1545. 旅の百四十一日目 ~バイラの報告・イーアンの魔物退治
☆前回までの流れ
ミニヤ・キナの村滞在二日目。古井戸の伝説や、占いの石に表れた映像に、不思議な時間が詰め込まれた一日でした。
今回は一晩明けて出発の朝。まずはバイラの報告から・・・
宿の朝食後、水を補給して馬車に積んだ、旅の一行。
『弔いを本当に有難う』と宿の人にお礼を言われ、総長も彼らの優しさに礼を伝える。村の無事を祈ってお別れし、見送る宿の人に手を振って村を出た。
バイラは、総長が行った弔いの報告も役場に済ませたし、古井戸の件も、調査の完了報告書を書けたので、出発後にその話をした。
「そんなことを・・・バイラ。いつの間にか、すっかり」
「ハハハ。言わないで下さい。分かります、危ないことをしていました。皆さんと一緒にいるから、気持ちが先に慣れてしまったかも」
おかしな度胸が先立ったと笑うバイラは、笑顔を戻して『迂闊なことを。反省します』と総長に言う。ドルドレンは首を振って『そんなことはない』と答えた。
「俺たちと一緒だから、そうやって反省してしまう。だが普通に考えてくれ。万が一、危険を引っ張り出したとして。それが恐ろしい事態を起こしても」
「総長!やめて下さい。言わないでいたんですよ、そこの部分は(※自覚はある)」
「良いから聞くのだ。例えそうであっても、だ。『バイラではない誰か』が、同じことをしていたかも知れない。そう思わないか?
俺たちと一緒に行動しているバイラだから、続く恐怖を体験した記憶で、反省している。それは大事なことだが、もしもそうした体験を知らない者が動いたとして。
一般に生活している者たちであっても、果敢な行動に移らないとも限らない。俺は、そうした行動により、もしもの怖れを引き起こしてしまっても、それを悪く思う気になれない」
何故なら、魔物に立ち向かおうとした結果に過ぎないからだ、と総長は教えた。
バイラは茶色の瞳を総長に向け、『でも俺は迂闊でしたね』と呟き、慌ててすぐ『いや、私は』と言い直し、ドルドレンは笑う。
「気にしてはいけない。良いのだ。バイラは本当に正直な男である。俺がバイラを好きな理由は幾つもあるが、『さばさばして、正直で大真面目』という部分には評価が高い」
「有難うございます。すみません」
何で謝るのだ・・・また笑うドルドレンは、ちょっと間を置いて笑顔をそのままに、斜め前の位置から振り向いて話す警護団員に、静かに語り掛ける。
「バイラは凄いことをした。自分の剣を信じ、その力を崇拝しているから出来る行為だ。
しかしそれだけでは、バイラ曰く『迂闊』な動きは取れない。バイラの心の強さと、経験から来る、逞しい精神あっての行為である。それは誇れることでこそあれ、恥じるべきことではない」
「総長・・・俺は。いえ、私は。良い上司に恵まれ」
「上司じゃないのだ。友達だ」
「友達」
思いがけない言葉―― バイラの声が同じ言葉を追いかけたすぐ、ドルドレンはニコッと笑う。
「普通に言うなら『友達』でも良い。俺の言葉で言えば、家族だ。一緒に食べ、一緒に眠り、同じ道を進む。共に戦う。命を懸けて信頼する。『お前ならこうする』と理解している。
バイラは、俺の家族だ」
ハイザンジェルの騎士。馬車の民の、美しい笑顔で。太陽の光に輝く銀色の冠と、宝石のような灰色の瞳に、気高く大らかな態度。バイラは心から、この人に会えたことを感謝した(※崇拝対象格上げ)。
「勿体ないです。でも嬉しいです」
うん、と頷くドルドレン。バイラは心がきゅーっと詰まるような感覚で、また涙ぐみそうな感動を感じつつ、前を向いて黙る。
ドルドレンも黙ってニコニコしながら、黒馬に乗る男の背中と、目の前に広がる広大な大地を見つめた。
このテイワグナがもうじき―― 魔物の被害から救われる。
ハイザンジェルに比べると、あっという間の月日で終わる。最初はその可能性に驚いたが、早く終わるに越したことはない。
そして、終わったら次の国へ――
バイラともお別れなんだな、と日々、それを思う。
雨上がりの空は美しくて、土に吸い込まれた大雨は、道の表面に早々、乾きを見せている。前を進む馬の蹄の跡は浅く、馬車の車輪が取られることもない。
