1561. タムズの判断とミレイオの覚悟
☆前回までの流れ
ミレイオと離れた二日間の夜を越して、シュンディーンは悲しくなります。ちゃんと伝えた方が良いことも知っている、聖なる赤ちゃん。その気持ちは届かなかったけれど、ザッカリアがミレイオの未来を予知していました。
今回は、少し前に男龍が『ミレイオに訊く』と言った、その回です。
ギールッフの職人たちは、狼狽える。旅の一行は、真っ白で爆発的な輝きに、本能で顔を伏せた(※学習が活きる)。シュンディーンはミレイオの腕から、タンクラッドに手を伸ばして、タンクラッドに乗り換える(※避難)。
わぁわぁ煩い職人たちの馬車でも、馬は怯えていないので、あくまで、騒いでいるのは職人たちだけ。その中で、以前、この状態を一度体験しているバーウィーは『龍の人』と、畏怖を以て口にした(※1123話参照))。
「急にいらして」
「連絡しようがない」
「眩しいですよ。ちょっと光を」
「そう。皆、いつになったら慣れるのか」
毎度のやり取り。そっちが慣れろとばかりの、ちょっと不満そうな声が響くのを、目を瞑ったままのドルドレンは笑顔で聴く。
「タムズ」
聴こえた声に微笑む男龍は、イーアンと話していた顔を声のした方に向ける。
「ドルドレン。君も慣れないね」
「済まない」
明度(?)を下げたタムズは、イーアンが指差した前の馬車へ行き、先頭の馬車のドルドレンの横に止まる。
薄目を開けながら、喜びの笑顔を向ける騎士に、タムズも可笑しそうに笑顔で頷いた。
「待っていたんだね」
「無理は言えないが、いつでも待っている」
「君は本当に忠実。でも今日は、君に用事ではないんだよ(※あっさり)」
「え」
ニッコリ笑ったタムズに、ドルドレンは悲しい。少しはゆっくりしても、と遠慮がちに言うと、男龍はちょっと考えてから『そうだね』と頷いてくれた(※ドルドレン喜)。
「では先に。ミレイオは居るかね」
「いる。荷台に・・・ちょっと具合が悪いかも知れないが」
『具合の悪いミレイオ』の言葉に、タムズは馬車の荷台に視線を動かす。前ならミレイオはすぐに顔を出したが、出てこない。
静かな男龍の崇高な表情に、ドルドレンは見惚れながらも(※好き)言うべきことは先に伝える。
「体調が良くない様子だ。疲れが出ている」
「そうか。それなら、少し彼を気分の良い場所へ連れて行こうか」
「え・・・ミレイオを連れ出す(※羨ましい)」
「少しの時間だよ。問題はないね?」
ないけど、と頷くドルドレン。自分を連れ出してくれても、とは言えなかった(※予定外)。寂しそうな黒髪の騎士に『戻ったら服を用意して』とだけ言うと、タムズはさっさと荷台へ向かう。
怯える赤ちゃんを抱っこしたタンクラッドに、まずは挨拶。赤ちゃんを見つめ、真っ青な青い目を丸くした顔に微笑む。
「可愛いね。君か。ビルガメスが話していたのは」
「タムズ、久しぶりだ。会えて嬉しいが、聞いていないのか・・・シュンディーンは龍が怖くて」
「本当?私にはこの子が、龍に興味があるように見えるけれど」
「何だって?そんなことはない。ほら、怖がって」
赤ん坊の都合を、急いで伝えようとする剣職人に、男龍はちょっと笑って『無理しなくて良いよ』と遮ると、自分を見つめ続けるミレイオに視線を移した。目が合ったミレイオは、ぎこちなく微笑む。
「ミレイオ。久しぶりなのに、出てこないね。具合が悪いと聞いたよ」
「久しぶり。疲れちゃって。年だと思うわ」
「君の体はそんなに弱くないよ」
控えめな微笑を浮かべる男龍の、射抜くような金の瞳に、ミレイオは思わず目を伏せる。
だが、間を置かずしてタムズに『一緒に来なさい』と腕を伸ばされ、仕方なし了解して、お皿ちゃんに乗った。
「それではね、イーアン。オーリン、タンクラッド。ドルドレン、また戻ってくるから、イーアンに服を出してもらっておいてくれ」
