1563. 別行動:ヨーマイテスの呵責
☆前回までの流れ
タムズから話を聞き、いろいろと察したビルガメスは、地上へ来てヨーマイテスに会いました。そこで彼の変化を知ったビルガメスは、それを信じ、彼を祝福し、また戻ったのですが、ヨーマイテスは困惑に。
今回は、用事を済ませずに戻ったヨーマイテスの、胸中から始まります・・・
「ミレイオ。お前はもう。そうだったか。お前にもう、あいつは近づいたのか」
息子バニザットの待つ湖へ戻る道すがら。ヨーマイテスの意識に、僅かな罪悪感が生まれる。
ビルガメスの言葉をよく解釈すれば、自ずと何が起こったかを知るに至る。
それは、ミレイオに既に手が掛かり、老バニザットは直にミレイオに働きかけたこと。ミレイオに注意してやれば良かったか、と遅かった動きに、胸の奥に嫌な思いが浮かぶ。
それはこれまで感じたことのないもので、自分が脱ぎ捨てた宿命の重い軛を、ミレイオに肩代わりさせたような、そんな感覚だった。
そうして戻った夕方、湖のある畔に獅子は帰ってきた。早い時間に帰れたにも拘らず、いつもなら嬉しいところが、何となく気が重いまま。
バニザットはまだか。湖の奥から、彼の気配がする。
精霊に預けた午後。昼前の話。老バニザットに話を付けに出かけるため、ヨーマイテスは今日を選んだ。
午前だけ一緒に過ごした息子に、少し抜けると言い渡し、ヨーマイテスは外に出た。なので今日は、精霊の指導が終わり次第、彼は一人で戻ってくる。
「朝、喜んでいたな。自分の力を確認して・・・大喜びで」
無邪気にも見えるほど、笑顔で力試しをした、朝食の狩り。
そんなに獲ってどうする、と呆れたヨーマイテスも笑ったが、息子は『保存できる』と言い始め、部族で作っていたように器用にあれこれと・・・・・
「早起きしたから、今日は眠いだろうに」
フフッと笑った大きな獅子は、湖の畔で寝そべって息子の帰りを待つ。
自分が、眠くなることも。
日の光に晒されていることも。
息子の持つ、龍の骨から生まれた剣に触れられることも。
ヨーマイテスは今日、思いがけない自分の変化を知り、朝から驚きっ放しだった。
勿論、驚いたのは自分だけではなく、後から起きた息子も心底驚愕し、最初こそ大慌てで心配したが、徐々に受け入れられたのか。
ヨーマイテスが『問題ない。平気だ、平気なんだ』と何度も言い聞かせる内に、どうにか理解して『精霊の祝福とは。なんと』と、素直に変化を喜んだ。
そうして暫く、変わった体を知るため、問題のない範囲を探りながら、二人で朝食の獲物を捕らえた。
ヨーマイテスは、初めて朝陽の中で走り続ける時間に生まれ変わったような感覚だったし、シャンガマックは、自分の内から解放された、新たな力に感動した。
これが二人の、朝一番の出来事――
今も、夕日に当たる体は、不思議な感覚。
太陽の光に熱がある。これまで気にしたこともない温度を感じ、当たり続けることで、自分の体が温まるのも普通に疑問であり、また可笑しな感覚だった。
「俺の体温。俺は光をもう。俺の変化・・・そう言えば。ビルガメスは俺に『祝福を与えた』と言っていた。あれは」
ずっと昔、分裂遺跡の一部に、そんな話を読んだことがある。サブパメントゥの遺跡にも、似たようなことが書かれていた。
祝福とは何の意味だろう、と少し考えたが、特に何も分からない。これはまた後でとし、今は別のことを考える。
遥か昔。空の龍に、サブパメントゥが迎えられた時の事――
「時の勇者か。そいつがヘマさえしなければ。サブパメントゥは、何千年も光を奪われなかったんだよな」
それからの時間は曖昧。正確になど知ることもないし、誰も記録に遺しはしなかった。