この大地で魔物退治の旅をしたことは、どれほど年月が経っても、常にバイラと共に思い出されるだろうと微笑む。
ドルドレンは、次の国のことを視野に入れないといけない。
テイワグナ魔物終結の日が、少しずつ近づいていることも緊張を途切れさせないが、次の国に魔物が出る時。それを想像すると、テイワグナ大津波戦の始まりの怖れを思う。
「碌に、挨拶も出来ないかもな」
小さな声で、自分にしか聞こえない独り言。バイラと突然、離れるかも知れない。いっぺんに魔物が出たら。大津波戦の日のように、急に魔物の大群が襲ったら、すぐにでも動かなければいけない。
だから。そんな別れが来ても良いように。残りの日々は毎日、彼との日常を大切にしようと決めている。
自分たちを常に守ってくれたバイラ・・・道案内し、通訳もあり、交渉もしてくれた。音も上げずに、いつもどっしりした強い心で、付き合ってくれた同行者。
理解ある、信心深いテイワグナ人。勇敢で、真面目で、頼れる存在。
ドルドレンがそんなことを考えていると、冠がチリチリと何かを知らせた。
ハッとして、周囲を見渡した黒髪の騎士は、荷台から浮かび上がる、白い翼を広げたイーアンの背中を見る。
「イーアン」
「はい。ちょっと行って来ます」
振り向いた女龍はニコッと笑い、道の横に広がる疎らな草地を指差し『何かいますから』とだけ言うと、びゅっと飛んで行った。
その後に、笛の音が響き渡る。あっという間にやってきた龍に、ひらりと乗ったオーリンも飛び立つ。
「先に行ってくれ。倒してくる」
じゃあね、といつものように。オーリンもイーアンと同じ方向へ飛び去った。バイラは彼らを見送り『頼もしい』と呟き、総長はそれを聞いて『バイラも頼もしいんだよ』と添えた。
*****
疎らな草の生える民家もない場所で、イーアンが見つけた魔物は、すぐ倒すには微妙な相手。
空から見た様子では、魔物は群れで穴の中から出てきている。その穴は地面にポカッと開いており、何やら沈下した具合。
「どうした。倒さないの」
後ろからオーリンが来て、下を見ながら走り回る魔物に『早くしないと』と言う。イーアンも頷くが動かない。
「イーアン。どうした」
「私が倒すの、悩みます。消えてしまうでしょ」
「あん?何だよ、あれ使う気か」
だって、と魔物を見つめる女龍。もうじきテイワグナの魔物が終わる予言を受け、昨日は男龍に『連動毎に魔物が減ってゆく。最後は吐き出す勢いだろうが、数は多くないかもな』と言われた後。
「持ち帰りたいのか。まぁ、これからのこと考えるとな」
「魔物を倒すのに、躊躇うとは思いませんでいた」
「ホントだ。君が倒すことを躊躇うって、似合わないよな。理由を聞けば納得するが・・・『消えたら勿体ない』材料感覚」
そんな言い方しないで、と嫌そうに目を向ける女龍に、オーリンはちょっと笑って『どうするんだ』と訊ねる。
「あれしかいないが、放っておけば散らばるぞ。早く対処しないと」
「はい。久々に、地道に倒すことにします。オーリン。私が呼んだらあなたも倒しに来て下さい」
何か手でもあるのか。下方に走り散って行く魔物に視線を向けたイーアンは、両腕に龍の爪を出す。
大鎌のような白い爪に変えた両腕を広げ、女龍はぐんと急降下した。
「鳥みたいな魔物だな。走っていて、飛ぶわけじゃないが・・・何てデカさだ。かなり方々に散ったけど、大丈夫か?」
『大丈夫ですよ』
ブゥンと揺れた頭の中に、女龍の声。ビクッとしたオーリンは、遠く見える白い光に顔を向ける。
「イーアンの声が、今。頭に話しかけられるのか?マジかよ」
ハハッと笑ったオーリンは、すぐにギョッとする。白い光が地面に落ちたように見えた瞬間、グワーッと地面が横に裂かれる。
噴き上がる土塊。横一直線に猛烈な勢いで土塊が弾き飛ばされ、それは数秒後には、ぐるっと円を描いて地面に溝を作ったと分かった。
「すげぇことするな。一発で消すのも心臓に悪いけど。破壊する様子も胃が縮みそうだ」
女龍の爪は地面を削り取り、深い溝に囲んで、魔物を閉じ込める。魔物が騒ぐ声が響き、深さは知らないが、走っていた勢いで溝に落ちた魔物もいる様子。
『オーリン。走っている魔物を倒して下さい。あなたの弓で』
「ハハハ!分かった」
頭に再び聞こえた声。倒すのは仕事だが、痛快に感じる自分の性質に少し困る(※人には注意するのに)。