男龍の類に漏れず、タムズも勝手に決定。勝手に実行する。あっという間に、ミレイオを連れて、さっさと空の向こうに消えてしまった。
「いきなり来て、いきなり用事を済ませるんだよな」
まだまだ騒がしい後方の馬車(※『龍の人だ!』連発)に苦笑いして、タンクラッドは首を傾げる。イーアンも笑って『慣れた』と答え、オーリンが『慣れないよ』とぼやいた。
ドルドレンは寂しかったが、戻って来てくれるならと、イーアンにタムズの服の準備を頼み、相変わらず空に向かって祈りを捧げるバイラに『また来るよ』と教えてあげた(※ギールッフの皆にも)。
*****
タムズはミレイオを連れ、テイワグナの空を数分飛んだ場所で降りる。
そこは大きな川が向こうに見え、平らな上面を持つ、切り立った崖の連続する場所で、崖の下方には小規模ではあるが、濃い緑の森があった。
森がポツンとあるように見えるけれど、上から見れば、遠い川からのんびり蛇行する支流が続き、森の上を覆うように包む、岩々の合間を縫い、そこに留まって潤していると分かる。
午前は日が当たるが、きっと昼を過ぎれば、高い崖に日差しは常に遮られるのだろう。そうした角度にそびえる崖の連続から守られ、そこだけ憩いの水場のように、青い森が茂っている。
「明るい。生きている森だ」
タムズにとって、生きていない森でもあるのか・・・分かり難い一言に、ミレイオはとりあえず黙って頷き、『急に何かと思う』と伝えた。
いきなり連れ出されたのだから、当たり前の一言だと思っての、発言。
金色の龍の目が向けられ、ミレイオの声に制限でもするような強い眼差しは威圧に感じた。
男龍の体の大きさを、威圧的には感じないが、彼らの存在感は、時折、相手に圧し潰すほどの苦しさを与える。ミレイオは今、そんな圧迫の中にいた。
「ミレイオ。以前、君に同じようにして話をしたことがあるね」
「何度か。タムズとは度々、二人で話していると思うわよ」
「何度でもない。私が言葉を選んで話しているのを、君が気が付かないわけもない。君も言葉を選びなさい」
突然、注意に変わった声の厳しさに、ミレイオはハッとして男龍の顔を見上げる。並んで立つ岩の上で、輝く体を陽光に晒す、翼のある男龍の顔は、これまでにないほど厳めしかった。
「タムズ」
「言葉を選びなさい。君は、龍族の頂点にいる男龍を相手に話している」
「あ」
「それを意識しなければいけない時間だ。知り合いと話している気分で、この時間を過ごすことは許さないよ」
「ご。ごめんなさい」
連れ出された理由は分かっているはずだと、言葉にすることもなく伝えるタムズに、普段の優しさや、観察する静かさがない。ミレイオはすぐに謝り、はぐらかせない相手と、それほどの大きな事態であることを、受け入れた。
タムズは、ミレイオを座らせようともせず、並んで立った状態で、見下ろして質問する。ミレイオも見上げながら話し、時々うっかり顔を俯かせると、すぐ名を呼ばれて、目を見て話すことを繰り返した。
そうして、時間がどれくらい過ぎたか。
男龍の質問は穏やかで、問われる速度に変化はなかったが、終始、緊張が胸を鷲掴みにしていたことから、話を終えた時には、どっと疲れが襲うほどだった。
「では。君は。一人で出かけてサブパメントゥに居ただけ。
調べ物をしていたら、コルステインに出されて、思いがけない地域に着いてしまったから、イーアンを呼んで」
「そう。サブパメントゥで調べ物があったから、つい・・・長居したのよ。地下の時間が曖昧なのは、知ってる?」
男龍は、ミレイオの問いかけに首を少し傾げただけで、瞬きをしない目つきが『噓』を見抜いている気がする。
だが、ミレイオは『絶対に言えない』と思っていたので、相手がタムズでも隠し通す。
『嘘』めいた話に対し、タムズは追いかけるが、追い詰めはしない。意地悪な引っ掛けもないし、関係ないことも聞かない。ただ、丁寧に、訊きたいことの詳細を何度も訊くだけだった。
「分かった。それでは私の番だ。私が君に、こんな話を聞きに来た理由を教える」