『俺が最初』頭の中に浮かぶ、ビルガメスに言われた言葉を反芻する獅子。
――『母の声の代わりに、俺が赦す。いつか、空へ来ると良い』
あの『母』とは、恐らくあの男龍の親、始祖の龍。
圧倒的な破壊力を誇った、空の世界どころか、三つの世界の最強にもなぞらえる女。サブパメントゥへの怒りで、空を閉ざし、サブパメントゥを罰したという龍。
「考えたことがなかったな。重要視していなかっただけだが。考えてみれば、俺が盾突ける相手か、って話だ。俺が例え、コルステインたちを封じて、サブパメントゥ統一を果たしたとしても」
弱気とは違う、実力の続きを考える獅子。今更、どうでも良いことだが、なにをそこまで求めたのかと思い始める。
それはミレイオに科した、サブパメントゥの因果を悔やむ・・・と、ここまで思ったところで、夕暮れの暗くなる中、湖がバシャッと弾ける。
「うわぁ」
息子の声と共に、高く弾けた噴水の上に、褐色の騎士が慌てる姿。
獅子は思いっきり跳躍して、落ちてくる息子を空中で銜えると、『有難う』の笑い声を聞きながら、波打ち際に泳いで戻った。
「帰っていたんだね!おかえり」
「ただいま。お前を待っていた」
水を乾かしてやりながら、息子の嬉しそうな顔を見て、獅子もホッとする。と同時に、ミレイオだけを放り投げたような自分に、何か呵責を感じた。
どうでも良かったミレイオの存在に。今は、何か手助けが要るのではないか、と思う自分に気が付く。
バニザットの今日の話を聞きながら、火を出してやって食事を勧め、彼の今日の学びの楽しさに耳を傾けつつ。
ヨーマイテスの気持ちに、罪悪感が消えない時間。
風呂に移動し、獅子のヨーマイテスは息子にいつも通り洗ってもらう。ずっと、その間も。何だか、自分だけが得をしたような。何とも、これまで想像したこともないような思いに捉えられ、戸惑う。
そして風呂を上がり、バニザットを乾かしてやってから、背中に乗せて寝床へ戻り、そこでようやく、言われる。
「俺は訊かない。だけどヨーマイテスが一人で抱え込んで、誰かに話したかったら、俺はいつでも聞く」
寝床の上に寝そべった獅子。その横にごろっと仰向けに体を倒した息子は、獅子を見ずにそう言った。
黙っていると、息子は目を瞑り、腹の上で手指を組んで、小さな吐息を漏らした。
「頭の中が読めるわけじゃないが。ヨーマイテスが何かを気にしているくらいは分かるよ」
「バニザット」
「今日出かけただろう?そこで何かがあったのかどうか。俺が知ることじゃない。でもヨーマイテスが悩むのは、俺にとって一人でヘラヘラしていられるような事態では」
「お前がヘラヘラ?そんな」
「そう、思うんだ」
パッと目を開けた息子の向けた、漆黒の艶やかな瞳。その色は常に真っ直ぐで、何も嘘がない瞳。ずん、と圧されるように感じるヨーマイテスは黙る。
「ヨーマイテス。話を俺に出来るなら、してほしいと思う。俺は家族だ。俺に聞かせられないなら、無理には」
「そうじゃない。そうじゃない、バニザット。ただ、お前はどこで傷つくか分からないから」
思わず出た本音。こんなことで狼狽える自分ではなかったのに、うっかり口を衝いた言葉に、獅子は開けた口を閉ざす。シャンガマックは片肘を付いて上半身を起こすと、獅子に体を向けて、その鬣に手を置いた。
「傷つかない。俺は、もう。ヨーマイテスの何を聞かされても、絶対に傷つかない」
「だが」
「大丈夫だ。俺はあなたの息子だ。あなたは俺の父だ。二人はいつでも一緒だ。話しても平気だ」
息子の向かい合う顔に、何かを悟っているような気がした。それは『ミレイオへの心配』も配慮に入れているように見えた。
獅子は一度だけ目を伏せると、もう一度目を上げて、息子に『今日、俺は』と話し出す。