オーリンは腰に提げていた黒い弓を構え、ガルホブラフに『攻撃だ。側に』と頼むと、1㎞四方と思えるくらいの、広い円形の台に蠢く、魔物を倒しにかかった。
イーアンは、爪と尻尾を出した姿で、溝に落ちた魔物をガンガン切り裂く。
細かく速い動きには、尻尾重宝・・・と知った最近。高速で角度を変えるため、尻尾は必須。
勿論、武器にもなるが、尻尾は龍気弱め(※1391話参照)。相手の強さが分からない・急ぎの・物理的な(消去しない)攻撃には、龍の爪が無難に思う。
長いフサフサの白い尾をぶんぶん振って、6翼も全開。鋭く輝く龍の爪で、狙いを付けた魔物の頭と足を切り落とす。
イーアンは溝に沿って何周も飛びながら、動く魔物を一頭残らず切り裂いた。オーリンの弓から逃れた魔物が溝の縁に追われたのも、足を落とし、首を吹っ飛ばし、損傷の少ない状態の維持に徹底した。
「タンクラッドの作って下さった剣。今や使っていません~ 『自分の腕が武器』って」
いきなり素に戻る意識に、イーアンは『いやいや、私は龍ですよ』と人間的な一瞬を振り払う。
時々、自分が龍族である行動に、うっかり人間的意識がツッコミを入れたくなることがある。それは大抵、龍っぽくない判断をした時。
「今回は。いえ、次回もかしら。集めないと。魔物材料がないと、テイワグナの職人たちに申し訳ない。輸入するハイザンジェルの職人たちにも。
だって、彼らが作って下さる装備で、次の国の人たちの安全が、早くに強化されるのだもの」
次の国。その準備をしないといけない。
気持ちは、ドルドレンと同じイーアン。次の国へ移る日が近づくと知った以上。そして、作れる人達が着々と増えている・・・ギールッフの職人たちの存在も見ている以上。
これまでは被害を一秒でも早く抑えるために、龍に変わって消滅させてきた魔物を、再び『材料集め』に意識を戻し、『一秒でも早く抑え』ながら『材料として使える状態で収集』に切り替える。
「まだまだ、普及活動が続くと思い込んでいました。魔物退治以外にも、天地に、世界に、壮大なシナリオが用意されているのも、ちらほら垣間見ます。
あれもこれものテイワグナ旅・・・魔物終結までの期間。後どれくらいか知りませんが、とにかく魔物の材料を集めますよ」
デカい独り言を言いながら、イーアンは動く魔物を探し出しては倒し、消えかける魔物の姿に今度は慌てる。
「イーアン。俺が倒したのは良いにしても、君が倒した魔物は持たなそうだ」
全頭倒した、と教えるオーリンが降りて来て『集めるなら急ごう』と、二人は忙しく魔物を解体し始める。
「君の龍気が強くなり過ぎているんだ。女龍だから、当たり前なんだろうけれど、普通の魔物も」
「訳が分からないですよ。聖別したら消えないでしょう?でも、普通に倒したら消えそう。だけど、倒したら聖別と同じような。スランダハイではまだ平気だったのに(※1259話参照)。どういう」
「だからさ。こうやって倒すと、聖別より強いんだ、きっと。薬の量と一緒だろ」
オーリンの説明に、ぬはっ、と驚くイーアン。私は薬・・・(※麻薬・毒薬のイメージ)。
手を休めないオーリンは作業しながら『倒す時も、龍気に強弱付けた方が良いかもね』と、イーアンの手元にちらと視線を向ける。
小さめに変えた龍の爪で解体しようとすると、崩れたり崩れなかったり・・・手こずっているイーアンに、苦笑いするオーリン。
『これ使え』と、もう一本のナイフを渡すオーリンにお礼を言って、イーアンは借りたナイフで地味に解体を続けた(※それでも崩れる時は崩れる)。
イーアンは、これからは親方に作ってもらった剣を持ち歩こう、と思った(※解体のため)。
そして二人は、解体した鳥の魔物の戦利品を一ヶ所に積むと、再び馬車へ戻り、馬車から荷袋を持って来て詰め込んだ。
ギールッフの職人の馬車もあるので、数回往復し、詰め込んだ袋を皆の馬車に乗せてもらい、イーアンとオーリンの魔物退治は完了。
倒すのには時間が掛からなかったものの、解体作業は地味に時間をかけた。馬車に乗り込んで気が付けばもう、昼前だった。
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