疲れが見える顔を向けるミレイオに、タムズは風のような声で、ふんわりと、どこかの風景の感想でも口にするように話し出す。
「今の君はね。もう、以前の君の状態ではないし、これまでのようには生きられない」
「どういう」
「黙って聞きなさい。『君は君でしかないし、たった一つの存在であり、ミレイオは自由でもある。』
これを決して忘れずに、私のこれから話すことを、理解すると良い。
君は賢い。自由の意味を、人間の感覚で受け取っているのではないと思うが、もしも、狭義の解釈をするなら、それは、君の存在に対して唾を吐くのと同じくらい愚かだとは、先に伝えておく」
――それからタムズは、淡々と話す。
『サブパメントゥの生きた宝石』と呼ぶ理由。
詳しくは説明しなくても、タムズの了承できる境界線手前の情報。『ミレイオの判断に任せて良い』と思われる重要事項を、幾つか教えた。
おいそれと近寄ることさえ出来ない、この世界に影響を齎す場所が、空にあること。
そこへに続く扉が、中間の地にも点在し、ミレイオはそれを開けられる体を持つこと。
サブパメントゥが失った光の耐性を持つ、独特の目印があったこと。
しかし、ミレイオ単独では通用しない。この理由は、ミレイオが開け方を知らないこと。開け方は一つではないこと。開け方を知る者を共にした時、扉が開くこと。
世界に影響を齎す場所は、無論、空の者ではない種族に対し、命を失う可能性があること。
「早い話が。世界に直接的に働くような場所に、私が鍵になるってことね。でも私自体は、誰かと一緒じゃないと、意味のない存在。で、その・・・危険な空のどこかに、もし辿り着いても、無事じゃいられない。合ってる?」
「そう。それとね。『通じる道』とは言ったが、この意味も直結ではない。最終的に、辿り着けるところまで、何度も必要なものを集めることになる」
「辿り着く・最後の道に・必要なもの。なのね?それを集め続けて、命を懸け」
「君の判断が。私には『宝石』だと思っているよ。だから、話すことにした。世界に通じる、宝石に等しい能力と価値を備えた存在であっても、本当の宝石は君の『心』だ」
ずしんと食らった重い信頼。ミレイオは、震える心臓を押さえるように、そっと胸に手を当てて『有難う』と、教えてもらった礼を伝えた。
ミレイオの明るい金色の瞳は、今、揺れ混ざる渦を抱える。
それはタムズには、ガドゥグ・ィッダンの空間そのものにも見える。ミレイオは、空の・・・イヌァエル・テレンを移動した場所にも行ける。
彼はそんなことを望まないだろう、と分かっていても、彼を望む誰かによって動かされる。
ミレイオが逃げられない宿命と共に動き出すなら、この、光の魂を受け入れたサブパメントゥの彼に、空の秘密の一部を伝えて、後の判断を任せようと、タムズは思う。
もう少し何か訊くかな、と思っていたが、ミレイオはそこからは黙ってしまい、自分の中に生じた葛藤を飲み込むように、何度も俯いた。
タムズは少しの間、それを見守り、押し黙ったミレイオに『君は君だ』ともう一度言った。自分を見上げない彼の肩に手を置いて、『もし。答えられることがあれば教える』それも付け添えた。
きっとミレイオは、丸ごと受け入れる。もう、運命に抵抗しないだろうと思う。
だが、それでも彼の性格で乗り越えられない場面が来た時、『なぜ』『どうすれば』の問いは出てくる。その時は力になろう、とタムズは決めた。
ミレイオは頷き、この後、無言のまま、二人は馬車に戻る。
馬車ではドルドレンが明るい笑顔で待っていて、用意されていた衣服を久しぶりに着用したタムズは、荷台に引っ込んだミレイオを気にかけながらも、喜ぶドルドレンと一緒に、数時間過ごした。
昼の休憩に入る頃。タムズは悲しむ黒髪の騎士にお別れして、イーアンや皆に挨拶をし、目の合ったミレイオに微笑むと、空に戻って行った。
お読み頂き有難うございます。




