1542. 古井戸とミレイオの気持ち
小遺跡群の石畳に集まる職人たちが、昨日取った型を取り出している間、ドルドレンとフォラヴは、この後に調べる予定の『遺跡の古井戸』について話し始めた。
その前に、フォラヴが気が付き、ザッカリアに『皆さんの作業を勉強と思って』と、見てくるように促した。子供が了解して離れた後、騎士二人は、遺跡の一画の壁に寄りかかる。
遠目に、ザッカリアがバーウィーに教えてもらい、楽しそうに笑う顔を眺め、ドルドレンは部下に礼を言った。
「お前は気が利く。アゾ・クィの話だからか」
「気が利くわけでは。私も、兄弟のような相手を失った気持ちは、知っていますもので」
ドルドレンの灰色の瞳が、ちらと部下を見下ろしたが、部下は視線を職人たちに向けたまま、微笑みを浮かべている。ドルドレンもそれ以上は訊かず、『それで』と話を進めることにする。
「井戸から出て来て、という話だ。アゾ・クィも確か」
「それを言いますと、スランダハイの町もでした」
フォラヴは、スランダハイに滞在した日にちは少しだったが、町の被害は聞いている。
井戸から上がった魔物に、町の人が何人も殺されてしまった。あの町の話は、『普通の井戸』として片付けられているし、他にもそうした被害はあったような・・・、と妖精の騎士は呟く。
「どうなのでしょう。地下から上がって来る場合。横穴があるとか、そうした場合も」
ドルドレンも考えている。何かにつけて、遺跡や古代絡みにかこつけようとは思わない。しかし、似通うことを『偶然』とするのも――
「勘? 総長の勘は当たります」
「うむ・・・俺もそう思う(※多々、嫌な予感的中の実績による)。アゾ・クィの話は、最初は『井戸に放り込まれた家畜』の話だった。
だが後から、『昔、村を襲われたことで、あの井戸を封じた』とシャンガマックは話していた。詳しくは事情も分からない。だが、それは数百年前に遭ったことで、何かが上がって来たために、村は一度」
言いたくない言葉に、黒髪の騎士は黙る。フォラヴは彼を見上げ『このミニヤ・キナの古井戸も?』と勘の続きを訊ねた。総長は頷く。
「そう思う。古い井戸、ならどこでもあるだろう。だが、遺跡絡みの上、同じような時代の話を聞けば。
時代なのだ、俺が引っかかったのは。俺が気になったくらいだから、シャンガマックならとっくに、何かを調べているだろう。タンクラッドもミレイオも・・・既に何か、見当を付けているかも知れん」
「時代による名残の井戸から。何かの振動で?・・・と、仰っている?
アゾ・クィの歴史は、何を『きっかけ』に出て来たか、分からないにしても。こちらは、この前の地震による影響の可能性、でしょう?」
『地震』について、少し掘り下げるフォラヴの質問に、ドルドレンも唸る。
「俺もイーアンに感化されてきたか。俺の場合は根拠がないから、主観のみだが。
『地震』と、『空間にいきなり生じる異次元的な場所』は、魔物の時代において『発生条件の一つ』と言えるような。全ての地震ではないが、これまでそう思うに値する出来事が多いのだ。
そして、古い井戸に限らないにしても。要は、封じられた場所とされる『祠』『井戸』『遺跡』・・・それらは度々、異界の入り口に姿を変える。
・・・『以前、封じられた』という部分が、今回も気になるのだ」
そこまでドルドレンが話して、横の部下を見ると、彼は不思議そうに柳眉を上げて『総長』と静かに指摘する。
「何だ。『根拠はない』と言ったぞ(※突っ込まないで、の意味)」
「ええ。そうです。だから不思議に。根拠がないはずですのに、どうしてこの村の、これから向かう井戸を『以前、封じられた』とお考えに?
バイラは『今回封じた』と言ったのでしょう? あなたはもう・・・いえ、あなたの記憶? 誰かの、ギデオンの記憶が知っている?」
「何?」
フォラヴの空色の瞳は、純粋に澄み切っていて、指摘されたことに驚いたドルドレンは、彼の瞳の内側に、遥か遠い古が揺らいだ気がした――
*****
「よし。行くか。昼には、食事処に行けるだろう」
職人たちが片づけを済ませ、親方も型を手に入れたので、一行は次なる場所へ出発する。
古井戸の方向は教えてもらっているが、近くまで行けば、バイラが待っている話。なので、彼に案内してもらうまでの距離、馬車は一本道を下る。
「雲行きが。涼しいには有難いけどな」
寝台馬車の御者をするタンクラッドは、前の荷台のミレイオに話しかける。ミレイオも、頷いて『雨、降る前に終わらせたいわね』と空を見た。
「井戸のこと、お前はどう思う?」
タンクラッドは直結。ずっと話したかったことを、ミレイオに振る。ミレイオも、聞かれるだろうな~と思っていた事なので、首を傾げて一度は回避。
「『何か知ってるだろ』って感じでしょ」
「違うのか?」
「あんたのそういうところ、私好きじゃないのよ」
「俺はお前の知っていそうなところは好きだ」
嫌そうにケッと吐き捨てるミレイオに笑うタンクラッドは、早く言えよと促す。
ふーっと息を吐き出したミレイオ。以前、シャンガマックの代わりに調査したアゾ・クィの井戸と、村の墓地にあった立碑を思い出す(※828話参照)。
あれは、ずっと昔―― サブパメントゥが齎した被害の記録だった。
