155. ウドーラの湿地
隊が水気のある場所を避けてテントを張るにあたり、民家に相談して私有地内にテントを張る許可をもらった。
牧草地だが、『人糞などの管理は、森の方でしてくれたら、テントを張る分には構わない』と言われ、隊は野営の準備をした。テントも少なく時間も早くて明るい中だったので、野営準備は呆気なく完了した。
テントの中で話すことになったイーアンは、龍を一度戻そうと決め、龍にそれを伝える。龍は物足りなさそうな顔をしたが『また暗くなる前に来てもらうのよ。良い?』と訊かれて、頷くように首を揺らした。
そしてイーアンの体に頭を擦り付けてから、ふわーっと浮かび上がって、宙を歩くように空へ戻って行った。
あの子は私と一緒にいるのが好きなんだわ・・・イーアンは、青い後姿を見送りながら嬉しく思った。
イーアンがテントに戻ると、ポドリックがそこら辺に座るように指示し、コーニスも入ってきた。イーアンが地面に枝で絵を描き始め、それを二人が覗き込んで説明を聞く。
「つまり。こう・・・放射線状に広がっているのが本当の姿」
「で、俺たちは去年。その出てる先を切り取って終えたということか」
「多分、そうではないかなと思うのです。一度切り取られると、すぐに再生するわけではなさそうですね。それが良いことでした。しかし中心の部分に大本があるとしたら、それを今回」
「潰すのか」
「そうです。全滅の表現は違う、と私が言った意味はそれです。思うにこれは、巨大な一つの固まりで、出ている部分が動いて、這う跡をつけたり、家畜を捕ったりするのでしょう」
「イーアン。秋ぐらいから出ていた被害の報告を聞いているか」
「ドルドレンに聞いて、少しだけ知りました。なぜか外傷のない家畜の死体が転がっていた話です」
「それはどう思う」
「想像だけです。確信はないのですが。この魔物は植物の特性があるのでしょうか。
秋に実を落としたのではないかと思います。それまで花が咲いていたとして、とりあえず秋に実を・・・種子を落としたとします。それを家畜が食べたのかもしれません。
この蛇モドキは、冬本番に入る前の最後の栄養摂取と考えてみて、本格的な冬に入ると地上部が枯れる仮定をしますと、根っこは真ん中で残っている状態」
ふむ、とコーニスが腕組をした。ポドリックはここまでの話を聞いて『それで、今から出ている部分を切ると、明日は真ん中に近づきやすくなるということか』と訊ねた。
イーアンは『そのつもりです』と答え、『けれど仮定が正しいとは言い切れないことを前提にして下さい』と続けた。
「とりあえず、やって見る価値はあると思います。それで違う何かが出てきたら、その時は事実を検証して別の方向から退治方法を考えます」
ポドリックがニヤリと笑って『いいだろう』と立ち上がった。
「じゃ、やってみるか。仮定した方向で」
コーニスも頷いて『弓より剣かな』と耳を掻いた。イーアンは思い出して、腰に下げていた試作の剣を見てほしいことを伝えた。
「これは昨日、ダビと私で作ったのですが」
イーアンが鞘から抜いた、湾曲した黒い剣を見て、二人は目を丸くした。
「この黒い方が刃です。背に金属が当ててあり、刃には毒が入っています。これを使える人はいますか。今回の相手は切るだけで危なくないと聞いているので、使ってみてほしいのです」
コーニスが苦笑し、ポドリックが声を立てて笑いながら、テントの幕を上げて『ディドン』と呼んだ。ディドンは久しぶり・・・イーアンは意外な人物との再会に楽しんだ。
ディドンがテントに入ってきて、イーアンを見て少し驚いた様子でニコッと笑った。
「ディドン。彼女の試作の剣を使う者が必要だ。お前やるか」
隊長の言葉にディドンは嬉しそうに笑顔を深くして『ありがとうございます』と頭を下げた。
イーアンがディドンに剣を渡し、剣の説明を簡潔に伝える。毒だけは決して自分や他の人に触れないよう気をつけて、と念を押した。
ディドンはイーアンの瞳を見つめてから微笑んで、手に持った黒い剣をじっくり眺めた。
「昨日。ロゼールが一度試してくれています。その時は毒の効果までは見ていませんが、剣としての威力はなかなか悪くないと判断しました。
これは、叩くように使わないで、こうして湾曲に合わせて対象物を切り削ぐように使います。叩くと衝撃にどれほど耐えるか分かりません。削ぐように弧を描いて突いたり、切る場合は、民家の壁さえ崩すことが出来ます。
もし、その剣が壊れるとかそんなことがあれば、すぐにそれを捨てて、ご自分の剣に代えて下さい」
「捨てないです。自分の剣を使うでしょうが、これは捨てません」
イーアンがポドリックに向いて笑うと、ポドリックも頷きながら笑っていた。イーアンが鞘も渡し、ディドンの腰に2本の剣を下げた。
