1547. 別行動:褒美と忠告・精霊と獅子の約束
☆前回までの流れ
馬車の一行がミニヤ・キナの村を出て、縁の繋がった人々との関わりを考えた日。
それまでの数日間。別行動のシャンガマックとヨーマイテスも、悩みに苛まれた日々を過ごしていました。精霊に、シャンガマックの短命を告げられたことです。
今回の舞台は、この二人の場所へ。ここから数話、彼らの回が続きます。
あの日から――
数日経った朝も、シャンガマックとヨーマイテスは、不安から逃げられない日々を過ごしていた。
「バニザット。もう少し食べろ」
「もう食べられないよ。腹はいっぱいだ」
「良いから食べておけ」
獅子の口に運んだ肉。差し出した手を押し戻され、無理にでも、息子に食事をさせようとする獅子。シャンガマックは、毎食この状態で苦笑いも出来ない。父の態度は理解しても。
『自分が死ぬまで、の短い時間を意識してしまう』・・・食事の度に父の態度が辛く、遠回しにそれを伝えた昨日。
父は一言『一日でも長く生き延びて、可能性を探すだろ』と、質問なのか答えなのか分からない、重い言葉を呟いた。
可能性とは。シャンガマックの命の時間を取り戻すための、可能性・・・・・
父の言葉に、何て言えば良いのか思いつかず、シャンガマックは食欲がなくても、食べるようにした。
衝撃的な未来を告げられた日の、翌日(※1533話参照)。精霊ファニバスクワンに、二人は相談した。
だが、精霊からの返事はすげなく、おいそれと『分かった』の声は聞けなかった。当然だろう、とも思うけれど、諦めを付けるには早過ぎる。
しなければいけない事が、山のようにあるんだと、シャンガマックは自分の心に何度も言った。
呆気なく、旅の途上で死ぬなんて。冗談じゃない。
ヨーマイテスをおいて死ぬなんて。そんなこと俺は選ばない・・・何度も何度も繰り返し、頭の中で怒鳴った。
魔法の学びは続く。ファニバスクワンは感情が見える精霊だが、『シャンガマックへの同情』を感じることはない。
冷たいわけではないと思う。大いなる精霊の意識と、人間の感覚が異なるだけ。
そう解釈はしているが、頭で理解していても、『ファニバスクワンなら、どうにか出来るのでは」・・・暗い不安が過る度に、精霊の心変わりを願ってしまう自分がいた――
「行くぞ。バニザット、大丈夫か」
「・・・うん。大丈夫だよ」
急に聞こえた獅子の声に頭を上げると、肉を焼いていた炎は消えている。獅子は、少し離れた湖に顔を向け、溜息をついた。
「粘っていれば、何か聞けるかも知れん」
「ヨーマイテス。毎日、その話を出しているけれど、ファニバスクワンは」
「乗れ」
遮られる言葉。息子を見ずに背中を向けた獅子は、歩いても行ける湖まで、背に乗るように言う。父が、常に『息子の死』を意識していることが、何気ない動きでも伝わる。
それはシャンガマックにとって、重圧でもあり、息苦しさと切なさに、揺さぶりをかける行為に変わっていたが、逆の立場なら同じことをするだろうと思うと、父に『やめてくれ』とは言えなかった。
毎日どころか、毎秒。触れていたいように、目の届く場所に居させたいように、獅子は行動する。
死を意識し続ける行為が辛いが、シャンガマックは黙って従う。獅子の背に乗り、湖まで行くと、そこで獅子はカワウソに変わる。
最初こそ、抱っこされるのを嫌がっていたのに、あの日以降、カワウソの姿で抱っこしても嫌がらない。
抱っこしてから、辛い気持ちに目を瞑ったシャンガマックは、溜息をつくにもつけず、ファニバスクワンのいる湖に入る。
足を水に入れ、二歩目で波打ち際が輝き、二人は今日も水底へ迎えられた。
*****
魔法の扱いが頭に入らず、間違いも多いシャンガマックだが、それについては理解があるのか。精霊は特に、咎めも呆れもしない。間違えたり、覚えられずに戸惑う騎士に、丁寧に教え続けるだけ。