フィギの町も、アゾ・クィの村も、同じような時代に作られていそうな内容の彫刻が遺っていたが、下部が年代的に古く、上部は新しい年代を示しているようで、地域によって、上部に刻まれた絵や内容が異なった。
そしてそこには。アゾ・クィの墓地の立碑については、だが。
サブパメントゥがなぜか何度も襲撃し、村を壊したような歴史が刻まれていた。
現に、サブパメントゥの言葉を違う文字にした誰かが、村の井戸を守るために石板を掛けていた。サブパメントゥを引き返させるための、言葉で・・・・・
あれを話すの、嫌だなぁと思うミレイオ。
あの調査以降で、『始祖の龍の時代に、サブパメントゥが、地上も空も支配したがった』・・・ような話は聞いたし、それは皆の知るところであっても。サブパメントゥの口から言うのは、気が引ける。
赤ん坊が寝始めたので、ミレイオはベッドを揺らす手を止めて、こっちを見て待つ剣職人に『あのね』と先に言う。
「推測よ。情報にもなりゃしないのよ」
「良いじゃないか。推測。お前の推測は、適当だったことがないからな」
「変なところで褒めて!あんた、こんな時だけ舌が回るのよね」
「良いから言えよ」
面倒臭そうな親方は、ぶっきら棒に言う。これも実は、親方作戦(※ってほどでもない)。
ミレイオが出し渋る時は、大体、『真実が幾つか見つかっている時』だと知っている。
渋る態度にこっちが諦めると話さないままだが、面倒臭そうな態度を見せると、ミレイオは搔い摘んで本線に近いことを話すのだ(※ミレイオの優しさに付けこむ作戦)。
思った通り。ミレイオは、嫌そうな顔をしつつも、話してくれた(※優しい)。そしてその内容に、親方は少し驚いた。彼の表情の変化に、ミレイオは首を振って注意する。
「やめて。そういう顔しないでよ。だから言いたくなかっ」
「勘違いするな。時代だよ、俺が反応したのは」
時代?と、言っている意味が分らなさそうに、ミレイオが繰り返した。親方も『漠然とした言葉か』と了解し、詳しく話してやろうしたところで、時間切れ。
「こっちですよ」
大きな声で呼ぶバイラが、馬車の列を見つけ、馬で近づいて来た。
親方はちょっと笑って、苦笑いするミレイオに『行けば分かるな』と意味深な言い方をすると、馬で皆の側に来たバイラに労い、彼の案内を聞きながら、現地への近道に進んだ。
それから20分ほどで到着したのは、村の反対側。奥とまでは言えないが、少し中心からは離れている。
「こんなところにあると、不便そう」
ミレイオは進む馬車の外を見て、どんどん木陰が増える林にそう言ったが、親方としてはそうでもない。その理由、すぐにバイラが知らせる。
馬車を停めて皆が下りたので、バイラは見えている井戸を紹介し、それから違う方を指差す。
「あの建物、ありますよね。あれの二つ通り向こうは、村の大きい道です」
少し入り組んでいるように見えるだけで、実は村の生活に近い、と教える場所。そして来た方向の丘に向き直り、バイラは言う。
「上から・・・丁度、イーアンたちが空から見たと想像したら、何となく分かるかも知れません。
遺跡のある場所から、直に道は引いていませんが、あの遺跡が昔、僧院に使われていて、この井戸が僧侶の用事に使われていたそうです。ここで染料の伝説が生まれたとか」
遺跡と井戸の関係。その最初を教えるバイラの説明に、ザッカリアがパッと顔を輝かせる。
「あ!さっき聞いた。ねぇ、総長。あの染屋のおじさんが話していたやつだ。染料の言い伝えだ」
横に立つ総長の腕を掴んで、『買った所のおじさん、言ってたやつだよ』ともう一度。ドルドレンも頷いて、バイラにその話をした。
「遺跡に上がる前に、染料玉を少し購入したのだ。その時、工房の職人が、スーの歴史と言うか。スーが生まれた経緯の話をしてくれたのだ。古い時代の言い伝えと」
井戸の周辺に立った皆は、総長が話し始めると、黙ってそれを聞いた。
バイラ以外は、工房で同じように聞いてはいたが、いざ目の前にその井戸があると、遺跡群と井戸の間に、言い伝えが蘇るような・・・奇妙な感覚を覚えた。
ミレイオは一人、機嫌が悪くなったように顔を背け、抱っこされている赤ちゃんは、ミレイオの胸に頭を凭せ掛けて、ミレイオの悲しそうな顔を見ないようにしていた。
シュンディーンに多くの言葉はまだ理解出来ないが、この場所で話していることが、ミレイオに嫌なんだとは分かっていた。
ずっと昔、サブパメントゥが龍を怒らせたり、たくさんの命を奪ったことは知っている。
親の精霊にこの前聞いたばかりの話。シュンディーンはずっと昔の約束のため、今、生まれてきたことも。
そして、そのずっと昔のサブパメントゥが奪った命の話を、勇者が話している、と。それも分かった。自分も何となく・・・イヤな感じだけれど。優しいミレイオは、もっと嫌なのかも知れない、と察する赤ちゃん。
「んん」
赤ちゃんは短い腕を伸ばし、嫌そうに目を瞑ったままのミレイオの顔に触る。ミレイオの明るい金色の瞳が向けられ、ちょっと微笑んだ。
「んんん(※同情)」
「うん?何か分かってくれてるのかな。ありがとね」
「んん(※Yes)」
フフッと笑ったミレイオだが、シュンディーンの小さな鉤爪の指をそっと握った後は、やはり寂しそうな、悲し気な表情に戻っていた。それは、ドルドレンの話が終わるまで続いた。
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