裂遺跡は、イヌァエル・テレンを通過してさらに高い空、『スァレ・デパルテ』へ上がり、元の場所『ガドゥグ・ィッダン』に降りて来る。
「消滅か・・・お前の魂も、その体も守られて、宿命から解き放たれるなら。宿命だけが消滅するなら。そうしてやりたいものだ」
ビルガメスはすっと目を閉じ、これをミレイオに伝えるべきか考える。
だがすぐに答えが出ず、また、これをイーアンに言う必要があるかどうかも、答えに迷った。
「先に対処だ。その後。男龍で話し合うか」
大切なイーアンを悲しませないため。ミレイオを慕うイーアンのため。ビルガメスには、ミレイオへの同情があっても、まずはイーアンの心情の方が気になる。
女龍が悲しみに暮れてどうなるかと思えば、それは正直なところ、空の都合云々よりも、ビルガメスが嫌だった。
大きな男龍は家に戻り、今日、皆を集めて全員で考え、問題の対処を決定することにした。
*****
タムズが来た日の翌日。旅の馬車は、町を目指して進む。
男龍が来た昨日から、ミレイオの様子は一層、塞ぎがちになった。
ドルドレンはタムズに久しぶりに会ったことから、ミレイオの態度を気にかけつつ、嬉しさが募って、少々楽観的。
事情を知る由ないのだから、それも仕方ないこと。
イーアンも、自分の推測の域を出ない内容に、悩む時間はあるものの、伴侶の笑顔に付き合い、あまりミレイオの話題を出していない。
塞ぐミレイオは、赤ちゃんを預けている時間が増えた。
赤ちゃんはミレイオと一緒にいたいのか、ミレイオと顔を合わせると、『んんん』と短く呼びかけるが、ミレイオは振り向いて微笑むだけで、近寄らない。
「皆が可愛がってくれるの、良かったね」
ギールッフの職人たちに可愛がられている赤ん坊に、他人事のような優しい言葉をかけるだけ。
しかしその優しさ。赤ちゃんには寂しく、タンクラッドもオーリンも、フォラヴも、気になって仕方なかった。
ミレイオに家族的な愛情を持つバイラは、ミレイオの謎めいた存在に、崇拝的な感覚もあることから、『自分たちに関係ない、大きな理由があるのだろう』と気遣い、付かず離れずミレイオを見守る。
料理の際は、率先して手伝うし、話もするが、ミレイオが黙れば黙り、ミレイオが無言でどこかへ移動すれば、追わなかった。
ザッカリアだけは、ミレイオの様子に続きでも見えているのか。時折、少し心配そうな目を向けたが、他の者のような動きにはならない。
タムズと一緒に出た、昨日の午後以降。その夕方も、今日の朝も、昼も。
こんな具合で時間は過ぎて、ミレイオは荷台に引っ込んで盾の部品を作りながら、誰と会話もしようとしなかった。
赤ちゃんは、ギールッフの職人たちに預けっ放し。『もうじき町に入る。その後は分かれ道』だから、今しか遊べないな、と言うことで・・・・・
にしたって、と思うのは、親方やオーリン。オーリンはそこそこ、情も吹っ切れが早い方だが。
親方は『あんなにベッタリだったくせに』と、ぼやきが増え、ミレイオの側に寄ろうとしなくなった。
何か想定外のことが起こっただろう、ミレイオの態度の変わり様。それに理解を寄せることは問題ない。
だが、そのために変わった、赤ん坊への態度については、『親のように側に居続けたやつが、何だこれは』と少し苛立つらしく、受け入れられない。
これは意外なところで、フォラヴも同じように感じている。
フォラヴは私的な感情を、他人の解釈に挟まない性格ではあるが、兄弟家族の同情に関しては、幼い頃に引き離された、自分の過去の話と重なるために、どうしても気になって仕方ない。
赤ちゃんのお付きの人さながら、ギールッフの職人たちの馬車に乗る、妖精の騎士。
ザッカリアもそれは一緒だけれど、フォラヴの感覚としては、赤ちゃんが急なことで孤独を感じないよう、配慮のつもりもある。
ミレイオの塞ぎ込み方が普通ではないのは分かる。恐らく、旅も揺るがすような大きな動きが生じた。ミレイオに、何か別の存在が絡まった・・・あの地割れの修復の日から。それも、分かる。が。
バーウィーの馬車に乗るフォラヴは、赤ちゃんを抱っこして楽しそうに話す、バーウィーを見つめながら、赤ちゃんがちっとも楽しんでいない表情が苦しい。
赤ちゃんは明らかに、ミレイオに近づきたいと分かる。
泣いたりぐずったりしない子だけに、その我慢がどれほどかと想像すると、フォラヴには『ミレイオは、この子の気持ちを理解すべき』の思いが募る。
フォラヴとタンクラッドほどではないにしろ、ザッカリアも気にはなる。
ただ、ミレイオのことを知っている分、何とも言えない。もし自分がミレイオの立場として。
そう思うと、赤ちゃんと一緒にいてあげてほしくても、赤ちゃんを抱っこしたミレイオが悲しそうだったら・・・それは赤ちゃんも悲しいと思うし、そんなの、二人に良くない気がした。
シュンディーンは、馬車にやって来た時から、ずっと夜はミレイオと一緒に眠っていた。戦う時も、ミレイオが連れて出かけた。お風呂は総長でも、何かあれば、ミレイオがお母さんみたいだった。
いきなり離れてしまい、今、シュンディーンは悲しくて寂しくて仕方ないかも。
可哀相だなぁと思う、ザッカリア。自分はギアッチと離れた日、少しやっぱり寂しかった。でも自分は大きいから(※推定年齢11歳)良かったけれど。
小さな赤ん坊が、寂しそうに俯く、その丸い頬っぺたを見つめて思う。
赤ちゃんじゃ、どうしていきなりこうなっているのか、分からないよね・・・見る度、同情が消えない時間。ミレイオの状況も分かるし、赤ちゃんの気持ちも思う。
複雑な感覚を、それぞれが胸に抱える、旅の馬車。
皆が同じ目的を目指して、力を合わせて進んできた、これまでの旅路。
とはいえ、使命を受けたのは『旅の仲間』として名を告げられている者だけなので、力添えをしてくれている同行者については、彼らの自由や行動を制限する必要はない。
そう。必要ない、はずなのに――
本来、同行でしかなかった誰かの動きが、人間らしい温度で働きかける。
冷えた言い方をすれば、同行者は居てもいなくても良い立場。
旅路の邪魔になるような、おかしな迷惑さえかけなければ、ついてくるのは自由・・・その程度の認識でも最低限、充分であるところが。
皆の意識の中では、そんな『遠距離』は、とっくになくて。
ミレイオについても、シュンディーンについても、この二人の状態というだけの話なのに、放っておけない心が生まれ、それは困ったことに・・・思いや絆が成長したがための、『小さなヒビ』と『小さな傷』に繋がってゆく。
影響はどこへ行くのか。たった一人で抱え込んで、誰にも言えない辛い立場のミレイオに、そこまで思考が届くわけもない。
ただ淡々と、ミレイオの塞いだ態度は、仲間の胸の内に暗い印象を、そぼ降る雨のように落として溜める。
緩やかな午後の道は魔物も出ず、前方に影の見え始めた町へ向かって、馬車は静かに進んだ。
お読み頂き有難うございます。