「よし。始めるか」
両手をぱんっと打ち合わせて、ポドリックがテントの外に出た。
一行は隊長2人の話を聞き、6つの班に分かれて、農道沿いとテントから見た森側から始めた。森の中に向かって進む。どこかで『来た』と声が上がり、その後は次々に『出た』と聞こえてきた。近い範囲で存在を意識する。
戦闘に参加しなくて良い、とイーアンは言われていた。イーアンに鎧はない。それは従おうと思い、イーアンは森の外で待っていた。
自分には多分魔物が寄らないだろうな・・・と思っていた。笛がある。笛がある以上は、フェイドリッドが話していたように、魔物の方から離れていく気がした。
そう。 だから、邪魔になりかねない気もした。
自分が近寄れば、退治出来ないという意味も含む。逃げてしまうのは良いことだけれど、笛を持つ自分がその場を離れたら、その途端に魔物が戻ってくるとなると、それは大変迷惑である。
『動きにくくはなるのね』イーアンが呟いた。だからと言って笛をその辺に置いておくとか、誰かに預けるわけにもいかない。
自分の責任をまざまざ味わっている今。ポドリックたちにはまだ笛の話まではしていない。なぜか私が笛を吹けば龍が来る、そうした印象だろうから、笛自体に魔物を遠ざける力があると分かったら、賛否両論のような気がした。
「皆。怪我もなく無事に今日の仕事を終えますように」
イーアンは両手指を組んで祈る。待つ身はつらい、と以前の世界で聞いたことがある。待たせる身の方がつらい、という返し文句があった。どっちであっても、相手を思えばこそ。
ポドリックたちが、早く無事に皆戻るように、馬たちと待つイーアンだった。
夕暮れ近くなっても一行はまだ道には現れない。森を見つめながら待ち続けるイーアンは、明日のことを考えていた。
明日は自分が動いたほうが良いだろうか。
上からなら魔物が逃げようがないから、龍に乗って真上から攻撃を仕掛けてみよう、と考えた。自分が想像している植物なら、酸でも炎でも死ぬきっかけを作れるだろう。
収穫するものは消えるにしても、そんな事はともかく。
一行の負担を減らせる動きが出来そうなら、自分がそれはやった方が良いと思う。ポドリックに相談してみて、許可を得られたら実行しよう、と決めた。支部に戻ったら魔物の本も見てみよう。
いろいろ考えていると、日が暮れ始めた。太陽の姿は山向こうに消えて、一行が留まる森も少しずつ暗がりを増していた。
どうしたかな、と思っていると、声が聞こえ始めてちらほらと騎士の姿が視界に入り始めた。
「イーアン。待ったか」
ポドリックの声が響き、片手を振っている姿が見えた。イーアンも手を振って彼らの方へ走った。
「良かった、皆さん無事ですか」
暗くなってきたから心配だった、とイーアンが言うと、ポドリックは笑って『昨年と同じで被害はないから』とイーアンの肩に手を置いた。
ディドンが寄ってきて『イーアン、これはすごい剣だ』と弾けんばかりの笑顔で感想を言った。
「刃毀れなどありませんでしたか」
イーアンがディドンの見せた黒い剣を見てから、ディドンの目を見て質問すると、ディドンは少し照れ臭そうに『ちっとも。この剣が俺を守ってくれました』と答えた。
話しに寄るとディドンが切った魔物だけは動きがおかしく、縮れるように丸まり、引っ込む時も、のた打ち回ったらしかった。
毒が何かしらの作用を施したのかも、とイーアンは思った。自分の目で見れなかったことが残念だった。
ディドンにお礼を言って、その剣を明日支部に戻るまで使ってもらいたいことを頼んだ。彼はとても喜んで逆にお礼を言われた。
コーニスが話しかけてきて、『自分たちは結構な数を切ってきたから、明日は明るくなり次第、中心に向かう』と言った。ポドリックもその予定である事を頷いたので、イーアンは朝また来る、と伝えた。
野営の夕食準備が始まる頃。山脈の上に薄っすらと白い星が見えた。
「私は戻ります。明日の朝、日が昇った後にこちらへ来ます。その時、少し私の案を相談させて下さい」
テントの外でイーアンが言うと、ポドリックは了解した。
イーアンは『じゃあ』と手を振って、馬や野営地から離れた草原で笛を吹いた。
夜に差し掛かる空に白い光が生まれて、青い龍が降りてきた。イーアンは龍に跨ると、自分を見て立っている人達に『明日来ます』と叫んで、龍と共に飛び立った。
イーアンと龍が空へ駆け上がり、星のように煌いて遠くに消えていくのを見送った、騎士の数名は『もう、魔物に負ける気がしないな』と笑い合った。
お読み頂きありがとうございます。
先ほどこれを投稿する際、ブックマークをして下さった方、ポイントを入れて下さった方がいらっしゃる事を知りました。本当に嬉しいです!ありがとうございます!!心から感謝します!!