ただ、毎回『応用ばかりだ』と精霊は言うが、その応用は、生まれつき魔法を身に備えた存在にすれば簡単でも、人間には応用の範囲を越えている。
これはどうにか分かってもらおうと、シャンガマックは音を上げるように、精霊にそれを伝えた。
すると、魚に似た顔を向けたファニバスクワンは、不思議そうに首を傾げ、長い鰭の手を動かしてシャンガマックの首を撫でた。
「お前は、大地の精霊ナシャウニットに、何を学んだ」
「ナシャウニットに?いえ、俺は習ったことはないです。呼び出した時に、質問に答えてもらうくらいで」
「そうではない。シャンガマック。お前のこれ。お前はこの体に、生きたナシャウニットの力を持つ。その学びから、私の力も受け取れる。意味が分かるか」
何の話か分からないので、困るシャンガマック。ええっと、と言うだけで、どう答えようか悩む。
「ナシャウニットの力を自由に使えるお前が、なぜ『ナシャウニットに学んでいない』と言うのだ。お前の学びは言葉ではない。閉ざされない力にある。
ナシャウニットの力を動かすように、お前は私の学びを動かしなさい。
最初からそれをよく思ったが、お前はなぜ、言葉に変えて学ぼうとするのか。それは時間を削る」
『時間を削る』の部分に、ビクッとした騎士は、目の前の精霊に狼狽え『はい』と答えた後、言葉が続かない。
精霊はそんな騎士を見つめ、それから水面を見上げた。暫く、水面を見たまま黙っていた精霊は、次に、壺にいるカワウソに向く。
「シャンガマックよ」
「はい。何ですか」
「お前の父。サブパメントゥの父も、ナシャウニットの力を宿す。その理由はなぜだ」
「え?いえ。あの、俺は・・・きっかけというか。その、ええと、俺と父が『一緒にいられるため』としか、知らないです」
それはヨーマイテスが言ったのか、と問われ、シャンガマックは頷く。
さっきまで、『魔法は頭で覚えるものではない』ような会話をしていたのに、いきなりヨーマイテスに話が移ったので、ナシャウニットのことが何か絡んでいるのかと、騎士は精霊の次の発言を待ったが、続いた言葉に驚く。
「シャンガマック。お前は今日、戻りなさい。ヨーマイテスと話がある」
「何ですって?父は一人ではここに居られません。俺が一緒じゃないと」
驚いた騎士に、精霊は『ああそうだった(※忘れてる)』と了解し、『それなら離れていなさい』と命じた。
何だか分からないが、急に今日の学びを中断され、父と話すから距離を置けと命じられたシャンガマックは、とりあえず受け入れて『でもそれほど遠くに行けない』ことは伝えておいた。
ナシャウニットの何か・・・きっとファニバスクワンは、父の力の経緯や使い方を聞こうと思ったのだと理解し、シャンガマックは壺へ行くと、自分を見ているカワウソに事情を話す。
「何?俺と話がある?お前に、離れているように、と言ったのか。俺はお前が近くないと」
「それも言ったよ。だから、そんな距離はあけなくて良いと思う。だけど、ヨーマイテスと二人で話したいみたいだから、俺は聞こえない程度の場所にいるよ」
渋々、ヨーマイテスは壺から出て、息子の両腕と自分の腕を通う、命綱の光の動きを確認し、それからファニバスクワンの側へ行った。
息子の魔法が体を守ってくれている(※これがカワウソ状態)ため、大きな振動や衝撃を感じることはないが、緊張は消えない。
ファニバスクワンもそれは承知。近づき過ぎない相手に、近寄れとは言わなかった。
そして、あっさりと用件を伝えてくれる。このあっさり・・・答えるには、あっさり返せない内容で、ヨーマイテスの方が答える時間を求めた。
「ファニバスクワン。それは」
「お前の心の変化に、褒美。そして忠告。分かるか」
「なぜ、なぜそんなことを。ナシャウニットは何か伝えたのか」
「そうではない。お前とミレイオが同じと分かる。
この際だから、確認しておく。ナシャウニットの力をその腕に入れたのは・・・その体を巡る力の一つに変えたのは、何が理由か」