言い難いことも含めると、どこから伝えるのが良いかを考えたが、先に『ミレイオのこともある』と挟んだ。息子の感情や頭の中に浮かぶ思いは、ヨーマイテスに筒抜けだったが、息子が揺らぐことはただの一度もなかった。
話し終えて、戻って来た時の気持ちも『俺だけが救われたようで、何かが重い』と伝えた。
息子は黙って聞き続けたが、最後の『何かが重い』の一言で、体をゆっくりと起こし、不安そうな目を向けた獅子をそっと抱き締める。
「ヨーマイテスに体温が戻ったから。それまで感じなかった気持も一緒に宿ったんだよ」
「体温ごときで」
「そうなんだ。体温ごときで」
それで良いんだよ、と微笑んだ息子に、ヨーマイテスは悲しくなる。
「俺は。お前が息子だと思っている」
「当たり前だ。俺だってそう思っているよ。だけどミレイオを創ったことへの気持ちが苛まれているのは、息子を心配する親ではなくて、ヨーマイテスが俺と幸せを得たからだ」
こういうことには馴染みがないから、初めての気持ちに戸惑っている・・・父は今、新たな自分の感覚に、これまでの経験で対応しようとして悩んでいたんだ、と見抜くシャンガマックは、静かに『あのね』と人間的な心の動きを説明した。
「よく分からんな。そんなにあれこれ考えているわけじゃ」
「うん。だろうと思う。でも、一つずつ言葉にすると、きっとこうなるんだよ」
ヨーマイテスは理解出来ない心の動き。ピンと来ない説明を、真面目に解説されて、『別にそこまでじゃない』とはっきり言い難く、『そう思わないが』と控えめに否定し、息子から目を逸らす。
シャンガマックにも伝わるそれは、少し嫌そうにも見える父のプライド部分。
人間と同じような感覚を、サブパメントゥの誇り高い父が、心の内側に持った。それ自体、何だか格下げに感じるかも、と苦笑いするが。
「でもね。そうだから、今、こんな気持ちなんだ。重いだろう?」
「まぁな。自分で言った以上は、その言葉は正しい」
言葉上な、とばかりの言い方に、褐色の騎士は少し笑って、獅子を強く抱き締める。鬣に両腕が埋もれて見えないくらい、しっかりと抱き締めて、静かに教える。
「重いのは、消える。俺に分けるんだ。俺が半分持つよ」
「バニザット」
「一人で抱えてはいけない。俺は息子だ。俺は家族。ヨーマイテスの重さも痛みも、半分貰う。こうして話しをして、気持ちを伝えて、理解が完璧じゃなくても。悩んでいるヨーマイテスに寄り添うことは出来る。
『受け取りたい』と思うんだ、少しでも軽くしてあげたいと」
思うんだよ・・・を言う前に、獅子に圧し掛かられて(※ひっくり返された)ベロベロ顔を舐められる騎士。笑い出して、父が、嬉しいのと恥ずかしいので、いっぱいなんだ、と理解する(※当)。
息が出来ない!と止めるように何度も頼んだが、獅子は舐めるのを止めず、尻尾はバタバタ振られていた(※大喜&恥ずかしいからもう言われたくない表現)。
ヨダレで、べっとべとになったシャンガマックは、『あーあ、肩まで』と苦笑い。ようやく止めてもらった後、『風呂行くか(←反省)』の提案を受け、急遽、二度目の風呂へ行った。
そして風呂で、シャンガマックは『俺も一緒に』とミレイオを支えようと思うことを伝えた。
ヨーマイテスは息子の愛情深さに心を打たれ、ここでも湯に沈めて、これはさすがにちょっと叱られた(※『溺れる!』と言われた)。
こうして。ヨーマイテスは気持ちも少し楽になって、バニザットという息子がいることに、心から安心した。
想像まで行き着かない、また別の困惑を感じるまでは、安心も続く。ミレイオが、サブパメントゥにも出入りを限定されることを知るまでは。
お読み頂き有難うございます。