「バニザットを守るためだ。前の俺じゃ、触ることさえ」
「宜しい」
ファニバスクワンは微笑む。薄い緑色の光が抜ける、透明な魚のような姿は、一際美しく、周囲に細かな泡をまとわせて、精霊自身を輝かせる。
カワウソの姿のヨーマイテス。一体何の話だ、と大急ぎで話をまとめるが、絶対に承知せざるを得ない条件が提示された以上、答えをすぐに口に出来ない自分にも、焦りが増す。
――ナシャウニットに交渉した、両腕の至宝。その内包された力。
『お前は、この世の全てを組んだ』――― この力を受け取るため、呼び出して手伝わせた、老バニザットの魂は、ヨーマイテスにそう言った。
天地統一の時、そこに参加する立ち位置を得るため。老バニザットは俺を手伝った・・・・・
だがその時。俺の気持ちは既に、『騎士のバニザットを守ってやれる、自分であること』が大きかった。精霊ナシャウニットの加護を受けた息子に、あの時は、触れることさえ出来なかったからだ。
触れるようになった後は、急速にお互いが近くなった。どうしてここまで好きなのかと思うくらい、息子といる時間が、日に日に大切さを増す。
『バニザットを息子にしよう』と考えたこと。自分でも意外だったが、なぜかそう思った時には、すんなり受け入れる心があった。
自分の判断は正しかった、とそれだけは分かっていた。一緒にいる時間は日を追う毎に、これまでにない感情と温度を作り出した。
交渉した精霊に、力を得る理由を聞かれた時。『バニザットを守る』と告げた一言で、ナシャウニットは何も疑わずに了解した日。
あれは俺の運命の岐路だった。そう思えば――
今。ファニバスクワンから下された『褒美と忠告』は。これも、岐路。
俺が、サブパメントゥ統一を放棄する理由を与えている・・・バニザットの命の時間を与える代わりに。
「ヨーマイテス。お前が心を変えた。シャンガマックを息子にし、ナシャウニットの力を得たお前。
彼のためにお前は身を捧げた。その想いは本物。想いはお前の命も存在も救った。
ミレイオは空の土。お前が創り出した存在は、正に、『創世の世界で、空を狙うサブパメントゥ』、その再来。そうだろう?」
「・・・・・ 」
「しかし、ミレイオはお前の創り出した意図を、無に帰すほどの強い光が宿る。あの魂、妖精の女王が清めた光に満たされた後。既に、サブパメントゥの域ではない。
手放すことも出来るだろう。お前の動きは、お前の存在を脅威に変えるものだったが、今なら」
「俺は。バニザットを助けたい。俺のせいで」
「助けると言うのか。お前がサブパメントゥの泥濘の因縁を手放す、そうか」
見つめた精霊の瞳は、自分を映す。ゆらゆらと清く揺れる水の瞳に映る、カワウソの姿。この姿は、息子バニザットの愛情・・・・・
――『二人でいることを優先した』
ヨーマイテスは頷く。しっかりと強く頷き、碧の瞳に、目の前の精霊ではなく、自分と息子の未来が見えた。二人でもっと長く過ごす。もっと一緒に。もっと、いつでも。ずっと。
「宜しい。受け入れた。お前への褒美としよう。約束しなさい。ガドゥグ・ィッダンも空も諦めることを」
「約束する」
老バニザットの約束は破られる。それについて、心に重みがないかと言えば、そこまで無視も出来ないが。
ファニバスクワンは助け舟を出したんだ、と分かった。
それは、精霊の立場から見れば、サブパメントゥの過ちを正すために生まれた、あの『シュンディーン』の意味と同じだが。
そう。同じなのだ。だが、ファニバスクワンは、今。俺を救おうとしている。俺と、バニザットを。
「二人で生きなさい。私は、お前の息子が生きる時間を与えよう」
「有難う」
水の中で、ヨーマイテスは泣く。涙が見えない水の中で、小さなカワウソの瞼がぎゅっと閉じ、それを見つめる精霊は静かに微笑んでいた。
お読み頂き有難うございます。




